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第十一話 夢での追憶 その四

 

 それからシェルファは時間を見つけては使用人たちにアリスリリアについて聞いて回った。


 例えばメイドであるのに常に分厚いフルアーマーで頭の先から足の指先まで覆い尽くした上に巨大な盾を持ち歩くイリールナ=A=イリーガルナは『お嬢様はおっかないけど安全なの。いずれ世界が滅ぶにしてもお嬢様なら最後の最後まで生き残ると思うし、だったらおそばにいるのが一番なのっ!!』と言っていた。


 例えばメイドだというのに所々破けたままで肌色がのぞきまくっている修道服姿のマリアは『お嬢様は女神様に選ばれた存在ですよお。勇者、救世主、御使い、呼び方なんて知ったことではないですけど、ええ、あれだけの才能を与えられているのが女神様に寵愛されている証拠です! ですからお嬢様こそこの世の澱みを一掃して悲劇の存在しない理想の時代を築き上げてくれるのです!! その時こそ女神様に選ばれなかった私は選ばれたお嬢様の手で罰し殺され救われるのですよお!!』と頬を赤くして全身を甘く震わせていた。


 例えばメイドだっつってんのに伝説の古龍やダークエルフの女王を討伐して世界を救ったとされる勇者のコスプレ姿(漆黒のマント+華奢な女の子でも持ち歩きできるよう中身スカスカな身の丈以上の大剣+謎の魔法陣的なものが描かれた眼帯というのが本物の勇者の装備ではなくて後年の創作物での着色だと気づかずに勇者の再来としてまずは形から入ったつもり)のリュミは『お嬢様? まあ私の次に才能あると思うよ。真に特別なのは私だけどな! わっはっはっ!!』と遥か過去に種族としての特徴なのか人間とは比べものにならない魔力量から繰り出される無尽蔵の魔法でもって大陸中にその存在を轟かせた魔人に関する書物を読みながら平べったい胸を張っていた。ちょうど鋭く伸びた爪や漆黒の翼、銀髪に赤目という魔人の身体的特徴がよく反映された姿絵が描かれたページが開かれていたのを何となくシェルファは覚えていた。


 例えばメイドだからメイド服を着ている(?)リサは『私にとってのお嬢様は、そうね、水や空気と同じく摂取を怠ると死んじゃう存在? うん、見事に狂わされているようで何より』と声音こそ軽いのに何だかズシリと重たい答えだった。


 例えばシェルファの教育係である先輩メイドのミーネは『()()()()()()()()()()()()()()私にとっては全てが誇るべき主よね』と言っていた。


 ちなみにせめてものメイドアピールなのか癖が強い最初の三人も一応頭にはメイドらしくホワイトブリムというカチューシャをつけていたが、それでまかり通るのがアリスリリアのメイドだった。


 どれもこれもアリスリリアが拾ってきた人間であり、ブリュンフィル公爵家当主や姉についているメイドはマトモなメイドしかいない。


 つまり、やはり、アリスリリアなのだ。

 あんな三人がそのまま捨てずに手元に置いているくらいには普通の令嬢とはズレていて、だから本質が見えてこない。


 どの性質が本当のアリスリリアなのか。

 それがわかれば、アリスリリアという人間が理解できれば、自ずとシェルファもノイズだらけの『これまで』とは全然違うここにいてもいい理由がわかるかもしれないのに。


 そう、シェルファは戸惑っていた。

 奴隷や実験動物。そういう風にしか扱われていなくて、そんなノイズだらけでも身体の奥に刻まれた『普通』が公爵家での扱いと違いすぎて、どうしてこんなところにいるのかわからなくて。


 本当に、自分のような人間がこんなところにいていいのかと、そんなことばかり考えていた。


 だから明確な答えが欲しかった。

 シェルファがここにいてもいい理由。奴隷や実験動物として一定の成果を出していただろう『これまで』のようなわかりやすい価値があれば。


 だからこそシェルファの命運を握るアリスリリアのことを理解できればと、そんなことを考えて色んな人に話を聞いていたのだと、ようやく気づくことができた。


 結局何もわからず、何も解決していないことも含めて。


 そこまで理解したシェルファはその足でアリスリリアの部屋に向かった。メイドであるくせにノックもせずに扉を開けて怪訝そうに見返してくるアリスリリアへとこう言ったのだ。


()()()。わたしの身体は実験でいじくり回されています。つまり既存の技術とは異なる未知の塊だと思う』


『……はぁ? いきなりわたくしの部屋に入ってきたかと思えば、何を言い出すのよ?』


『わたしの身体を解剖すれば少しは価値あるものが見えてくると思う。だから、これからも迷惑をかけてしまうかもしれないけど、その代わりわたしの身体は好きにしていいから、お願いだからここにいさせてほしい』


 ああ、そうだ。

 シェルファはここにいたかったのだ。

 もう二度と『これまで』のような場所に戻りたくなかったのだ。


 だってここならノイズだらけで思い返すこともできない『何か』をされなくて済む。


 だってここならミーネや個性的なメイド、他の使用人たちがシェルファのことを奴隷や実験動物としてではなく一人の人間として扱ってくれる。


 だってここならもういつ死んで楽になれるのかと、そんなことを考えなくていい。


 だけど今のシェルファは失敗してばかりで、メイドとしての価値はなく、逆に主人であるアリスリリアに迷惑をかけている。


 いつか、どこかで、アリスリリアに見限られるかわからない。いいや普通ならとっくに捨てられているはずなのだ。


 許されているほうがおかしくて、いつまでも奇跡が続くわけもなくて、いつかどこかでこの幸せが失われるとしたら。


 それよりは痛いほうがマシだ。

 天才と呼ばれているアリスリリアならばシェルファの身体に刻まれた実験の跡から何かしら価値を見出してくれるかもしれない。それさえあればどうにかここにしがみつくことだってできるかもしれない。


