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ミミックボランティア 留年妖魔と偽りの土地神少女  作者: ムタムッタ
Chapter 1 留年妖魔の帰郷

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1-2(6)疾走・共闘・黒蜥蜴②

「待てっ!」


 白神の言葉と同時に電車の速度が急に増す。車外の風景が目まぐるしく通り過ぎてゆく。


(さっさととどめを刺しときゃよかったな)


「こちら白神、対象は電車から飛び降りそのまま高架下へ逃亡。電車は機器が破壊され速度を上げて走行しています!」


『妖魔はこちらで追跡するわ。それよりもその電車をなんとかしないとまずいわ!』


 元の姿だと他人の通信機もよく聞こえる。


『他の電車の退避が終わってないの! このままだと衝突して大事故になるわ!』


 さっき偽物が言っていたのはこのことか。


『被害を抑えるなら、まず乗客のいる車両と先頭車両を切り離して!』


 白神が後部車両へと急ぐ。連結部分へ俺もついていくが、少女に静止される。


「あなたが来ると乗客がパニックになる! 近づかないで!」


 斬りかからないのは先刻の貸しのおかげか。長椅子に寝転ぶ。

 乗客に事情を説明したのか、数分ざわついていた。余計な騒ぎにならないよう、座席に埋もれる。


「緊急のため、連結部ごと斬ります!」


 低く、感情を抑えた声で白神が通信した。


「はぁっ──!」


 前の車両に乗っている俺を放って、金属音が車内に響く。

 数度聞こえたそれは、数を重ねるごとに鈍くなり、止まった。頭だけ出して覗いてみると、息を切らした少女が片膝をついて口から血を流していた。


「な………なんで」


 一振りの刀で車両を切り離すという考えがそもそも非現実的なのだ。例え、超硬度な妖魔の体を切り裂けるとしてもだ。


『土地神でない者でも使えなくはないが、それは充填する力を自らの生命力で賄うことになる。当然、エネルギー切れで役に立たないどころか、命の危険もある』


 そういえば、はじめに聞かされた時父親はそんなことを言ってたな。


(ガス欠か、あっけないな)


 乗客と白神がどうなろうが関係のない話だ。乗り合わせたのが運の尽き。とでも言っておこう。一人電車から逃げようと立ち上がった刹那、少し遠い過去の記憶が蘇る。


『キミのその手はヒトを傷つける武器じゃない。ヒトを、生き物を救える手だよ。キミが考えてる以上に、キミはすごい存在だよ』


 大層なことを言って死んでいった女の記憶。そういえば、今の白神と姿が似ている。血と傷にまみれ、ボロボロで情けないという点は。前にも引き出された記憶は、さらに鮮明に再生される。


(………アホくさ)


 分かり合えない相手を救えと、婉曲に言っていたのだろうか。

 ふと、上体を起こすと風景の先にさっき落ちた川が視界に入る。一瞬で案は浮かんだが、施行を止める。………あんまり良い手とは思わないが、人間が勘違いして迷惑したんだ。少しくらい手抜きをしてもいいだろう。


(割りに合わない慈善ボラン事業ティアだな)


 奉仕精神などない。たいして凝ってない両肩を回しながら席を立つ。首を左右に曲げ、一度脱力する。そのまま最後尾へ向かう。


「はぁ、はぁ………うっ!」


 口元は抑えていたが、白神の口から赤い液体が漏れていた。その光景を目の当たりにしていると、悲鳴が上がる。


(やっぱこうなるよな)


 もう慣れた。とは言いたくないが慣れた。


「さ、下がって! 乗客に手出しは! うっ」


 最後尾の車両との連結部でその背中の先にいる乗客を守らんがため、少女は立ち上がった。満身創痍の身体にはなんの脅威も感じられず、首を掴んで側の座席に投げた。


 一挙手一投足に叫びが上がる。改めて人数を確認する。幸い乗客は十人程度、しかも子供や老人はいない。運が良かった。


(ま、避難はさせる)


 とりあえず車両右側の扉を開ける。吹き抜ける風が全ての声をかき消す。

 勝負はほんの数秒だった。橋に差し掛かった瞬間、乗客の首根っこを掴んで二人ずつ川へ放り投げる。


(なんとかなるだろっ!)


