実際に戦ってみたけど加護は反則でした
アルナードが自分の力を振るう事に満足する頃には訓練所は戦争の後のような有様になっていた。3人とも土まみれだ。特に、爆心地に常にいたアルナードは土人形のようになっていた。今まで、あまり表には出さなかったが、魔法が使えない事を気にしていたのだろう。泥まみれだが、帰宅するアルナードの表情は晴れやかだった。
それからしばらくの間、アルナードは身体能力を使いこなすために訓練所で動き回っていた。俺はといえば、加護と戦った敵国の戦闘法を文献をあさって調べていた。
判明したのは正面から戦っては勝てないというわかりきった事実だった。過去に加護が打ち取られたことは数回あるが、加護持ち同士の大火力同士の撃ち合いで威力の上回った方がゴリ押しで勝つという勝ち方がほとんどで、後は大軍をもって消耗させ消耗の限界で叩くという人海戦術、古代種の魔獣や加護持ちに匹敵する武人を当てるという英雄頼り、加護の力が発揮される前に不意打ちや戦闘以外の毒物などで倒す奇襲や暗殺レアなケースがあるのみで、個人で加護を上回るものなどいなかった。とは言ってもまったく役に立たなかったわけではない。
まず魔法に関しては、王国の広範囲魔法では加護の防壁が抜けないので一点集中の限定範囲集中魔法で防壁を抜くこと、固定砲台でなく戦場に出てくるタイプの加護持ちは身体強化を極めているのでこちらも身体強化を身につけること、この二つが必須であることがわかった。
エーブ先生にも言われたが、これは貴族の魔法に真っ向から反対することになる、どちらかというと冒険者寄りの使い方だ。だからだろうか、エーブ先生からは別れ際に冒険者の紹介を受けた。
「これから、貴方が本当に加護と戦おうと思うなら、異端の戦い方をしなければなりません。その時、貴族の魔法使いは参考になりません。自分で調べて、研鑽して、実際にアルナード様と戦って、それでも諦めずにその道を進もうと思うなら、冒険者ギルドに連絡してこの冒険者に連絡を取りなさい。私の教え子です。少しは力になると思います」
そういって、冒険者ギルドの支部と冒険者や名前を教えてくれた。一度教えを乞うただけなのにありがたいことだ。
一応、ティア・スタントという紹介された冒険者についてギルドに当たってみたが、14歳の若さで四節魔法を使い破格の速さでAランク冒険者となった期待のルーキーらしかった。腕は立つそうだ。行き詰まったら相談してみよう。
とりあえず、魔法を集中させるという、今まで教わってきたのとは反対のやり方に慣れなければならない。それと身体強化か。やれるだけやってみよう。あとは、早めに、子供のじゃれあいですむうちに実際に戦ってみることだ。
しばらく魔力の集中と身体強化の鍛錬を行い、それなりに形になったところでアルナードに模擬戦を申し込んだ。勿論、この時期に決闘を申し込むなどしたら大騒ぎになので、「身体強化にも慣れてきたようだから成果を見てみたい」という程度の話にしてある。
訓練所はアルナードが力を振るうので凸凹になっている。まだ、整えられてはいないがこれくらいがちょうどいいだろう。俺にとっては実戦だ。
ここしばらくの鍛錬を思い返す。俺の力はどのくらいアルナードに通じるんだろう。
考えていると、金の頭髪がこちらに向かってくるのが見えた。いつものように、元気よく、跳ねるように近づいてくる。
「今日はよろしくお願いします! 兄上!」
勢いよくかけてきて、目の前で止まる。勢いがつきすぎてつんのめりそうになるのをこらえて、笑顔のアルナードが声をかけてきた。あいかわらず元気で裏表のないやつだ。
「じゃあ、お前の力を見せてもらおうか。攻撃力は大体見せてもらったけど、加護の防壁は大概の魔法を弾くんだろう?」
アルナードが首を傾げる。
「それ、言われるんですけど、機会がないんですよ。兄上なら四節までつかえて属性も炎と氷と風と土がつかえますよね? 試してみましょう!」
怪我をさせては怖いので、まずは腕に魔力を集中してもらい、空に浮かせた火球に触らせる。アルナードは逡巡もせずに握りつぶした。
「これくらいだと全然熱くないです」
なるほど、少々の事ではダメージを受けそうにない。そのまま単節魔法の「炎弾」、二節の「炎塊・火炎球」を放つが拳で叩き落とされた。
「兄上、もっと速くても構いませんよ」
おまけに、通常の魔法だと遅すぎて余裕で避けられてしまうらしい。三節の魔法「速撃・火炎・砲」でようやく「ちょっと熱いです」という返事が返っきた。一応、それ、中型の鎧熊とか焼き尽くす威力なんだけどな。
四節でも耐えられそうな気はしたが、一応安全の為に当てても大丈夫そうな三節までを使用する
という事で、実際に戦ってみることにした。こちらは三節まで、アルナードは動きながらどれくらいの防御が働くのか確認しつつ、俺に接近して攻撃を当てる練習だ。
「じゃあ行くぞ」
「はい! 行きます!」
距離を取り、声をかかる。開始の合図とともにアルナードが猛スピードで走り出した。速い!
