雌雄決する時
片っ端から魔獣を捉えて観察する。違和感。三種の種類の異なる魔獣。連携。離れた位置に逃げたマグナガル殿を襲撃させた手並み。かなり細かい指示を出さなければそんなことはできない。言語が理解できない魔獣にどうそれをおしえる? しかもあの数だ。1匹ずつ調教した? バカな。
何か共通して魔獣の行動を制御できるキーがあるはずだ。考える。1人でアラーバマス山脈で作った軍隊。施設や道具はいらないはずだ。魔獣使いの秘法? しかしパーヴェルは族滅されたと言っていた。生き残りがいたとしてもごく少人数だろう。少数で何とかなる方法? ヒントが欲しい、あの時奴はなんと言った?
『私と似た境遇のお前なら、わかってくれるかと思ったのだがな。だがそうだな。同じような環境から同じような結論に辿り着いたとしても、お前は成功した側だったな』
そう、環境はわかる。加護持ちに追い落とされる次期当主。では結論はなんだ。俺は魔獣を使ってはいない。収束魔法? 違う。魔獣使いは魔法ではない。いや、加護持ちの魔獣は幼少時からの常時身体強化での魔力の強化か? もどかしい。わかりそうでわからない。
悩んでいると、兵士が部屋に駆け込んできた。
「大変です。魔獣使いからレスティ殿に文書が届いております!」
「文書?」
なんでも使者の旗を持った雪猩猩が砦の正門に来て文を置いていったらしい。今更何を話そうと言うのか、怪訝に思いながら文を開く。
そこには、「ティア・スタントは生きている。返して欲しくば明日の夜明け一人で西の砦までこい」とだけ、書かれていた。
リンドブルム公にもナブドラにもこれは罠だと止められた。だが、可能性があるならば行かねばならない。魔力は満タンだ、何かあれば飛翔呪文で逃げる事を約束して、次の日の夜明け、俺は西の砦に向かった。
西の砦に近づく。魔獣の気配は100体以上。門のところに出迎えるように、パーヴェルがいた。
「ティアさんはどこにいる?」
30歩ほどの距離まで近づき声をかける。パーヴェルは上を指差して答えた。
「安心しろ、怪我はしているが生きているよ」
砦の上に雪猩猩に両手両足を拘束されたティアさんが見える。応急処置はしてあるようだが身体中に巻いた包帯に血が滲んでいる。
意識はないようだが、ゆっくりと確かに胸は上下している。生きていた! それだけで、力がみなぎってくるようだった。涙が溢れる。
胸の空洞がうまる。生への活力がわいてくる。今なら、なんでもできそうだった。涙を拭い、パーヴェルに問う。
「それで、今更何の話だ?」
「お前の大事な人は生かしてある。もう一度考え直さないか? 先だっては味方にならぬなら早めに消しておいた方がいいと思ったのだがな。雷神に勝った男となれば話は別だ。王国と戦う為にお前の力が欲しい」
話しながらティアさんの様子を伺う。飛翔呪文で飛んで奪還するには魔獣の数が多い。自力での脱出は不可能だろう。隙を伺うしかない。
それにしても情報が早い。「試しの儀」の結果は魔法庁で精査の後王家と相談の上公式に発表されるはずだ。まだ、リンドブルム公ですら知らない事をどこで知った?
「何故それを知っている?」
「私も魔獣を率いて戦ってばかりいるわけではない。公爵家の元次期当主となれば王国内に伝手もあるさ」
パーヴェル一人の反乱かと思っていたが、組織的な動きという事か? それとも消極的な王国への反乱分子が存在する? ありそうな話ではある。
「お前に王国の愚かしさをわかってもらう為に色々手も打っていたのだがな。わざわざお前の任期に合わせて魔獣の侵攻を行ったり、ウォーディアスの第二夫人の実家に助言をしたり、領主会議の根回しをしたり、民間の加護持ちを斡旋したりな」
「大した嫌がらせをしてくれたものだ」
冷静を装ったが、衝撃だった。これは、思ったより根が深そうだ。領主会議だと? そしてポートランド家。帰ったら徹底的に洗う必要がある。
「まあ、大した効果はなかったようだがな」
残念そうに嘆息するパーヴェル。ふざけるなよ。こっちはお陰で死ぬような目にあったのだ。
「前回も話したのだがな、結局お前は王国に報いられているとは言い難い。ただ、己の才覚で道を切り開いてきたのだろう? どこまでそれが続く? 権力が欲しいばかりに才覚もないのにお前を追い落とそうとする親族、加護という特権を失わない為にお前に反発する貴族。キリがないぞ」
「だからと言って戦争を起こせば、民が傷つく。それでは本末転倒だろう」
「私は加護を敬う民も同罪だと思うがな」
「伝統とか格式はすぐに変えられるものじゃない。俺たちが加護以外にも民を守る力を示せば人の意識は変わっていく、それを待て!」
「それを待てないようにさせたのは貴族だろうよ!」
「マグナガル殿のやったことは卑劣で酷薄だが貴族の全てがそうではない!」
「平行線だな。どうあっても仲間にはならないか。では、体調が悪いとでも申し出て領地に帰って大人しくしていろ。何もしないという形で消極的に協力してくれればティア・スタントは返してやろう」
パーヴェルがため息をつきながら申し出た。
「あの傷では命に関わる。今すぐ返してもらう」
