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第八話 夢での追憶 その一

 


 これは夢だと断言できた。

 なぜなら『これ』はもう終わったことだからだ。



 鉄格子。

 太い首輪に手枷。

 枯れ枝のような身体に錆びたように霞んだ銀髪、そして心情がそのまま滲んだように濁った赤い目。


 髪も瞳も大陸でも珍しい色を持つシェルファは幼い頃に故郷の村を盗賊に襲われた。その際に両親は殺され、彼女自身も犯罪組織に売り払われた。


 それからは実験動物として酷使される日々だった。幼いながらも両親との幸せな記憶もあったはずなのに、擦り切れて思い出せないほどに。


 そして実験内容もろくに覚えていない。夢だとしてもノイズに覆われて何をされてきたのか認識できない。


 幸も不幸も受け止めるには辛すぎたから。

 どちらを覚えていても致命的に壊れると無意識のうちに理解して、防衛本能が働いてこの頃の記憶を全て忘れるしかなかったのだ。


 だから覚えているのは痛みだけ。

 どうしようもなく痛かったことだけは忘れようとしても忘れられずに身体の奥底にまで残っていた。


 それ以上、身体的な痛みなんて比にならない『何か』さえもあったからこそ忘れるしかなかったのだろう。単純に痛いだけじゃ済まされない『何か』を思い出してしまったら致命的に終わると理解しているからこそ。


『……ザザ、ジジ。そして魂ジジザ。…………替わ……支配にザッザ………ザザ…我が………に………のだ!! クハッ。……ザザ世ザジジザ……して……ようぞ!!』


 誰かがそんなことを言っていた気がする。

 ノイズのせいで正確には思い出せないが、その誰かがシェルファに『何か』をした……気がする。


 痛みしかない日々。

 どこまでいっても不幸しか存在しない、そんな物語。


 そして。

 だから。



 ここまでで夢は終わらない。なぜならシェルファはとっくに救われているのだから。



 轟音があった。

 これより前の過去は全てがノイズに覆われて正確に思い出せないが、ここから先の全ては鮮明に覚えている。


 腹部には穴があいていて、至る所が抉れて鮮血が噴き出していて、決して無事とは言い難い姿ではあっても『彼女』はこの世の全てを見下すような不敵な笑みを浮かべていた。


 高慢に、それでいて動きだけはパーティーに参加している淑女のように優雅さが滲み出ていて。


 そう、こんなどこまでも悲惨な不幸の底のような場所であっても、どれだけ傷ついて痛くても、『彼女』は一切自分を曲げることなく堂々と胸を張ってこう言ったのだ。


『ありがたく思いなさいな。このわたくし、アリスリリア=ブリュンフィルが見るからに薄汚いお前を拾ってあげますわ!!』


 これがアリスリリア=ブリュンフィル公爵令嬢との出会いだった。何一つ忘れる必要のない、大切で好きに満ちた日々はこうして始まったのだ。



 ーーー☆ーーー



 深夜。

 色々、そう、本当に色々と大変だったが、どうにか一日を無事(?)にやり過ごすことができた、と現在のシェルファと入れ替わっているアリスリリアは深くため息をついた。


 細かいところを言い出したらキリがないほどに『らしくない』行動の連発だったし、その都合騒ぎになった気がしないでもないが、少なくとも医療術師を呼ぶとか当主に連絡がいくとかそんな展開にはなっていない。それだけでも良しとするべきだろう。


 ……何度怒鳴りたくなったか数えるのも億劫なほどだが、とにかく今日一日を乗り越えることはできた。アリスリリアの身体を操るシェルファは今頃部屋で呑気に寝ていることだろう。


 この時間帯なら使用人たちも眠りについている。

 ()()()()()()()()


 中庭に一人立つシェルファの身体を操るアリスリリアはその華奢な掌を夜空に向けた。



 瞬間、強烈な光と共に放たれたのは最上位たる魔法の数々だった。


 貴族としてはそれなり以上に多くの魔力量を誇るアリスリリアでも『自分の身体では』数発放つのが限界だったというのに、十発以上放とうとも魔力切れになる様子がなかった。



「やはりですわね。入れ替わった当初から違和感はありましたけれど、この身体が秘める魔力量は異常ですわ。これほどの魔力を持っている人間など聞いたこともありませんわよ」


 魔力量は身体に依存している。

 つまりこの尋常ならざる魔力量はシェルファの才能ということになる。


 魔力コントロール能力は魂に依存しており、その才能は貴族の血筋にこそ強く発現することが多い。つまり単なる平民なのかはともかく、貴族ではないシェルファは魔力コントロール能力のほうは弱く、これだけ多くの魔力を操作するどころか持っていることすら認識できていなかっただろうが。


「銀に赤、ですか」


 そして。

 そして。

 そして。



「もしも『そういうこと』だとしても入れ替わりの原因究明にも解決にも役立たない以上、どうでもいいことですわね」



 そう吐き捨ててアリスリリアは明日も早いからさっさと寝ようと部屋に戻った。


 ちなみに翌日に『昨日の謎の光は宇宙人が侵略にやってきた証拠なのっ。うわあん世界滅亡まで待ったなしなのおー!!』とか『いいえあの光は女神様からの祝福ですよお。選ばれし者に奇跡を授けてこの世のあらゆる魂をお救いになるために!! そしてこの地に女神様の祝福が降り注いだ以上、選ばれたのはお嬢様において他にいないのです!! ああっやはりお嬢様はそうだったのですねえ!! さあ早く祈るしかできずに何も救えなかった私を罰し殺して救いをうふふあはっはははっ!!』とか『参ったなぁー。ついに私の秘めたるすんごい力が目覚めちゃったかぁー。お嬢様に拾われた時も目が覚めたら私たちの周りだけあれだけの自然災害が避けていたもんね、うんうん。そうよやっぱり私には特別な力があるのよっ。今は無意識のうちにしか使えないだけでな!! ようしこれはもう伝説を残すっきゃないよね! 魔人とか古龍とかダークエルフとか伝説上の怪物がいきなり出てきても大丈夫だよ私がこの世界を守るからね!! それで、ふっふ、ぜぇーたいに有名人になってちやほやされてやるんだからぁー!!』とか『そーゆー甘ったれた思考回路していると昔の私の両親みたいにクソッタレな連中に食い物にされるから注意したほうがいいっつーの。まあアタシもお嬢様に狂わされた一人だから理解はできるにしても。……ああ、お嬢様にならいくらでも狂わされてもいいとか考えている時点でアタシもとっくに手遅れよね』とか『なんでもいいからお嬢様に罵倒してほしいっす!!』とか使用人たちが騒ぐことになるが、幸か不幸かアリスリリアが耳にすることはなかった。


 ……『お嬢様の魔法だったんじゃあ?』という先輩メイド・ミーネの意見は喧騒にかき消されて誰の耳にも入っていなかった。いつの世も真面目で正しい意見が通るわけではないのだ。

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