雷神との対決
その日がきた。
雷神との対決の日、訓練場に行くと、何故か満面の笑みのフローレンスが待っていた。
「いやー、流石レスティ、私の見込んだ男だ。雷神との対決とはな」
確かに手紙は送ったが、それにしても早すぎるだろう。
「私はこう言う時のために、キミの婚約者をしているんだ。雷神との勝負なんて面白い見せ物を見逃すはずがないだろう?」
「喜んでもらえて何よりだよ」
確かに俺と彼女との関係は、そういうものなんだが、ここまであからさまに嬉しそうだとなんだかなあと言う気持ちにもなる。こっちは一世一代の勝負だと言うのに。
「天覧試合の加護持ち三連戦といい、キミの厄介ごとを引き寄せる才能は素晴らしいな。いや、私はこれでもキミの勝利を信じているぞ。信じているからこんなんなんだ」
あまりの言い草に、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「わかった。まあできるだけのことはやるよ」
苦笑して応える。おかげで肩の力は抜けた。さあ、麗しき婚約者の期待に応えねばならないな。
訓練場には「雷神」ガンドローン候ダクタロス閣下が待ち構えていた。
「いい顔だ。何かやってやろうと言う目論んでいるその顔。勝てるかどうかわからない戦いに、それでも己の力を信じて赴こうという意志を感じる。男はそうでなくてはなあ!」
候は嬉しそうに満面の笑みを浮かべてガハハと大笑する。戦うのが本当に好きなのだろう。どうにも憎めない人だ。
「できる準備はしてきました。瞬殺はされないよう抗いますよ」
「おうとも、楽しもう」
互いに前に出した拳を合わせる。
「始め!」
号令がかかった。
勝敗は天覧試合と同じ。身につけたマーカーを割られた方が負けだ。
身体強化で距離を取り、ガンドローン候を中心に旋回しながら様子を見る。身体強化で死角を取れるなら戦いようがある。
「まずは小手調べだ。一発で死ぬなよ。極大・雷撃・地伏・放射・砲!」
ガンドローン候の前面に雷撃の奔流が走る。対面してみると速い、そして広い。同じ加護持ち魔法使いでも天覧試合で対戦したデュランダル殿とはまるで違う。旋回に集中したから逃げられたが、かわしながら接近して至近距離の攻防は無理だ。近づくほど候の攻撃範囲を掻い潜るのは難しくなる。そして候はこれを連射できる。
「よくかわした。だが、避けるだけではどうにもならんぞ」
雷の奔流が右に左に飛び交う。旋回しての回避は間に合うが近づくことすらできない。候の魔力から言って五節でも百発は放てるだろう。時間稼ぎは無駄だ。距離をとって七節魔法で迎え撃つか? 候なら面白がって勝負にのってきそうな気もする。成功すれば押し切れるはずだ。迷う。一撃のギャンブルにかけていいのか? だが、そもそも伝説の「雷神」、最強の加護持ちに勝つ為にギャンブルをしないで勝負になるのか?
一度距離を取る。ガンドローン候も魔法を撃つのをやめた。
「レスティ卿、面白くないぞ。魔力を節約せねば俺の障壁を破れぬのはわかるが、何も攻撃しなければ活路は開けん。言っておくが五節魔法でも俺は半日は撃っていられる。数えたことはないが、三百発は余裕だ」
分かってはいたが、恐ろしい魔力量だ。俺が万全でも五節魔法は三十発程度が限度だろう。優秀な魔法使いであるティアさんで五、六発。六節になると俺でも五発が限度、七節は一撃しか放てない。
「どうした? 奥の手があるんじゃなかったのか? これで手がないようなら見込み違いだぞ!」
再びガンドローン候が雷の奔流を放つ。
「極大・雷撃・地伏・放射・砲!」
こちらも勝負に出よう。対策その一だ。
「風撃・誘導・飛翔・翼」
左手から風魔法を使い飛翔。短距離飛翔呪文で距離を詰める。何撃か見て分かった。候の呪文は範囲を地表に絞った簡易収束魔法。威力と速度はあがるが地表から身の丈の倍も離れれば効果範囲から外れる。これで旋回よりも短時間で回避を行い接近することが可能になる!