 怖い。

 もう『これまで』のような場所には戻りたくない。

 アリスリリアに救われたからこそ、アリスリリアに見限られるのだけは絶対に嫌だった。


 だから。

 だから。

 だから。



『ポンコツどころの話ではありませんわね。わたくしを馬鹿にしているのですか?』



 その瞬間。

 紅茶をぶっかけるようなミスをしても怒りはしても一日経てば『ふんっ。次はないですわよっ』と毎度のようにそう言っていたアリスリリアではあるが、この時ばかりはその手がシェルファの首を掴み取っていた。


 全身から溢れるオーラは魔力なのか。今にも極大の魔法で消し炭にでもされそうな威圧感であったが、反して声音は平坦そのものだった。


 普段と違ってその声には怒りというものが感じ取れず、だからこそシェルファは恐ろしいと感じていた。


 これまでどれだけ怒鳴られても怯えることはなかったのに、今この時だけは今すぐにこの場を逃げ出したくて、だけど身動き一つとれなかった。


 首を掴まれているかどうかは関係ない。

 身がすくんで指先さえも自分の意思では動かせず、しかし全身が小刻みに震えているのだ。


『このわたくしがどこぞの犯罪組織が残したくだらない実験の名残を卑しく漁って喜ぶとでも思ったのですか!? それは侮辱以外の何物でもありませんわよ!?』


『ちが……侮辱するつもりなんてない。わたしは、ただ、みんなと一緒がいいだけで……捨てないでほしい、だけで』


『はぁ。あのメイド、このポンコツを使えるようにしなさいと命じたというのに。こんなになるまで放置しているとは何をやっているのですか』


『え……?』


『愚かで下賎でポンコツなその頭にもわかるように言ってあげますわ』


 首から手を離して。

 深々とその口元に高慢な笑みを刻んで。

 それはもう反るように胸を張って。


 そして彼女はこう言ったのだ。


『わたくしはアリスリリア=ブリュンフィルなのですわよ!!』


 …………。

 …………。

 …………。


『そういうことです。わかりましたわね?』


『ええ、と』


『察しが悪いですわね、これだからポンコツは! こんなこと本来なら懇切丁寧に説明することでもないのですからね!!』


 ごほん、と一つ咳払いを挟んでから、


『光り輝くダイヤモンドのごときわたくしと違って、この世のほとんどの人間は石ころです。わたくしにとっては出来損ないなのが当然で、満足いく働き一つできないのが当たり前です。そんなものにそれほど期待などしていませんわ』


 どこまでも高慢で、不遜で、自分以外を徹底的に見下していて。


『ですから石ころごときの働きが悪いからといって捨てるわけがないでしょう。どれを拾って使っても大して変わらないのですから』


 だけど、本当にそれだけなのか。

 内容それ自体は厳しく、嫌味のようでいて、それでも結果としてアリスリリアはシェルファを救った。


 犯罪組織を殲滅し、これから生活するにあたって何のアテもないシェルファを使用人として所有することで居場所を与えてくれた。


 どれだけ不出来でもここにいたいならいていいのだと、随分とわかりにくいがそう示してくれた。


『くだらない心配をするくらいなら、そんな心配をする必要がない程度には使い物になるよう精進しなさいな。それまでの間にもたらさせる不利益くらいあらゆる面で優れているわたくしには何の負担にもならないのですわ。ええ、そうです、ポンコツごときがわたくしに迷惑をかけることができると考えることそれ自体が馬鹿にしているのだと理解しなさい!!』


 わかりましたか!? とびしっと指を突きつけるアリスリリア。その勢いに思わず頷いたその反応を満足そうに見据えて、小さく、本当に注視しないと気づけないほどの笑みを浮かべていたことをシェルファは今でもよく覚えている。


 おそらくは、それこそが。

 色々なものが重なり合ったアリスリリアの本当の本当に底にあるものなのだろうと、そう思えた。



 ーーー☆ーーー



 その後、アリスリリアから話を聞いたのか、急いで駆けつけてきた先輩メイドであるミーネから思いきり抱きしめられた。


 気づいてあげられなくてごめんと、お嬢様なら大丈夫だときちんと説明しておくべきだったと、何があってもずっと一緒だと涙ながらに言われて、その暖かさに思わず抱きしめ返していた。


 だからシェルファはここが大好きだった。

 絶対に失いたくないとそう思うほどに。


 だから。

 背を向けて立ち去ろうとするアリスリリアに意識せずにこう声をかけていた。


『ありがとう、ございます……っ!!』


 一瞬顔だけ振り返って、何も言わずにそっぽを向くのが実にアリスリリアらしかった。



 ーーー☆ーーー



 朝。

 目覚めたシェルファは一言。


「早くアリスリリアさまに会いたいな」


 あの夢の先にも様々な積み重ねはあった。

 その末にシェルファは()()()()()()()()()()()()として今ここにいる。


 何やら『中身』が入れ替わるというよくわからない状況だが、それでもシェルファがやるべきことは変わらない。


 親愛なる主のために。

 それが今のシェルファの生きる意味なのだから。

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