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北の戦いの結末

 砦に帰ってからは大騒ぎだった。

 ティアの治療をお願いしてリンドブルム公に報告。アルナードの紹介。王家と教会への報告。一の砦に物見を出して、魔獣の後始末。数日は事後処理でバタバタと過ごした。


 落ち着いてからはこれからの話をした。魔獣がコントロールできること、波長の操作は俺の得意分野のため、領地で研究しようと思う事を話し、魔獣使いの生き残りを探す事、襲撃に関わった兵士に村落の場所の確認、刺激しないよう俺を含めた少数の兵士で捜索を行う事を公にお願いした。


 兵士達も戦争が終わった事を知って浮かれている。ロローダはティアが生きている事を知って涙を流して喜んだ。ティアに教えを受けた者には彼女のファンも多い。

 皆喜んでいた。


 ティアは全治三ヶ月、傷は深いが適切に処理されていたそうだ。ドルガ殿に感謝だ。今は療養のため一日横になっている。本人は体が鈍ると不満そうだ。毎日兵士たちが見舞いに押し寄せている。


 ああ、恥ずかしい話だが、ティアと俺の関係も兵士達に伝わった。


 ロローダはティアが生きている事を知って天国に登った後叩き落とされた。ひどく落ち込んでいたが、生きているならそれでいいと吹っ切ったそうだ。流石に俺からは声がかけられない。若手の有望株だから人気はあるんだ、すぐにいい娘が見つかると……思う。


 ナブドラは大喜びだ。なんでも任期中にロローダが失恋するという賭けと、ティアと俺が結ばれると言う賭けをしていて大勝ちしたらしい。ロローダの失恋は倍率2.5倍程度だったが、俺の恋愛成就は倍率10倍以上だったらしい。大儲けして笑いが止まらないそうだ。お前、人の恋愛を賭けに使うな。あとロローダに酒くらい奢ってやれ。


 サバには、レスティ卿は並ではない朴念仁なので絶対成就しないと思って失敗に賭けていたのに損をしましたと恨みがましく言われた。サバ、お前までか……。


 リンドブルム公には、落ち込んでいた時に心配をかけたので謝罪を入れた。ティアが生きていた事をとても喜んでくれた後、非常に羨ましがられて婚期を逃した私にも誰か紹介しろと頼まれた。ロローダを紹介してもいいものだろうか。


 パーヴェルの件に関しては、痛ましい顔をしたのちに、父がすまない事をした。彼の人生を歪めてしまったとポツリと呟いた。窓の外を見ていたが少し泣いていたのかもしれない。マグナガル殿とザカール殿に関しては自業自得だからと言葉少なだった。蛮行への報復だとしても思うところはあるだろう。


 別れ際には、「貴公も忙しいとは思うが、大切に思うものには時間も言葉も惜しまない事だ」と忠告をうけた。


 まあ、それくらい側から見ていても焦ったい様子ではあったという事なのだろう。大攻勢が起こるまでは何も気づいてなかった俺は確かに朴念仁だ。


 だから、反省して帰ってきてからは毎日ティアのところに顔を出している。


「体調はどうですか、ティア」

 

 ベッドで横になっていたティアは身を起こして花が綻ぶように微笑んだ。


「そんなに毎日変化はありませんよ。まだ少し傷は痛みますが元気です。いい加減に体が鈍ってしまいますよ。少しは動いてもいいんじゃないですかね」


「ダメです」


 強い口調で押し留める。どうもティアがそうなのか冒険者という人種がそうなのか無茶をする傾向が強い。こんな時くらいは大人しくしておいてもらう。そう言ったら、あなたに言われたくないと言われてしまった。


 そばにいたアルナードに似たもの夫婦だと言われて真っ赤になっていたティアは可愛かった。


「いや、妻というのは恐れ多いというか、フローレンス様に申し訳ないので、私はあくまで妾、妾です」


と、モゴモゴと呟いている。


 フローレンスとの婚礼までは待ってもらうことになるが、正式に第二夫人として迎えると再三言っているのだが、言を左右にして受けようとしないのだ。魔力が重視されるこの国では、五節魔法が放てるというのは貴重な人材だ。身分の低いが才能のある魔法使いを係累の貴族の養子にして妻や夫にする事はごく一般的に行われている。むしろ、そうやって実力ある人材を血統に組み込んでいくのは貴族の手腕の一つと言っていい。だから問題ないのだと説得しても、なかなか受け入れてもらえなかった。最終的には二人きりになった時に押し切った。何があったかは秘密だ。


