前代未聞の出来事は俺の前でばかり起こる気がします
一月がたった。俺の任期はあと一月だ。
あれから、魔獣の群れは加速度的に増えた。雪猩猩や双頭氷虎は三体から五体程度で行動するのが普通だが先日など二十体の群れが砦まで押し寄せた。
あまりに数が多いので、小隊単位での巡回はやめにした。今は俺、ナブドラの第一、第三小隊の混合部隊とティアさんとサバ、ロローダの第二、第四小隊の混合部隊で運用している。さらに同系統の魔法使い同士で組ませて連携をとりやすくした。
連日の出動と戦いで流石に皆疲労してきている。公爵家に報告はしてあるが、返事はない。
「全く、上はいつまでたったら増援をよこすんだよ!」
待機している集会室で苛立ったようにナブドラが声をあげる。
「落ち着け、レスティ卿が報告はあげているんだ。待つしかないだろう」
いつも冷静なサバが宥めるように声をかける。サバは小隊長の中では最年長、三十代前半の叩き上げの士官だ。
いかにも戦士という風貌の、鋭い眼光に銀髪を撫でつけた剽悍な男。リンドブルムの傍流の男爵家の三男で、実家が困窮しているため自力で食い扶持を稼がなければならないどころか仕送りまでしなければならず、軍に入ったらしい。経験豊富で四節魔法まで使いこなし、判断も正確な為重宝している。
正直赴任したての俺が部隊をまとめていられるのは彼の存在が大きい。
「そうですよ。もう一月経ちますから、流石に何かリアクションがありますよ。なんだったら加護持ち当主のお出ましとかあるかもしれませんよ」
年少のロローダが、わざとだろう、芝居がかった明るさで応える。
ロローダは若いが魔法の才能は飛び抜けて高い。魔力量は今まで出会った加護持ち以外の魔法使いの中ではティアさんについで高い。収束魔法や吸魔もあっという間に身につけた。なんというか魔法のセンスが高い。メキメキと成長していくので見ていて楽しい。天才の部類だ。サバからは北の要になる男だから、慢心しないように上には上がいる事を教えて欲しいと。ナブドラからは真面目で頭が硬いところがあるから、柔軟な思考とか立ち回りを教えて欲しいと頼まれた。なんというか、愛されている。ティアさんと二人でできるだけ時間を割いて教えられることは教えた。おかげで懐かれてしまった。
「そのことなんだが、みんなに話がある」
俺は、一つ心配している事を打ち明けておくことにした。
「実は、増援だが来ないかもしれない。報告はしているんだが反応が芳しくない。知っての通り俺は、加護持ちに勝って最高の魔法使いの称号をもらったが、貴族がみんなこれに納得してる訳じゃない。加護を超える魔法使いなんてのは加護持ちを頂点とした王国の仕組みの中じゃ異分子だ。加護原理主義者や加護持ちを中心とした貴族にとって俺は目障りな出る杭という訳だ」
「だからって、自分とこの領地を守るのに異論はねえでしょうが!」
ナブドラが苛立ったように吠える。
「そう。領地を守るつもりはあるのさ。つまり上というかリンドブルム公の周辺は、分不相応な評価を受けた俺が実戦で馬脚を表して、助けを求めているとでも思っているんだろう。魔獣の数は恥をかかないように大げさに報告している。リンドブルムが本気を出せばいつものように抑え込める。大火事にはならないから適度に何か失敗しろ。そんなとこだろう。新任の指揮官が来た途端魔獣が増えたというのは確かに不自然ではある」
「そんな、自分たちの領地ですよ。いくらなんでもそこまで……、いや。しますね……」
黙って聞いていたティアさんが、口を挟みかけて、考え直したように同意する。中央で貴族と関わることも多かった彼女は加護に対する貴族の意識がよくわかっている。
「となると、あと一ヶ月は助けは来ない。私たちで凌がねばならないということですね。おそらく、一月後には増援が送られてきて泣き言を言ったレスティ様に変わって完璧に事態を納めた。この程度のことで助けを求めるとはどういう事だということでレスティ様を糾弾するつもりでしょう」
「そういうことになる。俺の皺寄せを食らわせてすまないが一ヶ月堪えれば強力な増援自体はやってくるという事だ。申し訳ないがそれまでは耐えて欲しい。俺も、隊員に被害が出ないように全力で対処する」
