北の仕事にも慣れてきましたが何やらきな臭い気配がします
「南門に双頭氷虎三体襲来!」
伝令が訓練所に駆け込んでくる。ティアの第一小隊、サバの第二小隊は巡回中だ。残っている二小隊に声をかける。
「ナブドラ! 第三小隊で魔獣を牽制。住民の避難が終われば戦闘を。ロローダ! 第三小隊が牽制しているうちに第四小隊で住民の避難及び近隣の警戒。急げ!」
「あいよっ!」
「了解!」
南方人との混血で北方には珍しい浅黒い肌に爛れた髪をしたナブドラはいつものように軽い返事で、小隊長で一番若い生真面目なロローダは短い金髪に手をかざしてピシリと敬礼をした後に部隊を集め出撃していった。相変わらず早い、手慣れたものだ。リンドブルムの兵達は日常的に魔獣と戦っているので練度が違う。
俺も後を追う。北方に来て四ヶ月。魔獣退治にも随分慣れた。北方で気をつけるべき魔獣は三種。機動力はないが腕力、耐久力に優れ、魔素による障壁を展開する雪猩猩、爪と牙に魔力を集中した高い攻撃力と敏捷性が厄介な双頭氷虎、単体ではそれほど脅威ではないが群で現れ、鋭利な嘴で突撃してくる飛刃空魚だ。
よく出没するだけあって対処も決まっており、数の多い飛刃空魚は広範囲の一節二節魔法で、双頭氷虎は速度重視の二節三節魔法で手傷をおわせ、動きが鈍れば剣で対処。雪猩猩が少し厄介で威力重視の三節魔法でも障壁が抜けない場合があるため、時によっては魔法を重ねて当て、倒すのではなく追い払う事を優先する。
四節以上が使えれば対応はしやすいが、四節を使える魔法使いは部隊長四人とあと数人しかいない。
今も、ロローダのよる住民の避難誘導の間、ナブドラの第三小隊は半円に陣をくみ双頭氷虎を牽制している。
「避難完了しました。斥候出します!」
ロローダの報告とともにナブドラ隊も戦闘に入る。
「爆炎・速射・槍!」
「疾・速・炎弾」
半円の陣形から打ち出された魔法が前後左右から双頭氷虎に襲いかかる。回避をしようとするが全ては避けきれない、何発か当たって動きが鈍ったところにさらに魔法の追撃。術者に向かってきた魔獣は抜剣した非術者が対処。うん。完璧だ。
程なくして三体の双頭氷虎を仕留めたナブドラから報告が上がる。
「第三小隊、戦闘終了。双頭氷虎三体、仕留めましたぜ」
「見事だったよ。だいぶ収束魔法も使いこなしてるんじゃないか」
「姐さんの教え方が上手いからですねえ。総隊長は天才肌すぎて何言ってんのかわかんねえんですけど、姐さんは細かいコツとかそいつにあったアドバイスくれるんで。姐さんの魔法講座は順番待ちですぜ」
そうなのだ。北方の兵は収束魔法が有効という事はすぐに理解して学ぼうとしたのだが、俺は上手く教えることができなかった。なんというか、「魔力を圧縮して攻撃力を高め、余剰エネルギーを速度に変換する」事が当たり前にできすぎて、何故できないのかがよくわからなかったのだ。大体自分自身が思いつきや伝聞でやっていた事なので正式に教わったこともない。
一応師匠のティアさんから助言はもらったが、こういう事ができるという話を聞けば大体できたので技術的なアドバイスはほとんどもらった事がないのだ。
『収束魔法の使い方を教えてください』
『いや、ただ、魔力を圧縮してその分速度を上げるだけだが……』
『???』
というような会話を交わしていたら、ティアさんがため息混じりに、交代を申し出てくれた。
『レスティ様は感覚派なので教えるのは不向きです。私が教えましょう。まず、今までは拡散する意識で魔法を撃つ習性がついています。これを変えなければなりません。目標を作り、目標と自分との間に魔力で道を作るような意識で魔法を打ってみてください。一節で大丈夫です』
言われて、尋ねたリンドブルム兵が訓練所の的に向かって炎魔法を放つ。
『炎弾』
『そう炎が真っ直ぐ伸びるイメージで、これを魔力を増やしながら拡散しないように抑え込みます。掌の範囲内に魔力を集める感じですね』
『なるほど、魔力の道に炎を押し込める感じですね』
