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廃嫡を避けるためには実力を証明せねばなりません

 王国の力を示すが如く巨大なコロシアム。石畳みの闘技場とそれを囲む観覧席。


 俺はそこに座って会場を眺めている。空は抜けるように高く蒼く、人々は年に一度のお祭り騒ぎに歓声をあげている。


 ここ、イリュースアルダ王国の首都イリューシアは今日が建国祭。100年続いた戦争が終わり30年、ようやく平穏な日々がおとずれた。

 いくばくか生活に余裕がでた民草が、娯楽を楽しむ事ができるようになったのだ。

 目玉は、先刻開会式が終わり、もう直ぐはじまる天覧試合だ。


「まあ、結構な事なんだ。民は珍しい物が見れて楽しめる。まだ、荒れたこの国では貴重な娯楽だし、人が集まる事で経済も活性化する。貴族の力を目にする事で、治安も良くなるし、不満も減る。貴族からしたら、陛下への貴重なアピールチャンスだ。戦争が終わって力を示す機会は減っている。他家より強く優れていることを示し、宮中でより発言権を得る。この天覧試合は政治的にも重要な催しだ」


 ため息をつきながら独りごちる。観戦する立場なら俺もただ楽しみにしていただろう。問題は、俺もこの大会の出場者で、結果を出す事を求められている事だ。


 アルナードが加護に目覚めてから八年がたった。俺は十六歳、最後の天覧試合になる。思い返しても長い八年だった。


 自分でも足掻いたとは思う。それでも、正直、廃嫡は時間の問題だと思っていた。しかし、魔法が使えない加護というものは、教会からしても扱いかねるものだったようだ。

 まず、女神がそのような不完全な加護を与えるのかという議論が行われた。不完全な加護が存在するのなら、女神もまた万能ではないということになるではないか。実は魔法が使えるのではないのか、単なる修練不足ではないのか。逆に魔法が使えない加護に意味があるのではないか。教会は紛糾した。


 魔法至上主義のこの国で魔法が使えない加護、教会も困ったのだろう、本当に魔法が使えないのか検証が行われることになり、ひとまず、廃嫡は保留となった。


 そうして俺は、弟より優れているということを証明し続けなければならなくなった。


 十歳から、俺は魔法使いの競技会や大会に出場し、片っ端から優勝して名をうった。十七歳を越えたものは公職につくのでこういった大会には出場しなくなるが、六歳上のまでの貴族の子弟は叩きのめしまくった。結果、六年間無敗のまま天覧試合を二連覇した俺は王国最高の魔法使いと呼ばれるようになった。


 だが、それでは足りないのだ。加護持ちの出ていない大会でいくら優勝しようと、少なくとも教会も王家も本当には俺の実力を認めてはくれない。


「何をこんなところで黄昏てるんですか? 優勝候補様?」


 隣に、音も立てずにやってきて座った馴染みの気配が、からかう様に話しかけてきた。ティアさんだ。どこか野生の獣を思わせるしなやかな身のこなしの、真紅の髪を首筋で揃えた俺の護衛兼師匠。

 貴族とは違う冒険者の技術を知りたくて十歳の頃にスカウトしてからの付き合いになる。本人の技術もさることながら、顔が広く色々な市井の実力者を紹介してもらっている。今の俺が王国最強の魔法使いと呼ばれるようになったのは彼女の功績が大きい。


「今日で人生が決まると思えば気も滅入るってもんですよ」


 ため息をつきながら応える。


「天覧試合二連覇の優勝候補筆頭でしょうに。もう少し胸を張ってもいいんじゃないですか? 貴族のお嬢様方なんかさっきから貴方の姿を見かけてはキャーキャー言ってますよ、ホラホラ」


 ティアさんが指差す先では、ご令嬢の集団がこちらを向いて歓声を上げていた。小さく手を振ると歓声が大きくなった。まるで舞台役者になったようだ。


「そりゃあ、魔法に詳しくないご令嬢方や市民はそう思ってるかもしれないですけど」


「魔法に詳しいAランク冒険者だってそう思ってますよ。ほら、お祭りなんです。格好いいところを見せて市井の人気を掴みどりましょう。前代未聞と天覧試合三連覇、それも加護を倒して、となれば戦争の終わったこの国では比肩するもののない武名です。英雄になれますよ」


 笑いながら話す師匠。楽しそうだ。


「人ごとだと思って言ってくれますね」


「私は貴方が信じられない努力を行い、不可能を可能にしてきたのを目にしてきましたからね。今日また奇跡を起こしても驚きませんよ」


 意表をつかれた。思いもよらず正面から褒められて言葉に詰まる。


「師匠の言葉を信じなさい。貴方は強い。加護に勝てるかはわかりませんが、戦える力を持つということ自体常人の範疇を越えています。まともな頭があるのなら、そんな人間をぞんざいには扱いませんよ」


 悪いことにはならないと思います。

フフフと笑って、ティアさんは俺の頭に手を置いた。


「もし、そこまでの力を身につけた人間が、やるだけやってダメだったらもう仕方ないです。見る目がない頭の硬いお偉いさんが幅を利かす国なら、辺境だろうが、遠い他国だろうが行ってしまえばいいんですよ。私もご一緒します。エレミア様も、兄様と離れて政略結婚の道具になるくらいなら兄上について辺境に行く方を選びますよ」


