まずは相手の力を知る事です
詳しくは教会を待ち、それまでは今まで通り政務をこなしながらアルナードに仕事を教え、魔法の研鑽を共に行うことになる。
そうだ。魔法だ。
加護持ちとはつまるところ無尽蔵に高威力の魔法を放つ戦略兵器だ。アルナードが実際どれほどの戦略兵器なのかを確認する必要がある。
なにしろ加護持ちは王国の切り札、今代は同時代に4人と歴代でも屈指の人数が加護を得ているが、20年前は2人しかいなかった。その4人も「雷神」ダクタロス侯は南方の穀倉地帯の守護、「賢人」サザーランド伯は王都の守護、「北の盾」リュドミーラ公は北方の護り、エイミヤス男爵は目覚めてまもなく、あまり表舞台に出ていない。したがって俺たちが加護持ちを実際に目にする機会はほとんどないのだ。王都の祭礼でもあれば流石に参加はするがゆっくり眺めるというわけにもいかない。戦闘を見ることなど皆無に等しい。御伽話や伝聞ではない本当の加護の力を知らねばならない。
俺も子供にしては魔力が多い方だとは言われるが、昨日のアルナードの魔力は軽く俺の10倍はあった。少なくともあれに対抗できなければ試合場に上がることすらできないという事だ。
数日後、元宮廷魔法使いを招いて行われる魔法の講義にアルナードが参加する事になった。ちなみに政務の方は既に参加して涙目になりながら書類を読んでいる。何日か過ごしてわかったが、アルナードは難しい言い回しや貴族の慣例にはついては苦手だが、制度の運用については理解が早い。頭の回転はいいのだ。
「いやー、僕、一回魔法使ってみたかったんですよ!兄上が氷をシュバババッて出すのがカッコよくて!」
鍛錬場で待機していたが、そのアルナードは魔法の授業ということで目を輝かせている。政務の時との落差がすごい。
「魔法が使えないって事だったけど、加護を得てから変化はないのか?」
気になっていた事を尋ねてみた。
「自分ではわかりません。今までも何をどうすれば魔法を使えるのかさっぱりわかりませんでしたし、実家で魔法を専門でやってた人はほとんど父上と紛争地に行ってしまったんで教えてくれる相手もいないんですよね。ですから今日の講義には期待しています」
話していると、魔法の先生がやってきた。元宮廷魔術師と聞いていたが女性とは思わなかった。エーブという年嵩の女性は、穏やかな物腰で挨拶をすると、講義をはじめた。事情は事前に説明してある。
「さて、アルナード様が初心者ということなので基本的なことからご説明しましょう。まず魔法ですが、この国の魔法は大気中の魔素と体内の魔力を練りこみ、力ある言葉にて魔力に方向性を与え、放つことで発動します。このように」
「炎弾」
エーブ先生が片手から炎の弾を放った。まっすぐ飛んで少し離れたところの的にあたり爆発する。
「今のような単節の魔法、『炎弾』などであれば消費魔力は少ないですが、規模、軌道、属性、形態など、付与する言葉が多くなるほど魔力消費と制御難度が変わってきます。二節の魔法『拡散・炎弾』くらいならばそこそこ学んだものならば使えますが、三節の魔法『極大・爆炎・砲』くらいになると使えるのは軍人かそこそこレベルの冒険者という事になります。貴族の子弟であれば最低三節の魔法を撃つことが求められますね。四節撃てればまずまずの才能、五節が撃てれば宮廷魔術師レベル。ちなみに六節は歴史上でも数人しかいないです。当代でこれが撃てるのは『賢人』サザーランド伯のみです」
俺は四節魔法までは使える。八歳で四節が撃てるなら宮廷魔術師候補と言ったところらしい。まあ何を言われても加護が隣にいる状態では虚しいだけだが。
「貴族に求められる高威力の広範囲の魔法はおよそ通常の貴族なら連続三発撃てれば一人前ということになっています。アルナード様の様な加護持ちだと膨大な魔力をもっていますので、軽く3〜40発は放てるはずですね」
