試しの儀 と 新たな重責
「王国最強の魔法使い」、市井でそう呼ばれた俺の異名は実のところ、(軍部に勤務している加護持ちをのぞいた魔法使いの中で)最強の魔法使いとか、(若手魔法使いの中では)王国最強という意味に近い。
期待値を込めて、(雷神に迫るかもしれない将来の)王国最強の魔法使いというところだろう。
勿論、魔法使いのことに詳しくない、天覧試合しか見ていない一般人には本当に「王国最強の魔法使い」と思っている者もいるだろうが、実際貴族の中では冗談でもそんな異名で呼ぶものはいない。
理由は簡単、比べようもないほどに、「雷神」は強力で、輝かしい功績を残しているからだ。
希少な雷属性を得意とし、南の魔獣を相手に20年以上国境を守り続けてきた現役最強の加護持ち。「王国の剣」の異名を持つ武神。「雷神」、ガンドローン候ダクタロス。その武神と、俺が競う? いくらなんでも比較対象が酷すぎるだろう。
「待ちかねたぞ! 話は聞いている。当代随一の使い手だそうだな! その腕前、存分に振るうがいい」
大音声を張り上げて、体格のいい男性が隣の部屋から登場した。明るい金髪に雪猩猩に匹敵する熱い胸板、鍛えられた太い腕、ティアさんの胴ほどもある太もも、魔法使いとは思えない鍛えられた筋肉。はち切れそうなローブ。何度か、宮中で見かけたことがある、伝説の男が立っていた。
「王国の伝説と競えと? 流石にハードルが高すぎると思うのですが」
エブレム殿に控えめに間違いではないか確認する。返答は端的だった。
「間違いではない」
一拍置いて続く。
「まあ何も殺し合えというわけではない。加護持ちは、もともと『試しの儀』というその力を推し量る鍛錬をする。それをダクタロス殿と競えということだ」
「試しの儀? 聞いたことがないですが」
我が家には加護持ちがいる。大体の加護持ちに対する儀式は目を通したはずだ。
「知らんだろうな。ここ20年おこなわれておらんからのう」
エブレム殿の横に並ぶ魔法庁の幹部からため息混じりの声がした。残りの幹部も苦笑いしている。
「雷神殿が強すぎたのよ。プライドの高い貴族が、ダクタロス殿の半分以下の威力だの、十分の一にも満たない射程距離などと言われてヘソを曲げてな。加護持ちの名誉を傷つけるので参加を取りやめるなどとぬかしおった。加護を持つ者は女神から選ばれた貴族の代表。加護を得たからには他の誰よりも研鑽し、錬磨し、能力の長短を理解して戦場に赴かねばならぬ。それが、代々王国を支えてきた源。それを、己が未熟から目を逸らしてどうするというのか。嘆かわしいことよ」
まったく、最近の若い者はと続けそうな勢いだ。魔法庁も現代の加護持ちには思うところがあるようだ。先ほどからだが、どちらかというとこちらに好意的なように感じる。
そして、なるほど20年前から行われていなければ知る由もない。だが何故今回はそれをやる?
