結局いくつになっても師匠には勝てないようです
砦で仲間達に別れを告げる。
「懸命に戦ってくれたのに充分に報いてやれなくてすまない。リンドブルムの当主に皆の事をよろしく頼むと伝えておく。まあ、俺の言がどれだけ役に立つかわからないが」
どうしたって苦々しい口調になってしまう。俺の手はまだそんなに広くない。俺は未熟者だ。
「この事でいらぬ苦労をする様でしたらウォーディアスにお越しください。信用ができて腕の立つ兵は貴重です。悪い様にはしませんよ」
ティアさんが悪戯っぽく告げる。
ああ、叶わないなあ。
「そうだな、みんなならいつでも歓迎だ」
俺もティアに続ける。
「僕、行こうかなあ」
とこぼすロローダをみんなで笑い。俺は北の地を後にした。
呼び出されたのは中央、軍部からだが大元は教会からの召喚状だそうだ。北方での救援要請を盾に、たいそうな称号など相応しくないとぶち上げる気だろうか。教会は加護の認定を司る庁、加護持ちを倒した俺にいい印象があろうはずもないが、カザロフ殿といい、いい加減にして欲しいというのが正直なところだ。
嫌な気持ちにさせるだけだろうからティアさんはウォーディアスに戻って話の経緯を伝える様に頼んだが、ついていくと聞かなかったので、父上とフローレンスとエレミアに手紙を送り、ティアさんと二人で王都の教会本部へ向かった。
正直、心強い。思えば、ここ数年は常にそばにいて支えてくれているのだ。いるのに慣れてしまって、ティアさんがいない状況が浮かびにくい。随分と頼りにしているのだと自覚する。
天覧試合ぶりに訪れた王都イリューシアを懐かしむ暇もなく、俺たちは教会本部に向かった。
少しばかり早く着いてしまったらしい、準備が整うまで近くの宿に滞在して待てという返事を受けて、その日は休む事にした。妙ないちゃもんをつけられてはたまらないので最速で移動してきたのだ、正直ありがたい。
野戦用のジャケットを脱いで宿で身を清める。何日かはゆっくりできそうだ。今のうちにできることはしておく、父上に改めて手紙を書く、ウォーディアスのお抱え冒険者に北方の情報収集、特にリンドブルム内の勢力図とアラーバマス山脈方面の砦に配置されていた人員の処遇を調べる様伝える。フローレンスにも情報収集を頼み、リンドブルム公リュドミーラ殿にサバ達の奮戦と能力の高さを報告して彼らに咎はないことを伝える手紙を書く。
ああ、アルの実家の男爵家がまた悪巧みをしない様に監視も強化しておかないと。
「レスティ様、何があるのかわからないのであまり根を詰めないで休んでくださいね」
ティアさんがテーブルにお茶を置く。ありがたい。
「準備だけはしておかないとですね。まあ、死者を出したわけでも砦を失ったわけでもない。救援要請は実質的に効果なかったわけだし、嫌味を言われるくらいだと思うんですけど。それともアルナードみたいに大会で実力を示せとくるか」
「天覧試合三連続優勝で実力は示しているでしょう?」
トレーを胸に抱いて眉根を寄せるティアさん。
「貴族の中には、二度の優勝は加護持ちがいない大会。三度目は魔法の使えない加護持ちに若年の未熟者、認定されていない加護持ちかも怪しい輩に勝っただけで、まぐれではないにしても加護に匹敵する力を持つかは怪しいものだと言われているそうですよ」
「六節魔法の連射に七節魔法の発動までやっている魔法使いにその様な評価を下すものは、魔法がわかっていないバカと喧伝しているようなもんです。全く愚かしい」
普段は貴族の中で仕事することも多いため、マイナスの感情を外に出す事がほとんどないティアさんが珍しく怒っている。
不謹慎だがちょっと嬉しい。
「まあ、俺の魔法はアルナードに勝つ事を重視した対人特化技術なところがあるから完全には否定できないのが辛いところですね」
「それにしたって比類なき技術じゃないですか。貴族っていうのはそんなこともわからない愚か者の集まりなんですか?」
おやおや、今日は随分と荒れ模様だ。
「ティアさん、庇ってくれるのはありがたいですけど、あんまりそういうことを口に出しちゃダメですよ。どうしたんですか。らしくないですよ」
ティアさんは、トレーをテーブルに置いて、こちらをじっと見つめる。
「天覧試合でも、北の砦でも、任務が終わって帰ってきて王都でも。レスティ様はいつも苦労してますね。嫌になりませんか?」
「まあ、やってられないって気持ちはありますけどね。国王派と言っても国に助けられたことなどほとんどない。何のために努力しているのか、なんて。でも、アルナードに勝つことのハードルが異常に高かったから、今くらいの妬みや中傷はそこまで気になりませんよ。これくらいは、超えられる試練でしょう」
ティアさんはハァーッと深いため息をついて、少し悲しそうな顔をしてこちらに手を伸ばしてきた。
