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君が幻影―反逆の心臓編―  作者: だいふく丸
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【第五話 2】

「『桜ノ宮勇月(さくらのみやゆづき)の魅力とカリスマ性は、観客席のファンたちを瞬く間に虜にし、心に深い感動と幸福感を与えた。彼のパフォーマンスは単なるエンターテインメントを超えて、人々の心に永遠の思い出として残る、現代を代表する立派なアート作品だ』だってさ、愛月ちゃん!」


 速報されたライブ批評記事にご満悦な兄に対し、「褒めすぎでしょ」と労いに来た妹は無愛想でつれなかった。「あと、『ちゃん』はやめよ。距離感大事に」


「ごめん!」と、最愛の妹に嫌われたくない人気者は素直に謝る。

「もっとオレを褒めてほしいんだよ! この熱いハートをもっともっともーっと、燃えさせて欲しい! バーニング、ジャパーンな感じが欲しいんだよ!」


「意味がわからんし、承認欲求摂りすぎ注意だし!」

「摂りすぎたら、みんなでシェアすればいい」

「めっちゃポジティブ!」

「イエース! 愛と勇気、そして希望をみんなに伝えるのがアイドルだからね。さあ、今日のライブでれいちぇるずになりたいと思ったかな、桜の姫様」

「いいえ、思いません。てか、今日はカンナさんの追悼ライブでしょうが!」

 

 と、愛月は兄の勇月を一喝した。追悼ライブは大盛況のまま閉幕した。各種SNSのトレンドを一日中独占するほどだった。楽屋はライブ後ともあり、アドレナリンが有り余る兄の熱気であふれ、会場の熱量が右手中指の指輪を煌めかせた。国家アイドルは魔宝石のエネルギーをライブで溜める。

 


 もともと高坂カンナは国家クレヨンアイドルだった。2年前の新メンバーオーディションを経て、れいちぇるずに加入したときから初めてのライブツアーまでを追ったドキュメンタリー映像から追悼ライブが始まった


 ステージ中央、巨大なスクリーンには高坂カンナの映像が映し出され、彼女の愛くるしい笑顔が観客に届けられた。


 感情を揺さぶられたファンたちはステージ袖から現れる黒影、れいちぇるずのメンバー11人に歓声を送る。彼らは一列に並び、高坂カンナが好きな曲を全員で、アカペラで歌い切った。

 

 そして、照明がステージに当たり、すすり泣くファンたちへ、桜ノ宮勇月がゆっくりと語りかける。


『天国にいる高坂カンナは僕たちの心の中で輝き続けます。カンナの美徳である笑顔と情熱は決して忘れられません。れいちぇるずのセンターになるという夢を、今日、僕らが叶えます。今日のライブはカンナがいる天国まで、ここ横浜から敬意と感謝、そして愛を届けます。

 そのためにはみんなの力が必要です。どれだけ現実が悲惨でも、どれだけ夢が破れようとも、僕らはみんなの希望の星であり続ける。

 僕らアイドルの生き様を、最高で最強の、最も優れたエンターテインメントを、高坂カンナに捧げる……れいちぇるずのライブショーによ・う・こ・そッ!』


 観客たちはつかの間の夢の世界へと誘われたのだった。


「――今日はカンナの追悼ライブだ。だが、今日が最初で最後のライブかもしれないファンもいる。愛月が言いたいことはわかる。炎上していたアレだろ?」


 サンドイッチを食べる兄がライブ前の騒動を指摘する。妹は口を結んで頷く。


「僕から言えることは、これがアイドルの生き様ってことだ。母上が亡くなった8年前、僕らの先輩アイドルは、東京大災害で絶望を味わった国民を元気づけた。中には僕らと同じように家族を亡くしていた先輩もいた。それでも彼らは笑顔で愛と希望と夢を僕らに届け続けた。母上への追悼ライブ、あれが僕の原体験さ。あの日のライブ、先輩たちは魂をぶつけていた。本当にすごかったよ……」


