弟の兄への信頼が重いです
「吸魔」で、できるだけ魔力を回収するが焼け石に水だ。不味い、この身体であの義弟と勝負だと。気狂い沙汰だ。だが、やるしかない。重い身体を引き摺りながら控え室に戻る。
「すまない、ティアさん、エレミア。魔力を補給したい。魔力を集める魔法を使うから協力してくれ」
「見てたわよ。カラカラになるまで吸って構わないわ」
「私も、すべて差し上げます。どうすれば良いですか?」
勢いこんで答える二人をソファに導き左右に座らせる。できるだけロスを少なくするために身体を寄せて、魔力を手に集中してもらう。
「レスティ! 大丈夫……ではなさそうだな? 魔力の補給か、私も力を貸すぞ」
飛び込んできたフローレンスが一目で事情を理解して僕の背後に回る。理解が早くて助かるよ。右手をティアさんと繋ぎ、左手をエレミアと繋ぎ魔力を補給する。フローレンスは後ろから両手を、それぞれ繋いだ手に添えてくれた。
呼吸を整え、心を落ち着かせ、手の先の触れた部分に意識を集中する。三人の魔力の波長を探り、波長を合わせた状態で魔力の吸収を行う。繊細な魔力のコントロールが必要とされるが、これで魔力を他者から補給する事が可能だ。
俺が吸魔を覚えてから開発した魔力吸収魔法。通常、魔力の譲渡は難しく、できたとしても効率がひどく悪い。単に魔力を他人に流し込むだけだと最悪肉体の破壊が生じる。しかし、魔力の波長をコントロールする事で同じ波長の魔力なら吸収が容易になる。冒険者にコツを聞いて身につけた技術だ。とはいえ波長のコントロールというのは難しく、俺も魔力に触れる機会が多いこの三人だから可能だが他の人間からは難しい。
教えてくれた冒険者からも、長く過ごした仲間に限り最後の手段として行う事がある程度だと聞いた。百の魔力を譲渡しても、よくて半分程度、通常二割程度しか回復しないので、魔力を渡すなら自分が戦った方が効率がいいのだ。それでも、波長のコントロールを行わない場合の十倍以上の回復が見込めるため、怪我で戦闘不能になった場合や火力役の魔力が足りない時などに使う事があるらしい。
三人分とはいえ俺の魔力量は子供の頃からの鍛錬により常人よりかなり多い。全回復はしないだろう。だが、なんとか戦える筈だ。
「まるでハーレムだぞレスティ。公爵家の麗しい婚約者に、伯爵家の可憐な令嬢、冒険者の野生的な美女、よりどりみどりだ。これで負けたら承知しないぞ」
冗談めかしてフローレンスが囁く。
「そうですよお兄様。レディとの約束は守らなくては大変なことになりますよ」
少し青ざめた顔でエレミアが呟く。
「ここまで尽くしてるんですから、優勝したらお妾さんの件はお願いしますね。きっとフローレンス様もみとめてくださいます」
ここぞとばかりに主張するティアさん。
「ティア、そうかとは思ってたけど貴女、レスティのことを気にいってたんだな。私はかまわないよ。信頼できて腕も立つ、魔力も多いとなれば、頭の軽い貴族の娘よりよっぽど上等だ」
「あら、そしたらこの三人でいつでもお茶できますね。素敵だわ」
なんでエレミアもフローレンスも歓迎ムードなんだ。まあ、ここまで頼ってしまうと俺に何もいう資格はない。黙って魔力の回復に集中する。まだ四割、三人分でも全回復は望めない。魔力のない使用人には頼れないし、魔力がある貴族は疎遠なので頼ることができない。
まだ出番には時間がある、少しでも回復させておくしかない。ソファで魔力の回復に専念していると、珍客がやってきた。加護持ちの証、明るい金髪ににこやかな表情、少し垂れ目で元気いっぱいの、義弟だった。
「お久しぶりです兄上、決勝進出おめでとうございま、ええええ⁉︎」
次に戦うというのに屈託なく話しかけてくるアルナードは室内に入って見た光景に素っ頓狂な声をあげた。
まあ驚くよな。
「ああ、お前もおめでとう。次で対決だ、お手柔らかに頼むよ」
「ありがとうございます、いや、そんなことよりなんで兄上は決勝戦前にハーレム作ってるんですか?」
なんで赤くなるんだよ? フローレンスはともかくティアさんとエレミアはお前も顔見知りだろうが。
「いや、流石にさっきの相手は疲れたからな。在野の加護持ちって凄いよ」
