【第六話 2】
「あの日、私が聖夜さんを負かしたじゃないですか。それであんな感じに……」
「なるほど……聖夜らしいっちゃ、らしいな」
赤羽神社のマスコットアニマル、シマコの馬小屋を掃除する近藤に、シマコの毛をブラッシングする女子高生は今朝のやり取りを説明する。当の足利聖夜は朝のパトロールに出かけている。
「聖夜はプライド高いからね、小学生にゲームで負けて悔しがるし、女の子に負けたのがショックなんだろうね」
「今どき、そういうジェンダーって気にします?」
「男の子はちっちゃいプライドが生命線なんですよ、佐倉アキさん」
桜ノ宮愛月の仮名を覚えた近藤は懸念事項を忠告する。
「今日から高校に潜入するわけだけど、くれぐれも人間関係は大切にね!」
「近藤さん、いくら鈍感な私でもわかっていますよ」
「本当かな? 霊道学院で男子と上手くいっていないって聞いたけど」
「……誰に聞いたんです?」
「犬養先生」
「あははは。なんも言えねぇ」と、小鼻をかく黒髪少女だ。
近藤が口にした犬養先生とは桜ノ宮愛月を世話する犬養寧々の兄、犬養雅だ。
桜ノ宮兄妹を幼少期から見守っている。愛月もよくお姫様ごっこをしてもらった。
彼は国家選抜アイドルグループ《れいちぇるず》で《戌神》を務めていた。
4年前、犬養の代わりに兄の勇月がれいちぇるずの戌神となり、現在は婚約者のためにワークライフバランスを優先して霊道学院江戸本校で担任を務めている。二学年時の愛月を指導した。
桜ノ宮のご令嬢は憎き白金髪の魔女を倒すため、霊道士として強くなることにこだわった結果、クラスメイトとよく衝突を生んでいたと、犬養から近藤は聞いている。
「霊道学院は霊力を磨く学校だから、人間関係は二の次だけど、一般社会は人間関係が大事だからね。なんせ、PCPで進路も人生も決まっていくからさ。相手を尊重しましょうね、佐倉アキさん」
「つい一昨日、犬養先生に同じことを言われましたね」
「さすが《風来の人狼》だ。危機察知力がすごい」
頬を膨らませた黒髪少女は語気を強める。
「大丈夫ですって。その山本理沙について、しっかりインプットしてきたんで」
「お嬢は陽キャな姉御肌だから、手助けしてくれると思うけど、もしも、学校生活で白馬晃太郎が怪しい動きをしたら、すぐ僕に連絡を――」
「――白馬晃太郎がなんですか?」
二人の視線が集まる先に、制服の少女が佇んでいた。
名前は山本理沙、赤羽東口商店街の会長が溺愛する孫娘で、商店街の中にある赤羽未来高校に通い、今年度から三年生になる女子高生だ。現在はニュースメディア部の部長を務める。
正義を信じる目力からは、まるでヘビに睨まれた力強さを感じさせる。髪は栗色で巻き髪が外にハネており、髪型に合った体型維持にこだわりを持っている。
驚いたカウボーイの声が上ずる。
「いやいや、なんでもないなんでもない」
掃除を終えてから商店街そばの山本家に伺おうと思っていたからだ。
「怪しいな……近藤さんってさ、嘘を隠せないんだから素直に話しちゃいなよ」
「いやいや、勘弁してくださいよ、お嬢」
「お嬢は語弊が強いからリサリサで……って、この子が例のボチ子ちゃん?」
山本はじろじろと左目に桜色の眼帯をする、黒縁メガネの黒髪少女を見つめる。
目と鼻の先で尋ねる。「私たち……どこかで会ったことないっけ?」
「い、いえ、ありません……」
ずいぶんおしとやかな態度だ。両手をもじもじ、肩をすぼめて怯える子犬のようだ。幼いころから少女を知るカウボーイは唖然としている。
「う~ん……どっかで見た気がするんだよな」
じーっと顔を見つめ続ける山本だ。桜ノ宮愛月とはずいぶん前に一度会ったことがある。そのときの面影がちらつくらしく、髪を黒にして黒縁メガネをかけただけの変装では隠せないようだ。
近藤が心の準備ができていなかった佐倉アキに助け舟を出す。
「リサリサから来るとは……あとで僕から行こうと思っていたのに」
「春休みなんで暇なんです。霊道学院からどんな子か転校してくるのか知りたかったし」
「さすがニュースメディア部の部長さんですね」
「だって、三年で転校するって何かあるじゃないですか。その眼帯に秘密があるとか?」
太い眉毛がピクリと動く。見逃さない山本だ。
「やっぱり! 何かある!」
「ないないないないって! 僕には陰謀もお金もないから。愛だけはあるけどね」
「さっきの白馬晃太郎がどうたらこうたらって、絶対に池袋の件ですよね?」
ドバドバと額から冷や汗が溢れていく。山本は刑事ドラマが好きで、鋭い追求が得意だ。
見かねた黒髪少女が、嘘の池に溺れ始めたカウボーイへと救命浮き輪を投げる。
「もしかして……お名前は山本理沙、さんですか?」
そういえば、と山本が右手を差し伸べた。
「そう、山本理沙よ。近藤さんから聞いてた? 私のことはリサリサで」
黒髪少女が握手を交わす。「わたしは佐倉アキです。好きに呼んでください」
「じゃあ、アキと呼ぶわね」
「近藤さんから聞いたんですけど、『東京犬の事件簿』が好きなんですよね? 私も好きで」
刑事ドラマシリーズのことだ。愛月が山本と仲良くなるために作品を見てそのままハマった。
推し友センサーが光り、とたんに山本の目元と頬がほころび、両手を握りしめる。
「アキも見てるの!? 容疑者Xってさ、誰だと思う? やっぱ、署長派?」
「いやー……レミじゃないですかね?」
「えー、レミ派なんだ。じゃあ、あの事件は警察署に潜入するためのフェイクってこと?」
「そっちの方が、今後のストーリーが面白くなるじゃないですか」
「なるぅ~、脚本から考察するタイプか……やるわね」
山本は置いてきぼりのカウボーイを気遣って告げる。
「近藤さん、学校開いていたんで、この子を連れて行っていいですか?」
「あ、うん……よろしく!」
「あと、文化祭に出演するアイドルのことで、おいおい打ち合わせをお願いします!」
山本は佐倉アキの右手を握り、商店街の中にある高校へと向かった。
「お嬢の洞察力はさすがだな……あやうくバレるところだったぜ……」
ひとまず安堵する近藤は帽子を脱いで、ハンカチで汗を拭った。
そんな心霊保安官に、とある心霊公安官から一件の電話が入ったのだった。




