大攻勢
数日後、東の砦に到着した。懐かしい面々と再会する。
「お待ちしておりました。レスティ卿」
とサバ。
「いやー、総隊長が来たからにゃ百人力ですよ。おまけに姐さんもだ」
これはナブドラ。
「お久しぶりです。レスティ様、ティアさん!」
再会に感動してるのはロローダ。絶対お前、俺よりティアさんに会えたのが嬉しいだろ。
早速状況を確認する。
「で、俺がいなくなった後のことを教えてくれ。それから、ここのところの魔獣についてわかる事を」
サバが代表して答える。
「まず、レスティ卿が去ってから、私たちはこの砦に左遷されました。最も辺境の砦、魔獣被害も少ないところですね。代わりにリンドブルム本家の主力が各砦に入りました。十日ほどは例年通りという感じでおとなしかったんで私たちも報告と違うじゃないかってチクチク叩かれたんですが、それから、三種混成の魔獣隊が現れました。私たちは防御に徹するのと連携魔法で凌ぎましたが、いつもと同じ感覚で狩りに出た者たちが返り討ちに遭い、助けようとして砦に侵入を許した。大体その流れで五つの砦が落ちました」
「報告が間に合わなかったそうだが、連戦だったのか?」
気になったところを確認する。
「いえ、連戦の場所もあるでしょうが距離的に絶対に間に合わないところもあります。ですから二十体の混成部隊に後詰めの二十体を同時に三、四箇所は配置されているはずです。つまり魔獣は少なくとも百体、おそらく総数では二百体はいると考えられます。しかも、加護持ちのリンドブルム公のいる砦は意図的に避けたとした思えません。明らかに組織的、かつ考えて動いています」
「二百体……」
ティアさんが顔を曇らせる。
「特殊な個体がいたということだが、そちらは?」
「この砦には出ていないですが、五節魔法を喰らってピンピンしていた魔獣がいたという噂はあります」
五節魔法は一流の証、リンドブルムでも打てるものは数名だろう。その上となれば加護持ちか六節が撃てる俺しかいない。五節魔法が通じないというのは普通に考えれば無敵の魔獣がいるに等しい。
「あとは、これも噂ですが。これは、魔獣使いの呪いだという話が流れています」
「リンドブルム公に聞いた。北方の辺境民族のことだな。結びつけるのは無理もないが、確証がある話なのか?」
サバが首を振って答える。
「探しましたが、誰が流した噂なのかもわかりません。ただ、兵士たちの間では広がっています。戦闘中に魔獣に混じって人を見たという報告も複数あります」
「レスティ様が出会った男でしょうか。銀髪の、魔獣を統べるような……」
「そこまではわかりません。身なりや顔立ちもはっきりとはしていません」
「とりあえず、防衛に専念して、砦同士で連携。防衛側は同系統魔法で組ませて連携攻撃で攻撃力をあげよう。魔獣が出たら狼煙かなにかで相互に連絡を取り、防御に徹しながら、リンドブルム公、俺、ティアさん、あとは五節が撃てる魔法使いを招集して砦に援軍を送る。そんなところか。とりあえず中央の砦に戻るまでは俺とティアさんで援軍を務めよう。ティアさん、訓練を頼みます。この砦は旧レスティ隊が多いので、問題なければ早めに次の砦に向かいましょう」
連携の内容を公に送り、砦を巡る通達を出してもらう。
次の日から訓練を行いつつ兵士への聞き取りを行ったが特に目新しい情報は出なかった。公からも快諾をいただき、サバに後を任せて次の砦に赴く。便宜上今の最前線となる四つの砦を、西から一の砦、二の砦、三の砦、四の砦と呼称した。俺たちは四の砦から東に回ることになる。二の砦にリンドブルム公、一の砦にマグナガル殿がいる。
しばらく、魔獣はおとなしかった。散発的に出現はするが組織だった動きはない。三の砦の訓練を終え、中央の二の砦に戻ってきた日に事は起こった。
「魔獣だ!」
兵の叫ぶ声が聞こえる。リンドブルム公と櫓に出ると三種混成の魔獣達が接近するのが見えた。
「レスティ様! 狼煙が!」
ティアさんが叫ぶ。三の砦、四の砦から狼煙が上がっているのが見える。三箇所同時襲撃! 始まったか。
「リンドブルム公はここから狙撃して敵を牽制してください。補佐はこのティアが行います。その間に私は他の砦の救出に向かいます」
公は青ざめた顔をしていたが、俺の言葉を聞いて頷いた。
