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黄金時代

 物心着く頃には父は殆ど寝室で療養していた。俺は、父に喜んでもらうのが嬉しくて、代官として領地の政務に携わるチェスターや家庭教師から学んだ知識を披露しに寝室に行っては、今日覚えた事を父に話すのが日課となっていた。1日の終わりのほんの短い時間だけれど、柔らかく微笑む父に頭を撫でられ、いつも父の看病の為に共にいる母から笑いかけられる時間が、俺はとても好きだった。




「父上、今日はウォーディアスの歴史を学びました。今僕らがこうして領を収めているのは先人が魔法で魔獣を退治したからなのですね」


「そうだ。戦争は終わったが北方の住人にとって魔法は魔獣より民を守る矛、よく研鑽するのだぞ」




「父上、今日は魔法の勉強をしました。僕は魔力が多い方だそうです。氷と土と相性がいいらしいです」


「氷とは珍しいな。魔力が多いことはいいことだ。強い領主がいればこそ、民は安心できる」




「父上、父上、魔法を使えるようになりました。三節魔法が撃てましたよ」


「お前は私より魔法の才能があるようだ。その歳で三節魔法が撃てるなら将来は五節も望めるだろう。貴族にとっては魔法は力の象徴。重要な事だ。私も若い頃には天覧試合などに出たものだ」


「国王陛下の前で戦うんですよね? その話、聞きたいです!」

 




「父上、今日は領の生産物についてでした。南方は産物が多くて羨ましいですね。ウォーディアスにも何か特産があればいいのですが」


「北方の産物は魔獣の素材と材木。兵は精強だが逆に言えば強くなくては生きていけない環境でもある。儂に言えた義理ではないんだがな。レスティも強くならねばならん。強くなくては民を守る事ができないからな」


「はい父上、僕はもっともっと強くなります!」




「父上、土魔法で土地を開発して他領の特産物を育ててみようと思います。戦争も終わりましたし、魔法使いを生産や開発に転用できればいいのですが」


「試してみるといい。領の事はチェスターに任せている。彼は優秀な男だから色々教えてもらいなさい。本当は、儂がお前に教えてやりたいんだが」


「父上が元気になりましたら教えてください。それまではチェスターから学んでおります」




「父上、出入りの商人と話をしたのですが、街道の整備をしなければ中々我が領までは商人を多く呼び込む事は難しいのですね」


「そうだ。魔獣、追い剥ぎ、冬の寒さ、それらの危険なく安心して休める宿、それがなくては商人は危険を犯してやってこない。更に加えて魅力的な商品か、気前の良い商売相手だ。儲けが出なければそもそも商人はやってこない。領を富ます為には領を訪れる者にも利益を与えねばならん」


「はい、難しいものですね」


「お前はその歳にしては、ものの道理がわかっている。素直に教えを乞い、身分の上下なく人の言葉に耳を傾けよ。そうすれば儂などよりよほど良い領主となる」


「父上の名に恥じないよう、頑張ります」


「ふふふ。レスティは本当に父上がすきですね」


「早く大きくなって、父上に安心してもらいたいのです。領地のことなど心配要らない。ゆっくり静養してくださいと。まだまだ力不足ですけど」



 ほとんどは、覚えたばかりの背伸びした内容だったが、幼心に父と母を安心させる為に早く独り立ちしなければいけない事、領地をよく治めるために学ばなければならない事は肌で感じていた。言葉は多くなかったが、目を細めて俺の話をきいてくれて、噛んで含めるように領主の心得を説く父上と、誇らしげに、でも少し申し訳なさそうな顔をして抱きしめてくれる母上が俺は大好きだった。


 やる気はあった。適性もあったのだろう。両親に褒められたいという子供らしい承認欲求も、貴族として領地を護り繁栄をもたらすのが責務であるという使命感もあった。学び、研鑽する事は俺の日常となった。忙しくはあったし、辛くない訳ではなかったが、数少ない家族との時間はそんな事を感じさせないほど俺の心にやりがいを感じさせてくれた。


