【第六話 1】
3月も終わり、4月を迎える平日の朝だ。
周囲の学校が春休み期間だからか、赤羽の日常はとても静かに始まる。
赤羽神社にどこからかの雀たちが遊びに来る中、一台の黒塗り車が停まった。
「愛月さま、お忘れ物はありませんか?」
「ないです! 寧々ちゃん、佐倉アキね」
「失礼しました、あづ、じゃないですね。アキさまでもない。えっと……」
「すぐに慣れるよ。では、行ってきます!」
左目に桜模様の眼帯を巻く黒縁メガネの黒髪女子高生が、注連縄がぶら下がる鳥居をくぐる。敷地に張られた結界のせいか、本殿前を掃除する茶髪の心霊保安官が少女に気づいた。
「これはこれは、桜ノ宮愛月さまじゃありませんか。朝早くからご苦労様でございまする」
丁重に頭を下げたのは、アサギ色袴姿の足利聖夜だ。黒髪少女は気まずそうに謙遜する。
「聖夜さん、やめてくださいよ。あと、今日から佐倉アキです」
「それはそれは大変失礼いたしまする。無礼千万、このホウキで切腹いたしまする」
と、何を思ったのか、ホウキの先で腹を切ろうとする。
「いやいや、冗談でもやめてくださいよ、サムライじゃあるまいし」
「いえいえ、拙者のような平民上がりの霊道士、いくらでも代わりがいるのでありまする」
「いやいやいや、代わりがいるなんて言わないでください」
「いえいえいえ、拙者は霊道学院生に負ける雑魚保安官、いざ、切腹ッ!」
枝葉で腹が切れるわけもなく、何事もなく掃除に戻る先輩霊道士だ。
黒髪少女が聖夜のおかしな態度の理由に気づく。左目が失明するきっかけとなった映画館爆発事件前、赤羽神社で格闘演習を行い、彼を負かした一件だ。強さに驕っていた自分が恥ずかしい。
「聖夜さん、あのときは本当にすみ――」
「今日も最高の朝だぜ、やっほーっ!」
無礼を謝罪する矢先、背後から大きな声が届く。
「おはよう、赤羽! よろしく、赤羽! 愛情たっぷり、幸せいっぱい、お胸はおっぱい。明るく楽しく元気よく、今日も働くラブヘルパー! えいえい、おーっ! シャーッ!」
振り向くと、社務所の二階窓から赤羽愛を叫ぶ男が顔を出していた。
太い眉と角張った顔のカウボーイが独特な呪文を唱える。彼のモーニングルーティンだ。女子高生は口をぽかーんと開けて、一部始終を目撃した。
目を細めた男がそんな少女の正体に気づく。
「あれ~!? 愛月ちゃん、春休みなのにもう来たの? まだ7時だよ?」
彼の名前は近藤愛之助、老けて見られるが、今年でまだ21歳だ。
赤羽神社に配属されて三年目を迎え、心霊保安官として神社を管理する一方、国家カウボーイアイドルとして地域住民を元気づけている。
「あ、はい! 初日なんで、気合入れて来ました! あと、佐倉アキです!」
「ごめんっ! つっても、学校に挨拶するには早いな……朝ごはん食べた?」
「おにぎり食べてきました!」
「いいね! 聖夜は食べた?」
「まだでございまするのでありまする」
「はいぃ!? なんて言ったの?」
「兄貴、まだだよ。いつもの朝メシでよろ!」
「納豆目玉ネギ紅ショウガ丼とみそ汁ね。よろった! じゃあ、俺は朝メシ作るから。愛月ちゃんは暇なら聖夜と手水舎でも掃除しといて」
「はーい! 了解でーす! 佐倉アキでーす!」
と返事をしたが、先輩心霊保安官が「あっしがやります」とホウキを譲らない。
押し問答を続けていると、手際よく朝の支度を終えたカウボーイが窓から顔を覗かせる。「二人とも、何してんの?」