保有魔力が大きいので出力も高く、連発も可能、おまけに加護持ちは魔力の回復も早い。言ってて嫌になってくるな、これは競う気にならないはずだ。
俺が四節魔法を放てるのは三回まで、一応貴族としてのノルマはクリアしているということになる。
「では、やってみましょう。大気から魔素を取り込み、いや、ゆっくり深呼吸する感覚で大丈夫です。体内の魔力と呼吸が混じる様にイメージしましょう。それを掌に集めていく感覚です。そうです。お二人とも素晴らしい。アルナード様は流石加護ですね。初めてでここまでできるとは」
比べてみるとわかる。膨大としか言いようがない魔力がアルナードの手に集中している。腕が発光してる様な錯覚に囚われる。
「ではそのまま溜めた魔力を放つように、炎の玉をイメージしてください。放つ寸前、言葉で魔力に力を与えてください。『炎弾!』 さあやってみてください」
いつも通り、身体から魔力を集め、
右手に集めた魔力に力ある言葉で方向性を与える。属性は俺の得意属性で。
「氷弾!」
人の頭ほどの氷の塊が掌の示す方向に飛び、着弾していく本かの氷柱を作る。
アルナードも隣で叫ぶ。
「炎弾!」
魔力がアルナードの腕に集まり、そして……、そのままだった。魔力はアルナードの腕にとどまり続けている。
「炎弾! 炎弾! 氷弾! 風弾!」
属性を変えて何度か試してみるが、変化はない。いや、おかしい。魔法を発動しようとしているなら魔力が属性に反応して多少なりとも変化があるはずだ。アルナードの魔力は全く揺るぎがない。
「アルナード様、弾の形を考えなくていいので単純に炎を出してみてください。炎の形をイメージして、掌で炎がもえるように」
「炎! 変わりません」
「属性を変えてみましょう。炎、水、土、風、雷、闇、光。一つづつイメージしてください」
根気よく試してみたが、アルナードの魔力は全く変化しなかった。
「昔から、人が魔法を使ってるのをみて、自分でも試してたんですよ。でもうまくいかなくて。魔力を集めるのはわかるんですけど、それをどうしたらいいのかっていうのがわからなくて」
目に見えて落ち込んでいる。こいつのこんなところを見るのは初めてかも知らない。
「アルナード様、私の手の上に手のひらを置いて、先程と同じ様に属性ごとに魔法を発動させようとしてみてください」
何か思いついたのだろうか、エーブ先生がアルナードに手を差し出した。アルナードが手をのせてもう一度魔法の発動を試す。結果は同じ、魔法は発動しなかった。
「うーん……、これは……」
「何かわかりましたか?」
「詳しくは協会の調査を待った方がいいですが、おそらくアルナード様は魔法が使えません。人間の身体には魔力を体外に出す魔力孔があります。まあ、汗のようなもので、人は常日頃から魔素を吸収して微弱ながら魔力を放出しています。そして、魔法を使う場合は意識してこの魔力孔から出る魔力を調整しているわけです。この魔力孔が大きければ一回の魔法の規模が大きくなります。通常は利き腕から魔力を放出しますが、防御の為に全身から魔力を放出する事や、左右の手から魔法を放つ事もありますね。
本題とは違うが、面白い情報だ。そうすると今まで意識した事はなかったが、脚や肘、なんなら背中から魔法を放つという事もできるんじゃないだろうか。
「アルナードはその魔力孔がない?」
本題に戻ろう。話の流れから言うとそう言うことになる。
「そうですね。私も初めてみましたが全ての属性に反応がありませんでした。腕だけでなく全身がです」
「ええー、じゃあ僕、魔法使えないの⁉︎」
隣から、世にも情けない声があがる。