 頭を撫でる手を、首を振って振り払う。この人は昔から妙に俺の事を子供扱いする。まあ出会った時は本当に子供だったんだけど。手のかかる弟とでも思われている節がある。


「もう子供ではないんですから頭を撫でるのはやめてください」


「まあ可愛くない。六年前はあんなにお姉さんのことを慕ってくれてたのに」


「捏造はやめてください。契約に基づいた節度ある雇用関係です」


 フフンと鼻で笑って、意地悪な笑みを浮かべた師匠は、次の瞬間悲壮な表情を作り、声色を真似て嘆き始めた。


「僕が廃嫡されたら、おそらく家督争いを避ける為に辺境に送られます。昔はそのまま暗殺される事もあったそうですが。流石にそこまではしないでしょう。それでも、待っているのは辺境で書を読むことくらいしかできない軟禁生活です。領内を富ます為に行ってきた努力も、魔法の研鑽も、外交の為の周辺領の歴史、産物、文物の知識も、全てが無駄になる」


 胸に手を当てて、わざとらしく天を仰ぐ師匠。


「そして、なんの咎もないエレミアも、辺境送りとなった男の家族という事でいらぬ負い目を背負うことになります。僕は勝たなくてはならない。でも、自信がないんです」


 六年前の僕の言葉だ……。いや、確かに途方もない道のりに心が折れそうになって、嘆いたり、愚痴を言ったりはしましたよ。領内の人間にもエレミアにもフローレンスにも言えなかったですからね。


「やめてくださいよ。師匠、ティアさんには確かに甘えていました。クソッ、恥ずかしいな。なんでこんなこと覚えてるんですか」


 再び声色を変えて、芝居がかった調子で続けるティアさん。


「レスティ様、貴方の歩む道は険しい。味方も少ない。時に心が折れそうになる時もあるでしょう。辛くなったら私にだけは弱音を吐いて構いません。貴方はその歳にしては充分に大人びていますけれど、まだ子供なんです。さあ、私の胸で思う存分お泣きなさい。そう、いい子ね。大丈夫、お姉さんは貴方の味方です」


「途中から完全に捏造じゃないですか!」


「あの時に私の胸で号泣するレスティ様をみて、母性ってこういうものかなって思っちゃいました」


「抱擁も号泣してないでしょうが! 記憶を改竄するのをやめてください」


 ほんの少し涙ぐんで話しただけだ。俺の子供らしい数少ない思い出だが、ティアさんはこういうのを妙に記憶していてことあるごとに揶揄ってくる。恥ずかしいのでやめてほしい。


「実際どうなんです? 自信の程は?」


「加護持ちとさえ当たらなければ決勝までは大丈夫だと思うんですけど、3年目ですからねえ。そろそろ対策されててもおかしくないですよね」


「まったく、冒険者ギルドAランクの私があっという間に置いて行かれた才能を持ちながら相変わらず謙虚というか、気弱というか……。もっと自信をお持ちくださいな。貴方は本当に天才なんですから」


 困った様な、でも少し揶揄う様な調子でハッパをかけてくれるティアさん。


「そうですね。師匠との六年が無駄じゃなかった事を証明しないとですね」


「そうですよ。十歳の貴族のお坊ちゃんに呼ばれて、冒険者やめた後は変わり者の貴族のお妾さんでもいいかなって思ってたら、希望は技術指南ですよ。何の冗談かと思いました。あれからもう六年です。成果を見せてください。あと、レスティ様が廃嫡されると伯爵家のお妾さんから辺境に追放された落ちぶれ貴族の愛人になって私の人生設計が狂うのでなんとしても勝ってください」


 片目を瞑っておどけた調子でプレッシャーをかけてくるティアさん。


「まあ、妾の話はともかくできる限り頑張りますよ」


「私だけじゃありませんよ。レスティ様と政務やってる文官も、技術開発に協力している工房連中も、他領の作物を実験栽培している農家もみんなレスティ様が追放されたら詰むんですからね! 妹君のエレミア様も、伯爵家後取りの同腹の兄妹から辺境に追い払われた厄介者の妹になれば、適当な相手を見繕って政略結婚どころか、引き受けてくれる相手を探すような事になりかねませんよ」


「ぐ、わかってますよ。最善は尽くします。あ、そろそろ出番です。行ってきます」


 わかってはいるんだが、後取りとして十六年も生きれば色々なしがらみもついてくる、自分が辺境送りになるのはともかく妹を不幸にするわけにはいかないし、微妙な立場と知りつつ領地をよくするために協力してくれた文官や技術者、農家に割を食わせるわけにも行かない。


「重いなあ。まあ、やるしかないか」


 闘技場の舞台に進む。防御結界で守られた観客席の先に俺の身長くらいの高さの円形の舞台が設置されている。魔法で強化された石で、少々の魔法ではびくともしない。幅は五十歩といったところだ。


 闘技場にあがると、敵意にギラついた視線が向けられた。加護持ちでもないのに天覧試合二連覇で名前だけは売れている俺は、腕自慢の貴族には己の力を示す恰好の獲物だと思われているのだ。


「フン、待たせおって。王国最高の魔法使いなどと呼ばれているが、伯爵家の後取り程度が調子に乗らない方がいいことを教えてやろう」


 さあ、実力を証明しようか。


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