 実際に、八歳になるまで、乾いた砂が水を吸い込む様に学んだことを吸収した。学ぶことは楽しかった。

 魔力を操ること、魔法を構築することは面白くはあったが、この頃の俺には魔法はそこまで重要ではなかった。貴族としてそれなりの実力を示せればそれで良いと考えていた。







「アルナードと申します! これから母ともどもウォーディアスでお世話になります。よろしくお願いいたします。レスティ義兄上、エレミア」


 元気に溢れた声がエントランスホールに響く。七歳の時、義弟ができた。


「あるなーど、にいさま? えれみあです」


「アルでいいよ。よろしくエレミア」


「ある、にいさま。はい! よろしくおねがいします」


 エレミアが、ちこちこと動いて礼をする。とても可愛い。


「レスティです。よろしく、アルナード。領の事は代官のチェスターが取り仕切っています。家の事はヨアヒ母上と僕に聞いてください」


 貴族は家を守る為、少なくとも妻を二人は娶ることを求められる。家を継ぐもののに何かあった時のスペアとして、家中を取り仕切る当主の部下として、他家との繋がりをつくる婚姻のため、兄弟姉妹は多いほどいい。戦争で増えた寡婦を引き受け生活を安定させる事も貴族の義務だった。名ばかりの伯爵家とは言えウォーディアスも例外ではない。


 父上は体が弱い事もあり、貴族には珍しくヨアヒ母上一人しか妻を娶るっていなかったが、周囲から、俺と実妹のエレミアの二人の兄妹だけでは流石によくないと思われていたのだろう。西方の戦後処理で夫を失ったジェルダン男爵家の第二夫人を薦められて断れなかったそうだ。万事控えめで儚げな印象の二人目の母と、明るい焦茶色の髪と活発な表情の二歳歳下の義理の弟、俺もエレミアも特にわだかまりなく、新しい家族を受け入れた。エレミアに関しては忙しくて遊んでくれない実の兄よりも、このわんぱくで変わり者の兄を大層気に入って追いかけ回していた。


 もともと母上の実家も零落した男爵家で、頼れるような親族もいない。ジェルダン男爵家も当主を亡くし、所領もほとんどなく、夫なき状態で、夫人2人と幼い子供を育てていくのは苦しかったそうだ。紹介してくれた貴族もその辺りは考えてくれていたようで、家中のバランスは崩れる事なく、ステイト第二夫人は母上と共に時節父上の看病をする以外はほとんどを居室で過ごした。


 反対に、アルナードは邸内を探索していたかと思えば、庭で土を掘り返し、虫や小動物を捕まえてはエレミアに見せたり、厩舎に行っては馬を眺めたりと、駆け回っていた。


「兄上、僕もお話を聞いていいですか?」


と、俺とチェスターの政務の話を興味深そうに聞きに来てふむふむ頷いていたので興味があるのか?と聞いてみると、


「全然わかりません。二歳上の兄上がお仕事をしているというので僕にもできるかと思いましたがさっぱりです! 兄上はすごいですね」


と尊敬の眼差しを向けられた。その次の日には、


「兄上! 魔法が見たいです。兄上は氷魔法に適性があると聞きました!」


と、俺に魔法の実演をねだってくる。危なくない様に攻撃魔法でなく、少し大き目の氷塊を出してみたら


「ほんとに夏なのに氷がでた!」


と目を丸くしていた。反応が素直なのでこちらも嬉しくなってくる。そのまま考えこんでいると思ったら突然走り出した。せわしないやつだ。しばらく魔法の鍛錬をしているとアルナードが何かを抱えて走ってきた。


「兄上! コレを魔法で凍らせてください!」


 何かと思えば厨房からラプリコの実を貰ってきたそうだ。ラプリコの実は北部で収穫される水気の多い果物だ。皮をむいて齧り付くと汁が滴り落ちるので会食などでは一口サイズに切って供されるが、豪快にかぶりつくのが一番美味いと思う。しかし、果物を? 凍らせる? 市中の氷魔法使いは氷塊を使って食材の保管を行う仕事があるそうだが……。


