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婚約者候補はとんでもない女でした

「不躾な事を聞いているのは承知している。だから、先に私の事情を話しておこう」


 身じろぎもせずに、射るような視線を向けつつ、彼女は自分の話を始めた。


「私は、どうやら同世代のものと比べて洞察力やら予測力が高いようだ。自慢してるわけではない。単なる事実だ。人が何を考え、何を求め、どうしたいのかがなんとなくわかる。便利だと思うか? 対人関係、政争、商売においても、これは確かに役にたつ。役に立ちすぎる」


 淡々と彼女は話す。


「試しに商売なぞをやってみた。父母から聞く噂、商人の様子、貴族の態度、推察する事は容易い。初めは私の財産から、両親も『経済』のクレアメネスの娘だ、いい勉強になろうと許してくれた。銀貨百枚から初めて三年後、私は銀貨五十万枚を稼ぎ出した。両親は喜ぶよりも困惑していたよ。今では、クレアメネスの収入の四分の一は私が稼ぎ出している。勿論、代々築いてきた情報網の速さと正確性があってこそだが。それさえあれば、こんな事は誰にでもできる」


 できないだろう。驚くべき話だ。多少なりとも領地経営に関わっていたからわかる。戦後、経済が上向きになっていると言っても、年率三倍で運用できたら破格に優秀な商人だろう。十七倍を三年連続? それは外れたら一族滅亡くらいのギャンブルをしたものの数値だ。


「使える才能である事は疑いない。だが、何に使う? クレアメネスの為に稼ぐ事に異論はない。だが、面白さはかけらもない。これは私にとって、四ピースしかない赤子向けのパズルを延々とやらされているようなものだ。では他には? 私に求められているのはクレアメネスの血を絶やさぬよう夫を迎え、子をつくり、領を繁栄させて子孫に渡す事だ。宮廷で出世することも、戦うことも求められていない。せめてな、戦争が続いていれば、戦場という予測不可能の場所に赴くことができた。誰かと競うことができた。だが、平和になったこの国では……」


 彼女は深くため息をついた。長い黒髪が、はらりと顔にかかる。

 信じがたいが、言っていることが本当ならば彼女は未来に絶望しているのだ。俺とはちがう意味で。それほど頭抜けた知性を持ちながら、何も活かすことなく、平和な領地で平穏な日々を過ごす。彼女にとって未来は緩やかな牢獄なのだろう。


 僅かに、憐憫の表情が浮かんだののだろうとは思う。彼女は俺をみて、クスリと微笑んで、髪をかき上げた。


「明察だ。話が早くて助かる。私の未来は閉ざれているのさ。そして、ありがとう。根拠もない自慢話と取るのでなく、真実として受け入れて憐れんでくれる。キミはいいやつだ」


 どうやら少なくとも洞察力に関してはまんざら嘘でもないようだ。


「これから私はひどい事を言うが、怒らずに聞いてくれ。キミと初めて会った時、私は伴侶を探していた。暗黒の未来だ。せめて伴侶くらいは選びたい。愚か者はごめんだ。面白い奴がいい。王国を転覆させるとか、世界を征服するとか、見合った能力を持っていて、真面目に考えるようなイカれたやつなら破滅まで付き合ってもいいかもしれない。一人心当たりはあったんだがダメになってしまってね。同世代の品定めをしていたのさ。才覚のあるもの、そうでなくても、愉快なもの、破天荒なもの、一生を共にできるものがいないかなとな。欲をいえば、私が読めない人間が最高だったんだが」


 そんなやつはいなかった。それはそうだろう。


「うん、いなかった。比較的マシだったのがキミだな。婚約者候補リストには入っていたよ」


 その文脈では、嫌な評価が下される予感しかしない。


「そう渋い顔をするな。まあ、考えてる通り、私のキミの印象はあまり良くなかった。経歴も調べたが、いいとこ秀才。なんでもそこそこできるがいい子ちゃんで野心がない。器が小さい。面白みがない」


 酷い言われようだ。否定はできないが。


「だから、本来この話は終わりの予定だった。話が変わったのはキミの弟君に加護が発現してからだ。私の見立てではキミはおとなしく廃嫡を受け入れるはずだった。無理に足掻くほど愚かではなく、勝算がない事を認められるほどには賢い。反乱や義弟の排斥をするほど感情に身を任せるタイプでもない。だから、意外だった。キミに少し興味が出た」


 顔をあげ、俺の心を覗きこむかのように瞳を見つめ、続く言葉を紡ぐ。


「そういうわけで、君に会いに来たわけだ。キミの率直な気持ちを聞きたくてな。先程はすまない、怒らせれば本音が出るかと思ったんだが、効果がなさそうだったのでな。やめた」