「速撃・火炎・砲」
こちらも合わせて、先ほどと同じ三節でスピードの速い魔法を続け様に撃つ。射線上のアルナードがひらりと身を交わしながら近づいてくる。くそっ足止めにもならないのか。身体能力が高すぎる。時間稼ぎのために距離を取り、訓練所の端にある木の影に隠れながら砲撃を続ける。
避ける、避ける、避けながら接近するアルナード。完全に火球の軌道を掴んでいる。正面からでは当てることさえ難しそうだ。
「ってえ!」
当たった! 連射の中で密かに上空から曲折させて発射した火炎球がアルナードの後頭部にヒットした。
思わずガッツポーズをとったが、アルナードが止まったのは一瞬だった。二、三歩たたらを踏んだかと思ったら、そのまま体制を整えて再び突っ込んできた。顔が笑っいる。怖い。
「ズルいぞ! チクショウ! 何で魔法が効かないんだよ!」
思わず叫んでしまった。そのまま木を盾にするように隠れながら魔法を打ち出していると轟音がして一番訓練所に近い木が倒れた。アルナードが一撃で砕き折ったのだ。知ってはいたがすごい破壊力だ。お前、その力で俺を殴ったら死ぬからな。
「効いてますよ! 教育係のげんこつより痛いです!」
魔獣を灰にする魔法でげんこつ程度か。つくづく理不尽だ。
木の周りを周りながら距離を取ろうとしたが、アルナードは目の前の木を薙ぎ倒して接近してくる。訓練所がめちゃくちゃだ。
「兄、上ーっ!」
まずい、追いつかれる。魔法が牽制にならない。仕方ない。
「極大・火炎・陣!」
加減はしてるのだろうが振りかぶったアルナードの拳がせまる中、超至近距離で自分中心に最大火力の火炎を放する。同時に高速で離脱。
「うおっ⁉︎ あちっ! あちちち!」
空振ったアルナードが困惑の声をあげ、一拍遅れて炎に焼かれた悲鳴をあげる。流石に至近距離での最大火力は効いたようだ。
「今の絶対当たったと思ったんだけどなー。兄上、もしかして何かしました?」
不思議そうな顔でこちらをみるアルナード。
「まあな。俺ばっかり驚いていたら不公平だろ? タネは秘密だけどな」
「流石兄上! 今度は当てますよ!」
嬉しそうに笑い、走り出す。最初からトップスピードだ。今度は遮蔽物がほとんどない。近づかれたら負ける。距離を取れ!
アルナードから離れるようにこちらも走る。普通なら追いつかれるが、これならどうだ。
「兄上、身体強化ですね! さっきはそれで避けたんだ!」
隣で聞いていたのだ、俺にも身体強化はできる。アルナードほど馬鹿げた魔力があるわけではないから速さ比べなら負けるが、時間は稼げる。中距離をなるべく保ち、火力重視の魔法を連続で叩き込む。
「極大・火炎・砲‼︎」
当たった! 連続で当たる。アルナードも拳で払い除けてはいるが全速で走りながら細かく着弾点を打ち分けた魔法を全て叩き落とすことは難しいらしい。ここだ!
