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加護を超える? それは夢物語でしょうか

 目が覚めた。


 例え無理だろうと無茶だろうと、俺の事を慕ってくれる可愛い妹の為ならばやらねばならない。いや、不可能に挑もうとしているのはわかっている。だが、神様の気まぐれだとか、運命だとか達観して抗わない訳にはいかないという事もわかったのだ。貴族の体面や慣習など知ったことではない。俺は俺が生き延びるためにどんなことでもしよう。誰も助けてはくれない。そして、間違いなく尋常な手段では運命は変えられない。腹を括る必要があるだろう。


 教会から認定官が来て加護の認定が下りるまで半年はかかるらしい。半年の間に、できる事を考えるのだ。最悪、家中の者を付き合わさずに自主的に追放され、狭い領地に隠遁してウォーディアス領経営に関わらない事を条件にエレミアの事をアルナードに頼み込もう。短い付き合いだがあいつが情に厚く、泣き落としに弱く、そして、いいやつなのはわかっている。エレミアだけなら頼み込めばなんとか引き受けてくれるだろう。


 最後の手段は置いておいて、俺に何ができるのか。

 調べてみたが、加護を得たものが家督を継がなかったケースはほぼないと言ってよかった。次期当主が加護に目覚めたダクタロス侯のようなケースがむしろ珍しく、リンドブルム公のように加護に目覚めた者が次期当主となり、元々の当主候補が隠遁というケースがほとんどだ。


 大領の場合は、別に家を建ててそこの当主に据えるという手も使える。今のナサニエル男爵はこれだ。公爵家の家中で目覚め、別に男爵家を建ててそこの当主となった。加護を得ながら当主にならなかったのは歴史上数件。加護に目覚めた後、当主となるまえに戦争や魔獣との戦いで命を無くしたというのが数少ない例外だ。


 したがって、真っ当にこのまま当主でいられる可能性は限りなく低い。加護が本当かどうかといえば、魔力の多い魔法使いが髪を金に染めて加護に目覚めたと偽った事はあるが、常人を超越するから加護なのだ。即行で教会にバレて三族まで皆殺しになったそうだ。流石に没落男爵家もそこまではリスクが高すぎてやらないだろうし、アルナードは素直すぎてそういうことにはむかない。まあ間違いなく加護なのだろう。男爵家に戻って跡を継げばいいという話もあるだろうが、一度ウォーディアスの家中に入り姓も変えたのだ、あちらとしても今更そんな話はないということになるだろう、そもそも男爵家に戻っても継ぐべき領地も家臣もほとんどいないのだ。


 そうなると生き残る道はなにか、家名をすてて政務官として生きるというのはどうだろう。戦争が終わり世情もそこまで殺伐としているわけではない。後継である事を認めれば官僚としてやとってもらえないだろうか。男爵家臣団がやりにくい事この上ないだろうから慣例を盾に嫌がられそうだな。


 追放ではなく、他国、休戦中の東の大国ジュナか紛争地帯の西のカシュガルに親善留学という形はどうだろう? 後継問題はアルナードに譲るということで解決するし、30年前まで戦争をしていた国や紛争地に行きたがる奴は少なかろうから、悪くはない気がする。伯爵家の息子であるという立場だけ活かすなら向こうも嫌な顔はしないだろう。ある程度の地位は確保できるのでエレミアの扱いも悪くないのではないだろうか。これはなかなかいいかもしれない。


 あとは、ひとつ気になっていた事がある。貴族だから当たり前と言えば当たり前なのだが、アルナードは魔力は人並み、エレミアと大差なかったが魔力自体はあった。

 だが、アルナードは魔法を使えなかった。俺に魔法を見せてくれとせがむので、自分で魔法を使わないのかと尋ねた事があった。男爵家の魔法使いで実用的なレベルのものは全て紛争地へ行ったしまい教師がいない。初歩の魔法ならそれでも使うのはそれほど難しくないはずだが、いくら練習しても工夫しても魔法を使えなかった。本来は家中の魔法使いが帰還したら正式な教育をする予定だったのでそれを待っているうちにウォーディアスに母が嫁ぐことになったという事だった。


 一節魔法、単純に炎や風を呼ぶくらいであれば訓練などなしに使えるものがほとんどだ。それが使えない。魔法を使えない者が加護になった事はない。これは、どうなのだろう。今から魔法を使える様になるのか、それとも加護とともに魔法の才も授かるのか。魔法の才に乏しいのであれば、優秀な魔法使いである証をたてることで、家督を譲るのは避けられるかもしれない。


