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調子がいい時ほど悪い事が起こるものです

 闘技場では相手が既に待っていた。ダルコス・アルダンというらしい。

 俺もそうだが、大体この天覧試合に出る者は家をアピールする為に華美な衣装を身につけているもんなんだが、貴族にしては簡素な身なりだ。頭に巻いた民族衣装っぽい黒い頭衣だけが異民族風だ。もと流れの魔法使いとかだろうか。


 号令と共に距離を取る。対魔法使いの常套手段、身体強化での奇襲をするべく四節魔法を放つと同時に、魔法にかくれるように相手を中心に旋回、右手側から背後に回ろうとする。魔法があたればよし、回避か相殺を行うならその間に間合いを詰めて近接戦闘でかたをつける。


 ダルコスは回避を選んだ。右手側から背後に回ろうとする俺に対して左手後方の同じ方向に旋回する。間合いを詰めさせない気だ! こいつ、こういう戦い方になれている。そして速い! 並みの魔法使いなら回避しようが後ろをとれるところだが、移動自体が早い。身体強化を使っている。貴族出身でない魔法使いの強みだ。


 砲台として保護されるわけでない一般人の魔法使いは、まず死なない為に身体強化を覚える。そして、対人戦や対魔獣戦のために魔力の収束や詠唱の速さを鍛える。見た感じでうまいとは思っていたが、実践向けに鍛えられている。


 身体強化で上が取れないなら魔力の打ち合いで勝負だ。収束や詠唱の速さならこちらも自信がある。そして、魔力量は幼い頃からの鍛錬で加護持ちでない限り俺の上をいくものはほとんどいない。


「極大・氷雪・蒼龍・放射・砲!」


「極大・極炎・収束・嵐渦・撃!」


 氷の龍を、渦を巻いて一点に収束する炎が相殺する。

 互いに動き回りながら五節魔法を打ち合う。速く、上手い。詠唱で後手に回っても、確実に相殺できるスピードと威力を保ち、何度打ち合いをしても威力もスピードも衰えない。


 何度目だろう。舞台が水蒸気で曇る中で、お互いに相手の魔力残量を見積もる。決勝のことを考えるとずっと撃ち合いをしているわけにもいかない。そろそろケリをつけなければ。


 もう一度五節魔法を放つ。相殺。水蒸気にかくれ、身を低くして左手側から接近する。同時に氷の像を作り、囮として、今日何度か試みている右手側からの旋回のルートを移動させる。これに食いついてくれれば……、かかった! 


 氷像を破壊したダルコスが左手方向へ氷像から遠ざかり、こちらに接近するルートで回避に移る。ここが勝負だ。全身を強化して最大のスピードで接近。気づかれた! だが届く。強化した右手でダルコスの左手を捉え、進行方向に引っ張って体勢を崩すと、左手でマーカーを撃ち抜く風の二節魔法を唱える。勝った。


「収束・指風弾」


 パシュッ! 違和感。なんの? マーカーは破壊されていない! 塞がれた。どうやって? 圧倒的な魔力で!


「あー、バレちゃったか」


 ダルコスがニヤリと笑う。


 不味い! こいつ、この魔力量、まさか、加護⁉︎


 二節とはいえ至近距離の魔法を完全に防いだ圧倒的な魔力の防壁。民間の、加護……!


 加護使い、それも練磨された術士だ。頭の民族衣装は金色の髪を隠すためか! あえて魔力を抑えて加護を隠し、魔法の打ち合いでこちらを消耗させていたのだ。

 のせられた。

 魔力を消費しすぎた。


 貴族でないものの加護持ちは相当に珍しいが存在しないわけではない。若い頃に発覚すれば貴族の養子となるケースがほとんどだが、他国で生まれた場合は、その国で士官するか、冒険者として身を立てる場合が多い。膨大な魔力を所有し、貴族の伝統やルールに縛られない彼らは強力な戦力となるので引っ張りだこだ。


 戦争に傭兵として参加して貴族の魔法使いを抹殺する「魔法使い殺し」や、ダンジョンの踏破で名を馳せた「ダンジョンマスター」が有名だが、冒険者ギルドの戦力としてギルドに籍を置くケースもある。他国から、わざわざ無名の加護もちを呼び寄せたか。