全魔力を三節魔法の連射に注ぐ。
「熱っつ! 熱い! 熱い! もうやめ! 負け! 僕の負け!」
アルナードが地面にゴロゴロと転がりながら降参した。すぐさま魔法でアルナードに大量の水をかける。皮膚は綺麗だ。赤くさえなってはない。火傷の心配はなさそうだ。流石加護。
泥だらけになったアルナードは恨めしそうにこちらを見上げてきた。ちょっと目が潤んでいる。
「兄上、酷いです」
「う、すまん。三節までなら大丈夫そうだったし、凄い勢いで来たから、こちらが瞬殺されそうだったからな」
実際身体強化無しなら瞬殺だったろう。覚えていてよかった。
「同じ三節でも威力が違うじゃないですか、極大火炎なんて酷いですよ。それに、身体強化。僕だけが使えると思ったのに! 普通の魔法使いは使わないんじゃないんですか⁉︎」
まるで子供だ。いや、子供なんだけど。意外と負けず嫌いだったんだな。こいつ。
「ダメージが0だとお前の訓練にならないだろうし、身体強化は使わないと俺の方がお前と勝負にならないよ」
頭をかきながら応える。
「身体強化は滑らかだし速い。防御力も攻撃力も高い。真似事の俺とは比べ物にならないよ。アルナードは凄い。大したもんだ。でも、お前にはそれしかないんだ。もっと速く、もっと硬く、攻撃力は今のところ充分だから移動と防御に注意してみたらいいんじゃないか」
「はあい」
むくれた顔でアルナードが立ち上がる。わかりやすく不満そうだ。
「せっかく兄上に一つくらい勝てそうなものがあると思ったのに……」
何やらぶつぶつ呟いている。
「次は、兄上に一撃入れますからね! 兄上のバーカ!」
立ち上がると、拳をこちらに向けてつ宣言し、アルナードは走っていった。身体強化を使ってるのか、速い。あっという間に見えなくなった。
「言い逃げかよ、化け物め。あー、疲れた」
訓練所に両手両足をひろげて倒れ込む。魔力はほとんど枯れかけている。最後のラッシュと水魔法で、もう何をする魔力もない。取り繕ってはいたが本当いうと意識が飛びそうだった。アルナードの方はといえば元気いっぱいで、ちょっと料理の油が跳ねたのが熱かったので泣き出した子供のようなものだった。
本気で戦えばどちらが勝つかは明らかだ。アルナードが戦いに本気になり、多少のダメージを恐れずに戦うか、身体強化がもっと練磨されればそう遠くない未来に、俺は敗北する。
目を閉じて、深いため息をつく。
誰も見ていない。
もう少し、横になって休んでいよう。
目を閉じて、倒れていたら、頭の上から声がした。
「にいさま、だいじようぶですか? どこかいたいのですか?」
耳なれた、舌足らずな小さな声。
「エレミア、訓練所は危ないから近寄ってはいけないと言われているだろう?」
とりわけ最近はアルナードの拳の起こす土砂の爆散だの樹木の破砕片だのか飛び交っている。そんなのに巻き込まれたら大怪我してしまう。こういう言いつけを破るような事はなかったんだが。
「だ、だって、にいさまとあるにいさまがけんかをしてるってきいたから……」
目の周りを赤くしたエレミアが、鼻を啜りながら心配そうに尋ねてきた。
「喧嘩じゃあないよ。アルナードは加護の力になれる為、俺は強くなる為に、ちょっと鍛錬しているだけだよ」
「……みんながいうんです。にいさまが、かわいそうだって。えれみあが、かわいそうだって。あるにいさまがかごだから、にいさまも、えれみあも、いえをでていかなくてはならないんだって」
微妙な時期だから色々と言われるのは仕方ないが、エレミアの耳にまで入れなくてもいいものを。
「えれみあには、むずかしいことはわかりません。でも、あるにいさまのかみがきんいろになってから、にいさまがとてもたいへんそうで、おつらそうで、それでもがんばっているのはわかります」
