冒険者の技術があれば加護を超えられますか?
アルナードが加護に目覚めてから一年が経った。どうやら魔力は筋肉と同じように使えば使うほど大きくなっていくらしい。日常的に身体強化を行い毎日魔力切れ寸前になっていた俺の魔力量は飛躍的に大きくなった。
貴族は身体強化は使わないし、冒険者は日常的に身体強化をするほど魔力がない。ある意味俺だからこそ気がついた秘訣だ。魔力循環にも慣れた、やはりアルナードには及ばないが大人並に動くことはできるようになった。身体強化もその状態で半日は続けられる。瞬間的には出力を上げることも可能だ。
魔力が増えたことで収束魔法の威力もあがった。四節魔法はまだ難しいが、最大威力の三節収束魔法なら魔獣の頭を消し飛ばすことができる。ちなみに同じ魔法をアルナードに当てた時の反応は「いってえな!」だった。一応全力で殴られたくらいの痛さはあったらしい。
化け物め。
二年が経つ頃には身体強化は寝てる間まで続けられるようになり、四節収束魔法を打てるようになった。しかし、アルナードも成長しているので身体強化ではあちらが上手、四節魔法を全力で収束してようやくそれなりのダメージといったところだ。
模擬戦では一手しくじれば殴られて即敗北という綱渡りをしながら、ハイスピードで動き回るアルナードにかろうじて全力で収束した魔法を数発あててギブアップをとって勝利という、相変わらず全く勝った気がしない勝ち方をしている。結構痛いらしいから昔よりは成長しているにせよ、あくまで試合だから勝てているだけで本気の勝負をしてアルナードがダメージ覚悟で殴り合いに来れば勝てる気はしない。
成長が頭打ちになってきた。なんとかしないと。
副次的効果として、身体強化と魔法を併用した戦い方は、対魔法使い戦には絶大な力を発揮した。通常貴族の魔法対決は中距離での魔法の打ち合いなので極端な話、速く動く相手はいないのだ。開始の合図から全力で側面や背後に回って狙いを外せば面白いように勝利することができた。賛否はあるようだが、身体強化を使いつつ撃ち合いとなる魔法の威力を保てる魔力量があるという事一部でそこそこ有名になっているらしい。お陰で、魔法を使えない加護の問題と相まって、後継の話も暫くは保留という事になっている。
新たな方向性を模索する為に、悩んだ結果冒険者の知識を借りることにした。身体強化は続けるにしても攻撃力の向上は必要だ。今までは身体強化を身につけるのが先決だったが、そろそろ他の技術が必要だ。エーブ先生に紹介してもらった冒険者に相談してみるか。
「失礼いたします。冒険者ギルドから紹介されましたAランク魔法使いのティア・スタントと申します」
6歳年上だったので、16歳か。ギルドに確認するとすぐ連絡は取れた。やってきたのは冒険者らしい動きやすそうな服装に、どこか野生の猫を思わせるしなやかな体の、真っ赤な髪を首筋で揃えた女性だった。
ドアを開けて入室してきた彼女は挨拶をした後目を丸くしてこちらをみている。まあ伯爵家に呼び出されて出てきたのが十歳のガキだもんなあ。
「はじめまして、レスティ・ウォーディアスです。今日来ていただいたのは冒険者の魔法を教えていただきたいからです。あなたの事はエーブ先生に紹介してもらいました。報酬はギルドに提示した通り、期間は貴方の腕前を見せてもらってから相談させていただきたいにです」
「何を聞いたのかはわかりませんが、私は所詮一冒険者。お役に立てれば光栄ですが、貴族様に魔法の講義など冒険者には荷が重いですわ」
貴族の坊やの道楽だとでも思われたのだろうか、反応は良くない。貴族と冒険者の魔法は性質が違うので内容はもっともではある。
「単刀直入に言いますが、この依頼は貴族用の集団戦闘魔法ではなく、冒険者の対人・対魔獣戦闘用の魔法を学びたいと言う依頼です。道楽ではなく本気で。まず、私はその方向に己を鍛えています。このように。そして、その上でこれ以上に強くなるすべを知りたいのです。ああ、貴方は先生になるので敬語は結構、話しやすいように話してください」
話しながら身体中に魔力を巡らし、全身の身体強化を行う。
「ハァ? 何この馬鹿げた魔力? それにお貴族様が身体強化? この濃度で?」
凄い、魔力を巡らせた瞬間、戦闘態勢にはいった。身体強化を行い、すぐ逃げられるように窓の方向に飛んで間合いをとり、即動ける状態で警戒体制だ。
この人、ほんとに強い。これは拾い物だったかもしれない。
「伯爵家に後取り息子が魔法の天才ってほんとだったのね。貴族によくある話盛りまくったボンクラかと思ってたわよ。こんな魔力と身体強化できるなら教わることなんかないでしょ!」
少し焦った様子で叫ぶティアさん。それでも油断なく警戒体制はとかない。何かしたら窓を破って逃げ出しそうだ。本当に野生の獣っぽいな。
「それがそうでもないんですよ。これ、我流なので効率的な身体強化と魔法の収束、少ない魔力の運用法あたりを冒険者に教わりたくて、ですね。何しろ貴族にはノウハウがない」
