弟から見た兄 領主に相応しいのは兄さんでしょう
一年が過ぎ、伯爵家の生活にも慣れた、「男爵家の連れ子ね」などと家格マウントを取ってくる人もいないではないが、父も兄も妹も分け隔てなく接してくれる。兄上には及ばないがそれなりに真面目に学び、お兄様の真似をしたがるエレミアと遊ぶ。
楽しい。
先日は氷魔法が得意な兄上に協力してもらって牛乳とバターと砂糖と卵でアイスを作った。エレミアには大好評で「アル兄のちべたいの、食べたい」と暫く付き纏われた。
おおっ! 現代知識チート! と思ったけど、伯爵家の跡継ぎを働かせないと作れないスイーツは流石に流通させられない。
そもそも貴族には火魔法が人気で氷魔法を修める人は滅多にいないそうだ。一般人で氷魔法を使える人は食料の貯蔵用に引っ張りだこで、料理に使う酔狂な人はいないらしく、アイスが流通することはなさそうだった。エレミアのおねだりが出た時のみの伯爵家のスペシャルメニューだ。
そんな日々を過ごしていたある日、起きると髪が金色に輝いていた。思わず鏡の前で「クリ⚪︎ンのことかー!」と叫んでまた変わり者扱いされてしまった。話を聞くと、金の髪はこの国の女神の「加護」の証らしい。おおっ! ついにきたか、転生チート!
なにやら大事になるらしく、教会から加護認定の役人が来て、本物である場合は更に教会本部で精査してから認定されるらしい。
『女神は認めしものに加護を与え、加護は無限の魔力をそのものに与える。加護持つものは臣民の代表として国家の敵を討ち果たすべし』これが教会から渡された文書の1番上に書かれていた文言だ。
試しに兄上と模擬戦をしてみたが、確かに大幅に身体能力が上がっていた。全力のパンチで庭の大木が倒れたし、走っても全然疲れない。兄上の放った炎をはらったら雪玉みたいにはじけて消えたのにはびっくりした。
流石の兄上が「ずるいぞ! ちくしょう!」と叫んでいた。
調子に乗って魔法を払い除けつつ接近して一撃加えようとしたら見たこともないくらいでかい炎の柱に包まれてあまりの熱さにギブアップした。兄上はやはり凄い。しかし、スピードとパワーでは勝てそうだ。
いやー、兄上には何もかもかないやしねえと思っていた僕だがこれで一つくらい勝てるところができるかもしれないとワクワクしていたら、その兄上がお屋敷の執務室の扉の前で紙のように白い顔で立ち尽くしていた。声がかけられない雰囲気だったので、兄上が立ち去った後に部屋の会話を盗み聞きしていたら、加護持ちは跡継ぎをとなることが決められており、その場合兄上は揉め事を避けるため、廃嫡の上辺境送りになるらしい。
いやいや、おかしいだろ! どう考えても政治適正はあっちが振り切れて上だし、あんだけ頭が良くて領内のこと考えてる人を中枢から外したら暴動が起こるレベルだぞ! というか兄上が報われなさすぎるだろ! あんなに優秀で無私で勤勉な貴族の子弟見たことがないのに。
いや、兄上にはなんとしても領主になって僕に適当な職を斡旋してもらわないと。あんな仕事をやらされたら僕が死んでしまう。大慌てで対策を練ろうと思ったが、教会での調査とやらがあるらしい。調査が終わるまでは待遇も保留のようなのでなにかしら言い訳を考えて辞退しよう。
教会での調査の結果、魔力は加護により大量に増えたが、魔力を放出する器官がないため、身体強化しかできないことが判明した。非常に珍しいケースらしい。
僕、ただのゴリラじゃないか!
強化方法を教えてもらって全力でジャンプしたら教会の三階の屋根まで飛んでしこたま怒られた。試しに強化した状態で魔法を受ける実験を行ったが、二節の魔法でもちょっと熱いな、程度だった。
とりあえず、この能力があれば簡単に死ぬことはなさそうだ。攻撃力の方は、自分の体よりも大きい岩を粉々にできた。大概の魔獣は素手で殴るだけで狩ることができるそうだ。
最悪冒険者でも食っていけるな。
半年が経過して家に戻った。父上に、兄上を当主にしないなら出奔する旨を伝えようと思っていたら、兄上から模擬戦を挑まれた。
へへん、前回とは違うぜ! 身体強化の使い方を教えてもらったからな!
