【第六話 3】
赤羽未来高校、ニュースメディア部では、一足早く転校生が挨拶をした。
ディスプレイでは赤いタコの親父が踊り狂っていた。
「アキちゃん、めっちゃ可愛いやん! 桜の眼帯とかオシャレやん! 東京の端っこ高校に転校してきてくれてありがとーっ! もしかして、彼氏おる? おらへんなら、ワイみたいなタコはどう? せやリサリサ、今晩みんなでタコパしようや! ますます部が楽しくなるで、キャッハーッ!」
プツンと画面が消えた。部長の山本理沙が消したのだ。
「――というわけで、4月から佐倉アキちゃんが我が校に転校してきます。学校に慣れるまではうちで預かることになったから、よろしくしてあげてね!」
と、部長が部員に伝える。そっと手を挙げたのは副部長の河井マリエだ。
「私は河井マリエよ、よろしく」
ぽっちゃり体型に誇りを持ち、本日のイヤリングはイカのキャラクターのようだ。
「ところで、どうして眼帯をしているのか、聞いてもいいかしら?」
「あ、これは……」
山本が苦々しい顔を見せ、佐倉アキは背筋を伸ばす。その様子を見て河井は遠慮するも、黒髪少女は理由を話し始めた。
「この眼帯は転校した理由でもあるんですけど、校外訓練のパトロールで、運悪くケダモノに襲われたときにケガをしちゃって……それがトラウマになって、あまり霊力が出せなくなっちゃって、普通の生活がしたくて転校してきました」
「そう……正直に話してくれてありがとう、災難だったわね」
「俺は土田純平。みんなからはつっちーって呼ばれてる」
春休みなのでシャツを脱ぎ、好きなバスケ選手のユニフォームを着る土田が訊く。
「でさ、ケダモノって、西口の映画館を爆破させたやつ? ゴリラだっけ?」
当時を思い出して左目が痛むも、すぐに笑顔を戻す。
「別のケダモノ、蛾ですね。けっこうグロくて怖くなって、やられちゃいました」
「じゃあさ、じゃあさ、アキちゃんも透明になれるの?」
「透明になれますね。見せましょうか?」
「え!? 本当ですか、見たいです!」
と、部のマスコットキャラクターでもある羽上加恋が心を躍らせた。
ほかの部員や部長は赤羽神社の心霊保安官に見せてもらったことがある。
「いいですよ。では――」
佐倉アキは恥ずかしそうに、両手を重ねた。《霊道開眼》
手のひらの霊線が重なり、宝石眼となった少女は一瞬にして霊界へと姿を消す。
「おおー、すげぇっ! ガチモンだ!」
部室内で驚嘆の声が上がる。
「あんまり見せびらかすと近藤さんに怒られるので、この辺で」
すぐに霊道を閉めて、人界へと戻って来る。
ただ、霊能力者の曲芸とも言うべき特性を見ても、動じない少年が一人いた。
奇しくもこの少年も黒髪で黒縁メガネをしている。
「コー、なんでそんな無表情なんだよ」
「白馬に乗った畜生メガネ、お化け屋敷でも澄ます感じ? こういうときは、わーすっごーいって盛り上げてこそ、メガネキャラでしょうが」
「どんなキャラだよ! あと、初対面の女子にそんな蔑称を教えるな!」
と、語気を強めて抗議する。
「蔑称じゃないわよ。ラブネームじゃん」
「どこがラブなんだよ。ただのデスじゃん」
土田が佐倉アキを気遣う。
「ごめんな。キレ芸キャラなんだよ。たぶん、アキが可愛すぎて緊張してるんだわ」
「え!? ありがとうございます」
「畜生メガネも可愛いところがあるのね」
瞬きをせずに無言の抗議だ。
山本が面倒くさそうに怒る少年を転校生に紹介する。
「このメガネ男子は白馬晃太郎、名前に白馬とつくけど、王子ではないわ」
「どーも、白馬です」
「佐倉アキです。よろしくお願いします」
この子か……と、桜ノ宮愛月は黒縁メガネの奥で病院でのやり取りを思い出す。
江戸特区内にある病院にて、日本合衆国を建国した三ノ宮の一角、桃ノ宮玉太朗が入院中の桜ノ宮愛月に告げた。
『その高校に潜入し、白馬晃太郎を探れ。場合によっては、滅霊してかまわんから』
『せ、潜入……!?』
『近いぞ、浮気猿』と、彼女の祖父で護神庁長官である桜ノ宮清太朗が腐れ縁の老人を力いっぱい引っ張り、孫娘から遠ざける。
『やっぱ、愛月ちゃんは可愛いな。金太朗にはもったいない女だ』と、老猿はオスの本能を仄めかすので人睨みする老犬だ。
『あの、白馬なんとかって誰なんです?』
頭に包帯を巻くその少女は口にした少年が誰なのかと尋ねる。
ソファーに座り直した玉太朗が、バスケットから手に取ったリンゴをかじる。
『白馬幸太郎だ。高坂カンナを殺した犯人だと考えている』
『高坂カンナって、れいちぇるずの……!?』
愛月は今年の元旦にれいちぇるずのメンバーが殺された事件を思い出す。
『孫を巻き込むな、申神よ』
幼馴染からの願いを、玉太朗は言葉なく目で拒んだ。
『白馬幸太郎は訳あって両親が交通事故に巻き込まれ、現在は赤羽の高校に通いながら、集合団地で一人暮らしをしているんだ』