雷撃とすれ違うように空を飛び、候を飛び越えたところで六節魔法を近距離で背後からぶちかます。
「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
到達する瞬間、驚きの表情を浮かべた候は迎撃の魔法を放った。
「極大・雷撃・地伏・放射・砲!」
相殺された!
わずかに候の周囲と手足が凍りついたが、マーカー自体は無事だ。やはり六節でも候の五節で相殺されるとほとんど威力がなくなる。おそらく候の障壁自体が六節二連撃で抜けるかどうかだ。一度距離を取る。ガンドローン候も雷撃魔法で凍った氷を溶かしている。
「得意属性でもない風魔法の飛翔呪文で距離を詰めて、背後から六節魔法か。器用なもんだ。惜しかったな。ちょっと今のは肝が冷えたぜ。だが、もう今の手は効かねえ。溜めがほとんどない俺の呪文は今くらいなら相殺までは可能だ。空中を動いたら二連撃は放てないんだろう?」
笑みを浮かべて問いかけるガンドローン候。ほんとに楽しそうだ。
「ええ、では次の手でいきましょう」
「面白えなあ、レスティ! お前はやはりなかなかいい。もっと見せてみろ!」
次はこちらからだ。
「極大・氷雪・連環・氷壁・陣!」
攻撃魔法ではなく、極低温で絶縁した氷壁で候を囲む檻を作る。これで視界を遮断。身体強化で背後に回る。
「目眩しか? しゃらくせえ! オラァッ!」
身体強化で目の前の氷壁を叩き割る候。この人間猩猩め! ここからはスピード勝負。もう一度氷壁を巡らす。
「極大・氷雪・連環・氷壁・陣!」
「そこか!極大・雷撃・地伏・放射・砲!」
来た。俺の五節では候の五節には耐えられない。それでも防御系の呪文の分、ある程度抜くのに時間がかかる。その間に飛翔呪文で回避して氷壁の上にのる。氷系土系は炎や雷より直接の攻撃力や発動速度は劣るが物理的な壁をつくることができるという利点がある。氷壁のおかげで先程よりも近い距離から接近できた。候は魔法発動直後で二撃目は放てない。こちらは氷壁にのることで左右の手が空いている。
とった! この氷壁は雷神を閉じ込める檻だ。くらえ! 六節魔法左右二連撃!
「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
「うおぉぉぉぉっ!」
候が魔力を集中して障壁を張る。相殺はさせなかった。これで押し切れば俺の勝ちだ。左手の力を搾り尽くしたあとに、右手の力を解放する。
「凍りつけ! 雷神! 極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
氷壁の筒を砲身として氷龍の弾丸が雷神に激突する。轟音がした。
氷壁から降りて間合いを取る。どうだ? 七節魔法を除けば今のが俺の最大の攻撃だ。これでダメなら七節魔法しかないが、もう六節三発、五節二発で魔力が残り半分をきった、七節を撃つ魔力がない。決まっていてくれ。
「いい手だった。お前を認めようレスティ。」
氷の瓦礫の中からガンドローン候が出てきた。腕と頭から血を流している。マーカーは? 無傷⁉︎
「お前が天覧試合でやったのと同じだよ。障壁を斜めに展開して防ぐのではなくそらすそれならばダメージは受けるがしのぐことはできる」
血を拭いながら雷神が笑う。
「さて、まだ手はあるか? だいぶ魔力を消費したろう。噂の七節魔法はまだ放てるのか?」
「まだまだ奥の手は残してますよ」
平静を装って返事をするが、かなり厳しい状況だ。事実上、無防備な状態で狙撃するのでなければ、障壁を抜いてダメージを与えるのは七節魔法しかないということだ。こんな膨大な魔法力と堅牢な障壁。そりゃ、無敵だよな。
