まだ強くなるんですか? おかしくはないか我が弟よ
一月ほどして、教会から派遣された加護認定官がウォーディアスを訪れた。加護発現までの経緯と魔法が使えない事、身体強化は使える事を聞いた認定官は、「そんなケースは聞いたことがない」と驚いていたが、髪と魔力、身体強化を確認して「加護には間違い無いと思いますが……、これは教会本部に見ていただかないと……」と、歯切れの悪い言葉を残して、アルナードを伴い教会本部のある王都へ旅立っていった。
これから、加護の認定がおりてアルナードが帰ってくるまで半年ほど。その間に、己を鍛えなければならない。実際に拳を交えて、方向性は決まった。実感も得られた。
加護の力は、魔力量を飛躍的に増大させる。本来ならば有り余る魔力により威力と範囲が飛躍的に向上するという。同じ魔法でも、加護を得る前と後では範囲も威力も放てる魔法の回数も増大するらしい。逸話はいろいろあった。反面、威力を小さくすることや、効果範囲を指定するようなコントロールは難しくなることが欠点だが、大火力の一撃が正義の時代には目をつぶることができる欠点だ。
アルナードの場合は、魔力の放出ができない分体内には魔力が横溢していた。燃費は相当にいいはずだ。俺と戦っていても魔力が減少する気配は全くなかった。持久戦になれば勝ち目はない。通常行使する魔法は最大火力でもほとんど通じなかった。四節魔法を撃ったとしても、傷を負わせられるかも怪しい。大体今の俺では四節を連射は魔力がもたない。
昨日の戦いで魔力切れを起こしかけたように連射にも限界がある。そもそも対人だけを考えるなら貴族の魔法は効率が悪いのだ。
まず。加護を抜くほどの威力を今の魔法で出すのは難しい。魔力切れの問題もある。奇襲や暗殺が通じるなら攻撃自体は通るということがだが、魔力総量を魔法攻撃力と範囲全振りしている魔法使いと違い、身体能力に全振りしたアルナードはどうやら速度やパワーだけでなく、魔法耐久力もあがっているようだ。
「詰んでないか、これ?」
額から汗が流れる。落ち着け。困難な事はわかっていただろう。少しでも差を埋める事をやっていくしかない。
つまり、同じように身体強化に使うことによりアルナードのパワーとスピードの優位を崩すこと、加護を抜く魔法を考えること、その二つに使う魔力を効率化して魔力切れを起こさないようにすること、これが目標となる。
コントロールは難しくなるが、魔力を収束させることで無駄な魔力の消費を抑え、威力を上げる。並列して身体能力の向上をを行う。
身体強化は、魔力を体全体に通す事で力や防御力を上げる技術だ。
体内の魔力と空気中の魔素を一点に集中して魔法に変換するのとは方法からして違う。アルナードも俺もまだまだぎこちない。これは毎日訓練して慣れるしかないだろう。
その日から、魔力切れにならないよう薄く全身に魔力を流して日常生活を送るようにした。はじめの頃は均一に身体を覆うことができず、大量に纏うことですぐに魔力切れを起こした。政務をしながら失神しそうになったこともある。なんでこんな苦労をしないといけないのだと叫びそうになったこともあった。
だが、考えても俺に残された道はこれしかないのだった。
三ヶ月ほどでなんとか常時魔力を纏えるようになった。アルナードほどではないが、通常の倍くらいの速度では動くことができる。よし、このまま纏える魔力を大きくしていくのだ。
魔法の収束は、身体強化に比べれば楽だった。一点に集めた魔力をそのまま放出するのではなく、圧縮して放つ。単節魔術が二節になるが、これはそれほど難しくなかった。魔力のコントロールに関しては俺は得意な方なようだった。
「収束・炎刃」
「圧縮・風弾」
「圧縮・強化・氷槍」
三節魔法くらいまで、制御言語と属性の相性を確認しながら試していく。