加護が魔法を使えない? そんなことがありうるのか? だが、アルナードには悪いがこれは朗報だ。魔法が使えない加護持ちは加護と認められるのか? 仮に加護と認められたとしても広範囲魔法を使えないのならば、俺が通常以上に魔法に熟練すれば当主として認められる可能性はある! 考えられる中で一番薄い可能性だと思っていたが、予想外の僥倖に身体が熱くなってきた。いや、まだ教会を待たなければわからない。落ち着こう。ぬか喜びはしたくない。
「アルナード様、では次です。魔力を右手に集めて、腕を魔力で固めるようなイメージで腕に纏わせて、全力で地面を殴ってみてください」
「はい!」
返事が聞こえると同時に地面が爆散した。土砂が飛んできて身体にぶつかる。結構な勢いだ、痛い。咄嗟に氷壁を作り出し防ぐ。おお、アルナードとやったイタズラが役に立っている。カンカンと氷壁に石礫が当たる音がする。上からも降ってくるので氷壁で屋根も作り出す。土砂で前が見えないな。何が起こった? 魔法か? おっとそこで動いているのはエーブ先生だ。
「こちらにどうぞ。多少はマシですよ」
氷壁にエーブ先生を招く。解説してもらおう。
「ありがとうございます。咄嗟に防壁を張るとは、レスティ様は才能がありますねえ」
宮廷魔術師に褒められたのは嬉しいが、今はそれどころじゃあない。
「これは、魔法ですか?」
「魔力は動かせていましたから、もしやと思いましたが、できましたね。これは身体強化です。貴族には人気がない技術ですが、冒険者はよく使います。加護持ちだと、雷神殿は広範囲に攻撃するなら自分が速く動いた方がいいとおっしゃって使ってます。まあ、あの方は魔獣と肉弾戦する様な方なので規格外なんですか」
身体強化! 魔力で身体を包み身体能力を上げる技術だと聞いたことがある。貴族に人気がないのは、固定砲台をやるなら身体強化に魔力回すより放出する魔法の魔力をあげた方がいいからだが、確かに加護ほど魔力があるのならばデメリットはない。
「凄い凄い凄い! 全然痛くないです! なんですかこれ!」
落ちてくる土砂の量が減って周りが見えるようになると、喜色満面で腕を振り回すアルナードの前に、馬が2頭はすっぽり収まりそうな穴が空いていた。
「アルナード様、それが身体強化です。同じ様に脚に魔力を集めて蹴りを打つとか、全身に集めて移動速度を上げるとか、色々できるはずです。試してみてください」
「はい!」
今日で一番いい返事が返ってきた。そして訓練所の地面がまた爆散する。
「しばらく、見学するしかなさそうですね」
念の為、氷壁の枚数を増やして周囲を囲う。アルナードは走り回っては拳を、脚を繰り出している。楽しそうだ。やはり、あいつにはこういう表情が似合う。
「……よかったな」
まあ、俺にとっては全然良くないのだけれど。
隣の先生にも聞こえてしまったようだ、意表をつかれたような顔で目をぱちくりしている。
「アルナード様と仲がいいのですね」
「そうですね。見ての通りあいつは単純だけど、素直で気持ちいい奴なんですよ」
領内のものにはあまり表立っていえないが、先生は行きずりのようなものだ。たまには本音を言ってもいいだろう。
「失礼ながら、家督争いをしているということでしたので、もっとギスギスしているのかと思っていました」
「俺が、加護持ちを超えなければ居場所がないのは確かなんですけど、加護に目覚めた弟が悪いわけではありません。あいつを恨んでも憎んでも仕方がないですから」
「随分と達観してらっしゃる」
ホウと、感心したようにエーブ先生が呟いた。
「いや、格好をつけました。正直加護のことを聞いた時には冷静でいられませんでした。目の前にあいつがいたらなじってしまったかもしれません。でも……」
