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第九話 夢での追憶 その二

 

 これは夢だと断言できた。

 鮮明に覚えている過去と一緒だからだ。


『あっ熱っ熱っつう!? こんのポンコツ!! 度し難いほど間抜けでスライムよりも覚えが悪いですわねっ』


 シェルファはアリスリリアに拾われた。

 最初は汚れすぎだとアリスリリアに言われて先輩メイドのミーネと一緒に風呂に入って洗われたり、細すぎだとアリスリリアに言われて枯れ枝のような身体がせめてまともに動けるようになるくらいには肉がつくまで食事を与えられたりフレアと一緒に中庭で運動したり、せめて一般的な教養がないと会話にならないとアリスリリアに言われてミーネや他の使用人の手が空いた時に読み書きや一般的な知識を教えられてと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ミーネも、他の使用人たちも、実験のための肉の塊でしかないはずのシェルファに優しくしてくれた。アリスリリア=ブリュンフィル公爵令嬢の一声もあっただろうが、それより何よりシェルファのことを気にかけてくれた。


 そうして何ヶ月もかけてシェルファの枯れ枝のようだった身体にもある程度の肉がつき、錆びたように霞んだ銀髪も元の輝きを取り戻しつつあって、何よりその瞳はここに来た当初のようにひどく濁ってはいなかった。


 と、シェルファも多少はまともに動けるようになったところでアリスリリアからメイドとして使ってやると言われて──紅茶ぶっかけに至るというわけだ。


 シェルファに帰る場所がないのならばメイドとして使ってやるという話だったが、幼い頃から奴隷まがいの実験動物として扱われてきたシェルファである。ここでの役割に『慣れる』まではどうしても時間がかかるのだろう。


 とはいえ、手が滑って熱々の紅茶をアリスリリアにぶっかける、というのはこれより先の時間軸でも似たようなことを普通にやらかしているのでどちらかというと元来の鈍臭さが出ただけかもしれないが、それはともかく。


 メイドとして働きはじめてから数週間、シェルファは数えきれないほどのミスをして、その度にアリスリリアに怒鳴られていた。


 この時点でシェルファはその目で見たことはなくてあくまで話に聞いていただけだが、アリスリリアは『外』では老若男女身分に関係なく慈愛に満ちた心優しき令嬢だとか誰もが憧れる理想の淑女なんて言われている。素の彼女はどこまでも苛烈な性格をしているが。


 だけど。

 使用人など公爵令嬢であるアリスリリアにはそれこそいくらでも換えがきくのだから使えないシェルファなんてさっさと捨ててもよかったはずだ。


 身分に関係なく慈愛に満ちた心優しき令嬢としての『外』に向けた宣伝というのであれば犯罪組織に囚われていたところを助け出したまででもよかっただろうに。


 何の後ろ盾もろくな知識も技術もないシェルファがそのまま『外』に放り出されていたら野垂れ死ぬか別の誰かに搾取されるか、とにかく悲惨な最後を迎えるとしても本当に高慢なだけの令嬢であれば平民がどうなろうとも構わない、と無感動に切り捨てるのが普通なのに、だ。


『そこのメイド! このアンデットよりも愚鈍なガラクタを少しは使えるようにしなさいな!!』


『かしこまりました。それよりお嬢様、お着替えは──』


『それくらい自分でしますわよ!! 放っておいてちょうだい!!』


 近くのメイド──ミーネにそう言いつけて、ふんっとそっぽを向いて紅茶の匂いを漂わせながらその場を立ち去るアリスリリア。使用人が公爵令嬢に紅茶をぶっかけて叱責だけで済んでいるのが奇跡的ですらあった。


『あれだけ意固地になったら今日はもう取りつく島もないよね。というわけで、シェルファ。随分とド派手にやっちゃったね。まあ人間誰しも最初からうまくできるものでもないしね。ちゃんと反省して、お嬢様が落ち着いてから謝って、今後うまくできるようになればいいのよ。私もしっかり教えてあげるから、ね?』


『……あの』


『うん?』


『わたしは役に立っていないけど、大丈夫?』


 役に立たないなら処分すればいい。

 少なくともノイズまみれの『あそこ』では少しでも期待に応えられなかったら処分されていた……ような?


 詳細は思い出せないが、それでもシェルファ以外にもあそこには何人もの人間がいたはずで、だけどあの時に拾われたのはシェルファだけで、それはつまり使えなかったからで、赤黒く腐った何かを捨てたことも一度や二度じゃな──


『大丈夫よ。さっきも言ったわよね。今後できるようになればいいって。これから少しずつ役に立てるよう力をつけていけばいいのよっ』


 それは、いつまで?

 見限られるまでどれだけ時間は残っている?


 焦りが心を炙っていた。それを目の前のミーネに吐露していればしっかりと受け止めてくれただろうが、この頃のシェルファは下手なことをしたら見限られるのが早まるかもと口をつぐんでしまった。


 だって知らなかったから。

『これまで』とはまったく違ったからどうするべきなのか何もわからなかった。



 ーーー☆ーーー



 いつ見限られるかという焦燥感はあったが、それは頑張るしかない。ここはシェルファにとって人間らしくいられる幸せな場所だからこそ自分には価値があると能力で示すしかないのだ。


 そんなある日、自分の救ってくれたアリスリリア=ブリュンフィル公爵令嬢とはどんな人間なのか知りたいと思った。


 ……知ることができれば、望みを読み取れれば、こんな役立たずでも捨てられないためにどうすればいいかもわかるかもしれないから。

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