そう言って三人に頭を下がる。
「レスティ様!」
ティアさんが慌てて止めようとするが、俺個人の事情の巻き添えを食わせているのだからせめてこれくらいはさせて欲しい。
「おやめください。レスティ卿。貴方はよくやっているし、義務は果たしています。報告を判断する側に問題があるのであれば、貴方に責任はない」
サバが労うように口を開いた。
「そうですよ。吸魔、収束魔法、連携。レスティ様とティアさんのおかげでどれだけ僕らが助かったことか。これで文句を言ったらバチが当たりますって」
ロローダも続く。
「しゃあねえなあ。総隊長には世話になったから恩返ししてやるよ。そんかし、ウォーディアスに行ったら綺麗なお姉ちゃんで歓待してくださいよ」
ナブドラが首を振りながらこちらを見てウインクをよこした。
「すまない。全力は出す。力を貸してくれ」
「了解」
「了解です」
「あいよっ!」
「勿論です。レスティ様も無理はしないでください」
それからも、魔獣の襲来はつづいたが、なんとか怪我人を出さずにやり過ごすことができた。
事件が起こったのはそれから一週間ほどたった巡回の時だった。
「魔獣接近! 雪猩猩八体、双頭氷虎八体、飛刃空魚多数。三種の魔獣の混成です!」
斥候が声を上げる。
混成部隊だと? 魔獣が手を組む? あり得ない。
だが、目の前にはそのまさかが展開されていた。前衛に雪猩猩、その障壁に隠れる様に双頭氷虎、更にその間に飛刃空魚。
まずい。雪猩猩の障壁を抜けるのは三節以上の魔法使いのみ、しかも、雪猩猩自体が前後に位置してお互いを障壁でカバーしている。これでは三節でも危うい。これは、明らかに陣形を組んでいる!
「三節以上の魔法を打てるものは雪猩猩に集中攻撃! 後の隊員は飛刃空魚に警戒しつつ障壁を剥がすまで下がれ!」
指令を出して相手の隊列を崩すべく魔法を放つ。
「獄雪・氷龍・収束・弾」
雪猩猩の最前列に当たって凍結させるが、後衛までは届かない。空いた穴は即座に後ろの個体が埋めた。連携も取れている。
ナブドラの四節魔法がもう一体を止めるが、他の隊員の魔法では重なった障壁が抜けない。撃っている間に接近を許すと後ろから双頭氷虎と飛刃空魚が攻撃をかけてくる。いやらしい。
双頭氷虎は一通り暴れると雪猩猩の後背で休息を取り、乱れた陣形に飛刃空魚が楔を入れる。まずい。対応できていない。何人かが双頭氷虎の爪にかかり血飛沫をあげる。
「ナブドラァ! 大きめの魔法で間合いをとる。全員怪我人を連れて下がらせろ!」
「極大・氷雪・堅壁・半月・陣!」
自分を中心に半円状に、見上げるほどの氷の壁を作る。雪猩猩と部隊は分けた。氷の壁のこちら側にいる双頭氷虎はナブドラが始末している。うん、いい動きだ。
「全員下がれ! 砦まで後退する」
しばらくは時間がかせげる。怪我人に応急処置をして砦に向かう。ナブドラに先頭を任せて殿を務める。怪我で行軍速度が遅れているが、なんとか追いつかれずに戻れそうだ。隊員にも少し余裕が戻ってきた。
「総隊長、凄かったです。あんな氷の壁を一瞬で作るなんて」
「うちの総隊長は、王国一の魔法使いだからな! 当たり前よ!」
「魔獣がきたって、レスティ隊長がいればモノの数じゃねえ。ティアの姐御もナブドラの兄ィもいる。俺たちゃ最強の部隊だ!」
息を切らしながら、自分たちを鼓舞する様に声を出す。いい部下達だ。
砦が見えてきた。
だが、気配が迫る。魔獣が追いついてきた。
「全員そのまま進め。俺が食い止める」
最後尾の隊員に声をかけて、後ろを向く。
先ほどよりもさらに増えた。雪猩猩、双頭氷虎、飛刃空魚の混成部隊。
「お前らが何かは知らんが、これ以上うちの隊員を傷つけさせるわけにはいかないんだよ!」
魔力を練る。
「極大・氷雪・爪牙・放射・砲!」
前方見える範囲全てに、当たれば氷結する氷の刃を射出する。雪猩猩の障壁を破り、双頭氷虎と飛刃空魚の氷の彫像が次々と出来上がる。
ふう、終わった。
五節魔法の連発で少し疲れた。早く砦に帰って事後処理をしよう。
そう思って後ろを向いた時、声がした。
「レスティ・ウォーディアス。何故リンドブルムに手を貸す?」
気配を感じなかった!
