パーヴェル・エステスの過去 廃嫡された次期当主
僕はパーヴェル・リンドブルム。王国の四大公爵家の一つ、リンドブルム家の一人息子、だった。
リンドブルムは北の魔獣より王国を守る盾。当主は他家よりも武力を要求される。
しかし、僕には大した魔力も武力もなかった。魔法は四節を一、二発が精一杯、かと言って剣や槍の腕はせいぜい中の下と言ったところだった。
鍛錬はしたが、北方の盾となるには力不足だと感じた僕は、頭脳で武力を補うべく魔獣の研究を行った。今までの当主が力がある故に怠っていた生態の研究に、公爵家の資産を使って研究者を集め、魔獣を観察し、捕まえ、本気で取り組んだ結果、僕は八年をかけて魔獣研究の第一人者になった。
武力に才能のなかった僕には研究が楽しかった。リンドブルムの民のためになるという実感もあった。僕は寝食を忘れて研究に没頭した。
魔獣使いという一族が、リンドブルムのさらに北、魔獣の領域の中で暮らしている事を噂に聞いたのはその頃だった。危険な魔獣とどう折り合いをつけて生活しているのか、何度も通い、贈り物を行い、時には彼らと共に魔獣と戦い、ようやく彼らの集落に招かれるようになった。
そうして、彼らを研究することで、魔獣が魔力の波長で情報を交換していること、通常状態であれば、危険信号となる波長を流すことで魔獣の行動を制御できる事を発見した。これを実用化すれば北方のみならず王国全ての、魔獣の害が激減する! それに気がついた時の僕は、思わず雄叫びを上げていた。
王立学問所には報告書は上げたが、現地でなければ実証することが難しいため、半信半疑に思われていたようだった。それでも僕は、この素晴らしい発見に浮き立った。そして、さらにこの研究を突き詰めようとしていた時だった。
分家の従姉妹、リュドミーラ・リンドブルムに加護が発現した。
北方の盾、リンドブルムに必要とされるのは武力。成果の怪しい魔獣の研究より加護持ちが優先されるのは必然だった。リュドミーラを僕の妻にという話もないではなかったが、リュドミーラの父マグナガル・リンドブルムは、加護持ちを後継とする古来からの伝統を盾に次期当主の座をもぎ取った。もともと北方の経済に大きく力を発揮していた家であることもあり、父と僕と二代に渡り力を示すことができなかった本家の力では対抗することができなかった。
僕の廃嫡と、リュドミーラの次期当主就任は速やかに決定した。
次期当主交代の時に顔を合わせたリュドミーラは、申し訳なさそうな、居た堪れない顔をしていた。
あまり交流はなかったけれど、小さい頃、魔獣の研究をする僕を応援してくれた数少ない親族の女の子が彼女、リュドミーラ ─リューダ─ だった。
『パーヴェル様の研究が実現すれば、もう北の民は魔獣におびえなくてすむのですね。素晴らしい研究です』
幼い頃のリューダは目をキラキラさせて、そう言ってくれた。それは、報われることの少ない魔獣研究を行う、数少ない僕の励みの一つだった。
仕方ないことだ。北方の厳しい環境、乏しい産物で、可能性のある施策を全て試す予算などない。前例のない魔獣の制御よりも加護持ちが優先されるのは当然だと、僕もわかっていた。一抹の寂しさは感じたが、僕は廃嫡を受け入れて、与えられた北の果ての研究室に向かった。事実上の追放だ。名前は母方の姓、パーヴェル・エステスに変わった。まあ、研究室を与えてくれただけ温情というものだろう。当主という重責から解放されて研究に没頭できる、それもいいかもしれない。
北の果てに来てもやることは変わらなかった。北の盾として魔獣を防ぐ。それが自分の子供の頃から歩み続けた人生の目的だ。魔獣使いの部族に入り浸り、雪猩々、双頭氷虎、飛刃空魚がどんな波長でどのように連絡を取り合っているのかを調べる。