「極大・雷撃・広域・放射・砲!」
ガンドローン候から仕掛けてきた。今度は飛翔呪文で回避できないよう上方にもめいいっぱい攻撃範囲を広げている。旋回での回避もかなり距離を取らなければ危ない。対策をされたか。だが、威力が落ちた分五節魔法で防御はできる。
「極大・氷雪・堅牢・氷壁・陣!」
防壁を張りながら少しづつ間合いを詰める。だが、こちらが防壁を張れば候は間合いをとって魔法を打ってくる。防壁を張ればダメージはないがこのままだと消耗戦だ。
「どうした? 手がないならこのまま削り倒しちまうぜ。俺がみたところお前の攻撃力は俺より上だ。練り上げられていると言っていい。だが、お前の魔力量は一流魔法使いと比べてもかなり多い方だが加護持ちには程遠い。消耗戦に持ち込まれたらお前の負けだ」
しゃべりながら次々と魔法を放ってくる。防ぐのが精一杯だ。こちらも次々と氷壁を展開する。相殺で砕かれる氷壁。迫る雷撃に次の氷壁を慌てて展開する。くそっ、回転が速い。相殺して即次弾が着弾する。魔法を使う事に集中しなければ、反撃に回す余裕がない。まさに雷神だ。
「一か八かの勝負を打ってこいよ。お前の長所は発想と得意属性以外も操る魔法のバリエーション、左右連撃を可能にするコントロールの上手さだろう。今の王国の魔法使いでお前ほど修練したものはほぼいないと言っていい。その真価を見せてみろ!」
氷壁を展開しながらひたすら耐える。うるさい! こっちだって余裕があれば反撃している。防壁の展開で魔法力が削られている。不味い! このままでは削り殺される。冷や汗が流れる。氷壁の向こうでは雷撃が轟音を放ち、すぐ横を光の奔流が走っていく。
「どうした? 打つ手無しかな? まあ思ったよりは楽しめた。タイマンなら王国でも五指にはいるだろう。だが、この程度ならば王国の流れを変えるのは力不足! 領地に帰って目立たぬように大人しくしていることだ!」
嵐のような連撃は止まらない。押し込まれる。ジリジリと魔法力が削られていく。魔力の低下と魔法の使いすぎで頭がガンガンと痛む。もうすこし……、あと少しで……、このまだと魔力が尽きる……。
「好き勝手言ってくれますね。俺が望んで目立ったわけじゃない。尊大な貴族も! 少し考えればわかる実用性を考えない軍人も! 特権意識に凝り固まった加護持ちも! 黙らせてやろうじゃないですかぁぁぁ!!!!」
氷壁が砕かれる。次の氷壁は展開しない。身体強化を最大限にあげて真っ直ぐ最短距離を雷神に向けて突っ込む。次弾が来る前にできるだけ距離を詰める!
「自殺願望か? それでは氷壁は間に合うまい? さっきのように上にも横にも避けられんぞ。極大・雷撃・広域・放射・砲!」
バチバチと閃光をあげて雷撃が迫る。そう、このタイミングでは避けられない。氷壁で相殺することもできない。そして、俺の魔力障壁では雷神の五節魔法には耐えられない。
雷撃が俺の障壁に触れた。
「見込み違いだったか。いや、加護なしでここまで戦えたのはよくやったというべきなのだろうな」
雷神の声が微かに聞こえた。
「まだだ!」
そのまま俺は、雷撃をすり抜けた。
そして最短距離で雷神に向かう。
「ハァ? 何をした?」
驚愕する雷神に接近して二つの呪文を唱える。一つは最後の奥の手、一つは使い慣れた六節魔法。
「だが、意識を集中した俺の障壁はいかに近距離でもお前の六節魔法では抜けん!」
「やってみなければ、わからないさ」
マーカーに向けて最後の一手を発動する。
「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
刹那、蒼銀の龍が雷神のマーカーを貫いた。