「逆に言えばだ。貴公にとってはチャンスでもある。この試しである程度の成績を叩き出しさえすれば、貴公の立場にケチをつけるものはおそらくいなくなる。貴公がその称号に相応しくないというなら、どこの誰が相応しいのか、同じ試しを受けて貴公を上回る証明なければならぬからな」
エブレム殿の隣、長い髭の爺さんが続ける。
「リンドブルムとナサニエルは後ろ盾が止めるであろうし、デュランダルは恥の上塗りはすまい。サザーランドは無駄に張り合う性格ではない。そして、加護持ちがやらぬなら、最高の魔法使いに勝負を挑む馬鹿は流石におるまいよ」
ひょっひょっひょっと笑うと、爺さんは真面目な顔になってこちらに問うた。
「『試しの儀』は、魔法の精度・魔力のコントロール・効果範囲・持続時間・破壊力・実戦」の六項目に関して行われる。どうだ? 受けるか?」
「受けねば特権は剥奪されるのでしょう? 受ける以外の選択肢はありません」
その内容であれば、少なくとも半分はなんとかなりそうだ。持続時間と効果範囲は勝ち目がないだろう。実戦でそこそこいい勝負を見せれば認めてもらうことはできそうだ。
「ハハッ。いいな。貴公。レスティ・ウォーディアスだったな。俺と試合でも戦おうとする者は久しぶりだ。いいぞいいぞ。存分に力比べをしよう」
上機嫌だ。余程力比べをしたかったのだろうか。
「大体、今の加護持ちはプライドばかりで覇気がない。もっとも男として、俺よりも持続時間が短いとか、量が少ないとか、そんなに奥まで届かないだろとか言われたくないという気持ちはわかるがな。ウワッハッハッ」
うわっ。最悪な下ネタ親父だ。
「だから、貴公が受けてくれたことは喜ばしく思うぞ。俺も長く戦ってきた。そろそろ後進の力を見て安心したい。最高の魔法使いの力見せてくれ」
優しい目で、肩を叩かれる。
どうやら、本当に国の事を考えているようだ。皮肉や嫌味は感じない。下ネタはともかく気持ちいい人のようだ。
「では、明朝より『試しの儀』を始める」
エブレム殿が重々しく告げた。そして、少し申し訳なさそうな顔で続ける。
「正直な、戦争がなくなり、強力な魔獣がいなくなり、平和が続いたことはいいことだが、そのおかげで国を守護するべきである貴族が緩み切っておる。試しの儀への不参加もそうであるし、加護を得たことに満足して碌に使いこなそうとせんこともそうだ。本来は、加護を得たことがスタートの筈なのだ。それを特権階級か何かと勘違いした輩が多すぎる。このままではいかん。本来なら王家が制さねばならぬところだがここ数代王家から加護持ちがでていないせいで、強権が振るえぬ。ガンドローン候は気にかけていてくれるが、南の守りもある。それに候は、言葉を選ばぬので煙たがられているのだ」
まあ、さっきの調子で話しかけていたらプライドの高い貴族は避けようとするだろうことは想像に難くない。
「だからだ。我らは、貴公という、加護を持たず魔法技術の研鑽で高みに立った男に魔法使いの象徴となったもらいたい。技術を磨く事で加護持ちと対等にやりあえるようになる事を一般の魔法使いに教え、加護持ちには、加護を持つだけでは不十分で練磨が必要な事を教える。でなければ、このままでは加護持ちがくさっていくばかりだ」
それは、俺が何度か感じた事でもある。アルナードに勝つために加護持ちについて調べた時、そこには隠しようのない驕りが確かにあった。
「およそ10年に一度の割合でこの国には加護に目覚めるものが出現する。だが、魔法庁はこのままでは女神に見放されてはしまわないか心配する声もある。200年以上続いてきた事ではあるが、もし加護が与えられなくなったらどうなるか。加護を持たない魔法使いだけでも魔獣を止められる様にしなくてはならないのではないのか」
それは理想ではある。ただし、200年で培われた人々の意識はそう変わりはしないだろう。俺が苦労しているの根元がそこだ。
「貴公がウォーディアスでも北方でも行ったように、末端では新たな技術の導入は歓迎されている。これで魔獣退治における結果が出れば少しづつ意識も変わっていくだろう。ただ、末端からだけでは弱い。そして、貴公の実力が疑われれば、技術の導入に難色を示すものも出てくるだろう。今回の疑義は軍部の一部の貴族の嫉みから出てきたものだろうが、魔法庁としては皆の意識を変えるいい機会だと思っておる。だからこそ貴公には健闘してほしい。だが、期待はしているが、『試しの儀』で結果を出さなければ、我らとしては慣習通りの対応をせざるを得ない」