「貴族のくせに冒険者などに思い入れたもんだな。そういうところが好ましいのだ。惜しい。半年大人しくしてくれれば返すと言っている。聞き分けろ」
「ふざけるなよ。俺の師匠を、俺の大事な人を、こんなところに置いて置けるか! 必ず連れて帰る!」
「口では何とでも言える。迂闊な事をすればティア・スタントの命はないぞ。なあ、考えろ。流石に私も、人質を盾にリューダや雷神を殺せというような要求が通るとは思っていない。半年領地で大人しくしてくれればいいだけだ。旗色はそれから明らかにしろ。情勢を見て私についても構わない。それでも王国につくというならそれもよかろう。ティア・スタントは大事な人質だ。私も好き好んでお前を敵に回したくはない。全力で治療することは約束しよう」
人質を持つ側のパーヴェル殿が譲歩しているのはわかる。一度受け入れて帰領したふりをして隙を窺う方がいいだろうという考えも 頭をよぎる。だが、そこに傷ついたティアさんがいるのだ。理性的には考えられなかった。
必死で感覚を集中する。今ティアさんを拘束する雪猩猩。待機して襲いかかってこない双頭氷虎、飛刃空魚、何がしかパーヴェルは行っているはずだ。会話をしながら探れ。感じろ。
頭上から声がした。ティアさんだ。
「レスティ……様……、駄目……です、……逃げ……て……、でも……嬉し……かった……」
「黙れ。ティア・スタント」
パーヴェルが右手を上げる、雪猩猩が彼女の拘束をきつくする。なんだ? 今、何をした? 何故操れる? 違和感が強くなる。何かがつながりそうだ。
「魔獣を下がらせてティアさんと話させろ。今にも死にそうな状態で半年後と言われても信用できない。ティアさんには近づいた途端包囲されるのもごめんだ」
パーヴェルに頼む。もう少し、あと少しで繋がる。
「よかろう。重症ではあるが死ぬほどの怪我ではない。半年もあればそれこそ完治する程度だ。確かめるがいい」
パーヴェルが右手を上げる。周囲を取り囲んでいた三種の魔獣が下がる。
「但し、こちらも助け出されては困る。手の届く距離までは近づくな」
「了解した。城壁まで出せ、近くまでは飛ぶぞ」
飛翔呪文で城壁まで飛ぶ。雪猩猩がティアさんを連れて近づいてくる。あと三歩の距離で止まった。
「そこまでだ。それより近づいたら人質に攻撃する。傷を確かめるなり話すなりするがいい」
パーヴェルは下から俺たちを見張っている。その距離からでも自在に操れるということか。
雪猩猩に両手を掴まれて宙吊りになっているティアさんに話しかける。真紅の髪、少しタレ気味の真紅の瞳、慣れ親しんだ魔力波長、確かに生きている。今すぐに助けたい。はやる心を抑える。
「ティア、大丈夫ですか。傷はどうですか。ゆっくりで構いません。答えてください」
次会う時にはこう呼ぼうと決めていた。ティアが目を見張る。頬に涙が伝う。
「こんな時に……、貴方って人は……。傷は……大丈夫……です……。あいつの……いう通……り、死ぬ……ような……傷……では……ないで……す……。ただ……、戦闘……は……無理……です……ね……」
苦しげに、息を吐きながら、途切れ途切れに話すティア。
「大丈夫だ。俺に任せてくれ。必ず助ける」
「貴方……は……、王……国の……希望……、私……たち……の……、だか……ら……、逃げ……」
「もう喋らなくていい。わかった。一緒にウォーディアスに帰ろう」
必死で言葉を紡ぐ愛しい人に、俺も心から優しい声をかける。そう。帰ろうウォーディアスに、フローレンスに謝って、ティアを正式に恋人として紹介しよう。
「状態は確認したか? 帰るのは半年後になるが、それは仕事を了解したということかな?」
パーヴェルが下から声をかけてきた。
「いや、今すぐ帰らせてもらう」
準備は整った
話しながら調整していた魔力を飛ばす。目の前の雪猩猩がティアを離して、後退する。同時に風魔法でティアを優しく受け止める。更に下にいる魔獣たちに魔力を飛ばす。三種の魔獣がパーヴェルに襲いかかった。
「これは、貴様! まさか魔獣使いを!」
パーヴェルのそばにいた一際でかい双頭氷虎が襲いかかる魔獣を一蹴した。流石にそううまくはいかないか。
観察してわかったのは、パーヴェルと魔獣の波長が同じということだった。そして、パーヴェルは仲間と認識された魔獣に特定の波長を飛ばすことで、攻撃、警戒、撤退、防御などの行動を制御していた。細かい行動の制御までは流石にわからない。
だが、半年戦っていたのだ、攻撃の時の魔獣の波長と、撤退の時の波長くらいはわかる。近くでパーヴェルに魔獣を操作させ、ティアさんを捉えている雪猩猩を近くで観察することで調整を行い。雪猩猩に撤退の波長を。下の魔獣たちに攻撃の波長をおくる。魔力の波長のコントロールは俺の十八番だ。
「そうだな、貴方が言っていた。俺と貴方は、同じ結論に辿り着いたと。貴方は波長による魔獣使いを、俺は魔力の無効化吸収を。つまり、貴方にできる事は俺にもできる」
「私が八年かけた事を一月程度で、化け物かよレスティ・ウォーディアス!」
パーヴェルが叫ぶ。
ティアを両手で抱きしめ、ローブで包み。俺はパーヴェルに答えた。
「ああ、よく言われるよ」