 半ば適当である。元の漆葉にとって、複数の人間を投げるなど数秒あれば事足りた。


(あとは──)


 自分を顧みない土地神もどきの頭を押さえる。わずかなうめきが聞こえる。


「や……ぱり、よ……まは……よう──ま」


 助けたつもりもないし、目的は白神の持つ刀だけだ。少女から刀を取り上げ、青空へ放り投げた。


(せいぜい人様のために頑張るよ)


 既にいない敵に皮肉を返す。扉の外に顔を出すと、先を走る電車が見え始めた。


(おっと。もうひと働きだな)


 電車に刀を置き、車外に飛び出す。レールに足を下ろすと、擦れて両足から火花が散る。車両の下をつかみながら構いなしに車体を持ち上げる。


(結構重いなぁ! あとはしらねぇ!)


 勢いに任せて両腕を上げる。連結していた全ての車両は一度宙に浮き、横向きになり落下した。線路を二つ、跨がるようにして暴走電車は停止した。


(こんなもんだろ)


 両手の土埃を払う。人助けも悪い気はしない。そう思ったのも束の間。車内に刀を置いてしまっていたことを思い出したが、泣く泣く放置して撤退した。



◇ ◇ ◇



 事態の収拾はかなり手早いものだった。結局偽物妖魔には逃げられたが、手負いにできた。


「で、君は川に落とされて通信機も落としたあと………その場で待機していたと?」

「ま……まぁちょうど人がポンポン落ちてきましたもので、地域住民とともに救助しました!」


 支部に戻り、俺はずぶ濡れの擬態で憎き榊女史に叱責を受けていた。怪我もないから大丈夫だろうと、かなり適当な診断を受けた。元の姿に戻った時点で、擬態の体はリセットされ傷が消えていた。あの後刀を回収しようとしたが、目の前の環境省支部の奴らが来ていたので急いで擬態に戻って川に落とした乗客を引き揚げていたのだ。


(これなら最初から電車を無理やり抑えてりゃ良かった)


 作り笑いをしつつ反省する。人助けに手抜きをしたツケが擬態にまで回ってくるとは思わなかった。


「幸い怪我もなく、救助活動に貢献していたようだし特別に不問とします」

「あの、白神の容態は?」


 せっかく説教が終わったのに、不躾な質問で榊の冷淡な視線を浴びる。


「力を使った反動かしらね………川で救助してすぐに病院へ搬送されたわ………今までもあったけど、今回の消耗は異常という報告だったわ」

「そ………そうですか」


 数秒の沈黙の後、榊支部長は窓の外を見ながら独り言のように語った。


「あの子はね、周りに支えてくれる人はいても頼れる人はいなかったの。偶然呼ばれたあなたが従者だった事に、本当に喜んでいたわ」

「そりゃ……どうも」

「そして夕緋の姉……白神朝緋は私の友人だった。あの子は私にとっても妹のような存在なの……だから私は、朝緋のようにあの子には姉のように孤独でいてほしくない」


 いきなりの説明に、一人だけだが置いてけぼりになる。


「明るく振舞って見せているけど、ホントは寂しいはずだから………」

「寂しいって……ハルトやサナがいるでしょうに」

「分かってないわね………来栖さん達は従者をしていたと言っても仮。特別な力を持った存在が隣にいるのとは違っているのよ。皆、〝土地神様〟って呼ぶから」

「あ……あー」


 そういえば、市内の人間だけではなくこの機関の職員も全員名前どころか苗字ですら読んでいるところを見たことがない。強いて言えばこの榊支部長と、あと俺くらいだ。


「これは支部長としてではなくお節介な人間としてのお願い………強くなって、夕緋のこと、助けてあげて」

「はぁ………まぁ死なない程度にがんばりますわ」


 また頼まれごとである。しかし話の前提としてご理解いただきたい。俺が黒蜥蜴だ。しかし支部長の発言に乗っかることも必要かもしれない。まだ刀は奪えない訳だし、もう少し白神から信用を得るよう努力してみるかな。


 着替えを済ませ、支部を出て家路に向かう。夜空を見上げながら、今日の出来事を反芻する。今思えば、投げ方が雑だったと少し罪悪感が湧いた。後ろめたく思っているのはあくまでこれだけである。従者としていきなり前線に実戦投入されたのだ、文句を言われる筋合いはない。


 不意に、川へ投げる直前の少女の発言がよぎる。


『や……ぱり、よ……まは……よう──ま』


やっぱり妖魔は妖魔。わかり合うことはないのだろう。

 理解しあえない────が、しかし。


「………見舞いくらいは行くか」


 一応、土地神として。代わりに戦ってはくれているわけだしな。


 こちらとしては居なくなってほしいが、死なれては──それはそれで困るというのは中々──というか、かなり面倒な少女である。



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