命を賭けなければ加護とは戦えないようです
八年前、アルナードが加護を得た日、俺は運命の扉が閉ざされる音を聞いた。
『アルナード様が加護を! それでは!』
『慣例に従いレスティ様は廃嫡の上、家中に火種を残さぬよう辺境に放逐が定め』
『アルミア様は他家に嫁ぐゆえそれほど影響はございますまいが、当主の妹ではなくなります。婚家の格は落とさねばなりますまい』
『クレアメネス家には詫びを入れなければ。レスティ様と婚約解消では角が立ちます。アルナード様と再度婚約という形にしますか? 後継者の交代というのがはっきりしますし』
『それはクレアメネスもいい顔はせんだろう、上がダメだから下ではフローレンス嬢も納得すまい』
『住居はどうします? いつから本宅より移動しましょう。側仕えも辺境に行くなら全員アルナード様に付け替えますか?』
『まだまて、アルナードの加護も魔法庁の検査が終わるまでははっきりせん』
扉越しに聞こえる会話の意味はすぐにわかった。俺は、全てを奪われる。伯爵家当主の座も、良き領主の地位も、同世代の友も、婚約者も、妹の未来も。
腹の底から全身が冷えていく。何の疑いもなく、目の前にあった未来が消えていく。俺の努力や性分とは何の関係もないところで、俺の未来が決まっていく。
俺はその日から運命に抗い続けた。
俺は抗った! 加護に! 運命に! 魔法なんてくそくらえだ!
本当は生産に力をいれたかった。伯爵家の以外からも特産品を集め、伯爵領での育成を試す。それに伴い育成方法を広め、新たな特産物やニーズを作り出す。そんなことがしたかった。
魔法の特性が「地」と相性がいいことがわかった時は喜んだ、大規模な土地や改良や耕作に向いていたからだ。「地」の大容量魔法使いが生産に力を入れれば伯爵領の農耕は一変する。
だが、そんな暇はなかった。身体能力強化、収束魔法、対人戦闘用の魔法、吸魔、やらなければならないことは無数にあった。俺にできたことは魔法の鍛錬以外は、領内の品種の収集と、その育成方法を他の地域に伝えること、それくらいだった。寝る間も惜しんで魔法の改良、研究。倒れるまで身体強化。だれがそんな日々を送りたいものか! 俺にはそうするしかなかった! そうしなければ俺に未来はなかった!
まだ、終わりにはできない。俺を信じてくれたティアさん、アルミア、フローレンスの為にも。抗い続けた自分自身のためにも。
アルナードがこちらに向かってくる。金の閃光が迫る。
これは死ぬかもしれないな。だが、負けたくない。僅かな魔力で打撃のベクトルを逸らす為の氷壁をつくる。割られる。そうだ、種がわかって仕舞えば振り抜かず、一旦氷壁と垂直に打撃を加えて壊してしまえばいい。正解だ、アルナード。
氷壁を砕かれる間に身体能力強化で間合いをとる。時間稼ぎにしかならない。アルナードは強い。単に魔力が高いだけではない。身体強化しかない自分の強みをよく知っている。徹底的に「魔法使い」が嫌がる近距離での直接攻撃に絞り、それを高めている。
身体強化だけでいえば歴史上でも有数の使い手だろう。そして遠距離攻撃は避けるか耐えるかで中途半端がない。防御と攻撃でやれる事を絞ってリソースを最大限そこに割いている。無駄がない。
ずっと聞けなかったことがあった。アルナードは正直で嘘がつけない性格だが頭は悪くない。実際、実家の男爵家ではアルナードが見出したポンプというものが井戸の水汲みに活用されてひどく役に立っているようだ。自分で考えたにしろ、見つけ出して広めたにしろ知識を有効活用できる頭はあるのだ。
そのアルナードが、十分な加護と頭脳を持ちながら模擬戦で連敗するだろうか?
はじめは、幼いからだと思っていた。だが六歳の頃はともかく、十四歳まで両手の指を超える回数の模擬戦を全て敗北するだろうか。
間違いなく、耐えるか、超高速移動と切り返しを混ぜたフェイントを駆使すれば、俺が負ける未来はあった。あいつはいつもギリギリのところで魔法をくらい、ギブアップしていた。勝負に興味はないようだったし、痛いのが嫌だったのも本当だろう。
俺自身アルナードが本気でやっているとは思ってなかった。しかし、あれは、負けたら廃嫡される俺を思いやってことではなかったか。
聞けなかった。
当主の座を巡るライバルが俺の事を気遣ってくれていると知ってしまえば、心が折れてしまうと思ったからだ。
めぐんでもらったと知りつつ、嫡子で居続けることなど俺にはできない。だからといって加護持ちを圧倒することは不可能だった。
勝ったり負けたりは現状維持を意味しない。それは、「魔法の天才と言われる兄に、目覚めたばかりの加護で勝利する弟」という図式に他ならないからだ。
俺が嫡子でいるためには、「模擬戦で歪な加護を持つ弟を完封し続ける天才」でなくてはならなかった。
だから、もしかしてと思いながら、聞くことができなかった。
本気のアルナードと戦って思う。俺はお前の情けでこの場所にいる事を許されていたのか、お前を超える鍛錬をする時間を、お前の温情で与えられていたのか、感謝と屈辱。二つの気持ちが入り混じる。
それでも、いま、負けたいとは思わなかった。
俺は余程負けず嫌いらしい。最後の賭けに出よう。