『こ、高校生が高坂カンナを殺したんですか? それって、死神ってことですか?』
『察しがいいな。死神か、バケモノレベル3の怪人かはわからん。だが――』
半分かじったリンゴを愛月へと放り投げた。ガイア共和国へ留学していた頃、バスケットボールに熱中した経験だろうか、両手のリングにすっぽりと入った。かれこれ50年も前のことだが。
『その左目が無くなった日、あの映画館に白馬幸太郎がいたんだよ』
『映画館って、白馬は映画を見ていたんですか!?』
欠けたリンゴを祖父に渡す。もったいないので、ナイフでウサギリンゴに切り分ける。
『いーや、映画は見ていない。愛月ちゃんがショッピングモールに入店する3分前に白馬は入店、事件発生前10分前に出てきた。面白いことに、こいつが入ったビルの監視カメラもモールと同じく全滅なんだよ。推測するに、白い仮面を投げたあとに店を出たんだろうな』
『白馬が、白い仮面の犯人ってことですか?』
『他に目ぼしい奴はいない。単独犯でやったと思うか?』
『仮面を自作して、一人でやる動機がわかりません』
『そうだ。だから、オレたちは組織犯罪だと考えている』
『だったら、今すぐにでも拘束して――』
『アホか。高坂カンナを殺した死神に、そんな強行策をやってみろ。民間人が何人死にやがる。奴らは民間人を盾にするプロの犯罪組織だ。自由に泳がせながら釣るのが最適解なんだよ』
『まさか……白馬は犯推会のメンバーなのですか?』
犯推会こと犯罪推進委員会とは、おおよそ30年前に明らかとなった秘密結社のことだ。日本で起こる様々な犯罪を取り仕切る組織と言われ、日本連邦捜査局と護神庁は組織の解明かつ壊滅を目指している。白金髪の魔女はこの犯罪推進委員会の幹部だと推測されている。
『オレはそう見ている。だからこその頼みだ、愛月姫。ぜひとも奴を誘う餌になってほしい』
『え、餌ですか!?』
『いくら小物を釣っても、その深海に棲む大物を釣らねば意味がねぇんだ。マグロを釣るには活きのいいイカが必要なんだよ』
下を向いて沈黙する少女に、玉太朗は力強く告げる。
『大丈夫だ。なんたって、赤羽には鬼王殺しの息子がいる。ま、大統領殺しの息子でもあるが』
『愛月、断ってもいいんだぞ』
祖父は優しい口調で、唇をかみしめる孫娘にうさぎリンゴを差し出す。
『やります! やらせてください!』
と、愛月は決意を表すよう豪快にかじった。
「――じゃあ、アキの紹介も済んだし、今月は赤羽おバカ祭りと文化祭の特集するんだけど」
部長の山本が部員に今月の企画を説明していた。しかし、黒縁メガネ少女が黒縁メガネ少年を睨みつけているので話を中断する。
「アキ、ごめんね。キャラ丸被りだよね」
「俺へのフォローじゃないの!?」
困惑していた白馬幸太郎は唖然とした。
「幸せメガネ。ここはレディーファーストよ。そのメガネを取って、サングラスにしなさい」
「やだよ! 人のアイデンティティを何だと思ってんだよ」
「大丈夫。ハピ太郎って呼んであげるから」
「もっとやだわ!」
はいはい、と土田が手を叩いて議題に戻す。
「リサリサ、コーの呼び名は置いといて、早く始めようぜ」
「そうね。じゃあ、つっちーは文化祭出店コーナーの特集記事をよろしく!」
「はあ!? 今年こそは文化祭出演アイドルを取材させてくれよ!」
「ダメよ。どうせ鼻の下を伸ばして、うちの男子生徒の評判を落とすから」
「オレはそんな不純な男じゃないって!」
「いーえ! こないだタコ親父とエッチなアイドルを探していたでしょ?」
「バババババ、バカ! そんなことするわけねーだろ!」
「じゃあ、タコ親父に聞いてみる?」
「バババババ、すみませんでしたっ!」
ディスプレイを付けようとする女部長に頭を下げた男子部員だ。
「もうさ、二人とも付き合っちゃえよ」
気持ちがわかる白馬が助け船を出す。額に怒りマークを浮かべる山本だ。
「転校生を前に、その話をすんなっ!」
と、目の前のティッシュ箱を投げつける。見事にキャッチする白馬だ。中学時代は野球部だった。
「ハイハイハイ! 転校生もいるんだし、脱線は少なめでお願い」
ぽっちゃり系女子の副部長、河井マリエが場を仕切り始める。
佐倉アキの隣席、新二年生の羽上加恋が申し訳なさそうに謝る。
「すみません。うちの部活って、わちゃわちゃな感じなんです。大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫。ありがと!」
「うちの文化祭は楽しいですよ。商店街のお祭りと一緒に開催するので、いっぱい人気アイドルが来るんです! 今年はなんとですよ――」
幼さが残る微笑は黒髪少女の張り詰めた心を和ませる。
「じゃあ、私の独断と偏見で、黒縁メガネコンビがおバカ祭りの担当、マリエと加恋ちゃんがアイドルへのインタビューで、私とつっちーが文化祭その他担当で決まり!」
「はいぃ!?」驚いた少年と少女の声が重なった。