 そういうと、彼女はそれまでの態度が嘘のような、誰にも恥じることのない見事なカーテシーを見せてくれた。


「改めて、フローレンス・クレアメネスだ。教えてくれ、キミの胸中を。単なるポーズでも、流されているのでもないのはわかった。足掻いてもがいて、本当に加護に勝とうとしている狂人なら、僅かな勝算に全てを注ぐ意志と精神力があるならば、私はキミに賭けよう。つまらない人生を、キミの足掻いて、もがいて、這い上がる姿で楽しませてくれ。どこまでも諦めず私の予想を裏切ってくれる限り、代わりに私はキミに全てを提供しよう。私の頭脳も、財産も、クレアメネスの家名も、私自身も」


 この女はおかしい。そう思うと共に、望むべく最高のカードが舞い降りた事がわかった。今の俺にとって、少々おかしかろうが、これは絶対に必要なカードだ。


「エースかジョーカーかはわからないが、俺には切り札が必要だ。断る理由はない」


 それから、俺は今までの事、自分の試した事、やろうとしている事、これからの予測の全てを話した。


 フローレンスは長い話を聞いた後、恐ろしいほど美しい顔で微笑んだ。


「私こそ、ジョーカーを引けたようだ。面白い。こんなに愉快なのは生まれて初めてだ。キミは最高だなレスティ! キミがそのままイカれた努力をし続ける限り、約束しよう。私はキミの相棒だ」


 伴侶でも運命共同体でもない、相棒というのが妙に彼女らしかった。


 望むところだ。どこか壊れた天才少女。要求に応じられなければ切り捨てられるだろう脆い絆。加護に挑むような愚か者には相応しい相棒だろう。


「よろしく、フローレンス」


 右手を差し出す。彼女は心得たとばかりに雄々しく右手を握り返しながら言った。

 

「よろしくレスティ。願わくば長い付き合いにならん事を」


 そして、契約は交わされた。




◇◇◇◇◇


「馬鹿を言うなよ、レスティ。私がどれだけ候補者を探していたと思う。お前ほど愚かでイカれた男などいなかったよ」


 呆れた顔でため息をつくフローレンス。


「まあ、貴族たちは今の戦いでかなりキミを認めたはずだ。氷龍の魔法に、加護持ちに勝ったという結果。これで優勝できなくてもそれほど悪いことにはならないと思う。キミを蔑ろにする事は、負けたアレクセイくん、ひいては加護を貶める事になるからね。辺境送りは避けられるんじゃないかな?」


「伯爵家をでて、王家に使える一代限りの爵位持ちってところか。まあ確かに辺境に放逐よりはましだ。ただ、それなりに色々背負ってるんでね。後二戦、力を尽くすよ」


「ああ、貴賓席から見ているよ。私と婚礼をあげられるように頑張ってくれ!」

 

 花が咲くような笑顔で見送ってくれるフローレンス。なんだかんだで彼女はあれからずっと俺に協力してくれている。茶化すような態度は取るが婚姻も望んでくれているようだ。クレアメネスではお嬢様の我儘と言われたようだが婚約の継続についても随分と尽力してくれたらしい。


「負けられないよなあ」


 負けられない事情ばかりが積み上がっていく。


 控え室に到着すると、エレミアとティアさんが満面の笑みで迎えてくれた。


「お兄様おめでとうございます。素晴らしかったです。もう神々しくて! カッコよくて! やっぱりお兄様は最高ですわ!」


 クルクルと踊り出しそうな勢いで俺の周囲を回るエレミア。


「おめでとうございます。レスティ様。いやー、スカッとしましたよ。それになんですかあの龍! 会場中で噂でしたよ!」


 興味津々のティアさんに、フローレンスにしたのと同じ説明をする。


「思ったより実利的な理由でしたね……。まあ確かに、『氷龍」のレスティなどと異名がついてしまえば廃嫡も辺境送りもやりにくなりますね。バンバン使っていきましょう!」


「お兄様、そうすると焔の不死鳥とか、大地の巨人なんかも出せるんでしょうか?」


「形態付与に修練が必要だから慣れればだね。まあわかりやすい象徴として龍は練習したけど他の形は今はできないなあ。氷龍でなくて風龍や炎龍なら出せるけど、魔力の余裕を考えたら今日は氷龍しか使わないだろうね」


 次は男爵家の養子だったか、魔法を使える庶民を養子にするのはよくある事だ。戦ってるのを見た限りでは上手いがそこまで強くはない。できるだけ消耗を抑えて決勝に進みたいものだ。


「あ、レスティ様。そろそろ出番ですよ」

「お兄様、頑張ってください!」


 二人に見送られて闘技場に向かう。

 次は準決勝だ。


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