ゆっくり間合いを詰めながら、彼女の様子を窺う。うーん、何か違う、俺の身体強化と違和感がある。
「が、我流⁉︎」
呆然としているティアさん。間合いを詰めて右手首を掴み背後に回して関節を極める。反応が早い! 一瞬早く前転してのがれ、掴んだ腕も外された。反応といい瞬発力といいやはり俺の身体強化とはどこか違う。
「失礼しました。腕を見たかったもので。やはり学ぶことがありそうです。教えていただけませんか?」
距離をとり、身体強化をといて丁寧に礼をする。
「かまわないけど。……ドラゴンでも倒すつもりなの?」
体の力を抜き、警戒を解いたティアさんが深く息を吐きながら呟く。
「仕事を受けてくれるなら師匠ですね。隠し事はできません。実は、加護持ちに勝つ方法を知りたいんですよ」
「今日は驚きっぱなしだけど、これが最大ね。あなた、正気?」
あからさまに呆れた顔だ。
「暗殺された加護持ちがいるんですからやってできないことはないでしょう?」
「加護持ちってのは化け物よ。まあ、貴方も化け物につま先くらいは突っ込んでるようだから可能性はゼロじゃないかもしれないけど……」
「ゼロではないですが、限りなく遠いです。そこで貴方の力を借りたい」
「夢みたいな話だけど、あたしが戦うわけじゃないんなら報酬はいいから引き受けるよ。まあ事情は聞いときたいかな。まさか、国中の加護持ち倒して最強になりたいとかじゃないでしょ?」
「まあ。そうですね。そこのところは詳しく説明しておきましょうか」
ざっくりと加護持ちを倒さないといけない理由、現状の火力と出来ること、そのために何をしたのかを説明する。
「ハァーっ!? ちょっと待て! 三つか四つおかしいわよ貴方! その歳で四節魔法ってあたしと同じじゃない! それに二年でその魔力量? 常時身体強化って死ぬわよ普通。イカれてるってもんじゃないわよ。絶対意識飛んでたでしょうが! それで、加護持ち相手に連勝中⁉︎ 勝ち続けて価値を示さないと廃嫡⁉︎ 負けたら辺境に追放の上、暗殺される可能性⁉︎ 十歳のいていい環境じゃないわよ‼︎ お姉さんと逃げましょう‼︎」
興奮して叫び出すティアさん。四節魔法使えるんだ、やっぱり優秀だ。そしていい人だ。
「ありがたい言葉ですが、貴族のしがらみですからねえ。私にもどうにもなりません。妹を置いていくわけにもいきませんしね。それに連勝中なんていいもんじゃないですよ。義弟がダメージ覚悟で戦う気になれば負けます。貴方からみてイカれた訓練をしていたとしてもそんなもんなんですよ」
「まあ、話を聞くと伸び代はあるわ。まず『吸魔』を覚えて魔力のロスを防ぐこと、それから杖を使って魔力の制御を強化すること、その二つを組み合わせて五節魔法を使えるようになること、何人か冒険者を紹介するから効果の高い収束魔法のうち相性の良いものを身につけること、攻撃系以外で効果がある魔法、相手が魔力が感知できないなら幻影魔法とかね、を身につけること」
立板に水のごとく今後の方針を列挙していくティアさん。ほんとに有能だな。
聞いてみると、冒険者は少ない魔力を無駄にしない為に放出した魔力や空気中の魔素を取り込む吸魔という魔法を使っているらしい。冒険者で四節魔法以上の魔法を使う場合には、ほぼ必ずこれを入れて威力を担保しているそうだ。ちなみに貴族はこれをやると自身の魔力に自信がない証として馬鹿にされるので廃れてしまったそうだ。表立っては使わない方がいいと忠告を受けた。
俺もこれを覚えれば、魔力不足を補うことができる。基本的な魔力量の違いで持久戦になれば分が悪い俺には朗報だ。
「と、こういう感じか、『吸魔』」
空気中の魔素が集まって体に取り込まれていく、なるほど、制御魔法に組み込んで放出した魔法をできる限り再吸収すれば最小限の魔力で魔法が使える。劇的に回復するわけではないがないよりは遥かにマシだ。保有魔力量を誇りにする貴族には圧倒的に不人気であろう魔法だが、加護持ち相手に手段は選んでられない。
「伝聞だけでほぼ完璧に使いこなせるって凄いわね。そんでもってお貴族様なのに躊躇なく使うし、やっぱ貴方おかしいわ。頭のネジ2、3本飛んじゃってるでしょ」
タレ目がちの真紅の瞳を細めて、面白がるようにティアさんが話しかけてくる。
「頭のネジ飛ばさないとできないような目標持っちゃいましたからね。長い付き合いになりそうですから慣れてください」
「まあ、できることはやるわよ。私はお金が必要だし、長い付き合いになってほしいわね。これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
契約の握手を交わす。
どうやら、これで少しは勝負になる武器を手に入れられそうだ。
これから4年、天覧試合でデビューするまで、俺は公式戦無敗、義弟との模擬戦もなんとか勝利を積み重ねた。