 天井の明かりを見上げた兄の瞼の裏では最高のステージが映る。

 兄と妹、二人があの日に抱いた感情は違う。愛月は兄の思いを理解しているつもりだ。それでも、心に抱く違和感を上書きしようとは思わない。

 

 その違和感がれいちぇるずのメンバーになることを拒んでいた。妹の葛藤を、兄は十分に理解しているが、妹はそれを知らない。それはアイドル、エンターテイナーになった者でしか分からないのかもしれない。憎しみから生まれる強さの他に、大事な何かがあると気づくまで、兄は妹を見守り続ける。それが彼なりの愛なのだろう。



「ところで、愛月。潜入捜査の件だが、今からでも辞めていい――」

 コンコンコン、ガチャ……楽屋の扉が開く。


「ハロハロ~! 愛月ちゃん、やっほー♪」

「こんばんは、愛月姫。今日のライブ、どうだった?」

「ナオさんに、由紗ゆささん!? あ、うん。よかったです!」

 

 ライブシャツ姿の女子二人が桜ノ宮勇月の楽屋へと遊びに来たのだ。

 二人とも、左目を失明した愛月の様子が気になっていた。


「あちゃ~、せっかくのトイプー顔が台無しじゃん……つらたんだね」

 左目の眼帯を優しく撫でる、ウサギ柄のシャツを着る女子は稲葉いなばナオ、守護神からの分霊《卯神うがみ》を背負う攻撃型魔道士の魔法剣士だ。

 象徴する美徳は温和で、れいちぇるずではムードメーカーを務める。

 現在22歳で15歳のときに国家おもちアイドルとしてデビュー、18歳でれいちぇるずに合格した。


「でも、眼帯の美少女もそそるわね。私も付けてみようかしら?」

 色気をちらつかせるのは、ヘビ柄シャツを着る大人な女性、久利生由紗くりゅうゆさだ。守護神の分霊《巳神へびがみ》を背負う防御型魔道士のムチ使いだ。 

 美徳は知恵で、メンバーの異変や不調に気づく頼れるお姉さんとして人気だ。


 愛月の両手を握りながら、ナオが気さくに尋ねる。

「ナル兄ィから聞いたよ。4月から転校するんでしょ?」

「え? お兄ちゃん、あの件を話したの?」

 

 桜ノ宮愛月は来年度から霊道学院江戸本校から、佐倉アキという名前で赤羽にある高校へと転校する。極秘事項だが。


「ああ、話したよ」と兄はあっけらかんと自白した。「開き直るの早くない?」

「兄として、心配なんだもん!」と、頬を膨らます姿はハムスターに似ている。妹がアニメのハムスターキャラクターが好きなのでマネをしているようだ。


「心配だからって、潜入捜査はバラしちゃダメじゃん。申神様に怒られるよ?」

「潜入捜査とは言ってませーん!」と、ニヤリと両手でバツ印を作る。

「貴様、ハメやがったなッ!」


 ゴシップ好きなナオがウサギのよう長い耳を立てる。


「なになに? 潜入捜査ってなに? 教えて教えて、愛月姫」

「いやいや何でもないですよ。何でも……あははは!」


 ギロリ、愛月は兄を睨みつけた。口笛を吹いてしらばっくれる勇月だ。

 メンバーには愛月が霊道学院で友達ができず、同期生と仲が悪く、寂しくて普通の高校へと転校すると伝えていた。もちろん、妹には教えていない。


「私たちになら、話してもいいじゃない」と、久利生が後ろから包み込むよう抱きしめ、美容院で染めたばかりの艶やかな黒髪をなぞる。


「女同士、一緒にサウナに入る仲なんだし……ねぇ、愛月姫」

「い、いつもお世話になっておりますけれども……って、あ!」


 額に汗をかく愛月は話の逃げ場を見つけた。

「お二人さん、涼子さんです! 私、涼子さんと話したいんですけど、まだ楽屋にいますか? ちょっと、聞きたいことがありまして……」

「リーダー……そういえば見ていないわね。ナオちゃん見た?」

「もう帰ったんじゃない? だって、涼子さんはプロフェッショナルだもん」


 

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