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戦う度に責任は重くなっていきます

「言い分だと?」 


 訝しげなアレクセイに告げる。


「私は何も自己の利益の為だけに後継に居座っているわけではない。私欲がないとは言わない。だが、私の立場になってみれば貴族の魔法が偏り、加護に頼りすぎている事がわかる。軍の魔法使いの集団運用は有用だ。それは認めよう。だが、現状を見ろ。誰も彼も火魔法、それ以外を使うのは私や貴公の様なほんの一部の例外だ。加護以外で、となると何人いる? 四公爵家ですら己が系譜の魔法を使わない。これで真に魔法は発展するのか? この国の礎は魔法だ。建国の六英雄は火・水・風・土・雷、そしてそのすべてを使いこなした。300年経った今、我らは始祖の技を風化させているのではないのか?」


「聞いたふうな口を! 貴公が魔法を発展させるとでも言うのか?」


 風魔法を主力として使うアレクセイも、内心思うところがないわけでもないのだろう。苛立った様に応える。


「そこまでは言わない。だが、例えば軍には属性魔法を極めた単独行動特化の魔法使いがいてもいいと思う。威力偵察、潜入工作、隠密行動、使い道はある」


「それこそ机上の空論だ。似た様な案は出ていた。結局力量が追いつかないと却下されていただろう」


 吐き捨てるように切り捨てられる。


「集団運用を前提とした魔法使いから、多少できるやつを当てようとしても無理だ。最初から育成を変えなければ」


「面白い意見ではある。武人を多数育てているアザンドゥークなら或いは食いつくかもしれん。だが、実績もなしに軍に育成をかえろなどと言っても何も変わるまい。ならばそれは貴公の願望、いや、妄想だ」


 肩をすくめ、両手のひらを天に向けてアレクセイがため息をつく。


「だから、私が実績になる。個人運用できる特化型魔法使い。デビュタントとはいえ加護二人を倒せば教会も軍も認めざるを得ないだろう。火魔法以外が得意属性のために、軍で活用しきれない魔法使いも生きる道ができる。これが私の目的だ」


 ずっと、考えてはいた。貴族として、加護と対抗するのであれば、己の我儘というだけではない主張は必要だ。これが俺の考える理。所詮生き延びたいばかりの言い訳だろうと言われれば否定はできない。だが、実際に研鑽する中で、切り捨てられた有用な魔法使いの存在を勿体なく思ったのも事実だ。


「この国の為に、魔法を発展させる。それが私の正義だ」


 一瞬、目の前が燃え上がったかと思った。アレクセイの体から魔力が噴出し、濃度で視界が歪む。周囲の暴風は更に荒れ狂い広がっていく。


「貴公にも考えがないわけではない事は分かった。だが! 加護を倒すだと? 今の言葉は聞き逃せん」


 会話は終わりだ。決着をつけよう。


「戯言は! 私を倒してから言うのだな!」


 アレクセイがこちらに歩を進めてくる。闘技場の床が風の刃でガリガリと削れ、その破片が暴風で舞い上がり石礫の嵐となる。強化しない状態で突入すればたちまち挽肉の出来上がりだ。

 

「さあ、もう後がないぞ。大言を吐いたからには行動で実証してもらわねばならん。この期に及んで投降なぞ認めん。見せてもらおうか、貴公の実力とやらを」

 

 迫る死の壁。大火力を放出することしか考えていない今までの対戦者と違い、アレクセイは速射性や連写性を考慮して、遠近両方での戦う術を身につけている。これだけでも大したものだ。だが、近距離戦の経験が少なすぎる。それが俺とお前との違いだ。


 全力で身体強化。そしてを放たれた矢のように、全速で嵐に突入する。


「愚かな! 死にに来たか!」


 侮蔑の声が飛ぶ。

 観客席から悲鳴が上がる。


「それは、どうかな」


 言葉と共に、風の刃の嵐に突入する。


 右前方、やや上方から振り下ろされる死神の刃を身体を開いてかわす。即座に前方へ向かって足元から滑り込み左から頭を薙ぎに来た刃をすり抜ける。そのまま左右から迫る刃を前転して飛び越えアレクセイに肉薄する。


