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北の盾の憂鬱

「よくきてくれた。レスティ殿。私がリンドブルム家当主リュドミーラ・リンドブルムだ。リューダと呼んでくれ。そちらが名高い副官どのだなティア殿といったか、北の果てまで御足労ありがたい」


 北に戻った俺たちを待っていたのはリンドブルム公爵当人による歓迎だった。リュドミーラ女公爵は丁寧に謝罪をのべた後、協力の依頼を訴えた。こちらとしては来たからには協力するつもりだが何かおかしい。リンドブルム公は、出迎えてから執務室まで侍女がお茶を運んできた以外はずっと一人だ。公爵家のトップとは思えない。訝しんでいると答えは本人から発せられた。


「公爵家の当主とは思えないだろう。私は飾りだからな」


 公は自重するように告げた。


「お戯れを。北の盾が飾りなど冗談であっても口にしてはいけません」


「非礼に非礼を重ねているので正直に伝えておく。私の父、マグナガル・リンドブルムは、リンドブルムでは傍系だが北方の流通を担うやり手の地方領主にして商売人だった。そんな父の娘が加護に目覚めた。結果は私を強引に後継者にしたてあげたリンドブルム本家の掌握だ。経済的に父に逆らえるものがいない状態で名目ができたんだ。領主会議で全員が賛成に回れば本家も嫌とは言えなかった」


 罪を告白するかのように、重い表情で公は告げる。


「穏便に済ますなら本家の後継者だったパーヴェル・リンドブルム殿の妻に私を据えて、権力を握る手もあったはずだがな、父はそれでは満足しなかった。研究者肌で目立った武力をもたないパーヴェル殿は廃嫡されて私はリンドブルム家の後継者となった。十一年前のことだ」


 身につまされる話だ。他人事ではない。そっくりそのまま我が家の事情と同じだ。違うのは俺に魔法の才能があり、アルナードが純粋な加護持ちではなかった事、加護を授かった者の実家が領内で力を持っていなかった事くらいだ。


「レスティ殿の事情と似ているだろう? いや、皮肉や当て擦りではないよ。当主の教育を受けたものが当主になる。その方が自然なのだ。私のように、詩歌やダンス、礼儀作法を学び、良き妻になるように教育された女に、突然領主になれと言われてもどうにもなるものではないさ。だから、私は飾りだ。領地の経営は全て父が行なっている。私は頷いて判を押すだけだ。いずれは父に選ばれた男が夫となり、経営を引き継ぐのだろう」


 寂しそうに告げるリンドブルム公。


「そんなわけでな、領地経営において私は飾りだ。だから部下もいない。私生活においても傍系の女子だった私には公爵家の当主などというご立派な生活は肌に合わん。だから父がいない時は使用人も侍女も最低限しかいないんだ。私はそちらの方が気楽だからな」


 そういう事か、話の内容は腑に落ちたがなんとも居心地の悪い話だ。俺とは反対のベクトルだがここにも加護の犠牲者がいる。


「さて、だから私にできる事は砲台になるとくらいだ。流石に民を守るためだ、目覚めてから魔法の修練は積んだ。四節までしか撃てないが通常の魔法使いの五節並の威力をほぼ無限に撃つことはできる。おかげで婚期は逃したがな。で、これからの話だが、レスティ殿にはティア殿と残っている砦を回ってほしい。最前線となる砦は四つ、中央は私がいる。西の砦は父と父の部下、比較的腕利きの方魔法使いが抑えているのでそちらは後回しで構わない。まずは東の二つの砦で魔獣対策の訓練を行いつつ連携して砦を守ってほしい」