「初めて出会った時のこと覚えてます? 10歳で過酷な境遇の貴方に、私は『お姉さんと逃げましょう』って言いましたよね。貴方を見ていると、時々、あの時の気持ちになります。逃げるわけには行かないんでしょうけど、もし、全てに嫌気がさしたら、私は貴方を連れて逃げて差し上げますよ」
そのまま、クシャクシャと頭を撫で回される。師匠として魔法技術を教えてくれてた時、時々、ティアさんにやられた行動だ。
「子供じゃないんですからやめてくださいよ」
言いながらも、なぜか、なされるままになってしまう。
「たまにはいいでしょう。フフ、大きくなりましたね」
「嫌な師匠ですね」
顔が赤くなっているのを悟られない様に俯く。
ティアさんはしばらく頭を撫で回してから、
「あまり抱え込まないでくださいよ」と言い残して出ていった。
なにか、負けた気分だ。
そして、2日後、俺は教会本部に呼び出された。
「レスティ・ウォーディアス卿。貴公には先日の天覧試合優勝をもって最高の魔法使いの称号が与えられた。国家としてはその称号に見合う実力を示してもらわねばならん。それはわかるな」
目の前の机に5人、教会のお偉いさんが並ぶ。真ん中の今喋っている老人が、大司教エブレム・カングルムだ。まずは、前置きだな。
「はい。陛下から賜った称号に恥じない実力をみせるつもりです」
こちらも形式通り答える。
「いや、実力は十分見せてもらっている。擬似六節魔法、六節魔法の連射、伝説とも言える七節魔法の披露。貴公の才能と技術は高く評価されている。その称号に相応しいと」
隣に並ぶ魔法庁の高官が頷く。
おっと、想定とは違う流れだ。
「おそらく、技術だけで言えば当代一であろう。しかし、技術と強さとは違う。リンドブルムから例年にない救援要請があったと報告があった。これは貴公だな」
そういう流れか。
「報告は上げていますが、私が赴任してから四ヶ月と後半の二ヶ月では明らかに魔獣の出現数・率ともに変わっています。これは私だけではなく小隊長からも報告をあげているはずです。また、リンドブルムから救援はでず、その状態でも死者・砦の損傷共にありません。慎重すぎると言われれば返す言葉はありませんが、初任務で念には念を入れました。報告を判断するのは上の役割、報告をあげるのは下の役割です」
「待て待て、慌てるな。救援要請自体を悪いとは言っておらん。貴公のやったことは正しい。だが、加護持ちであれば救援要請は出さなかったはずだ」
それは、そうかもしれない。加護持ちは自負が強い。
「貴公が猪武者か、愚か者なら力を出し切って戦ったのだろうがな。残念ながら貴公は頭がいい。問題は、全てを己で解決できるというほどの自信が貴公にないことだ。それは、真の加護持ちと比べてみれば貴公が本当は勝てないと思っているからではないか? いや、対人戦闘のことではない。わかっているだろう。継戦能力の方だ。究極のところ現在の魔法使い、加護持ちに求められているのは魔獣と戦う事と戦争での砲台。一発の強力な七節魔法を撃つ魔法使いより、1000回の三節魔法、100回の四節魔法を撃てる魔法使いを求めておる」
痛いところをつかれた。流石教会というべきか、俺の魔法の特性を正確に把握している。
エブレム殿が気の毒そうに続ける。
「対人戦闘が主な建国期の戦争中や、強力な魔獣が闊歩していた200年前なら貴公は伝説に名を残したかもしれんのだがな。いや、いまから強力な魔獣が出ないとも限らん。貴公の力は必要だ。しかし、加護持ちに匹敵する魔獣討伐成績が出せないのなら、強力な魔法使いの従軍と引き換えの領地の兵役免除や加護持ちに準じる優遇措置は取り消しさせてもらう。流石に陛下直々に認められた次期当主に関しては覆せぬが、結果如何によっては我らは改めてアルナード殿を推挙する事になる」
ここでまた出てくるか廃嫡問題! まあ、よほどの瑕疵がない限りはくつがえるとは思えないが、男爵家を刺激するのは悪手だ。それに、貴族内での序列はともかく、兵役免除はウォーディアスの領民のためにも経営のためにも重要な項目だ。
「それでは、私に何をしろと? 新たな任地で魔獣狩りのスコアを競いでもすればいいのでしょうか?」
「いや、ちょうど任期が終わって帰ってきているか加護持ちがいる。彼と競ってもらおう。天覧試合とは違い、実績があり、魔法が使える、錬磨された加護持ちだ。勝てなどとは言わん。それなりの実力を示せばいい」
また、加護持ちか! 王国の女神はよほど俺が嫌いらしい。
「どなたでしょう?」
リンドブルムではないだろう。ナサニエルか、ガンドローンか、サザーランドか、誰が相手でも嫌だが、あの人だけには出てきてほしくない。
「現ガンドローン侯爵家当主、ダクタロス・ガンドローン侯だ」
エブレム殿が絶望を告げる。
最悪を引き当てた。
王国内で誰もが知る有名人。多くの二つ名を持つ現役最強の加護持ち。無双の武人。王国の剣。
「雷神」ダクタロス
それが俺の相手だった