「何故だ! 何故かわせる? 見えない刃だぞ! それほどまでに魔力探知を極めているとでもいうのか⁉︎」


 そこまで俺の探知精度は高くない。そういうのはティアさんの領域だな。たが、見えていれば別だ。


 風の刃が迫る。

 ()()()()()()()()()()()()()()


「これは? 貴公! 闘技場の温度を!」


 そう、先ほど暴風に氷塊をぶつけて氷片が散らばっていたからわかりにくかったろう。話しながら、俺は単節魔法で闘技場の温度を下げると共に空気中の水分を凍結させていた。

 貴族は、ダメージにならない単節や二節の魔法など意に介さない。そして、空気中の温度が下がっても風の壁に囲まれたアレクセイには伝わりにくい。重ねて、暴風とそれが巻き上げる瓦礫と石飛礫は、多少の氷の結晶など隠してしまう。三重の盲点だ。


「単節魔法にも使い道はあるという事だ」


 見えさえすれば、回避は困難ではない。全力で強化した俺は、射出された魔法と競争しても勝てる!

 

 拳が届くまであと二歩、間合いが近づくほどに刃の密度があがる。これは、回避だけでは対応できない。魔力を集中して圧縮された氷の盾を作り、左側より襲いかかる三連に連なった風の刃を後方にそらす。金属にヤスリをかけるような甲高い音が響き、ガリガリと氷がけずられていく。四節魔法でこの威力、流石だ。


 だが! この間合いなら! 


 風の刃をかわし、盾で受けてそらし、間合いに入る。踏み込め! 氷で硬化した拳で直接腹に一撃! ボグリと腹に拳がめり込む。手応えはあった。障壁の上からでも相当にダメージを受けたはずだ。


「ガハッ」


 アレクセイが苦悶の声をあげて、くの字に身体を折る。


 障壁は削った。これで!


「風撃・収束・槍!」


 魔力を圧縮した風の刃が、アレクセイの身体の中心に向かう。


「なめるなぁ!」


 俺とアレクセイの間で爆発が起こった。この間合いで、防がれただと?


「『両断』のデュランダルが、風魔法でやられてたまるものか!」


 爆風でボロボロになったアレクセイの胸に、風の盾が渦巻いていた。咄嗟に俺の魔力集中を模倣したか。恐ろしいセンスだ。

 だが、ここまで、ダメージ受け、体勢を崩し、次への行動に入れていない。二手、こちらが早い。


 距離をとり、身体強化を解除。

 魔力を全身から掌に集中し、魔素を周囲の空間から集める、魔力を散らさないように一箇所に止めず、周囲を循環させながら魔力と魔素を融合し、コントロールしていく。


「くぅ!」


 俺の行動にアレクセイも気がついた。だが、もう遅い。準備万端の撃ち合いで勝利できてしまうから、こういう乱戦からの切り替えに遅れをとる。

 これが、持たざる者が磨いてきた泥臭い技術だ。


 アレクセイが魔力を集中する。だが、闘技場の周囲の魔素はもうこちらが回収している。今から練り込んでも間に合わんよ。


 集中した魔力を解放する。

 一節目、

「極大」─魔力の大きさを、集めた魔力と魔素全てを無駄にしないように魔法に変換していく。この変換効率が魔法使いの練度の見せ所だ。最大威力を出せるように魔力をこめる。


 二節目、

「氷雪」─魔法の属性を付与する。攻撃力から炎や風が選択されやすいが、ダンジョン用に周りに被害を出しにくい氷系や、自然災害時に土系、コントロールが困難だが回避や相殺が困難な雷系などもある。術者と属性との相性で威力も変わる。貴族は戦争用に鍛えたという側面から伝統的に炎使いが多い。俺と相性のいいのは氷系と土系だ。

 

 三節目、

「蒼龍」─魔法の形態を指定する。通常はあまり使われる事はない。威力に関係しないからだ。しかし、戦争中は放った後、それを見た味方を鼓舞し、敵の戦意を挫くために使用されたそうだ。中興の祖と呼ばれたバルビヌス・マクシムス王は炎の獅子の魔法を得意としたことから、焔の獅子王と呼ばれたという。


 四節目、

「放射」─魔法の範囲を指定する。通常は前面に放つ放射が多いが、範囲指定をして放つ「陣」や「獄」、限定範囲に放つ「孤月」「扇」、攻撃範囲を絞る「槍」「弾」「刃」などもある。今回は前面に力を集中する。