「ティアさん頼みました。決して打って出ずに、同属性を集めて攻撃力を上げてください」
「承知しました。レスティ様もお気をつけて」
「一発牽制してから行きます。極大・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
魔獣の真ん中に五節魔法を打ち込む。雪猩猩と双頭氷虎が数体凍りついた。味方から歓声があがる。
「あとはお願いします。風撃・誘導・飛翔・翼」
一人ならば飛翔魔法の方が速い。三の砦に向かう。高速で飛翔する分寒さで体力を奪われる。寒い! 北の地で使うのには運用を考えなければならない魔法だ。そもそも長距離移動用ではないのだ、だが背に腹はかえられない。今は速度重視だ。
凍えそうになりながら三の砦に着く。二の砦と同じような三種混成の魔獣が二十体ほど見える。情報通りなら後詰めに更に二十体いる可能性がある。兵士達は言いつけを守り、砦に篭って応戦していた。空中から五節魔法を連射して雪猩猩を減らしていく。砦から歓声があがる。
全体の六割を凍らせたところで、砦に入り出撃命令を出した。櫓から見守りながら体を温める。八割を討伐したが後詰めは出てこない。深追いしないように注意をして四の砦に向かう。四の砦も同じ状態だったが、サバ達は魔獣の連携対処に慣れている。堅実に撃退していた。こちらは大丈夫そうだ。
同じく討伐を行い、沈静化したのを見届けて戻ることにした。サバに深追いしないこと、再襲撃があれば狼煙を上げる事、念を押しておく。長距離飛翔と五節魔法の連発で魔力が尽きかけている。体も冷え切ってしまった。帰りは馬を使って帰る。三の砦も問題なし。中隊長を労い、二の砦までもどる。さすがに疲れた。
二の砦も無事魔獣を撃退していた。公とティアさんが上手くやってくれたようだ。兵士たちの顔も明るい。本部に向かい公に報告を行う。公の魔法の連発で削り、取りこぼしをティアさんをはじめとした魔法使いの呪文を集中して片付けたそうだ。流石加護持ち、魔獣の討伐数は二の砦が一番なようだ。公の顔も紅潮している。
「噂は聞いていたが、ティア殿の腕と指揮力は素晴らしかった。普段の数倍の効率で撃退できた。どうだレスティ殿、ものは相談だが彼女を譲ってはくれないか?」
慌てて断りをいれる。
「ティアさんはウォーディアスに必要な人材なのでご勘弁を。その代わり訓練はしっかりやっていきますので」
「ふん、レスティ殿もティア殿もダメか。全くウォーディアスは幸せだな。こんなにいい人材がそろっていて、加護持ちまでいるとは」
リンドブルム公が嘆息した。
「全ての砦で撃退はできました。これで魔獣の数も減ったでしょうし、なんども同時攻勢は不可能でしょう。あと数回退ければ、終わりが見えてくるんじゃないですかね」
俺も、場の空気を悪くしないように、明るく振る舞う。
「そういえば、一の砦から救援要請は来なかったのですか?」
「そういえば、きていない。狼煙は上がってなかったが、攻勢自体はあったかもしれん。一の砦のみ攻勢がないのも不自然だ。一の砦は父の子飼いの腕利きザカールという魔法使いをはじめとして五節魔法使いが数名ので救援を求めるまだもなく撃退したのかもしれないが……」
嫌な予感がする。連絡はしてあったが、訓練はしていない。そして、腕に自信がある軍隊。自分たちで片付けようとしてもおかしくはない。
「念の為に、様子を見てきます。ここはお願いします」
「では、私も」
リンドブルム公に挨拶をして退出すると、ティアさんもついてきた。ありがたい。そのまま二人で馬を駆り、一の砦にむかった。
一の砦が近づく。嫌な予感が強くなる。魔力探知。やはり魔獣が攻めてきている。五十体以上の魔獣が探知に引っかかった。本命はここだったか。まずい、長距離飛翔呪文と五節魔法の連打で体力も魔力も底をつきかけている。五十体は多すぎる後詰めがいるとすれば最悪百体の可能性まだある。腕利きの魔法使いがいるのならばアドバイスと援護程度、最悪でも他の砦と同じ程度の魔獣であればなんとかなると思っていたが、甘かった。
「ティアさん! 魔獣が五十体以上! 俺の魔力はもう少ない。ティアさんはどうですか?」
「私ももう五節は撃てません。四節を三発分くらいです」
ティアさんもか。
どうする?