全力で身体強化を行い兄上の周りを縦横無尽に走り回る。兄上の放つ氷柱を拳で砕くと、最短距離で間合いを詰める。お、これ勝てるかも? あれ? 全力で殴っちゃまずいかな? ちょっと手加減しておこうか? などと余計なことを考えていたら、至近距離から額にものすごいスピードで氷のナイフが着弾した。
コ、コ、コ、コ、コ、ゴン!
「あだだだだだだ!」
痛え! スピードも硬さもだが寸分違わず同じ場所に着弾した。おかしいだろ! 王都の魔法使いでも止まった人の胴体くらいの的の範囲に着弾したら正確って判定だったぞ! しかも痛い! 全身包む炎でも熱いな程度だったのに兄上の魔法は明確に痛い。
後で聞いたら加護持ちの魔力の壁を破るために魔力を凝縮して固めてあるそうだ。
こんなおかしい技量の魔法使いと戦ってられるか! わしは部屋に帰らしてもらう!
「いってえよ! 本気でやるなよな! 僕の負け!」
全然勝負にならなかった。いや、当てれば勝てるんだろうけど、この正確さと威力を相手に、攻撃を当てるまで戦い続けるのは現実的に厳しいと思う。額はまだジンジンと疼いている。
父上に直談判に行ったが、兄上の魔法の才が思いの外高いのと、僕が加護はあっても魔法は使えないことを鑑みてしばらくは次期当主の発表も、廃嫡も保留ということだ。
よかった。
というか、これ、模擬戦で勝ったら不味かったな。うーん、腕は試したいが、模擬戦はなるべくギブアップしていこう。
それからは、身体強化の鍛錬を行い積極的に魔獣討伐などに参加した。流石というか、加護の力は素晴らしく大方の魔獣は一撃でダメージを受けることもほとんどなかった。
僕、冒険者とかに向いてるんじゃないかな?
勉強は相変わらず、可もなく不可もなく。兄上はもう実務をおこなっているので天と地の差だ。
一応実家の男爵家にお試しで手押しポンプを作ってみたらそこそこ役に立っているらしい。でもなー、石鹸はもう流通しているし、食べ物系は同じ植生じゃないから正直全然わからない。現代知識の出番はもうなさそうだ。ラノベ好きな文系サラリーマンの知識だとこんなもんだろう。たまたま、手押しポンプは夏休みの自由研究でやったのを覚えていたぐらいだ。あとはなー、音楽も創作もパクリならできるが馬脚をあらわしそうだからなー。身の丈にあったことで満足していよう。
兄上は領内の作物を集めて、伯爵家主導で領内の他の場所での育成に適するか、大量生産できるか、特産になりえるかなど試している。
何故兄上が携わっているかというと、土魔法で大規模開墾をしたり、耕作環境を整えたり。土壌の模倣をおこなっているかららしい。
模擬戦も時々行うが、四節魔法を使い身体強化も行うようになった兄上の隙をつくのは難しく、突っ込んでは正確無比な収束魔法の連撃を受けてギブアップするパターンだ。
いつ突っ込んでくるかはわからないはずなのに吸い込まれるように魔法に当たってしまう。単純にセンスが凄い。防御に徹してみたこともあったが、魔法を叩き落とす端から死角になった部分に魔法を打ち込まれ全身打撲になった。まあ、勝ってしまうと跡取り云々が再燃するので勝つわけにはいかないのだが負けっぱなしも悔しい。自分なりにスピードを上げたり、魔力を集中した部分で受けてみたり、フェイントをかけたりと工夫は凝らしていたのだが全然効果がなかった。
後で聞いたらフェイントに至ってはあからさますぎてフェイントとも思われていなかったようだ。マジでセンスが違う。




