雷神の実力
「では、『試しの儀』を始める。本日は魔法精度に関して。見ての通り目の前の平地には一から十までの番号のついた輪が並べてある。そしてその輪は番号が進むにつれて小さくなる。一の輪は人の胴ほど、十の輪は指先で作った輪っかほどの大きさだ。ここから射出した魔法をコントロールして輪を通してもらいたい。精度、スピード、コントロールが審査の対象となる。良いな」
準備された郊外の魔法庁用の訓練所で、俺とガンドローン候はエブレム殿から「試しの儀」の説明を聞いていた。なるほど滑らかな弾丸の移動と形態変化、細やかなコントロールが課題となる。こういうのは俺の得意分野だ。
隣のガンドローン候は冴えない顔をしている。
「俺はこういうのは苦手なんだよ。不戦敗はやめてくれって話だから一応やるけどよ」
「では、レスティ卿から始めてくれ」
エブレム殿から声をかけられて的に向き合う。脳裏にイメージを描き。掌に魔力を集中。スピードをつけて精緻なコントロールが可能な範囲だと俺には五節までだ。
「氷雪・凝集・高速・誘導・弾」
魔力を圧縮して指先ほどの大きさにすると、圧縮した余剰エネルギーを速度に変換、魔力をコントロールして目標となる輪の中心をできるだけの速さで潜らせる。直進。右回転。左に旋回して下から上。手前に戻して上下右左!
「2.2秒! 完遂!」
審査員の声が上がる。
額から汗がこぼれた。思ったより集中力を使う。体に力が入っていたのがわかる。なるほど、見た目で遊戯のように感じたが、普段は使わない脳を使ったような感覚がある。鍛錬として取り入れるのはいいかもしれない。
「では、ダクタロス閣下」
「へいへい。行きますぜっと。こうか?」
呼ばれたガンドローン候が、無造作に魔法を放つ。
「雷撃・凝集・誘導・弾」
でかい。一応圧縮されて頭はどの大きさになっているが元の魔力がでかすぎる。本気で出してるわけでもないのに漏れ出た魔力で周辺が埋まる。そして四節だが速い。雷撃が放たれたかと思うと一瞬で目標の輪が破裂した。
「ダクタロス閣下、五番まで! 勝者レスティ殿」
「あー、壊しちまった。あんな小さな輪っか通せるかよ」
ガンドローン候はぼやいているが、俺は戦慄していた。広範囲・高威力・大魔力による継戦能力。それが貴族の、加護持ちの、魔法だと思っていた。それならば付け込む余地があると。ガンドローン候は違う、圧縮もできるし、コントロールもできている。もとの魔力が大きすぎて圧縮しきれていないのと、的が小さすぎて焼き切ってしまってはいたが、コース自体は10番まで正確になぞっていた。そして、速度は俺より速い。これと戦う? 肌が粟立った。
「では。次回は三日後」
エブレム殿が告げる。
「休みの間、こちらは鍛錬に使わせてもらってもよろしいか?」
これくらいの消耗なら次の試験に支障はないがせっかくもらった休みだ。いただいておく。そしてできた時間で「雷神」対策だ。
「自由に使ってもらって構わない」
許可は得た。俺にできることは分析と技術的な優位をもとにした対応だ。考えろ。どう戦う。
三日後、同じ訓練所で、二回目の試験が行われた。魔力のコントロール、形態付与に関してはガンドローン候はやる気が全くなかった。
「こんなことやったことねえよ」と言いながら球体を六つ集めたような動物と言えなくもないものを作り、氷龍を作った俺が勝利した。これでニ勝、あと一勝すれば、「雷神」と五分だったと言う一応の名目はできる。
三回目、効果範囲。わかっていはいたが完敗だった。六節魔法でめいいっぱい範囲を広げて訓練所の1/3は凍らせたが、ガンドローン侯は五節魔法で訓練所を全て覆うどころかその向こうの山肌まで焼いた。幅でおよそ五倍、直線距離では五倍以上の効果範囲の違いだ。
これなら砦で砲台をやっているだけでも魔獣を全て撃滅できるだろう。同じ魔法を使っているとは思えない。これが頂点の力か。
四回目、持続時間。これも勝てるわけはなかった。放出した魔力塊を保ち続けるという試験だったが、小山ほどもある魔力塊を出してもガンドローン卿は余裕だった。本人曰く、これくらいなら三日三晩は維持できるらしい。
俺も粘ったが、朝食後の時間から開始して、日没までが限度だった。一応、通常の一流魔法使いと比べても六、七倍ちかい持続時間ではあるらしい。後でティアさんに聞いたら一刻が限度だと言われた。その日は魔力を使い果たしてクタクタになって眠りについた。二勝二敗。あと二回だ。