そうして、エブレム殿と四人の魔法庁幹部は深々と頭を下げた。
「極端な話で言えば、ここはこの国が腐るか立ち直るかの分水嶺だと思っている。この話は王家にも内々に伝えて、前向きに対応してほしいとのお言葉をいただいている。貴公に重い荷を背負わせることにはなるが、どうか結果を出していただきたい」
まいった。考えていたよりもはるかに重い話になってきた。嫌味を言われるくらいかと思っていたら、この国の未来がかかってきたらしい。だが、この変化は俺が望んできたものではある。そして王家の肝煎り。これは、今後の当家のを考えれば大きすぎるほど大きい後ろ盾だ。本気で考えなければならない。
「そこまで期待されているということであれば、こちらの要望は聞いていただけるのでしょうか」
「『試しの儀』の結果に手心を加えることなどはできんが要望があれば聞こう」
「では、3つお願いがあります。全力を出すため各項目の測定は日を分けていただきたいこと。持続時間に関して、おそらくガンドローン候は無限に近い時間継続できるのでしょうが不戦勝はやめていただきたい。私の負けがわかっていても記録として継続時間は残しておきたいです。一刻で敗北したのと半日で敗北したのでは意味が違います。最後に、計測に支障が出ないよう戦闘は最後にしていただきたい。よろしいでしょうか」
「構わない。計測の日程に関しては規定はない。当事者がそういうのであれば認めよう。但し一年後などにはできん。魔力を使い切ったとして三日後。各計測に関して三日空けるということであればよかろう。不戦勝にはせず記録を残すのも構わない。戦闘はもともと最後に設定されてある。それで良いかな」
「かまいません」
「では、明日より『試しの儀」を始める』
召喚は1人でくるように指示をされていたので、宿にもどり、待っていてくれたティアさんに事情を説明する。「試しの儀」を受けることになった事、20日ほどかかる事、魔法庁は好意的ではあるが実力を示さなければ厄介なことになる事、最後に「雷神」と戦うことになった事。
「雷神ですか……」
流石に二の句がつげないようだ。俺も聞いた時はこんな感じだったんだろう。
「まあ、なんとか頑張ってみます。殺されるようなことはないと思いますし、いい勝負ができれば及第点と言うのはアルナードと戦った時よりはいい条件ですよ」
「自分でも思ってないようなことを言わないでください」
ティアさんがため息をつきながらこぼす。
「レスティ様の事ですから、全く勝算がないというわけではないのでしょうけど、危ないのでしょう?」
黙り込む。この沈黙は肯定だ。雷神相手に危なくない道などない。
「まあ、もう驚かされることには慣れっこですし、レスティ様ならやり遂げてしまうのでしょうけど、身体は大事にしてくださいね」
無茶を言う。
「ちょっと想定外でしたからね。参ってはいますよ。師匠からは何かアドバイスはありませんか?」
ダメ元でティアさんに聞いてみる。
ティアさんは少し考えてから、呟いた。
「雷神相手など考えたこともないですからね。それに貴方の技術は卓越しています。私からアドバイスできることなんてありませんよ。駄目だったら駄目で事後処理は勿論協力します」
それから、少し間をおいて、続けた。
「私は、小さい頃から不可能に挑んできた貴方を知っています。だから、今回もきっとなんとかしてしまうんだろうと思ってますよ」
寝台に倒れ込んで頭を抱える。
「ティアさんにまでそんなことを。信頼が重いです」
「それだけの事をやってきたんですよ。あなたは。誰もが加護持ちに勝てるわけがないと思っていた中で、貴方は少しづつ運命を手繰り寄せました。私、貴方のことをまるで物語の勇者みたいだと思ってましたよ」
「アルナードは魔王ですか、あいつが聞いたら怒りますよ」
ティアさんが、真紅の瞳で真っ直ぐにこちらを見る。
「私は、だから、貴方を信じています。雷神に勝とうが負けようが、貴方はどうにかしてしまいますよ。なんたって、私の自慢の弟子は『王国最強の魔法使い』なんですからね」
「はぁー、まあ、乗せられておきますよ」
ぼやいてはみるが、少し気持ちが前向きになった。まあ、やるだけやってみよう。