王国最強の二人組
パーヴェルが呼んだという魔獣を感知した時、同時に、遠くに懐かしい波長を捉えた。俺が忘れるはずもない、ずっと過ごしてきた懐かしい魔力波長。ずっと俺のそばにいた越えるべき壁、どんなに離れていても間違えるはずのない俺の義弟。その波長が物凄いスピードで近づいていた。
西部の魔法闘技大会に出ていると言う話だったアルナードがなぜここにいるかと言う疑問は頭をよぎったが、この状況ではどうでもよかった。ただ、頼もしく、心強い義弟の到着を、話をひき延ばしながら待った。
「アァァァルナードォォォォォ!!」
叫びながら黄金の閃光に手を伸ばす。がっしりと手を掴んだ。もうこれで俺たちの負けはない。アルナードと俺が揃えば、俺たちは無敵だ。
同調する。
相変わらず無尽蔵の魔力だ。一瞬で、膨大な魔力が流れ込んでくる。
尽きかけた魔力が回復していく。
「極大・氷雪・蒼龍・収束・放射・砲!」
パーヴェルの背後に集まりつつある魔獣に六節魔法を連射する。撃ち漏らして近づいてくる魔獣はアルナードが薙ぎ倒す。一撃で魔獣が宙を舞う。相変わらず恐ろしい力だ。アルナードがいる限り、俺はほぼ無限に魔法を撃つことができる。やりたくはないがおそらく七節魔法の連射さえ可能だ。ダクタロス卿とのコンビでも可能だが、あの方は一人で完結している。アルナードと俺のコンビは、近距離のアルナード遠距離の俺で互いを補完しつつ俺の魔力切れの補充をアルナードが行えると言う理想的なコンビだ。
冗談抜きで、コンビ戦と言うのがあれば俺とアルナードに敵う者は王国内に居ないだろう。たとえ雷神だろうと負ける気がしない。問題があるとすれば兄弟同士で手を繋ぎながら戦わなければならないことくらいだ。いや、まあ、肩でも腰でもいいのだけれど、効率は掌が一番いいのだ。
六節魔法を五発も放てば、動いている魔獣はいなくなった。撃ちながら魔力の補給を行なっていたので魔力も充分残っている。
今度こそ、正真正銘の完全勝利だ。
演技ではなく立ち尽くしたパーヴェルに声をかける。
「流石にもう奥の手は残っていないでしょう。降伏してください」
視線を下に落としたパーヴェルが、力無く笑った。
「参ったよ。魔獣使い、七節魔法、最後は加護持ちときた。神に愛されているかのようだな。レスティ・ウォーディアス」
これにはこちらも苦笑が漏れる。
「知っているんでしょう? 神に愛されていたらこんなことにはなっていませんよ」
「ハハハ、そうだったな。だが、そう言いたくもなる。これほどとんでもないものを連続して見せられてはな。馬鹿らしい程だ」
それから、パーヴェルは空を見上げて呟いた。
「敗因はお前の家中をつつきすぎたことかな? アルナードくんがやってきたのは、おそらくお前の婚約者か妹君の差し金だろう」
「俺にも何が何だか分かりませんでしたけどね。まあ、とにかく、勝ったのは俺たちです」
改めて、パーヴェルに向き合う。
「そうだな。私の敗北だ。王都で晒し者になるのはごめんだ。殺すがいい」
「先ほどの言葉を覚えていますか? 『私に勝つことができたら話をきく』と、貴方は言った。もう一度言いましょう。民のためにあなたの力を使ってください」
戸惑うようにパーヴェルがこちらを見る。
「本気で言っているのか? ここまで事を起こして、王家が許すわけがないだろう。それにこの侵攻で死んだ兵士、親を殺されたリューダ、何を持っても償えはしない」
「それでも、貴方の研究は多くの民を救う物です。このまま眠らせておくのはあまりに惜しい。復讐は果たしたのでしょう? 矛を納め、名と過去を捨てて、民のために生きてもらえませんか?」
「露見すればお前も反逆罪で死刑は免れんぞ」
隣で聞いていたアルナードがギョッとした顔をした。流れで巻き込んでしまったのは申し訳ないが、アルナードなら露見の心配はない。まあ、バレたらお前は知らぬ存ぜぬで押し通せ。
「そうですね。ですから、バレないようにやりましょう。俺も王国に思う所がないわけではない」
パーヴェルが噴き出した。
「レスティ・ウォーディアスは勤勉で有能、民を想い、誠実で情が深いと聞いていたが、お前、噂よりもイカれているようだな。民のためなら王家をたばかるか」
「パーヴェル・エステスは死んだ。特殊個体も七節魔法で倒すことができた。激戦のため死体は残らなかったが、その後魔獣被害は激減した。組織だった侵攻もない。これなら王家もリンドブルムも納得するでしょう。魔獣が使役できる事を知った俺は、北の魔獣使いの生き残りを探して魔獣の研究を始めた。マグナガルに襲われて全身に火傷を負ったため顔を隠している貴方に協力してもらい、魔獣を退ける波長の研究を始めました。そんなところでどうですか?」
「命を助けてもらった恩になるのか? いいだろう。協力しよう。お前がどこまで王国で抗えるか見届けてやる。反乱が起こしたくなったら手を貸してやるからいつでも言え」
パーヴェルはヒラヒラと手を振って答えた。いくらか、憑き物が落ちたような顔をしている。
「兄上、いいんですか?」
アルナードがおそるおそる尋ねてきた。