 残念なのは、戻ってきてからティアがレスティと呼んでくれない事だ。騒動の時には呼んでくれたのに帰ってきてからはレスティ様に戻ってしまった。


 アルナードが帰り、二人きりになったので、聞いてみる。


「ティア、レスティとは呼んでくれないのですか」


「うぇっ」


 変な声が出てきた。


「俺は、ティアってよんでいるんだから、ティアにもレスティって呼んでほしいんですが」


 ティアは困ったような恥ずかしそうな顔をして身悶えている。


「えっ、私も、その嫌というわけではなく、ただ、長く雇用主として接していたので慣れないというか、ちょっと気恥ずかしいというか、あの時は今生の別れだと思ったし、勢いがあったんですけど、一度平静に戻るとこう……」


 ここは押しの一手だろう。


「これから、夫婦になるんですから、慣れておかないと大変ですよ」


 ティアの顔が赤くなる。


「いや、私は第二夫人ですし、その、公で夫婦として振る舞うような機会は……ですね……」


 両手を握り、真っ直ぐに目を見つめながらつたえる。細いけれどしなやかな筋肉、コロコロと表情を変える真紅の瞳、入院生活のせいで少し汗ばんで額に張り付いた瞳と同じ真紅の髪、やはりティアは素晴らしく可愛い。


「俺が、呼ばれたいんです」


「あ、うううう」


 俯いた。耳どころか首筋まで真っ赤だ。


「なんで普段は全然意識してないくせにここぞとばかりにそのいい顔面を利用するんですか……」


「さあ、ほら」


「……レスティ……」


「はい」


「あの、私、冒険者ですし、貴族のことなんか何もわからないですし、ガサツですし、筋肉もついてますし、ドレスなんか着たこともないですし、身寄りもないですし、財産もないんですけど……、本当に、いいんですか?」


「ティアは可愛いし、有能だし、鍛えられた身体は魅力的だし、きっとドレスも似合うし、身寄りも財産も必要ないです。ティアがいてくれれば俺は満足です。ティアがいいです」


 思ったままを伝えながら、傷に触らないように慎重に、優しく抱きしめる。


「レスティ。私、幸せです」


 涙声のティアの頭をクシャクシャと撫でる。


「俺もですよ」


 そうして、俺たちは少し長めの口付けを交わした。


 


「で、お前らいつからそこにいたんだ?」


 気がつけば、背後の扉の裏に見知った三人組がいた。ロローダは床に崩れ落ち、ナブドラは必死に笑いを堪え、サバは黙って親指を立ててこちらに向けている。


「え? え? え? え? 見てたの? いつから?」


 ティアが一瞬呆然として、全身真っ赤になった後シーツの中に頭から潜り込んだ。


「いや、すまねえ。姐さん。ロローダが見舞いに行くってんで冷やかしに付き合ったんだけど入るに入れない雰囲気だし聞いてるうちにロローダはつっぷしちまうし、さあ帰ろうってわけにもいかなくなってなあ。砂糖が口からこぼれそうなくらい甘いトークをごちそうさまでした」


 ナブドラがからかい半分という口調で答える。


「レスティ卿、見直しましたぞ」


 サバが重々しく続ける。いや、お前嫁さんいるだろ。絶対今度冷やかしてやるからな。


「もう、なんで、よりによってこんな日に!」


 ティアはシーツの中で身悶えしている。


 三人はひとしきり、俺たちを揶揄うと、お幸せにと言い残して帰っていった。


 


 二人きりになった静かな病室でおれは、改めてティア話しかける。


「名残惜しいですが、ティアが動けるようになったらウォーディアスに帰りましょう。やる事は山ほどあります。これからもお願いしますね」


 ティアはまた。こぼれるほどの笑顔で応えてくれた。


「貴方の隣が、私の居場所です。レスティ」

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