『それができれば、魔力をあげて、同じように炎の道を作れるようにしていきます。ある程度圧縮の感覚がわかれば二節で速度を付与します。速とか疾とか、速さをあげる詠唱を組み込んでできるだけ速く展開できるようにしましょう。圧縮ができれば威力は上がりますから属性・速度のみの詠唱で練習してください。
あとは、速度の出しやすい槍・弾・矢あたりで射出しましょう。慣れればこんなこともできるようになりますよ』
そういうと、ティアさんは訓練所の的に向かって魔法を放った。
『孤月・疾速・爆炎・弾』
ティアさんから圧縮された炎の球が先程の火球の3倍は速いスピードで放たれ、大きくカーブを描いて的に当たった後爆発した。
見物していた兵達からどよめきがおこる。
『直線で放つ炎弾を続けた後にスピードを上げた曲線の弾丸を死角から。これは対人線でも対魔獣戦でも有効です』
それからは、訓練時間のたびにティアさんの前に行列ができた。なんでも、個人資質に合わせて細かく指導を行っているらしく、あまりにも希望者が多いので正式に週一回は魔法講座を開くことになった。
まあ、ティアさんが美人だからというのもあるだろう。
「そうそう、姐さん美人だから人気ありますぜ。ほとんどはミーハーですけど、ロローダなんかはマジで惚れちゃってますよ。五節が打てるようになったら姐さんに告白しようなんて言ってましたけど、いいんですか?」
一応、ティアさんがウォーディアスのお抱え魔術師であること、恋人などではないことは伝えてある。というか真っ先に聞かれたのだ。
「アプローチするのは自由だろう。あとはティアさんの問題だ」
「へーん。まあ、総隊長がいいならいいんすけどね」
物言いたげなナブドラの視線を躱してロローダを探すと何やら慌ただしい。斥候が向かってくる。
「双頭氷虎、後方にさらに5頭、来ます。第四小隊で迎撃しますか?」
多いな。城壁近辺で8体とは。第四小隊の半分は住民の保護で砦の中だ。第三小隊は戦闘直後。
「俺がやる。第四小隊は引き続き警戒と住民の保護。第三小隊は念の為に後詰めに。取りこぼしたら始末を頼む」
なんだかモヤモヤした気分のまま魔獣に対面する。八つ当たりだがこいつを倒してスッキリしておこう。
北に来て、俺の戦い方も少し変わった。アルナードや加護持ち相手の対人戦はいかに圧縮して威力を高めて障壁を抜くかだったが、素早い魔獣相手では範囲攻撃の方が有効な事が多い。
「瞬・蜘蛛網・氷縛・陣」
自分を中心に氷の網を蜘蛛の巣のように一瞬で張り巡らせる。双頭氷虎の足に触れたところから蜘蛛の網が氷結していく。動きは止めた。
「氷撃・誘導・戦輪」
コントロール自在の、氷で作ったチャクラムを5頭の双頭氷虎の眉間に撃ち込む。これで終わりだ。
すぐ後ろに待機していたナブドラが口笛を吹く。
「相変わらず恐ろしい速さと精度ですね。こわいこわい。5頭を相手に瞬殺で毛皮をとれるくらい傷も最小って総隊長はバケモンですよ」
「言ってろ。本物のバケモンはもっと凄いんだよ」
「加護持ちですか? うちの御大将もなんでしょ? こっちにゃ出てきたこたあないですけど。こわいんすかねぇ」
リンドブルムの当主は数年前に代替わりした。リュドミーラ・リンドブルムという女性だ。確か分家の娘に加護が発現して当主になったということで、当主の嫡男は廃嫡されて北の最果てに送られたという非常に身につまされる話だった。
「さあな。俺も会ったことはない。それより、報告にあったよりも魔獣の出現率が高い。例年と比べてもここ最近急に増加している。何年かに一回の繁殖期だとか、何か理由はあるのか?」
「いや、俺らもちょっと戸惑ってます。繁殖期にしては三種全て出現率が高いですし、こんな事は少なくともここ何年かはなかったですね」
「嫌な感じだな。アラーバマス山脈で何かあったのか。一応、公爵家に報告はあげておく、何か気がついたら教えてくれ」
計測では例年と比べて三割り増しで魔獣が増えている。何も起こらなければいいが。