「魔獣使いはここで失うには惜しすぎる技術だ」
「それはそうかもしれませんが……」
「戦争が終わってからの軍の仕事の六割は魔獣対策だ。お前も政務にかかわっていたんだからうちの領でどれだけ利害が出ていたか、人手が足りないかわかるだろう?」
「畑を荒らす魔獣なんて一度で作物は壊滅しますが部隊を派遣してもどこに逃げたのかわからないなんでザラにありましたからね」
「軍と違いまとめて攻めてきてくれるわけじゃない。一体や二体でも対策を打たねば影響は大きい。その癖、人手を出しても山林に逃げ込まれてしまえば発見するだけで一苦労。商隊はその一度で荷物を失い。作物は売り物にならなくなる。下手したら人死にまででる」
「はい」
神妙にアルナードが頷く。
「魔獣使いの技術があれば、魔獣の侵入を阻止することや、生息エリアの誘導。彼くらいの手だれが育つなら輸送に土木、護衛まで賄える可能性すらある。汎用性で言えば加護以上だ。民の生活が変わる」
「あと十一年早く産まれて、その可能性を訴えてくれたら私もこんな事はしなくてすんだだろうにな」
瓦礫のなかで、ポツリとパーヴェル殿が呟いた。
アルナードはパーヴェル殿に視線を向けて、気まずそうな表情を浮かべた。
「まあ、そう言うわけだ。当人が復讐を諦めてさえくれるなら技術は伸ばしたい。専門家の彼がいるといないでは今後の進捗が違う。一人で王国に戦争を仕掛けて成果をあげた天才だ。多分彼がいなければこの技術の実現は数十年単位で遅れる」
一呼吸おいて、念を押しておく。
「この話について。お前は聞かなかったことにしろ。何かあったら知らなかったで押し通せ。もしものときはお前に全て託して俺は姿を消す」
冷や汗を流してカクカクと頷くアルナード。
すごい汗だ。プレッシャーがかかりすぎたか。まあ、いきなり強制的に反乱分子の仲間入りさせられたわけだからな。話題を変えよう。
「それにしても、どうやってここにきたんだ? 西部で魔法武道大会ときいていたが」
「ああー、びっくりしましたよ。いきなり宿に使いがきたとおもったら、エレミアからティアさんが行方不明で兄上が苦戦しているから全速力で北のリンドブルム領に向かえって手紙だったんですよ。馬車も出てないから野宿しながら丸四日走り続けてきました。流石に疲れました」
流石は身体強化の特化の加護、馬車の三倍は速い。そして、エレミアか、少し遅れれば敗北していた。良い手をうってくれる。
「それにしても、行き先と大会の日程は連絡していましたけれど、宿までどうやって突き止めたんですかね」
少し不穏な言葉を聞いた気がするが聞かなかったことにしておこう。大体の理由はわかる。
話の区切りがついたと思ったのか、パーヴェルが問いかけてきた。
「それで、ほとぼりが覚めたらウォーディアスを訪ねればいいのか?」
ボルガの凍結を解呪しながら答える。
「そうですね。ボルガを連れていらしてください。歓迎します」
流石は特別な魔獣、ボルガは解呪されるとなんとなく事情がわかったのか、気だるそうにパーヴェルの隣まで行き、横になって丸まった。
「名前はどうする? パーヴェルはまずいだろう」
「なんでも構いませんが、魔獣使いらしい名前はありますか?」
パーヴェルは間を置かずに答えた。
「では、ドルガ・ヤーナと。ボルガと対になった名前だ」
「では、ドルガ殿、お待ちしております」
決着はついた。北の砦に帰ろう。今度はティアも一緒だ。砦の上、温めた土小屋に向かう。
「そう言えば、人質にしようとしたとしても、ティアを生かして治療してくれてありがとうございました」
ティアが死んでいたら。
考えたくはないが俺は自滅覚悟の殲滅と蹂躙を選んだだろう。ドルガに頭を下げて礼を言う。
「マグナガルに襲われた時、魔獣使い部族の娘、私の妻が身を挺して私を助けてくれた。あの光景が思い出されてな。どうしても殺す気になれなかった。気にするな、こちらの事情だ」
まだ痛む傷口を押されたような顔で、ドルガは頭をふった。
最後にドルガ殿は、興味深そうに俺に告げた。
「幼少の頃に父母に託された領地を治めねばという使命感と嫡子の立場を奪われかねない立場。積み重ねた知識と得られた成果。それがお前をそう作ったのだな。お前は自領の民と家族への想いは深い。さっき、魔獣使いの作る未来について話しているお前は、叛逆のリスクを負うというのに楽しそうだったよ。反面王国への敬意や帰属意識はひどく薄い。もうちょっとそこのところがわかっていれば違うやり方もあったのだがな。まあ、今更だ」
そのまま背を向けて、ボルガの背を叩く。
「さっき言った事は本当だ。お前は貴族としてはひどく歪だ。この先、王国との間に亀裂が生じた時、お前がどう動くか楽しみだよ」
そして、ドルガ殿は双頭氷虎と共にアラーバマス山脈に去っていった。
小屋についた。ティアは横たわったていたが、気配に気づいて身を起こした。
「終わりましたよ。帰りましょう。ティア」
「はい。私のレスティ」
ティアがニコリと笑った。
寒い北の空気が温かくなるような微笑みだった。
こうして北の戦いは終わった。




