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第四話 メイドのお仕事、掃除編

 

 王国西部に位置するイグリア領は豊かな資源と広大な土地を有する王国でも王都に匹敵するほどに栄えている。


 その分だけイグリア領をおさめるブリュンフィル公爵家は財力を蓄えており、その象徴ともいえるのがブリュンフィル公爵家の本邸である。


 富とは蓄えていても何の価値もない。使ってこそ富の価値は光るというのが歴代のブリュンフィル公爵家の人間の考えだ。だからこそ本邸は財の限りを尽くしたものになっている。


『屋敷』というよりは『城』として区分したほうがいいほどの規模の建物が外観からして著名な芸術家たちによって彩られており、中庭の薔薇園や本邸内部の調度品、他にも一流の技術が注ぎ込まれた富の象徴なのだ。


 ……半分以上はアリスリリアが買い集めたものである、というのだから、それだけでも彼女の性質がよくわかるというものだ。


 さて。

 それだけ高価な品で溢れた本邸だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、掃除一つとっても決して楽ではない。


 作業量もそうだが、高価な分だけ繊細な品々を乱雑に扱えば綺麗にするつもりが劣化させてしまうことにもなりかねない。一般家庭なら水拭きでもすればある程度は綺麗にできるが、本邸での掃除には各種調度品に合わせた方法であたる必要があるということだ。


 つまり。

 だから。



(だあーっ!! ぜんっぜん終わらねえーですわあ!!!!)



 本邸、その通路でのことだ。

(シェルファの身体を操る)アリスリリアは自分で買っておいてそこに置いていたのも忘れていた無数の宝石が埋め込まれた壺を磨きながら思わず叫びそうになっていた。


 今の彼女はシェルファの身体に乗り移っている。

 つまりいつまでもアリスリリアのそばにいるのは不自然だということで『シェルファとして』メイドたちに合流していた。


 奴隷だったシェルファを拾ったのは十一歳の頃だから大体四年くらいはメイドとして働いている計算になる。それだけ働いていればシェルファ『は』それなりに仕事も覚えている。いくら鈍臭くても日課の仕事くらいはほとんどミスすることなくこなしているのだ。


 だからシェルファとして紛れ込んでいるアリスリリアがこんなところで躓くわけにはいかない……のだが、


(やることが多いですわ……。無駄に広いし、掃除するだけでも手間暇かかる物ばっかりですし、誰ですかこんなに色々と買い込んでいるのはっ!! わたくしですわね、もう!!)


 一応は手順書があるので何をやればいいのかわからない、ということにはなっていないが、それでも他のメイドと比べても作業速度が遅いのは一目瞭然だった。


(こんなことならわたくしがシェルファに適当な命令をしたことにして普段の仕事はしなくていいようにしていれば……いやでもこれからどれだけ入れ替わっているかわからないのですわ。流石に何日も特定のメイドを手元に置いておくのは不自然ですし、怪しまれないためにも日課の仕事くらいはこなしておくべきですわ!!)


「わたくしはアリスリリア=ブリュンフィルですわよ。ポンコツメイドにもできることがわたくしにできないわけがないでしょう!!」


 意気込んだ直後に手が滑って宝石だらけの壺を割っていた。もう見事なまでの粉砕具合である。


「…………く、くうっ!!」


 唸るしかなかった。

 シェルファと入れ替わってなかったら今頃地団駄を踏んで喚いていたところである。


 と、壺の割れる音を聞きつけたのか、シェルファの先輩メイドであるミーネが駆け寄ってきた。


 腰まで伸びた黒髪の平民であるミーネは『うわあ』と言いたげに額に手をやって、


「これはまたド派手にやっちゃったね」


「う、ぐ」


「しかもお嬢様が酒に酔って衝動買いしたちょー高い壺だし」


「そんなに?」


「前にそこらの屋敷が建つくらいだって言ったわよね」


 そう言われてもアリスリリア自身はそんなものを買った記憶もなければここに飾っていたことすら忘れていたが。


「ここ一年はシェルファも日課の仕事ではここまで大きなミスはしなくなったけど、まあ、うん。とにかくまずはメイド長に報告しないとね」


 最終的に今日一日で壺から石像から絵画からそれはもう壊しに壊しまくったのだった。こんなに自分は不器用だったのかと、アリスリリアは疲労に喘ぎながら唸るしかなかった。



 ーーー☆ーーー



「もう無理。こんなのやってられねえーですわよお!!」


 そんなわけで一日も保たなかった。

 掃除だけでも散々なアリスリリアであったが、そもそもメイドの仕事は掃除だけではない。公爵令嬢として身の回りのことは使用人に丸投げだった彼女が一日かそこらで完璧に立ち回ることなど不可能だったのだ。


「大体このわたくしがどうしてメイドの真似事などしなければならないのですか! ふざけるんじゃねえーですわあ!!」


「…………、」


 場所はアリスリリアの私室。

 いま現在、誰も部屋には近づかないようアリスリリアの身体を操るシェルファが厳命しているのでこの場には自分とシェルファしかいない。ということでアリスリリアは苛立ち紛れに枕をぼふぼふ殴りながら、


「入れ替わりですわ。そうですわよ、この状態さえ解決すればあんなメイドの真似事をする必要もなくなるのですわっ。シェルファ! 今日中にどうにかしますわよ!!」


「うん」


 具体的にどうやって? とシェルファは思ったが、小難しい話はさっぱりなのだ。そういうのはアリスリリアに任せるしかないので余計なことは口にしない。


 主についていくのがメイドの役割なのだから。



 ーーー☆ーーー



 ちなみに先輩メイドであるミーネは気が気ではなかった。


 ()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()とはいえ、シェルファがあれだけのミスをしたのは初めてだった。そう、最初の最初のミスが多かった時よりもだ。……その事実を知ったら軽く涙目になる誰かがいることにはもちろん気づくわけもなかった。


 とにかくそれほどに調子の悪いシェルファが現在『あの』アリスリリアと二人っきりである。しかも、わざわざ二人きりになれるよう厳命までして、だ。


「シェルファが上の空になるのは分かっていたんだからもっとちゃんと見ていてあげたらこんなことにはならなかったのにああもうっこんなんじゃ先輩失格だよ!!」


 せめてできることはしよう。

 シェルファが何事もなく帰ってきたら力の限り抱きしめて精一杯精神的な負担を軽減できるよう声をかけてあげよう。


 彼女にはそんなことしかできないが、先輩として何もしないなどという選択肢はあり得ない。

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