 自室に戻り、これからの事を考えていたらだいぶ頭が冷えてきた。わからない事を考えていても仕方ない。まずはアルナードの様子を見に行こう。




 いまだざわつく邸内を、できるだけ気配を殺してアルナードの部屋に向かう。もう覚悟は決めたとは言え、今の俺は邸内の好奇の的だろう。あまり目立ちたくはない。とはいえ、流石に誰にも会わないと言うわけにはいかない。途中、数回使用人に遭遇した。反応は様々だ。気まずそうに目をそらす者もいれば、面白そうに目を輝かせる者、申し訳なさそうな顔をする者、まあそんなとこだろう。思ったより嫌われてはいない事がわかっただけ、よしとしよう。


 アルナードの部屋の前に着く頃には噂が回ったのか、密かに見物に来るものが集まってきていた。まあ、俺もそれを咎める様な余裕はない。近づけばわかる。昨日までは感じなかった膨大な魔力が扉の向こうから立ち上っている。呼吸を整え、静かに声をかける。


「アルナード、俺だ。レスティだ。」


「兄上⁉︎ ど、どうぞ‼︎」


 慌てたような声が帰ってきた。中でざわつく声がする。人の気配が多い。


 部屋に入ると、真っ先に目に入ってきたのは金色に輝くアルナードの髪とその魔力だった。目の前で見ると凄いな。正確には金色ではない、髪が発光している。そして、魔力量。昨日まで貴族の子弟と言われたらまあそうかな、くらいの魔力だったのが明らかに大人、いや、宮廷魔術師をしのぐ魔力を放出している。成長期に魔力が伸びるという話はあるがそんなレベルではない。40〜50倍には増えている。物理的な圧を感じるほどだ。

 なるほど、これが加護か。確かに神々しくさえある。人を惹きつけるはずだ。


「レスティ兄上? ええと」


 困惑したようなアルナードの声、いかん、見惚れてしまった。


 周りを見れば、男爵家から来た官僚が勢揃いしている。誇らしげなのはいいが、俺を嘲笑う様な表情は勘に触るな。ウォーディアス生え抜きの官僚も揃っているようだ。チェスターもいる。いい機会だから立ち位置をはっきりさせておいた方がいいだろう。ゆっくりと息を吸い、呼吸を整えて話しかける。


「アルナード、既に話は聞いているだろうがおそらくそれは加護だ。お前は加護に目覚めた。正式な沙汰は教会の認定後、王家よりくだろうが加護を持つものはその力に見合った立場を与えられ、それと引き換えに国と民の為に働き、研鑽することを求められる。もうお前も子供扱いはできぬ。俺と共に政務に携わり、教育を受けよ。お前はウォーディアスの事を知り、己の力を自覚せねばならん。王家より沙汰が下るまではひとまず今まで通り、チェスターと俺が政務を行いつつお前に教えよう。チェスターもそれでいいな」


 チェスターはわずかに目を見張った後、ゆっくりと首肯した。


「いや、兄上、政務って僕まだ子供ですよ? それに加護って、さっきからみんな言ってますけど何かの間違いでしょう?」


「アルナード様っ!」


 戸惑うアルナードの言葉を従僕が遮る。これからトップになろうという人間の言う事ではないからな。アルナードは素直でいい奴だが思った事を言いすぎる。もうちょっと腹芸を覚えてくれないと従僕も大変だろう。

 

「アルナード、言ったとおりだ。加護の力は授かろうと思って授かるものではない。同じように、授かりたくなくとも授けられてしまうものでもある。確証はないが間違いは無いと思う。受け入れろ。政務に関しては俺もやっている事だし、教える事はできる。二歳しか違わないんだ。なんとかなるさ」


「そりゃ兄上はできるでしょうけど‥‥・」


「アルナード様っ‼︎」


 再び従僕が言葉を遮る。自覚のない主人を持つと従僕も大変だな。まあ、こんな事になるとは誰も思ってなかった。


「教会には連絡しておく。今日は休んでその状態に慣れろ。これからの事を家臣と話す時間も必要だろう。明日からは執務室に顔を出すように。魔力制御も必要になる、こちらも俺と共に魔法の講義をうけるようにしよう。いいか? アルナード。後ほど日程を伝える。チェスター、執務室に来てくれ、予定の調整をしなくてはいけないだろう。皆も自分の仕事に戻ってくれ」


「‥‥‥わかりました」


 困惑のままアルナードが応える。『え、本気で言ってます? 兄上。ええー、マジかー』というところか、表情に思考がダダ漏れだ。アルナードのいいところでもあるんだけど、これはもう少しなんとかしないとだな。