五回目、破壊力。望みがあるとすると、ここだ。ガンドローン候は加護持ち、一点集中する破壊力よりは広範囲に高い攻撃力を発揮する方向を得意とするはずだ。まあ、そうは言っても五節でも桁違いの破壊力を発揮しているのだが。
どう計測するのかと思ったが、通常行う、耐魔力レンガで作った城壁をどこまで抜けるかという試験では二人とも攻撃力が高すぎて計測できないそうだ。
「同じサイズの小さな山があるからそれをお互いに攻撃して比較せよ。なに、地形が変わったくらいの方が箔が付いていいじゃろう」
エブレム殿は笑ってとんでもないことを言い出した。
ガンドローン候は嬉しそうだ。
「ちまちまやってんのは性に合わねえ。こういうのを待ってたんだよ」
「極大・雷撃・地伏・放射・砲!」
最大威力の雷が、轟音と共に目の前を薙ぎ払った。土煙が上がる。雷撃で焼けた周囲の植物から焦げ臭い匂いが立ち込めた。
視界が開けると、山の1/3が消失していた。五節でこの威力。恐ろしいばかりだ。
「次、レスティ卿」
一瞬悩む、七節なら勝てるとは思う。しかし七節は制御が難しい。成功したのは天覧試合のアルナード戦のみ。しかし、六節ではギリギリ互角というところだ。仕方ない、アルナード戦の、己の全てを魔法に注ぐような精神状態に持っていくのは難しい。
「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
右手から放った。収束させた蒼銀の龍を型どった弾丸が山肌に着弾して、山を凍らせながら進んでいく、山の半分ほどが凍ったところで左手から連撃を放つ。
「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」
空気中の水分が凍り、温度が下がる。バキバキと山が氷に覆われて凍結する。そして、蒼龍は山の向こうに突き抜けて着弾した場所で氷塊を作って消滅した。
「おお! それが六節魔法の左右二連撃か。見事!」
ガンドローン候は感嘆の声をあげるが結果は微妙なところだ。山を三分の一消滅させた候に比べて、貫通したとはいえ山自体は丸々残った俺、どちらの破壊力が強いかと言われると判断に迷うところだろう。審査官も困っている。
「引き分け。第五の試練勝負なし」
迷ったのだろう。審査官が自信なさそうに声を出す。
「なんだあ、俺の負けでも構わなかったんだがな。俺の魔法の威力はどちらかといえば攻撃範囲の範疇だ。一撃の威力ならレスティ卿の方が強いだろう」
ガンドローン候が複雑そうな表情でこたえる。
正直痛い。だが、審査官の判断に異を唱えるのは厳罰だ。仕方あるまい。俺の勝ちだと強弁できるほどの結果を出せなかった俺の落ち度だ。
例えば戦争を想定して、城壁が対象なら穴を穿つ俺の魔法と、城壁を消滅させる候の魔法なら候の方が上だと言いわれると反論はできない。
だが、これで二勝二敗一分、後がなくなった。余程実戦で健闘しなければそれなりの成果とは言えないだろう。
「これで本気の本気で挑まねばならなくなったな。最高の魔法使いの力を見せてもらおう。『試しの儀』の本番は試合だ。頑張って俺を楽しませてくれよ。一応言っておくが、俺の障壁はあの山程脆くは無いぞ」
恐ろしいことを言われた。ほんとに人間か? それは加護の魔力を身体強化に全振りしたアルナード並みの障壁を持つということに他ならない。そして、先ほどの魔法でわかったが、候は魔法の収束を行なっている。確かに空を飛ぶ魔獣などがいなければ上方向に魔法を展開することに意味はない。先ほどの五節雷撃魔法は地を這うように展開する事で範囲を絞り、その分威力を上げていた。
つまり、莫大な魔力を持つ加護持ちが、さらにその魔法を収束して放ってくると言う事だ。その上、アルナード並みの障壁。まさに無敵の盾と剣だ。
おそらくまともに障壁を抜けるとしたら七節魔法を撃つしかない。しかし、七節魔法を放てば俺の魔力は七割失われる。一発勝負のギャンブルをこの武神に挑む? アルナードと違って接近戦を挑む必要がないガンドローン候は回避に徹することもできる。勝算は低い。かと言って六節魔法連撃で候の障壁を抜けるかはかなり怪しい。擬似六節魔法の連打がアルナードには耐えられている。そして、六節魔法の連撃を行えばもう七節魔法を放つ魔力は残らない。まったく悩ましい話だ。化け物の相手ばかり回ってくる俺の身にもなって欲しい。
一応、準備はしてきた。積み重ねてきたものもある。勝負にはなるはずだ。
「お、その顔は何か奥の手があるようだな。面白い。三日後を楽しみにしているぞ」
ガンドローン候が嬉しそうに頷いたあと、獰猛な笑みを浮かべた。




