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彗星街のピエロ

作者: そうじろう

「僕が代りにやる、それじゃだめなのか」

男はサーカス会場の玄関口で宣伝のパンフレットを配っている女ピエロに叫んだ。


「私はあなたに譲らない」

半分泣いたような顔でピエロは男の耳に囁いた。


アコースティックなピエロの声は涙で濡れ、やがて口を閉じた。



山の奥にある遊園地はいつも多くの子供連れで賑わっていた。山脈の壁は遊園地を覆うように囲み、外界の空気を遮断していた。そのため、遊園地にはいつも独特な空気が漂っていた。

ユリユリ遊園地ー今から約四十年前、欧州文化が空前のブームとなり、この小さな遊園地はオープンした。ジェットコースターもなければ観覧車もないこの遊園地の名産は、遊園地の端に建てられたサーカス劇場だった。

娯楽に飢えた村の子たちは週に一回とも言えるペースでそのサーカスに通っていた。


「ソラさん、出番ですよ」

サーカスの支配人は楽屋の扉を開けソラさんに知らせた。サーカスを取り囲む百合の花の香りが鼻に入ってきた。なぜサーカスに百合の花なのか。なんとなくわかったような気もした。


(ここにいると人は人でなくなる)

百合の香りはそれを知らせる合図だった。

ソラさんはピエロのお面を被り、鼻を赤く塗った。


ここでは私は笑われ者。


サーカス劇場ではクライマックスとなるピエロと空中ブランコのショーが始まろうとしていた。


ピエロが大きな笑い声をあげてスキップをしながら劇場に入ってきた。近くではライオンやゴリラといった猛獣が待ち構えている。


観客は大きな笑い声をあげた。暴言をふざけて叫ぶ人をいた。


我慢。

ソラさんは気にせず続ける。

今の私はピエロ。笑われ者のお馬鹿さん。


猛獣はピエロに襲いかかった。もちろん鎖やしつけなどはされていない。ピエロは奇声をあげながら空中ブランコに乗った。まさに命懸けだ。


「ソラさん、やめろよ」

ピエロは聞き覚えのある声と共に励ましの声を受け取った。


「え?」

サーカスの芸は一瞬のミスも命取りだ。ピエロは空中ブランコが地面に近づいた瞬間にバランスを崩し、ブランコから落下してしまった。


失敗してしまったピエロは多くの暴言を受け取った。

「これだから女のピエロは」

「死んだか!?面白くなった」


すべて無視。それがピエロにできるせめてもの抵抗だった。


「ソラさん、大丈夫か」

支配人の心配の声も雑音にすぎなかった。

誰も私を助けない。


「ソラさん、おい、ソラさん」

雑音はバックグラウンドとなり一人の男の声がピエロに届いた。


「みさとさん」

力を振り絞って精一杯の返事をした。 

その後、どうなったかなんて覚えてない。

恐らく多くの暴言を浴びながら病院へと運ばれたのだろう。


でも別にいいんだ。

ピエロは落ちたくらいで傷つかない。骨を折っても傷つかない。


まだ夜が明けたばかりの白い朝、退院の日がやってきた。あれから5日間お休みをもらった。


「これ、みさとさんから」

看護師さんはみさとから受け取った赤いカーネーションをソラさんに渡した。

病院の窓から入る、海の塩の匂いが混じった清らかな空気はとても”細かった”。

窓を全開にしたいところだが、自殺防止で開かない。


ピエロになってから百合の香りか、この嫌味ったらしい香りしか感じない。


お前はなんのために生きてるんだ。


昔お父さんから浴びせられた罵声が蘇る。


なぜピエロになる。

幸せになるためにお前は産まれてきたんだぞ。


幸せは一人じゃ作れないんだよ。

と独り言のように反抗した日も覚えてる。

翌日、ピエロはサーカス劇場の舞台に復活した。

ピエロは何をされても傷つかない。

ピエロは…


「ソラさん、」

楽屋にやって来たみさとはピエロの心の念じに割り込んできた。


「ソラさんもうやめてくれよ」

みさとはピエロに必死の思いを投げかける。


ピエロは傷つかない。ピエロはなにも感じない

ピエロ…ソラさんも負けずに念じる。


「ソラさん、あんたがやることはない、ソラさん、もう危ないことはやめてくれよ。なんでソラさんはこんなこと続けるんだ」

みさとは顔を赤くして必死に訴えかける。

ソラさんの赤い鼻にまた百合の香りが入ってきた。でも今回はなにも感じない。


「もう本当に、やめておくれよ」

みさとの綺麗な奥二重の目は涙で濡れていた。彼の感情は溢れ出していた。


「私の…」

ピエロはようやく口を開いた。

「私の他に誰かが傷ついていいなんてことあるの?」

ピエロはなにも感じない。ピエロは…

ただの嘘だった。

ピエロは泣きながらみさとに倒れ込んだ。


ソラさんは今日もピエロを続けた。みさとは毎日のようにソラさんを応援する。




十年後


「今日は家族でどこかに遊びに行こう」

土日も長い間仕事が続き、家族の相手をしてやれなかったみさとは妻と先月三歳になったばかりの息子に笑顔で言った。


「そうだ、サーカスに行こうよ。しゅんくんもサーカス好きだもんね?」

子供の顔を見て妻は問いかけた。


「うん!ピエロさん面白いし」

子供は楽しそうにはしゃいだ。


「そうだな。サーカスに行こう」

みさとは快く返事をし、子供の頭を撫でた。

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