速やかにスルーして、魔力を回復させている事を悟られないように、話題をぼかす。
「……疲れたら兄上は女人をはべらすんですか?」
じっとりとした目で見つめられた。こいつ、ハーレムに何か恨みでもあるのか? 言っとくが俺のこれは違うからな。
「ちょっとレディにねぎらってもらってただけだよ。それよりお前の用はなんだ? それこそ次の戦いは俺たちだぞ」
「いや、そのことなんですけど、次の試合、勝つと僕が当主みたいな話が出てるじゃないですか」
みたいじゃないよ、決定事項だ。
「僕に政治とかできるわけないじゃないですか! 自慢じゃないけど講義の時間ほとんど聞き流したましたよ。実際に従事して、結果も出してる兄上にかなうわけがないです」
頭をかきながら苦笑いして主張するアルナード。
それはほんとに自慢じゃないな。その辺はお前が勝ったら勉強しろ。
「いや、僕はやりたいことがあるので当主なんてまっぴらごめんなんですけど流石にわざと負けるわけにもいかないですし……」
まあ、流石に決勝戦で手抜きは不味い、下手したら家名に傷がつく。俺としてはお手柔らかにお願いしたいとこだがこれは仕方ない。
「でも、兄上なら本気でやっても僕より強いじゃないですか。実際模擬戦で兄上に勝ったことないですし、二年連続天覧試合優勝の『王国最高の魔法使い』ですし」
ん?
「だから。次の試合はバリバリ全開の本気で行きます。観客にも陛下にも、ウォーディアス伯爵家の加護持ちはこれだけ強いと見せつけますので。その上で圧倒的に僕を叩きのめしてください。加護持ちでも敵わないくらい『王国最高の魔法使い』が規格外に強いと示してくれれば、僕の格も落ちないですし、母上も分不相応な夢を諦められます。家中もおさまりますし、全てがうまくいきます!」
おい、ちょっと待て。
なんだその、『兄上ならそれくらいの楽勝ですよね』って表情は。そんなキラキラした目で見つめられても俺もできることと、できないことがあるんだぞ。
「それだけ伝えておきたかったんです。僕は今までで一番の全力を出しますから、兄上も全力でお願いします。では、また後ほど」
言い捨てるやいなや、晴れ晴れとした顔で笑い。踵を返して自分の控室にもどるアルナード。
呆然と天井を眺める俺。
つまり、事情は全て分かった上で、俺ならば全力のアルナードを物ともしないだろうから、今までで最高のパフォーマンスをみせる加護持ちを相手に完璧に上回れと。
弟の信頼が重い! なんでお前そんなに俺の力量を信じてるんだよ! 王国が誇る加護持ちだろ。そんなに簡単に上回れるもんじゃないんだよ! 軽率に本気を出すな! 兄をいたわれ。こっちは魔力切れ寸前だったんだぞ。
「凄い信頼されてますね、レスティ様……」
ティアさんがなんとも言えない表情で声をかけてくる。
「お兄様なら大丈夫ですよ。華麗にアル兄様をさばいてきてください!」
エレミアは、兄様が負けるはずがないって表情で応援してくれる。妹よ、お前もか。
「まあ、模擬戦全勝は事実だしね……。内容はともかく……」
フローレンスが畳み掛けてくる。
はあ、大変なことになった。まあ、予定と何が変わるわけでもない。全てを出し尽くして勝利を掴むしかないのだ。
「はー」
大きくため息をつき、ソファーに横になって天井を眺める。決勝前にぶち込んでくれるものだ。本気のアルナード、実際今までの模擬戦であいつが本気を出したことはない。いつだって少し攻撃を受ければギブアップしていた。攻撃や防御は真面目にやっていたが、真剣みは薄かった。
天覧試合の決勝戦だ、今日はそうはいかないだろう。本当に、本気のアルナードがくる。魔力は六割回復といったところだ。これであの化け物と戦う。
ぶるり。
体が震える。武者震いだ。
なんだかんだで俺は、自分の力を試したかったのだ、どこまでやれるのか、最強と言われる加護持ちに勝てるのか、八歳の頃からその為に練磨してきたのだ。ティアさんにイカれていると評されるような訓練を続けられてきたのも、冒険者たちに相談して魔法の制御を寝る間も惜しんで煮詰めていたのも、この時のためだ。
「そろそろ時間です。準備しましょう。レスティ様」
ティアさんの声で我にかえる。
いつのまにか閉じていた瞳を開く。
覚悟は決まった。
行こう。