熱心に入り浸っているうちに、部族の者とも仲良くなった。人懐こくあたたかい人柄の彼らはすぐに僕を仲間と認めてくれた。いや、どちらかというと家族のような扱いだった。当主というしがらみがなくなったからか、やはり寂しかったのか、僕には魔獣使いの集落がとても居心地が良くて、次第に長く逗留するようになった。魔法が使えて、魔獣を厭わない僕は、集落でも重宝された。
「そんなに魔獣が好きならパーヴェルもここに住めばええ。どうだ。ヤーナはお前の事を気に入っとる。夫婦になってここで暮らさんか?」
長からはそんな声をかけられた。
ヤーナは、僕より少し歳上の娘で、双頭氷虎の扱いにかけては集落で1、2を争う腕前の魔獣使いだった。研究の為に協力してもらうことが多く、自然に仲良くなった。素直でコロコロと変わる表情が可愛くて、裏表のない直裁な言葉は、けれど少しも嫌なところがなく、むしろ好ましかった。
貴族の会話に慣れていた始めの頃は、「パーヴェル、これくらいで根をあげるとは男のくせに情けないぞ!」とか「なぜ一人で暮らす? 王国民は街で集団で住むのだろ?」など、ストレートすぎる言葉が、皮肉なのか罵倒なのかと戸惑うこともあったが、彼女の反応には何の裏も意図もなく、思った事を口に出したいるだけだとすぐに気がついた。
そうして過ごしていると、荒っぽく聞こえた彼女の言葉は不思議に心地よくて、僕は調査がないときでも用を作っては集落に顔を出すようになっていった。
集落の皆はいつも僕を歓迎してくれた。勿論、魔法を使っての集落の道の整備だとか、住居の修理だとか、害獣の駆除だとかが便利だからということもあるのだろうが、魔法関係なく僕が来るのを家族が来るように喜び、集落のたわいもない噂話やらで盛り上がるのだった。
リンドブルムに魔獣よけの防壁を作ったら、その功績を持ってヤーナとの婚姻を認めてもらい、ここで暮らすのもいいかもしれない。
そう考えた僕は、北の街で彼女の為にネックレスを購入して集落に戻った。
「ヤーナ、ヤーナ。僕は王国の人間だから、勝手に婚姻はできない。でも、僕の研究が実をむすめば、君を妻としてここで暮らすくらいは認めてもらえると思う。君さえ良ければ、僕と夫婦になってくれないか?」
ヤーナは大きな紫紺の目をパチクリさせた後、不思議そうに言った。
「ヤーナむずかしいことはわからない。パーヴェルのことは好き。嫁になってもかまわないけど、パーヴェルはヤーナのこと好きか?」
僕は慌てて答えた。
「好ましく思っている。ヤーナといると楽しい。一緒にいたいと思う。僕と家族になって欲しい」
「好きなら好きとはっきり言え!」
「好きだ! クルクル変わる表情が好きだ! はっきりものを言うところも好きだ! 君を、愛してる!」
口を尖らせて噛み付いてきたヤーナの迫力に負けて、僕は思わず叫んでいた。顔が熱くなる。
ヤーナは見ているこちらが暖かくなるほどの満面の笑みを浮かべて、抱きついてきた。
「それでいい。ヤーナもパーヴェル好き!」
ヤーナの白い肌も、赤く熱っていた。僕はネックレスを彼女の首にかけて、そっとキスをした。
「よろしくお願いします。まあ、僕の研究が認められるのはまだ少し先なんだけど」
「関係ない。パーヴェルはヤーナに求婚した。ヤーナはそれを受けた。王国が何を言おうと、パーヴェルがどこに行こうとヤーナはパーヴェルの嫁。それは変わらない」
その日、僕に家族ができた、
集落の人はみんな盛大に祝ってくれた。
「ようやくか!」
「これからもよろしくな!」
「めでたいめでたい」
「お前の魔法には期待してるからな」「元気な子を作るんじゃぞ」
そんな事をいいながら、しこたま酒を飲まされた。
ひどく酔い潰れたけれど、人生最良の日だった。




