魔獣殺し
いつまでも空中にはいられない。飛翔しているだけで魔力は消費しているのだ。地上に降り立つ。待っていたかのようにボルガが飛びかかってきた。右に左に跳躍を行い、タイミングをつかませない。
こちらも目一杯身体強化を高める。狙撃も捕縛も軌道の予測もできないならカウンターを狙うしかない。白い双頭氷虎の身体が閃光のように目の前を飛び交う。
いつだ? いつ来る?
大きく左に跳躍した後、低い姿勢でこちらに真っ直ぐ向かってきた。
ここだ!
引きつけて地表から氷槍を放つ。
「極大・氷雪・収束・氷槍・陣」
見切られた。
スピードにのったまま跳躍し頭上からこちらを襲撃する。大きく顎を開き咆哮する魔獣。天から一撃死を纏った爪牙が降ってくる。
だが!
「空中なら軌道修正はできまい! くらえ! 極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
圧縮した六節魔法を真下からカウンターで放つ。これは避けられまい。
障壁と呪文がぶつかる音で空気が軋む。ギャリギャリと互いに削り合う音が響く。
馬鹿な⁉︎
これでも貫けないのか?
ボルガは頭を下げて前足に集中した障壁で、あたる面積を最小限にして、蒼龍に楔を打つかのように魔法をしのいでいる。まずい、二連撃でも致命傷になりそうもない。
次の手を放たねば、こちらが死ぬ。
「極大・圧縮・連動・氷腕・撃」
咄嗟に魔法を変える。最も威力の高い放射魔法は障壁でそらされる。ならば、前面に障壁を集中しているボルガの側面から、そらしようのない物理攻撃で一撃だ。俺の右腕から氷を圧縮してガチガチに固めた氷の巨人の様な腕をはやし、ボルガの横腹に拳撃を加えた。不意打ちの一撃にボルガが殴られて吹っ飛んでいく。多少は効いただろう。
「氷の腕でぶん殴っただと⁉︎ 貴様、魔法使いだろうが⁉︎」
パーヴェルが信じられないという顔をしてこちらを向いた。
「ああ、魔法使いだからな。予測がつかないことをやるのさ」
魔法は本来術者の理解と発想次第でなんでも可能になる力だ。軍や学問所では教えやすく効率の良い「炎弾」「炎獄・砲」「収束・炎刃」「極炎・放射・砲」などを中心に教えるが、魔法の本質を理解さえしていればバリエーションは無限に放てるのだ。
「グォ……ゴォ……」
流石に効いたのかボルガが地に伏して呻く。口の端から血が流れている。畳み掛ける。今なら六節収束魔法もそらせまい。ボルガもこちらの動きに気がついたのか、身を起こすと前後左右に飛び跳ねて的を絞らせない。だが、明らかに動きは鈍くなっている。あちらも切羽詰まっているがこちらもギリギリだ。呪文の連発で魔力が減少している。早く決めなければ。
ボルガも決心がついたのか突っ込んできた。
「極大・氷雪・収束・氷槍・陣」
ギリギリに引きつけてカウンターでの地表からの氷槍。上でも横でも飛べば軌道は変えられない。さっきと同じ手で詰みだ。
「なに⁉︎」
ボルガはどちらも選ばなかった。氷槍を前足で叩き折りながら直進してくる。だがスピードは明らかに減衰した。六節収束魔法で迎撃するか?
いや違う。これは、死ぬ気だ。
駆け引きをやめ魔法を撃たれても障壁で耐えながら術者までたどり着いて殺す。最短距離を移動する相打ち狙いの決死の特攻だ。
生半可な魔法ではやられる。
最大の魔法で迎え撃つ!
「瞬閃・凝集・極大・万象・凍結・蒼龍・剣」
あの時以来成功していなかった七節魔法。魔力を絞り出す。指が、腕が軋む。暴れる魔力を抑え込んで硬く、圧縮する。噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てる。血の味がする。こめかみから、肩から、指先から、血管が弾けて出血する。視界が赤い。意識が飛びそうになる。耐えろ! 魔獣の障壁を破れるように、硬く尖らせろ! 剣のように、槍のように。押し出せ! 氷雪の弾丸を、雷のように、光のように。
今のお前は一人じゃない。後ろにはティアがいる。何よりも誰よりも愛する人の為に、穿て!