魔法を教えてくれているお抱え魔法使いは、収束に関しては詳しくなかった。というよりも貴族の魔法は広範囲の敵を倒すものだからわざわざ範囲を狭くして威力を上げる事に意味がないと言われた。
どうやらこの辺りは少数で魔獣と戦う冒険者の領域らしい。確かにダンジョンで広範囲に魔法は危険すぎる。エーブ先生に紹介された冒険者に相談してみるのがいいかもしれない。
地道にどの組み合わせが効果的か、魔力の制御言語と属性を組み合わせて試していく。アルナードと初めての模擬戦をやった次の日から、ほとんど毎日この二つを試して過ごしていた。
加護持ちに勝たなければならないという焦りはあったが、自分が強くなっているのを実感できるのは楽しかった。
半年後、加護について色々と調査をされたアルナードが帰ってきた。偽りがないか、どの程度の力があるか、本当に魔法が撃てないのか、適性は、現在の魔力の最大値は、これからの教育は、待遇は、魔法庁の偉いさんと毎日検査、訓練の日々だったらしい。
加護には間違いないという事で、認定はされるという事だったが、異例の事態のため、王家と教会との間で協議を行うそうだ。療養中の父も領主として呼ばれるということだった。どう転ぶかは女神様のみぞ知ることだ。俺は、俺のやれる事をやっておこう。
俺にとって幸いな事は、魔力を放出することができないアルナードは魔法は使えないし、今後も使える可能性は低いだろうという事だった。幸いでないのは訓練によってアルナードの身体能力が更にあがっていたことだった。
毎日気絶しそうになりながら身につけた自己流身体強化を嘲笑うかのように、アルナードは王都で数倍の力を身につけてきていた。なんでも教会騎士団を何人かのしたらしい。本人は笑い話としていたが、本気でジャンプしたら教会の三階の屋根に飛び乗ってしまい、しこたま怒られたということだ。次元が違う。
試しに模擬戦をしてみたが、動きが圧倒的に速くなっていた。全力で吐きそうになりながら身体強化した俺の三倍は速いスピードで縦横無尽に駆け回る。加護を受けたものは金の髪になるが、速すぎて金色の閃光のようだ。試しに魔法を放ったら拳で粉砕どころか、手のひらで払い除けて無効化された。
「おま、なんだよそれ! ノータイムで無効化って反則だろ!」
とつい声が出てしまった。動きが直線的でフェイントがなかったのが幸いで、あっという間に距離を詰めてくるアルナードに全力の収束氷弾を当てたら
「いてえ! レスティ兄上本気でやんないでよ! もうやだ! 僕の負け!」
と不貞腐れてしまった。
前回と同じく形の上では義弟の降参だが、スピードでは全然追い付かず、全力の収束魔法は前回よりは効いたが怪我をおわせるほどではなく、それでこちらは魔力切れギリギリ。
アルナードがゲンコツ三回分くらいを我慢して突っ込んでくるか、フェイントをいれれば、こちらは殴り倒されて意識不明か下手したら死亡だ。恐ろしく差がある。それでも前回よりは形になった。このまま鍛えていくしかないだろう。
ちょっと心が折れそうだが。
アルナードは、しばらくすると機嫌が直ったようだ。垂れ目気味の目を細めて褒めてくれた。
「でも、流石です。レスティ兄上。王都じゃ全身包むような炎とか、でっかい石の玉とか受けたましたけど、大人がうった魔法よりレスティ兄上の魔法の方が痛かったですよ!」
どれくらいの熟練者かわからないけれど大人の撃った通常魔法よりは俺の三節収束魔法の方が威力はあったらしい。正直差が開いているような気がするが、よしとするところなのだろう。
アルナードをよくみていると、身体強化の魔力は纏うのでなく循環させていた。試してみるとこちらの方が少量の魔力で安定しやすかった。
明日からはこれも鍛錬だ。