 地図を広げながら公は四つの砦を示す。中央、一番大きい砦がここだ。


「わかりました。私の元部下達はどこに?」


「ここだ」


 東の端、最も辺境の砦にいるらしい。


「では、明日この砦にむかい、着任したら訓練を行いながら様子を見て他の砦に回るようにします。大体一箇所一月もあれば一通りの訓練は終わるでしょう。それを四回ですね」


「任期終わりに呼び立ててすまない。税の補填はしっかりやらさせていただく」


 リンドブルム公が頭を下げる。


 こちらも気になっていた事を聞いておこう。


「我等が去ってからの魔獣の様子はどうだったのですか?」


「それが、貴公が去ってからしばらくは例年通りだったようだ。だから、貴公の報告もほとんど無視されていた。私のところに報告が上がってきたのも本格的に魔獣の攻勢がはじまってからだ。それもいけなかったのだろう。攻勢が始まった時もいつものように各個撃破で対応しようとした。しかも奴らは加護持ちの私のいる場所を避けて、対応する暇もない速度で次々と進行した。五つの砦のうち二つは同じ日に落ちている。三種混成で40体近くが押し寄せたらしい。あれはもう魔獣の群れというより軍隊だな。詳細は不明だが中には別格と言えるほど魔力の高い魔獣もいたようだ。報告によれば五節魔法を喰らって無傷だったという。まるで加護を得たような魔獣だったそうだ」


 思ったよりはるかに組織的だ、そして、加護を持った魔獣? 魔獣のスピードと野性に膨大な魔力という事か、考えたくない話だ。


「俺が見た人物に関しては誰か該当者はいましたか。魔獣を操るような、銀髪の男ですが」


「いや、落ちた砦でも人間の目撃者は出ていない。銀髪といっても北方人は半分以上銀髪だしな。一応、父にも確認したが心当たりはないそうだ。ただ、リンドブルムのさらに北、アラーバマス山脈には魔獣使いという魔獣を操る一族がいるので、そいつらの可能性はあるそうだ。何か軋轢があったとは聞かないが、魔獣を使う一族を快く思わないものは多かろうから、その辺りでトラブルがあった可能性はある」


 魔獣を操る一族。そんな者がいるなら今回の騒動にも納得はいく。辺境の軍隊とトラブルがあってその報復とかだろうか。それにしても規模がでかい。

 それまで側に控えていたティアさんが口を挟んだ。


「あの、失礼ですが、パーヴェル殿ですか。元次期当主の方は今は……?」


「パーヴェル殿はもう亡くなっている。元々魔法の才がそれほどないから魔獣の研究をして対策をかんがえようという学者肌の人で、王国でも一、二を争う魔獣の専門家だったのだがな。廃嫡されてからも魔獣の研究を続けて、その時に事故で魔獣の牙にかかって亡くなったそうだ。穏やかでいい方だったのだがな」


「そうですか……」


 廃嫡された復讐。俺も少し頭をよぎったが、魔獣を操れるくらいなら廃嫡されていない気がする。あくまで研究者だろう。


 リンドブルム公が昔を懐かしむように笑みをうかべた。


「私が加護に目覚める前、夢見る小娘だった頃にお会いしてな。研究がうまくいけば北方から魔獣の被害をなくせると語っていた。私は次期当主なのに偉ぶらずに真摯に語ってくれたパーヴェル殿に少し憧れたものだった」


 その憧れの人物を自分が追い落としたというわけだ。しかもやりたくてやったわけでも、それで幸せになったわけでもない。何ともやりきれない話だ。


 結局その日、公の笑顔を見たのはその時だけだった。


 別れ際に、公は忠告をくれた。


「実は父と、父の腹心ザカールという男はレスティ卿を呼び戻した事をあまりよく思ってはいない。北の事は北で納めたいという意向だ。ただ、私がこれは只事ではないから意地を張っている場合ではない事と、旧レスティ隊の功績をあげて説得した。そんな事を言っている場合かとな。もし失礼があったら申し訳ない。先にお詫びしておく。何かあったら私の方で対処するので遠慮なく言って欲しい」


 加護を名目に主導権を握った外戚、それは俺に対していい感情はないだろう。先の援軍要請への対応もその辺が原因かもしれない。こちらも根深い問題だ。


 その後は当たり障りのない話をして食事を行い、部屋に戻った。明日には、サバ達のいる砦に向かって出立する。魔獣の軍隊、加護持ちの魔獣、魔獣使い、なかなか大変なことになってきた。


「ティアさん、訓練の方はティアさんに任せることになりますが、よろしくお願いします」


「承りました。しかし、加護持ちの魔獣とは穏やかじゃないですね」


 ティアさんも、悩ましい顔をしている。


「まあ、雷神より厄介という事はないでしょう。戦う方は任せてください」


「ダメですよ。レスティ様を守るために私がいるんですからね。私の命に替えても貴方を守ります。雷神に勝った今となっては、他家との関係を考えても貴方はウォーディアスになくてはならない存在ですよ」