「貫けぇーっ!!!」
氷雪の龍が発射され、蒼銀の剣となってボルガに向かう。魔法を弾くよう斜めに展開された障壁に激突する。龍は、閃光となって障壁を貫いた。
全身が凍結するボルガ。
「やった」
ハァハァと荒い息をつく。全身がだるい。しかし、試合とは違う。まだ倒れるわけにはいかない。パーヴェルが残っている。
「馬鹿な……、ボルガが……」
パーヴェルは呆然としていた。
「貴方の負けだ。パーヴェル・エステス。諦めろ。百体の魔獣も、加護持ちに匹敵する魔獣・ボルガも倒れた。悪いようにはしない。降伏しろ」
ボルガの前で立ちすくむパーヴェル。それほどまでに衝撃だったのか、十一年をかけた復讐が潰えたのは。ティアが死んだと思った時のことを思い出す。
それは、許せないだろう。今俺が降伏を勧告しているのも、ティアが生きているからだ。もし、あの時ティアが死んでいたら、全身を凍結させてバラバラに壊しても胸の痛みは消えなかっただろう。
「終わったんだ。パーヴェル」
重ねて、語りかける。
しばらく佇んでいたパーヴェルは、ボルガの方を向いたままの姿勢でポツリと呟いた。
「本当に化け物だったな。レステイ・ウォーディアス。保険をかけておいてよかったよ」
なんのことだ。まだ打つ手があるというのか? 間合いをとる。しまった! 魔力探知に反応した。魔獣が集まってきている!
「凶暴化させた魔獣はお前に魔力を使わせる為。本命はボルガだったが、お前の最初の『魔獣使い』で攻撃の波長の届かなかった個体は念のために退避させておいた。それを呼び戻した。近隣にいる仲間も含めてな。ボルガと戦って魔力は空っぽ寸前だろう? まだ、これだけの魔獣の相手ができるかな?」
パーヴェルはまだ諦めていなかった。暗い闘志が暗い目に宿っている。
「魔獣使いだからこそわかる。ボルガはまだ死んではいない。当分動けないだろうが、解呪して休息を取れば復活する。ここでお前を倒せれば魔獣の軍団をまた作ることは可能だ。何年、何十年かかろうと、もう一度同じ事をするまでよ」
気配が近づいてくる。
「レスティ・ウォーディアス。お前は本当に天才で、化け物で、王国打倒の最大の障壁だった。今ですら、お前を失う事は惜しいと思っているよ」
砦まで後少し。
「俺も、貴方の才能は惜しいと思う。王国のためとは言わない。どうしても、民のためにその才能を使ってはくれないか」
パーヴェルは、苦笑して答えた。
「私に勝ってから言う事だな。全てをかけた復讐だ。今更止まれはしない。誰かが、私を止めることができたら、その時は話を聞くとしよう」
砦の中に魔獣が侵入してくる気配。周囲を魔獣に囲まれている。その数は五十体近い。確かに、このまま襲いかかられれば、俺は魔力を消耗して敗北するだろう。
パーヴェルが一枚上手だった。
眼前に立った復讐鬼が、最後の言葉を告げる。
「さあ、言い残す事はあるか?」
来た!
「そうだな、『遅いじゃないか、我が弟よ』かな?」
「なんだ? 何を言っている?」
訝しげに眉をひそめるパーヴェルに、俺は待ち望んだ援軍が来た事を告げる。
「俺も、待っていたのさ。離れていても、あいつの魔力だけはわかる。チェックメイトだ」
戦場に金色の閃光が輝く。物凄いスピードで、砦の外より、よく知る男が疾走してくる。
「あぁぁぁぁにぃぃぃぃぃうぅぅぅぅえぇぇぇぇぇぇーっ!!!」
俺が間違えるはずもない、生涯で一番慣れ親しんだ魔力波長。
アルナードが、俺の自慢の義弟が、北の戦場にやってきた。




