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第十二話 ダンスの練習

 

 アリスリリアとシェルファの『中身』が入れ替わってから一週間が経過した。その間、入れ替わりに関する情報は何も集まらなかった。


 解決策が見えてこない以上、長期戦になるのは覚悟しなければならない。とりあえず手当たり次第に調べるしかないと王都の王立図書館の最深部、知の魔女の叡智さえも保管されている秘匿区画への閲覧申請をしているのでそちらが許可されれば調査も進展するかもしれないが、それだって絶対ではない。


 残り三週間。

 そう、後三週間の間に入れ替わりを解決できなければ第一王子主催のパーティーに『中身』がシェルファのままアリスリリア=ブリュンフィル公爵令嬢が参加しなければならないのだ。……アリスリリアの価値を考えれば欠席しただけで即座に致命傷とまではならないだろうが、自分こそあらゆる生命体の中で一番優れているのだという自負がある彼女にとって有象無象に付け入る隙を与えるのは我慢ならなかった。


 だから。

 だったら。


 他の使用人たちに見られないようアリスリリアの私室に集まって秘密の特訓の開始である。


「やはり万が一に備えて『中身』がシェルファのままパーティーを乗り切るよう徹底的に鍛えるしかないですわよね」


「アリスリリアさまが命じるなら、頑張る」


「問題は屋敷の中でさえもやらかしまくっているポンコツメイドがパーティーを乗り切る技量を身につける未来が見えねえーってことですけれどね!!」


 嘆くが、嘆いていても始まらない。

 この世のほとんどは石ころ。アリスリリア以外を盤面に出して使うしかない以上、いつものようにすんなり進むわけがないのだから。


 この程度は負担でも何でもないと笑い飛ばすのがアリスリリア=ブリュンフィルなのだ。



 そんなわけでとりあえずダンスの練習をしてみることに。まるは一人で簡単なステップから……そこで足が絡まって床に転がる段階で三十分が経過した。



「鈍臭いですわねっ。こんなのちょっと特定の動きで足を動かすだけでしょう!! どうしてそんな簡単なことができないのですか!?」


「不思議……」


「それはわたくしの台詞ですわよお!!」


 繰り返すが、パーティーまで残り三週間。

 ひとまず入れ替わりの原因究明に力を入れて解決の目処が立てばそのまま集中したかったが、未だ取っ掛かりすら見えていない。というわけで流石にこれ以上はまずいと本格的にパーティー対策を開始したが、これは予想以上に大変そうだった。


(ポンコツメイドを鍛える、周囲に違和感を感じさせないようメイドとして働く、そして入れ替わりの原因究明及び解決策の模索。時間配分を考えなければ全て半端に終わって破綻しますわよ)


 アリスリリア=ブリュンフィルという人間は確かに多彩な才能の持ち主だ。彼女『だけ』なら大抵の問題は鼻歌まじりに解決できただろう。というか実際これまではそうしてきた。


 だけど今回は違う。

 実際に動くのはアリスリリアだけではない。パーティーまでに入れ替わりが解決していなければそれこそ矢面に立つのはシェルファなのだ。


 こういうことは初めてだった。

 自分以外の人間に託すしかなくなるかもしれない状況は。


 と、そこで。

 らしくもなくしおらしい声が耳に届いた。


「アリスリリアさま……足を引っ張ってごめんなさい」


 その言葉に。

 ふんっとくだらなそうにそっぽを向いて、そして、


「もしかしてわたくしの力になろうとでも考えています? ポンコツメイドごときに助けられるほどわたくしは軟弱ではありませんわっ。このわたくしがいる以上、何がどうなろうとも最後には一片の文句もつけようがない完璧な結末になるのですわ!! ですからくだらない謝罪などする暇があったら黙って信じて従っていなさいな!!」


「うん。わたしも、頑張るから。メイドとして少しでもアリスリリアさまのお役に立てるように」


「……ふんっ」



 その後、自分が誘導したほうが覚えやすいかもしれないとシェルファと手を繋いでステップを踏もうとして、見事に足を絡ませて倒れてきたシェルファに押し倒されて、鈍臭いにもほどがありますわと怒鳴ることになるのだった。



 ーーー☆ーーー



 王都。

 その中心にそびえ立つ王城でのことだ。


「はっはは!! 後三週間だ。たった三週間で時代は新たな段階に進む。アリスリリア嬢を俺様の婚約者として手に入れることでなあ!!」


 獅子のように髪が逆立った金髪に碧眼の偉丈夫だった。

 第一王子アギト=ラギアグル。王子というよりは騎士や冒険者といったように身体を鍛え上げた男である。


「アリスリリア=ブリュンフィル公爵令嬢、ですか。ブリュンフィル公爵家の令嬢にして様々な新種で簡易な魔法道具を開発することで今後人々の生活水準を跳ね上げるだろう才覚の持ち主ともなれば『使い道』は未来の王妃として以外にもあるとは思いますが」