振り返る。
そこに、新たに現れた双頭氷虎と、人間がいた。
暗い目をした。銀髪に黒い瞳の男が、魔獣を統べるように立っていた。
違う! 新たに現れた個体ではない。先ほど追いついてきた群れにいた、一際大きい双頭氷虎だ!
俺の五節魔法を受けて無事な魔獣だと?
「お前とて加護には苦しめられてきたんだろう?」
「お前は誰だ?」
どう見ても怪しい。一連の魔獣騒ぎはこいつが起こしたものなのか。
声が硬くなる。
「リンドブルムに復讐する者だ。ここは引く。お前とは戦いたくない。よく考えろ、リンドブルムの対応はどうだった? 今まで王国はお前に報いてくれたのか? そう身を削って戦うほど王国の貴族に価値があるのか考えるがいい」
そう言い残すと、男は魔獣と共に引いていった。追撃戦をやるほどの余裕はない。怪我人の状態を確認して次に備えねば。
「大丈夫ですか、レスティ様」
砦から出てきたティアさんが駆け寄ってきた。
「あまり無理はしないでください。私がエレミア様とフローレンス様に叱られます」
「すまない、大丈夫だ。しかし、あいつ、まるで魔獣を操っているようだった。それに、復讐?」
一応、この件、魔獣が混成部隊を作って攻めてきた事、リンドブルムに復讐するという男がその群れに混じっていた事は報告した。
やはり、返信はなかった。
そして、任期の終わりがやってきた。
「リンドブルム公爵家、カザロフ中隊着任しました。最高の魔法使い殿には苦労をかけましたな。慣れない任務で大変だったでしょう。なにしろ大層魔獣が出たらしいですからな。おまけに魔獣同士で群れを組むですと! 長く北方で務めてきましたがそんな事態は初耳ですなあ。初任務で随分動転してたらしい」
嫌な目つきの大柄な中年の男がネチネチと着任の挨拶を行う。やはり、危惧していた通り、俺の報告は全く信用されていなかったらしい。
「どういうおっしゃり様ですか? 小隊長からも報告は上がっていたはずです。虚偽とでも言われるおつもりか?」
ティアさんが前に出て抗弁してくれるが、無駄だろう。
「おっと失礼。虚偽などというつもりはありませんよ。初任務で魔獣の脅威に晒されれば数が多く見えるのも致し方ない事。部下達が上司に気を使うのもままある事です。魔獣が時をおかずに出現すれば群れを組んだ様に見えることもあるでしょう。臆病者にはね」
「無礼な! 愚弄するか!」
珍しく、ティアさんが怒った。
空気がうなる。五節魔法を撃てるほどにティアさんに魔力が集まっていく。
気圧されたカザロフ殿が後ろに下がる。
いかんな、止めないと。
「もういいです。ティアさん」
肩に手を置いて止める。
「カザロフ殿、貴公にどう思われようと結構だが報告にあげたことは本当の事だ。部隊員に確認して欲しい。いつもの魔獣退治だと思っていれば大怪我をする危険がある。本隊と連絡を密にとって増援の準備をしてもらう事をお勧めする。部隊員は過酷な状況で頑張ってくれた。充分に労って欲しい」
気圧されたことを屈辱と思ったか、顔を赤くしてカザロフ殿が吠えた。
「ふん、この程度で負傷者を出して新任指揮官に迎合する者達など前線には不要。全てこのカザロフ隊の精鋭と入れ替えるので心配無用!」
そして、俺の顔を愉快そうにねめ付けて告げた。
「どうせなら己の身を案じるのですな。貴方に軍部の査問会から召喚状が出ています。こちらを引き払ったら出頭するがよかろう。貴方の実力に疑義がでているという事です」