 五節目、

「砲」─最終節までの魔法の規模、属性、形態、範囲を一つの魔法の形に紡ぎあげる。


「極大・氷雪・蒼龍・放射・砲!」


 暴風の壁を切り裂くように、蒼竜が一直線に相手を目掛けて飛んでいく。いかに保有魔力が多かろうが、あれだけ周囲の魔素が枯渇した状態で、さらに初動が遅れれば迎撃はできまい。風の盾の防御に変えたとしても、竜の形に魔力を固めることで、貫通力も高めてある。

 銀色の閃光が走る。


 アレクセイは。まだ練り込まれていない魔力で迫る龍を迎撃しようと魔法を構築する。魔法の撃ち合いで遅れを取るなど考えたこともなかったのだろう。


「馬鹿な! 加護もない。その程度の五節魔法で。この私が! 私は、私は加護だぞ!」


 取り乱したアレクセイを喰らう蒼龍。全身が凍結する。

 マーカーがくだけちった。


 まあ加護持ちの魔力なら死ぬ事はない。やはり、練磨していない加護持ちなら攻撃・防御・継戦能力は高いとはいえ、乱戦に持ち込めば隙はある。


 呆然とした審判が、いくばくかの間をおいて、ハッと顔を挙げて宣告する。


「しょ、勝者! レスティ・ウォーディアス殿!」


 会場全体がどよめく。

 悲鳴と怒号と歓声が空気を震わせる。

 公式戦での加護持ちの敗北なぞ予想したものはいなかっただろう。誰もが驚愕の表情を浮かべている。そんな中で、スラリとした赤毛の美女と、銀髪の愛らしい少女だけが、満面の笑みで俺に両手を振っていた。ちょっとはしたないぞ、エレミア。

 

 ずっと俺を信じてくれている小さなレディーに、右手を高く掲げ応える。


 会場のどよめきは、次第に称賛と祝福の歓声と拍手に変わっていった。


 あと二戦。この大会、加護持ちはアレクセイとアルナード以外参加していない。通常の魔法使いならば問題ない。どうやら万全の状態でアルナードと戦えそうだ。


 幼い頃から模擬戦を重ねてきたが、一度も勝った気にさせてくれた事はなかった二歳歳下の義弟。魔法を使えないという歪な加護を持ちながら、外れ加護という声を実力で黙らせた通常の加護持ちの数十倍厄介な、尊敬すべき義理の弟。


 今日がお前との決着の日だ。




 パキパキと氷の砕ける音がして、ガラリと氷塊が床に倒れて砕ける。氷漬けとなっていたアレクセイが出てきた。体表の氷を落として、頭を振っている。見た感じマーカーは砕けても、ダメージはほとんどないようだ。まあ加護だものな。


「完敗だな。こうなってしまったからには何も言うことはできん。見事だった。先の非礼は詫びよう。貴公の力を侮っていた。すまない」


 先ほどまでの狼狽から、憑き物が取れたように、さっぱりとした顔で頭を下げるアレクセイ。言動は少々偏っているが、責任を背負おうと言う気概に、弱者に守ろうとする姿勢だとか、基本的な姿勢はまっすぐなんだよな。色々言われたが、なんだか憎めないやつだ。


「ただ。私が負けたのは私自身が未熟だからだ。加護の力不足ではない」


「それは重々承知している」


 実際「雷神」殿や「賢人」殿、どころか、エイミヤス殿でも勝負にはならないだろう。


「だが、私に勝った男が、魔法を使えない加護に負けてもらっては困る。デュランダル家を負かしたのだ。優勝してもらわねば私の名誉に関わる。付け加えて言うならば、教会派のアルナード殿に国王派のレスティ殿が勝って優勝なら、国王派の貴族も貴公のことを認めざるを得ないだろう」


 思わずため息がでた。勝つほどに、責任は積み重なっていく。


「ま、大変なのはわかる。少しいい気味だよ。この後、私は針の筵だからな」


 そう言ってアレクセイは、今日初めて、年相応な、イタズラっぽい表情を浮かべて拳を突き出しできた。


 こちらも拳を突き出した。

 コツンと拳を当てた後、ウインクして、精一杯の虚勢で応える。


「任せろ」


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