一呼吸置いて、あの時のことを思い出す。「奪われる」と思った。「何故だ」と恨み言も頭に浮かんだ。
「でも、あいつが家に来てから、楽しかったんですよ、本当に。ずっと、早く大人になって父上を支えないと、エレミアを、妹を見守らないとって頑張って。別に大変とは思わなかったんですけど。あいつが来てから、毎日が楽しくて」
そう、憎しみも恨みも、なかったわけじゃない。でも、それ以上に、あいつと過ごした日々は楽しかった。
「あいつに、凄いって尊敬の目で見られて、兄上これをやってくださいって頼られて、馬鹿なこともやって。両親に怒られたのなんて、あいつが来てから初めてでしたよ」
だから、失いたくなかった。楽しかった思い出を、家族で笑いあった朗らかな日々を。やんちゃで突拍子もない弟と、三人で悪戯をするのにワクワクしている妹を。
「だから、これは兄の意地です。あいつが努力してもそれを乗り越えて、なんでもできる格好いい兄上でいようって。それでまた、三人で楽しく過ごそうって」
国家とか領地とか、そんな大層なものとは比べ物にならない。くだらない小さな意地。
「まあ、どこまでできるかはわかりません。ちょっと体験しただけで、加護の力が桁違いなのはわかりました。子供の戯言と思っていただければ。まあ、アルに嫌がらせなんかしたらエレミアに嫌われてしまいますからね。正々堂々とこえてみせます」
「……殿方は大変。でもとても素敵です。貴方に必要なことは多分……」
エーブ先生は、馬鹿にすることもあしらうこともせずに、しばし、考えた後、俺にアドバイスをくれた。
「さっきの氷壁の展開速度といい、魔力の圧縮といい、レスティ殿は才能があります。それでも加護とは比べものになりません。戦うのなら、貴族の魔法は捨てる事です。ゲリラや冒険者の戦い方、敵国の加護対策を調べてみる事をおすすめします。教会からは異端視され、貴族からは冷たい目で見られるでしょうが、万一にも加護と闘うなら、それしかないでしょう」
なるほど、加護と戦う側の発想か。この先生も際どい事を薦めてくる。しかし、確かにいう通りだ。廃嫡よりは悪名の方がいい。加護に目覚めた弟を妬んで嫌がらせをしただの、醜態を見せただの言われるよりは、邪道に走ったが強さだけなら加護並み、という評判の方が百万倍マシだ。ありがたい。
俺は、いまだ土砂の舞う訓練所で、先生に深く頭を下げた。
「貴方のことを気に入りましたから言いましたが、私が薦めたと言うことは内緒にしてくださいね」
先生は、軽く目を伏せたあと、イタズラっぽく笑った。
茶目っ気のある可愛らしい笑顔。若い頃は随分モテただろう。もう一度、深く頭を下げる。
「元宮廷魔術師の身分を持ちながら、率直なご意見ありがとうございます。他言は決して致しません。この恩義はいつか、必ずお返しします」
「もう一つ、忠告しておきます。貴方が加護と戦うなら、実力如何に関わらず、必ず非難の声は上がります。加護と戦う立場をとることの意義を考えておきなさい。どんなに荒唐無稽でも、己なりに国や民を思えばこそ加護と戦うのだという大義名分がなければ結局潰れてしまいます」
エーブ先生は、眉根を寄せて心配そうな顔で最後に忠告をくれた。
「女の私が宮廷魔術師になるのも大層反対されましたからね。貴方はその比ではないでしょう」
「ありがたいですが、何故そこまでしてくださるのでしょう」
偶々教授に来てくれた魔法使いにしては親身になってくれすぎる。
「貴方は、女の私にも通常の魔法使いと同じように敬意を払ってくれました。ほんのお礼です。あとは、そうですね。貸し一つでしょうか。もし、貴方が当主に就任した場合、私の弟子が困った時に助けてあげてください」
そう言って、エーブ先生は丁寧に頭を下げた。