 おそらくダルコスは、対貴族に特化したフリーの傭兵だ。ジェルダン男爵家の差金だろう。俺が負ければ、名ばかりの貴族に負けた男に当主の資格などないと、アルナードがリスクを会わずに後継者となれる。最悪勝てなくても消耗してくれれば儲け物というところか。嫌な手をうってくれる。 


 この男、貴族に勝てるように体術の鍛錬も行なっている上で身体強化をつかいこなし、更に魔法自体も魔力頼りではなく魔力の放出、収束、属性付与のスピードが速い。

鍛錬された加護持ちの魔法使いだ。


 なんなんだ。三回戦から連続で加護持ち、決勝はアルナードだろうから勝ち上がれば三連続加護持ちとの戦いだ。

 そうなれば、王国で一番加護持ちと戦った男だな。


 身体強化では俺の方がわずかに上だが魔法戦は微妙なところだ。撃ち合いをすれば間違いなく魔力容量の差でこちらの負け。かといって三回戦のように切り替えの隙を突こうにも、相手はこういう戦いに慣れている。五節魔法を収束して使える腕前だ、今ところ威力は互角。魔力の差考えるとこのままではジリ貧だ。


 魔力は半分程度まで消費している。近接戦は今ので警戒されただろう。賭けに出るしかない。


 身体強化をしつつ氷像を数体生み出して接近を図る。ダメだ、魔力探知で本体の位置をさぐっている。もうさっきのような隙はない。相手の魔法を回避しつつ吸魔で魔力の回復に努める。


 炎が直ぐそばを薙いでいく。肌が焼ける。チリチリと髪が燃える匂いがする。このまま逃げに徹するにも限界がある。向こうはまぐれ当たりが一回あればいいのだ。勝負にでなければ! 


 身を低くして、五節魔法を回避。後方ではなく前方に向かいながら回避する、熱い。少しでも距離を縮めて、こちらの攻撃へ対応できる時間をへらす。回避直後に詠唱を始め、詠唱しながら距離を縮めていく。至近距離での早撃ち勝負だ!


「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」


 龍を更に圧縮。魔力密度を上げた蒼銀の弾丸を、魔法を放った直後のダルコスに向けて放つ。六節魔法、今の俺の最大の呪文だ。魔力が抜けていく。距離を詰めた分迎撃につかえる時間は少ない。相殺する魔法が間に合わなければ俺の勝ちだ。


「極大・極炎・収束・嵐渦・撃!」


 ダルコスに着弾するかに思えた瞬間。迎撃の五節魔法が完成する。俺の六節と加護持ちの全力の五節。押し切れるはずだ。ダルコスの目の前で氷の竜が炎に包まれて止まる。いや、少しづつ押し込んでいる。ダルコスが龍の頭に炎の渦を集中させる。互いに魔力を込めて魔法の後押しをする。


 蒼銀の弾丸を押し込む俺と炎の盾の密度を上げるダルコス。六節魔法を五節で抑え込む? ふざけるなよ。いくら魔法量に差があるとはいえ、俺の全力をそれで止められてたまるものか! ジリジリと押し込んでいくが炎の壁が越えられない。どうする?


「オオオオオオオ!!」


 雄叫びをあげ、全身の魔力を放出する。

 押し合いをキープしつつ、更に詠唱を行う。後ろからもう一撃加えるんだ。鍛え続けた魔力のコントロールは伊達じゃない! 片手で魔法を維持しながら、もう一方の手で新たな魔法の制御。

できるものならやってみろ! 


「極大・収束・氷雪・蒼龍・放射・砲!」


新たな氷の龍が炎と氷の境界に楔を打つ。凄まじい勢いで水蒸気が上がり、炎の壁が後退する。


「いっけぇーっ!!」


 バキン!

 舞った水蒸気ごと周囲の空間が凍結する。ダルコスが凍結し、マーカーが砕け散る。勝った。


「勝者! レスティ・ウォーディアス殿!」


 勝ち名乗りを受ける。なんとか勝てた。だが、六節魔法の二連発で魔力が空っぽだ。


 身体が重い。

 不味い。

 

 この身体であの弟と決勝? 

 冗談としか思えない。


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