奥の手を出しても加護の壁は厚いです
闘技場に行くと、既にアルナードは舞台に上がっていた。短い金髪がぴょんぴょんと跳ねている。調子は良さそうだ。
舞台に上がり声をかける。
「アルナード、俺も今日は本気で行く。今までとは違う。お前を倒す為に積み重ねた八年をかけた全力だ。『王国最強の魔法使い』の力、見せてやるよ。お前も全力で来い」
「ええ、兄上、僕も本気で行きます。覚悟してください!」
いつものようにニコニコしながら、嬉しそうに応えるアルナード。お前はいつも真っ直ぐでいいな。
はじめの掛け声と共にアルナードが突っ込んでくる。いきなり全開だ。こちらも身体強化で距離を取るがスピード合戦では分がわるい。
「圧縮・氷雪・蒼龍・鞭」
この魔力では無駄使いはできない。圧縮した氷の鞭でアルナードの進行方向を薙ぐ。キィン! 破裂音。左腕の一振りで鞭が粉砕される。四節では足止めにもならない!
そのまま振りかぶってパンチがくる。避けられない。
「収束・圧縮・氷壁」
受け止める壁ではなく、パンチの方向を逸らす為に軌道上に斜めの氷壁を形成し頭への直撃は避ける。避けられない部分に魔力集中して耐える。
それでも頬から耳まで皮膚が裂け、血が吹き出た。これくらい大したダメージではない。まともに当たったらとんでもないスプラッター映像が出来上がりだが、お前、捌けると信じて攻撃してるんだよな。信頼がこわいぞ。
「こんなかわし方する人いなかったですよ。兄上は凄いなあ」
手をプラプラと振りながら、嬉しそうな表情を浮かべるアルナード。
まあ、近接戦闘に備えている貴族の魔法使いなんて俺くらいしかいないだろう。
さて今度はこちらの番だ。動きの止まったところに魔法を打ち込む。
「極大・氷雪・蒼龍・放射・砲」
五節。いつもの模擬戦ならあたればギブアップを奪える威力。
即座に回避される。流石にあたってはくれないか、真っ直ぐこちらに向かってくるアルナードに魔力を回収しつつ再び魔法を放つ。右前方に進路を変え、魔法をかわすアルナード。
馬鹿正直に突っ込んでくるだけだった模擬戦とは違う。切り返し、突っ込んでくると見せかけてさらに弧を描いて後ろに回ろうとする動き、身体強化で魔法使いを相手をする場合の常套手段。だが、それは俺が王国最強の魔法使いと呼ばれるようになるまでに幾度も選択した戦闘方法だ。身体能力に圧倒的な差がなければ成立しない。こちらも身体強化ができる事を忘れるなよ。
氷壁と四節魔法で突進させない様に機先を制し、吸魔で回復を行いながらカウンターを狙う。速い。そして隙がない。相手の動きが俺よりも速い以上、まともに戦ってはあてられもしない。策が必要だ。
四節の風魔法を周囲に放ち土煙を起こす。
アルナードは加護で自身の魔力が強い代わりに探知系は苦手だ。狙いを狂わせることができれば……。
「無駄ですよ! 兄上。見えています!」
旋回して突っ込んでくるアルナード。
そのまま、振りかぶって全力の拳を目の前にある頭にぶち当こむ。破砕音。続けて鈍い音が響く。
「ぐおお、いってえ!!」
土煙の中に作った氷の俺の彫像の頭を粉砕されたのと同時に五節の収束魔法をアルナードの頭にぶち込んだ。ドゴォと響いた鈍い音は、しかし、氷が割れる音だった。
ほとんど無防備の頭にあてて圧縮した氷の塊の方が砕けるってどんな石頭だよ。それで痛い程度なのか! 五節ではダメだ! 勝てない。
頭を押さえながらなおも笑うアルナード。
「痛い痛い。模擬戦ならギブアップするところなんですけど流石に気合い入れないといけないですからね。今のくらいなら耐えてみせますよ」
「すまないな。今のが効かないなら、俺も本気を出す。無理だと思ったらギブアップしろよ」
これから出すのは、対アルナード戦の秘策。加護持ち相手でないと、そして評判度外視で勝たなければならない場合でしか使えない手だ。
「怖いなあ」
「笑いながら何をいう」
怖いのはこちらの方だ。
ローブから短い杖を取り出す。
「杖ぇ!?」
そうだよな、驚くよな。
杖は魔力の制御を容易にする初心者用の補助具だ。
ほとんどの場合魔法を使い始めた者しか使わない。魔力を杖の容量に合わせて魔法を使いやすい形に変換する。
俺は、杖の許容量を俺の魔力に合わせて上げ、魔力の圧縮だけを行うよう改造した。俺にしか使えない高価な使い捨ての道具になるが、これで六節魔法を実質五節で使うことができる。更に、制御言語を重複させる事で制御の簡易化を図る。
切り札として、ローブと上衣に隠した無数の杖。これで最大魔力を放出、圧縮だけは杖の力を借りて行い、圧縮した魔力を更に束ね、属性、形態を付与する。本来の六節魔法の威力には及ばないが、連写が可能になる。今の状態でつかえる最大の攻撃はこれだ。
「(圧縮)・圧縮・極大・氷雪・蒼龍・砲」
擬似六節魔法! これでどうだ! くらえ!
ベギン! パキィン!
氷塊ができるとともに乾いた音を立てて杖が砕け散る。構わない。次の杖をローブから取り出して連続して氷塊を作り続け、闘技場に向かって放つ。
ガガガガガガガガガガガガン!!!
ドラムロールのようなリズミカルな打撃音が響く。重く固いものがぶつかる振動で空気まで震える。残りの魔力はおよそ四割。空っぽになるまで打ち続ける! これで倒さなければ負けだ!
高密度・高速度・高重量の魔力を圧縮した氷柱が舞台を全て埋め尽くしてバースデーケーキに刺した蝋燭の様に林立する。直撃を避けたとしてもこの質量で押しかためられれば流石のアルナードも無事ではない筈だ。
魔力をほとんど使い尽くし、杖も全て尽きた。ハァハァと荒く息をつきながら、舞台を見つめる。終わったか?
ガガァン!!
轟音と共に氷柱が砕け散る。
……届かなかった……。
「ハァーッ! ハアッハァーッ! 凄い! 死ぬかと思った! 本当に凄いですよ兄上!」
哄笑しながら現れたアルナードは頭から血を流し、全身がボロボロ、服など雑巾のようになっていた。だが、戦意は全く衰えていない。
魔力は、加護持ちの膨大な魔力は三割程度まで減少している。ここまで魔力のなくなったアルナードは初めて見た。だが、届かなかった。八年をかけた鍛錬も、専用の魔法具も。貴族の加護持ちにも、鍛錬した民間の加護持ちにも通じた力が、王国最強の力が、通用しなかった。
俺は、俺の運命はここで終わるのか。