「凍らせて保管するのか? ラプリコの実なら今が季節だから待てばいくらでも入ってくるぞ?」


 疑問に思ってアルナードに聞くと思いもよらない返事が返ってきた。


「違います! 食べるんですよ! 適度に凍らせたら冷たくて、汁もこぼれないまま食べられるから美味しいと思うんですよ! 兄上、お願いします!」


 いい考えでしょうとばかりに少し自慢げな表情を浮かべている。貴族の力の象徴を料理に使えと? あんまり突拍子もなくて吹き出してしまった。


「あ、なんで笑うんですか! ほら、うまくいったら父上に持っていきましょう。エレミアにも!」


 変わったやつだ、そして、悪いやつじゃない。正直で裏表がなくて、気持ちのいいやつだ。ラプリコの実の氷漬け、ちょっと美味そうと思ってしまった。


「貴族の魔法を料理に使おうとするのはお前くらいだぞ。怒られるから公言はするなよ」


 念の為に釘を刺してから魔法で果実を凍らせる。あんまり固めると硬いよな。凍って水分は出ないけど噛み砕ける程度か。おっと意外に調整が難しい。


 アルナードと試食しながらああでもないこうでもないと試した結果、口に入れるとしゃりしゃりと噛み砕ける硬さとホロリと溶ける絶妙の加減を掴んだ。二人で顔を見合わせて頷く。


「これ、めちゃくちゃ美味いな!」

「最高です兄上! ほら父上に持っていきましょう」


 あまりに美味すぎて笑ってしまった。騒いでいたらエレミアがやってきたので上手にできたのを食べさせたら、目を見開いてぴょんぴょん飛び跳ね出した。はしたないぞ、妹よ。


 3人でひとしきり騒いだ後、揃って病床の父上と二人の母上に持っていった。母上達は素直に喜んでくれたのだが、父はどうやって作ったのかわかったのだろう。口に入れた後、ちょっと頭を抱えて、それから少し考えた後、口角を上げて一言告げた。


「レスティ、あんまり公にやるでないぞ。ふふ、美味いがな」


 俺とアルナードはそれを聞いて、右拳をぶつけて微笑みあった。


「レスティ兄上と同じ事を言ってますよ。親子だなあ」


 些細な事だが、少し嬉しくて、誇らしかった。


「わたしも! はい!」


 エレミアが俺たちを見て小さな拳を差し出してくる。その仕草が可愛くて、皆で笑い合った。


 アルナードはいつもそんなふうに、突拍子もない事をいいだしては、俺かエレミアを巻き込んで騒ぎを起こしていた。湖に氷の橋を作って水面を歩いている様に見せかけようとか、二階から氷のスロープを作って滑り降りようとか、夏の暑い日に氷の板を組み合わせて氷の部屋だの迷路を作ろうとか。妙な魔法の使い方ばかりさせられるせいで、魔法の制御が上手くなった。まあ、その氷の板を作る魔法、いつ使うのだって話なのだけど。


 エレミアはどれも非常に喜んでいたが、いくつかは父母から大層怒られた。発案者はアルナードなのに最年長だからって俺が怒られるのは理不尽だと思う。でもまあ楽しそうだと思ったのは事実なので甘んじてお叱りを受けた。

 流石に家中のものに、アルナード様がいらしてからレスティ様は素行が悪くなったと言われていたのを聞いた時はしばらく大人しくした。下二人からは不満と苦情と泣き落としの言葉で大いに責められたが、俺のせいでアルナードが悪く言われるのは嫌だった。それくらいには、このちょっと変わり者だが気持ちのいい性格の義理の弟の事を俺は気に入っていた。


 エレミアは始終アルナードと一緒にいた。アルナードも療養中の父、その看病をする母達、父の代理を務めている俺が忙しいのをわかっていたのだろう。事あるごとに、「アルにいさまと探検に行くか? 今日は地下室を見るんだ」などと声をかけて、一緒になって遊んでいた。そのせいでエレミアがみるみるおてんばになってしまったけれど。


 厳格だが暖かい父、優しい母、可愛い妹、変わり者だが明るく頭の回転のいい義弟、幸せだった。

 八歳になるまでは。



 八歳の時、俺は未来の扉が閉ざされる音を聞いた。


 

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