エレミアの頬を水滴が伝う。エレミアの前で弱音を吐いた事はなかったんだが、伝わってしまうものなんだろう。こういうことは。
家族だものな。
「おにいさまがくるしいおもいをしているのは、わたしのためなのでしよう?」
ぽろぽろと嗚咽を交えながら、エレミアが頭を下げる。やめてくれ、お前はそんな事をする必要は無いんだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。おにいさまは、そうだとはいわないでしょうけど、えれみあにもそれくらいはわかります」
頭を下げるエレミアに近寄り、そっと抱きしめた。俺の半分もないくらいだ。小さい、こんなに小さいのに聡いな、そして偉い子だ。
「えれみあはにいさまがだいすきです。ずっと、とうさまと、かあさまのかわりにわたしをまもって、あそんで、いろんなことをおしえてくれて、あんなにいっぱいの『たのしい』も『うれしい』もくれました。だから、わたしは、ぜったいに、『かわいそう』なんかじゃないです」
雷鳴が落ちたように、心に言葉が響いた。
報われた気がした。ここ暫くの努力が、これからの、意味があるのかすらわからない。おそらくは長く苦しい道のりが。今の言葉だけで、俺は歩んでいける。たとえ結果が出なかったとしても、くさることも諦めることもなく、歩んでいけると思えた。
「小さな子供だと思っていたのに、随分と大きくなったもんだ。エレミアは偉いな。そう、自分が不幸かどうかを決めるのは自分自身だ。エレミアがそう思うなら、間違いないよ。俺も、エレミアも不幸なんかじゃない」
ゆっくりと、この想いが心からの言葉である事が伝わる事を願いながら話す。指先で、頬を伝う涙を拭い、ウェーブのかかった柔らかい銀の頭髪を撫でる。
エレミアが顔を上げてコクリと頷いた。
何が起こっているのかわからないけど大変なことが起こっている。周囲の反応でそれはわかる。でも、自分にはわからない。そんなもどかしさと無力感と原因のわからない不安に、おそらくあの日からずっと囚われていたのだろう。
まだ、4歳なのだ。
「そうだ、アルナードはいい奴だ。エレミアも知ってるよな? あいつは俺たちを追い出したりしない。これからも、俺とエレミアとアルナードの三人で、楽しくやっていけるさ。今はちょっと混乱してるだけだ。俺達はきっと、大丈夫だよ」
「はい。わたし、にいさまも、あるにいさまもだいすきです。ふたりとずっといっしょにいたいです」
まだ、目は赤いけれど、少し安心したのだろう。エレミアはふにゃりと笑った。
「さ、危ないからお部屋に戻りなさい」
背中を押して屋敷に戻るよううながす。エレミアはちょっと逡巡した後、真っ直ぐこちらをみて意を決したように宣言した。
「えれみあは、ずっとにいさまのみかたです。なにがあっても、やさしいにいさまの。だから、だれかがにいさまにかわいそうなんていったら、えれみあがいるから、かわいそうなんかじゃありませんっていってあげます」
そういって、エレミアは戻って行った。四歳なんだよなあ。しっかりしちゃってまあ。
馬鹿げた力を見て落ち込んでいたが、おかげでやる気が出てきた。大変な目にあったが悪い事ばかりではない。収穫もあった。
まずは身体強化、加護と戦うならこれが無くてはお話にならないことがわかった。無ければ距離を詰められて終わる。そもそも、素の身体能力では相手が速すぎて攻撃を当てることができない。身体強化を練らなければならない。
もう一つは、攻撃魔法。やはり収束魔法が必要だ。得意属性ではないとはいえ攻撃力の高い炎魔法をあれだけ当ててちょっと熱い程度では話にならない。得意の氷属性を収束させる事で何とかダメージを与える、
これをやるしかない。