 そう言ったのは唯一の王女エリシア=ラギアグル。第一王子と違って身体を鍛えているということもないが、そもそも王族が騎士や冒険者のように身体を鍛えているのがおかしいのだ。


 見目麗しい、という冠が相応しい王女は腰まで伸びた美しい金髪や整ったプロポーション以上に右の瞳が印象的だった。


 左は綺麗ではあるが普通の碧眼なのだが、右は輝くようなという比喩ではなくて実際に輝いているのだ。


 夜空に輝く星のように、その瞳は神秘的な美しさを纏っている。


 魔眼。

 血筋に関係なく先天的に生じる身体的特徴の一つ。


 魔法とも異なる、それでいて不可思議な能力を持つ瞳である。


 魔眼の能力は人それぞれだが、彼女の場合は通常目に見えないはずの魔力を見通すことができる。


 それによって魔法の初動、具現化する前の魔力の流れから魔法の種類から放つタイミングまで把握できるので彼女の目がある限りは魔法による不意打ちは不可能である……が、こんなものは直接戦闘を生業とする騎士や冒険者ならともかく王族にはあまり役立つ能力ではない。


 その瞳がどれだけ特別でも、他の分野を鍛え上げても、一番初めに生まれた男子たる第一王子が王位継承権第一位であることは揺らがない。


 第一王子が王位継承権を剥奪あるいは放棄するか、死なない限りは、絶対に。


「本当に王妃という『使い道』でよろしいので?」


 その指摘に第一王子は口元を不敵につり上げて、


「俺様と共に覇道を歩む女として完膚なきまでに惚れ込んだ、だから娶る。それ以上も以下もないなあ。はっはは!! 国中の主要な貴族どもを集めたパーティーの場で婚約を申し込むんだ。ド派手にかまさないとなあ」


「……ちなみに婚約に関して陛下やブリュンフィル公爵家に話は──」


「はっはは!! もちろん通してないが?」


「お兄様、それは」


「まあ待て。言いたいことはわかるが、考えてみろ」


 第一王子アギト=ラギアグル。

 金髪碧眼の偉丈夫は堂々とこう言った。



「振られたらどうするんだ!? 双方の親が動いているのにアリスリリア嬢に振られたらこっぱずかしいだろうが!!」



 だったらわざわざ主要な貴族を集めたパーティーの場でやることでもないとは思うが、そこは初めから負けるつもりで挑むのは王者として相応しくないとでも考えたのだろう。


 心の中ではどれだけ怖気付いていても、誤魔化すように派手に突き進むのがアギト=ラギアグルという男だからだ。……それなら事前に両家に話をしておくまでして欲しかったが。


「根回ししておけばブリュンフィル公爵家といえども断ることはできないと思いますが」


「ハッ! 無理強いしたってつまんねえ結婚生活になるだけだろうが!! どうせ結婚するならいつまでも仲良くやっていきたい。だってのに初っ端から権力でゴリ押ししてみろ。アリスリリア嬢のことだから反発してくるのは目に見えている!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 両家に無断で婚約を申し込む、というのに多少の違和感はあったが、どうやらそんな理由もあったようだ。


 何の責任もない平民ならともかく、王族としては不適切だが。


「王となる者の結婚とは平民のそれと違って利益を追求するためのものです。いい加減、次期国王である自覚を少しはもってほしいのですが」


「そりゃあ政略も大事だろうよ。だが、だからといって政略のためにそれ以外を切り捨てないといけないってのは弱者の理論だ。絶対的な王者として君臨するなら公的にも私的にも完璧であらねばつまんねえだろ?」


 これが第一王子にして次期国王アギト=ラギアグルの理論だった。


 安易だが多少の犠牲を強いる道よりも困難だが全てを救う道を選ぶ。それこそが王者としての生き様だと今日この日まで貫いてきたのだ。


(頭の中お花畑め。理想に固執していては王の責務は果たせない。だからわらわが──)


 王女は言葉なく頭を下げながらも、決して第一王子の意見に賛同してはいなかった。


 もちろんそんなことは表には出さないが。


「よし、アリスリリア嬢に会いに行くか。エリシアも一緒にな!!」


「は? なぜそんな話になっているんですか?」


「会いたくなったからだな。惚れた女の顔を見たいというのはそんなに不思議なことか?」


「……だとしても、どうしてわらわも?」


「そんなの決まっているだろうが!!」


 叫び、獰猛に笑って。

 そして第一王子アギト=ラギアグルはこう続けた。


「俺様だけでアリスリリア嬢に会いに行くとか緊張して無理だからだ!!」


「…………、」


 そんなわけで第一王子御一行によるブリュンフィル公爵家訪問が決定した。

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