 伝える事を伝えて、執務室向かう。チェスターもすぐに追ってきた。


 執務室の椅子に座るとどっと疲れが出た。長く息をはいて力を抜く。言うべき事は言った。まずはよしとするべきだろう。


「お見事でしたな」


 チェスターが愉快そうな顔で話しかけてきた。この男にしては珍しい事だ。


「お見事とは?」


「今朝アルナード様が加護に目覚めてから、邸内は混乱していました。男爵家の者はこれでウォーディアスが自分たちのものになる。くらいの勢いでしたし、ウォーディアスの家臣団も行く末を検討していた。このままでいいのか、男爵家におもねるか。貴方は目覚めてすぐその状況を把握して、主導権を取りに行った」


 チェスターが話しながらコップを差し出してきた。


「お茶をどうぞ。普通に考えれば当主の座を奪われ追放です。取り乱してもおかしくない。絶望して投げ出しても、錯乱して当主の座を明け渡さないと強弁し、反発を受ける、あるいは醜態を晒しても不思議ではなかった」


「決めるのは教会と王家だ、そんな事をしても意味がない」


 差し出されたコップに口をつける。暖かい。緊張がほぐれるようだ。この辺りが、チェスターの如才ないところだ。


「そうですな。だが、追い詰められた人間は即座にそんな理性的な判断はできないものです。ましてや貴方はまだ八歳なのですから。驚くべき事です」


 エレミアがいなければ、自室に引き篭もっていたかもしれない。紙一重だ。


「それだけではないです。何も動かなければ、加護持ちは次期当主というお題目でジェルダン男爵家の家臣団が必ず口を出してきたでしょう。ウォーディアスの家臣団とてそれを言われて真っ向から反対できるはずもない。未来の当主なのですからな。この混乱している最中、まだ皆の動向が決まっていないところに、貴方は自ら敵地に乗り込み、アルナード様を認めつつ、教え導く立ち位置を自然に掌中におさめた」


「敵地はないだろう。可愛い弟の部屋を訪問しただけだよ」


 そうだ。政務ならチェスターに、魔法なら魔法使いに教えを乞えばいい。年が近いからこそわかる事、教えられる事などと言う名目で自分を自然な形でアルナードの教導役においた。


 ジェルダン男爵家派閥とウォーディアス生え抜き派閥の双方の主要人物がいるところで、"加護をたて円滑に仕事の引き継ぎを行う協力的な兄"の役柄を演じて見せたのだ。少なくとも、王家から沙汰が下りるまではこのままいけるだろう。そして、強引に排斥しようという意見は出にくくなるはずだ。


「突発的な事態に冷静に対応して、指導者としての器を見せつつ、相手と対立するわけでなく導く立場を確保して、更に貴方は一言もアルナード様を次期当主として認める発言をしなかった。“加護には立場が求められる"、"教会と王家から沙汰が下りる"、それだけだ。次期当主としてアルナード様を認める事も、当主の座を譲るという言質を与える事もなかった」


 九分九厘、アルナードが当主となる。俺がウォーディアスで官僚になるか、留学するか、追放されるか、どうなるかはわからないが選択肢は多い方がいい。対立はせず、理性的に動き、役に立たところを見せ、政務と教育を教える事で情に訴えられる関係を作り、一厘の、当主として残れる可能性も模索する。これが今の俺にとりあえずできる事だ。


「生き残る目はあると思うか?」


 椅子に背を預け、ポツリと、チェスターに尋ねる。


「まあ厳しいでしょうな。当主の座を譲らないという事であれば、あの馬鹿げた魔力を何らかの形ではっきりと上回る必要があります。戦闘で勝つのは困難、アルナード様が余程愚かであれば領主として残ることもできましょうが、アルナード様はあれでかなり聡い」


 そう、アルナードは素直すぎるきらいはあるが馬鹿ではない。大人になる必要があった俺は置いておいたとしても、他家の同年代と比べてもかなり理解が早い方だ。


「しかし、勿体無いとは思います。失礼ですが、貴方の事は頭はいいが面白みのない秀才と思っていました。今日の立ち回りを見て評価を変えましたよ。存外追い詰められた人間というのは変わるものらしい。その性格の悪さと生き汚なさ、粘り腰は領主向きですよ。立場上応援はできませんが、可能性は0ではない。私は興味深く見守らせてもらいますよ」


 これは、チェスターからの最大のエールだ。目が笑っている。鉄面皮の彼には珍しく、今日は表情が豊かだ。


「八歳の子供に"性格の悪さ"は褒め言葉ではないぞ」


 ため息をついて、残り少ないお茶を飲み干す。


「これは失礼。しかし、今日の貴方であれば、なんとかしてしまうかもしれないと思わされましたな」


「せいぜい足掻いてみるさ」


 さて、休憩は終わりだ。

 考える事は山ほどある。

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