取り戻した愛しい人 と 加護の魔獣
「魔獣使いまでやってのけるのとはな。雷神に勝つわけだ。本当に化け物よな。レスティ・ウォーディアス!」
激昂するパーヴェル。
「だが! この短期間でわかるのは頻繁に接した攻撃と撤退の波長程度だろう。これならどうだ!」
パーヴェルから放たれた波長が魔獣全体に波及していく。統制されて待機していた魔獣が唸り声を上げ、牙を剥き出す。統制をやめたか、おそらく、凶暴化に類する命令だろう。これで俺には魔獣は操れない。
撤退の魔力波長を送るがやはり受け付けない。そしてティアがいる以上飛翔呪文で逃げることもできない。負傷して体力が落ちたこの体で極寒の北の空の飛翔は無理だ。何としてもこの場で切り抜けなければならない。
「レスティ様、私は……十分過ぎるほど報われました……。これ以上は望みません……。いざとなれば私をおいて……」
最後まで言わせなかった。ローブでくるんだティアを口付けで黙らせる。
「なっなっなっなっ」
真っ赤になって慌てふためくティア。こんな時だが可愛い。
「この間のお返しですよ。不意打ちはお互い様ということで。あんな冷たいキスが最後の思い出なんて酷いですよ。トラウマになりそうでした」
袖を掴んで、俺の胸元に顔をうずめたティアが細い声で抗弁する。
「仕方ないじゃないですか……、私だってあれが最期だって……思って……」
思い出したのか首筋まで真っ赤になっている。
「今度は、生きてるって感触でしたよ」
「か、感触って!」
恥ずかしいのか額をぐりぐり押し付けて抗議してくる。
「生き延びて、続きをしましょう」
「はい……」
顔を上げて、唇に手を当てるティア。
「暖かかった」
ポツリとこぼす。
真紅の頭髪をくしゃくしゃとなでる。感触が心地いい。
「必ず、ティアと一緒に帰ります。少しだけ、待っててください」
ローブで包んだティアを、物見の壁にもたれかけさせる。
「地壁・温熱」
轟々と唸る北の風を避けられるようせめて、地魔法で小さな小屋のようなものを作っておく。
ティアはいつもの、生命力に溢れる表情で頷いた。愛しくて、もう一度口付けをして、立ち上がる。
「さて、言ったからには頑張らないとな」
魔獣はもう連携を取ってはいない。中には魔獣同士で戦っている個体もいる。しかし、ほとんどはこちらに向かってきている。パーヴェルの隣にいる一際でかい双頭氷虎は別格なのが魔獣にもわかるのだろうか、もう遠巻きにして誰も近づかない。
「前回と違って今日は魔力が満タンなんだよ!」
そして気力も充実している。今なら、加護持ち全員とだって相手にできそうだ。
「氷雪・広域・輻射・砲!」
中威力の広域魔法を連射して魔獣をどんどん凍らせていく。城壁付近の魔獣はあらかた凍結した。これでティアは大丈夫だ。
そもそも魔獣自体は魔力切れ寸前でもない限りそれほど俺に取っては脅威ではない。問題は、あの特殊個体だ。周辺の魔獣を狙いながら射線上に一際大きい双頭氷虎を入れて発射する。かわされた、でかいが早い。数発打ったが余裕を持ってかわしてくる。獣の反射神経とはいえ、他の雑魚とはものが違う。五節の広範囲魔法を奴を中心に据えて放った。一瞬で攻撃範囲外まで跳躍して逃れた。これがやつの本気か! おまけにパーヴェルを助ける余裕まである。パーヴェルを先に倒すのも難しそうだ。
「ハハハ、ボルガは幼少期から魔力を蓄積させる事で膨大な魔力を宿した特別な個体。人間で言う加護持ちに近い。野生の俊敏さと強化された障壁、人が喰らえば一撃で死にいたる爪牙。これが、魔獣使いの残した復讐の獣。私が育てた、私の切り札だ!」
パーヴェルが哄笑する。
獣の加護持ちとまで戦うことになるとは、俺はよっぽど加護の女神に嫌われているらしい。
ならば、スピード勝負だ。身体強化でボルガという双頭氷虎に突っ込む。直前で右に旋回しつつ魔法を放つ。
「極大・氷雪・広域・放射・砲!」
近接しての一撃。これはかわせまい。
当たった。ボルガが一瞬凍りつき、次の瞬間氷が弾け飛んだ。体を震わせて氷を振り払うボルガ。くそっ障壁が硬い。俺の五節魔法でも範囲を絞らなければ通用しないようだ。
「極大・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
攻撃範囲を絞る代わりに速度と威力を上げた一撃を放つ。
ボルガの脇腹に向かい蒼龍が走る。着弾する瞬間、ボルガの体がブレた。これは、身体強化⁉︎ さっきの広域魔法を交わしたのはこれか!
身体強化でスピードを上げたボルガが魔法を回避した。速い。獣の敏捷性が強化で何倍にも引き上げられてある。スピード勝負では勝てない。そのまま、こちらに飛びかかってくる。まずい!
「極大・瞬・蜘蛛網・氷縛・陣」
発動速度重視の氷縛呪文で周囲を凍らせる。ボルガは一瞬凍結するがやはり体を震わせて氷縛を振り解いた。その間に飛翔呪文で空に逃げる。範囲攻撃は効果がなく、収束攻撃は回避される。強い。雷神であれば雷撃の速度と範囲で捕えられるのだろう。アルナードならば殴り合えるのかもしれない。だが、通常の魔法使いでは全く歯が立たないだろう。感動すら覚える。よくもこんな化け物を作り上げたものだ。通じるとしたら六節以上の収束魔法を近距離から当てるしかない。魔力に余裕があるとはいえ、乱れ打ちはできない。どうする?
空中で考えていると、跳躍したボルガが間近に迫っていた。高い。かろうじて回避する。
間合いが広い。だが、安全域からではこちらの攻撃も回避される。ならば! 飛翔呪文でボルガの頭上に移動する。
「極大・ 氷雪・堅牢・氷壁・陣」
ボルガの爪牙が届かない高さから下に向かって氷壁を展開する。雷神を捕らえた氷壁の檻、これならどうだ。同時に氷壁に降りたち六節魔法を展開する。この距離の六節収束魔法なら!
「極大・氷雪……」
全てを唱えることはできなかった。ボルガは檻に捉えられると、氷壁を駆け上がって脱出した。
「さっきの言葉、そのまま返すよ。化け物だな。その魔獣」
額から伝う汗を拭う。空中に逃れ、パーヴェルに話しかけた。実際にパワーと速さが、まさに人間離れしている。技術や駆け引きをものともしない身体能力。予測の難しい野生の動き。誰かを思い出すな。
「だが、俺だって、八年間その化け物相手を想定して鍛えていたんだ!」
自分を鼓舞する。そうだ魔法技術や駆け引きではない。化け物じみた身体能力の持ち主との戦いは俺がずっと磨いてきた。俺のフィールドだ。必ず突破口はある。
俺は、王国最強の魔法使い、「氷龍」レスティ・ウォーディアスだ。