「言いたい事はわかりますが、命には替えないでくださいよ。ティアさんがいないと俺が困ります」


 説教が始まりそうなので、冗談めかしてティアさんを宥める。


「フフフ、そう言われるのは悪い気分ではないんですけど、レスティ様はすぐ無茶をしますからね。抑え役が必要です」


 全くやりにくい。長い付き合いの師匠には敵わない。




 その夜、目を覚まして喉が渇いたので侍女に水を頼もうと部屋をでた。階下に進むと食堂で杯を傾けるリンドブルム公がいた。顔が赤い、酔っているようだ。


「おや、レスティ卿こんな夜更けにどうしたのかな」


 いい相手を見つけたとばかりに声をかけられた。北方人は酒が強いというが普段から飲むのだろうか。


「いや、水をいただこうかと思って降りてきたのですが。公は一献ですか」


「ああ、眠れなくてな。よかったら相手をしてくれ」


 そう言われては断りにくい。公の向かいに座り、グラスに酒をいただく。独特の匂い。北方酒だ。喉を潤すために飲んでみたが体がカーッと熱くなった。これは強い。


「北方の酒は強いと言いますが本当ですね。リンドブルム公」


 公は苦笑いしながら答える。


「酒の時くらい公はよせ、リューダでいい」


「では、リューダ殿。だいぶ溜まっているようですね。領主の苦労はわかります。愚痴くらいなら聞きますよ」


 夕方に話をした時から、リューダ殿は殆ど笑顔がない。魔獣対策で疲れているとか緊張しているとかではない。この状況に膿んでいるような顔だ。


「直裁に言ってくれるな。まあ、憂鬱にもなるさ。お飾りの公爵業、やりたくもない魔獣退治。それはな、私も民のためだと思って必死で魔法の修練はしたし、戦うのは仕方ないとは思っているが、元々はそこら辺にいる貴族の子女だったのだ。こうも向いてない事をやらされて、おまけに魔獣の軍隊ときた」


「リューダ殿は真摯に己の責務に向き合ってると思いますよ。あまり思い詰めない方がいい」


 多分この方は根が真面目なのだろう。だから、自分の力を超えた事ばかり起こる事をもてあましている。


「私には向いてない。パーヴェル殿は悪い領主ではなかったはずだ。私からみても穏やかで真面目で領の事を考えていた方だった。私などよりもずっと……。それが何で私などが領主をやっているのか」


 少し、泣きそうな顔で、リューダ殿は独白する。


「いっそ、適性のある誰かに任せられれば気が楽なのだがな。レスティ殿? どうだ? 私の婿となってリンドブルムを統治しないか? 貴公なら北の盾にふさわしかろう」


 からかうように、こちらに視線をおくる。目は潤み頬は赤く染まっている。

 ああ、この人は孤独なのだと思った。


「リューダ殿、お戯れを。北の統治など一朝一夕にできることではございません。人と土地と流通を知らなければ。それは、幼い頃からここで育った貴方が一番よくわかっているはずです」


 柔らかく、釘を刺す。


「そうだな。だが、名高いレスティ殿なら何とかしてしまえると思うのだがな。まあ、フローレンスとティア殿に怒られてしまう。冗談ということにしておいてくれ」


 片手をひらひらと回して断りを入れるリューダ殿。しばし無言で酒を酌み交わす。


「それでは遅いのでそろそろ失礼させていただきます。あまり考えすぎない方がいいですよ、リューダ殿」


 言い残して、部屋に戻る。リューダ殿はポツリと呟いた。


「貴公が羨ましい。私には、切り開くべく未来もない。いや、リンドブルムの良き領主となる事はそうだ。だが、それは私が望んだことでもやりたいことでもない……。ならなければならないものだ……。息苦しいよ」


 無言で、頭を下げ、部屋に戻る。

 マグナガル殿も野心のためとはいえ酷なことをする。加護という病、そんな言葉が頭に浮かんだ。

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