まともに戦うのは厳しい。
偵察して援軍を呼びに戻るべきか。あちらの戦力はどれくらい残っている?
砦が近づく、炎が上がっているのが見えた。落ちたのか? 砦の外では魔獣と兵士たちが戦っているのが見える。混戦だが押されているようだ、見捨てる訳にもいかない、救出に向かう。どうやら砦から脱出しているようだ。行手を塞いでいる魔獣に魔法を放つ。
「氷雪・爪牙・誘導・弾」
混戦状態の魔獣だけを選別して氷の弾丸をぶつける。隙間ができた。
「こちらへ!」
集団の先頭も気がついたようだ。一塊となってこちらへ駆けてくる。中央にいる身なりのいい男がマグナガル殿だろう。
「ティアさん、集団を逃したら、大きいのを一つ二つ撃って足止め、成功したらそのまま離脱します。サポートを!」
「ハイッ」
集団を追って魔獣が向かってくる。その後ろにはほとんど動くものは残っていない。大半がやられたようだ。残り少ない魔力を貯めて放出に備える。俺の脇を一の砦から脱出した兵士たちが駆け抜けていった。魔法を放つ。
「極大・氷雪・蒼龍・放射・砲」
目の前が歪んだ。くらりとたおれそうになる。まずい。頭痛がする。魔力が足りない。
追ってきた大半の魔獣は凍結したが、射線外の魔獣は怯む事なくこちらに迫ってくる。もう五節は撃てない。ティアさんを背後に庇い、魔力を貯める。三節を細かく撃って牽制しながら逃げるしかない。
なんとか凌がないと。
声がした。
「レスティ・ウォーディアス。やはり王国に与するか」
目の前にあの時の男がいた。暗い目をした銀髪と黒い瞳の男。魔獣を統べるかのように一際巨大な双頭氷虎を側に連れている。これが、噂の特殊個体だろう。双頭氷虎は身なりのいい魔法使いを口に咥えていた。マグナガル殿ではないが、高位の魔法使いのようだ。
もう死んでいるのだろう全身から血を流し、ぴくりとも動かない。
「何者だ? なぜこんなことをする?」
男に向かって問いかける。時間を稼ぎたい。
「言っただろう。リンドブルムに復讐する者だ。魔獣の王とでも言っておこうかな」
淡々と告げる男。
「前回は見逃した。お前がその才能に見合った扱いを受けていると思わなかったからな。どうだ? 北の領土を守り、正しいことを伝えたお前にリンドブルムはなんと答えた? 王国はどう報いた? 小さな頃から研鑽したお前に王国は正しい評価をしたのか? 何も努力せずに神からただ加護を与えられた弟に取って代わられそうになったのではないのか? やめておけ、ここで私を倒してもお前は今後も便利に使われ、失敗すれば加護持ちの弟に取って代わられるだけだ」
身に覚えのあることではある。教会に認められたと言っても貴族達の加護に対する信望は一朝一夕には変わらないだろう。そもそも貴族が偉いということ自体が加護の存在に根差したものだ。戦乱の世に加護を持ち名を上げたものの子孫が、貴族なのだから。俺自身、親族や教会、王家に思うところがないわけではない。いい加減にしろと思った事も一度や二度ではないのだ。
「だから」
男が手を差し伸べる。黒い瞳がこちらを射抜く。
「私と共に、王国を滅ぼそうじゃあないか」




