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誰もが重荷を背負っているのです

 「はじめ!」


 三回戦の開始の合図がかかる。

 先程、可愛い妹を侮辱してくれたデュランダル公爵家の加護持ち、アレクセイは闘技場の中央で傲然と腕を組み、俺を待ち構えていた。


「こい。加護の力を見せてやる」


 腕をとき、手のひらをくいと曲げて俺を招く。その言葉と共に、体から魔力が立ち上った。彼を中心に噴出する、常人を遥かに超える魔力。物理的な圧力を感じるほどだ。あるいはアルナードを上回るかもしれない。闘技場が彼の魔力で覆い尽くされる。観客席からも、感嘆の声があがっている。

 言うだけのことはある。


「だが、俺も初心者の加護相手に負ける訳にはいかないんだよ」


 魔法の使える純粋な加護持ちとはいえ加護が発現したのは10歳の時だという。加護として過ごした年数はアルナードの半分程、まだ充分に練り込まれいないはずだ。この試合に勝てないようではアルナードに勝てるわけもない。


「愚かだな。確かに、私の力は充分に練磨されているとは言い難い。『雷神』殿や『賢人』殿とはくらぶるべくもないだろう。だが、加護を持たぬ者に及ぶ領域ではないわ!」


 アレクセイ殿が魔力を溜め始める。先程ですでに闘技場を覆い尽くす魔力だったのが更に膨れ上がる。並の魔法使いなら魔力量の差で、撃ち合った時点で敗北が決まるだろう。畏怖すら感じる。戦う前に戦意を喪失させる規格外の魔力と威圧感。だが、俺にとって()()()()()()だ。

 息を吐いて、身体の力を抜く。


「では、持たざる者の力をお見せしよう」


 こちらも魔力を高め、体に循環させる。最大パワーを瞬時に発揮できるまでに一秒も必要ない、弛緩した身体を瞬時に戦闘態勢に切り替え、身体強化、そのままアレクセイに向かって全速で突進する。ティアさんに教わった冒険者流の、少ない魔力をピンポイントに身体の各部に配分して行う身体強化。まだ相手は魔力を溜めている段階だ。威力があろうが遅いんだよ!

 

 一歩、初速から最大速度で疾走する。大きく、飛ぶように脚に力を込めて闘技場の床を蹴る。時の流れが遅くなったように、周囲の光景がゆっくり背後に流れていく。


 二歩、観客席から歓声があがる。あの魔力量を示した加護相手に、俺から仕掛けるとは思わなかっただろう。だが、これが最適解だ!


 三歩、こちらのやろうとしていることに気がついたアレクセイの顔に驚きの表情が浮かぶ。距離をとっての撃ち合いに応じるかと思ったか? それはお前の土俵だ。都合よく事が進むと思うなよ。


 四歩、アレクセイの顔が驚愕に歪む。そう、あと二歩で近接戦の間合い。こちらは準備万端。そら、迎撃は間に合うか?


 五歩、身体を捻り死角に滑り込む準備をしつつ、余った魔力を指先に集中してマーカーを破壊する為の魔法を唱える。これで、王手(チェック)だ!


「収束・風撃・そ……」


「ふざ! ける! なーッ!!」


 アレクセイを中心に爆風が吹き出した。死角に滑り込む為にステップを踏んだところに風圧が巻き起こる。バランスを崩され、たたらをふんだ。機を逃した。一旦間合いを取らねば。


 魔法の詠唱を中断してアレクセイの背後に回るように移動して態勢を立て直す。この奇襲で決めたかったが、そううまくはいかないか。しかし、焦りはしただろう。

 今の爆風は俺が初めてアルナードと戦った時と同じだ。魔力を変換して魔法に精製するのが間に合わず、周囲全体に精製する魔法未満の「現象」が暴発したのだ。規模は大きいが、内容としては魔法初級者がよくやる失敗の一つだ。誇りある公爵家の加護としては屈辱だろう。少し煽っておくか。


「おやおや、制御を失うなど練達の魔法使いを輩出するデュランダル公爵家らしくもない」


 荒く息を吐きながらアレクセイ殿が顔をあげこちらを睨む。

 すまんな。こっちも余裕があるわけではない。何をしようが、どんな手を使おうが勝たせてもらう。多少の挑発で集中力を削ぐ事ができるなら願ったりだ。


「貴公、一、二回戦では手を抜いていたな」


 意外に冷静だ。怒りは感じるが感情は揺らいでいない。


「必要以上に力を出していないだけだ。こちらはアレクセイ殿ほど魔力に余裕がない。無駄遣いはできないからな」


「ふん、思ったよりやるのはわかった。次はこちらだ」


 まずいな。揺らがない。激昂することも焦ることもない。14歳にしては落ち着きすぎじゃあないか。


 再び魔力がアレクセイの周りに集まる。いや、これは……。


「風刃・繚乱・速射・撃」


 溜めの時間は僅かだった。すぐに高速・中威力の風の刃が大量に射出される。高威力・広範囲の戦時用の魔法はやめたか。クソッ、対応が早い。


「貴公が貴族らしい魔法の撃ち合いをしないならそれで構わない。そちらの戦い方に合わせるだけだ。さて、これで身体強化での突撃はできまい。遠距離攻撃は風の刃が防いでくれる。どうする? 魔力切れなど待っても無駄だ。私はこの程度なら日が落ちるまで続けられるぞ」


 クレバーだ。遠距離での撃ち合いができないとなれば、即座に溜めが少なく手数の多い中距離魔法の乱打に切り替えてきた。それでいて刃の一つ一つにマーカーを粉砕するくらいの威力がこめられている。魔力でおおよその位置はわかるが、見えない刃を接近して掻い潜るのは難しい。こういう時に風魔法は厄介だ。デュランダル公爵家の始祖は「両断」の異名をもつ建国の六英雄の一人。戦争で火魔法が主流になっても、公爵家の誇りにかけて始祖の魔法を磨いているのだろう。立派な事だが、こちらは一苦労だ。火魔法ならもう少し打つ手があるものを。

 この距離を保てば避けること自体は簡単だが近づけなければ攻撃ができない。遠距離での撃ち合いと持久戦は相手に分がある。


 試しに氷弾を打ち込む。音すら立てずに氷の塊は削られて消失した。


 大きさを変えて何個か打ち込む。頭はどの大きさの氷塊が2秒でちりとなった。人体がどうなるかは考えくたくない。


「やるなあ」


 思わず感嘆の声が出た。


「緊張感のない男だな。そんな余裕があるのか? 私はこのまま魔法の範囲を広げながら間合いを詰めていく。闘技場の端で惨めに圧殺されのが嫌なら負けを認めるか? それとも貴族らしく大威力魔法の撃ち合いをして散るか?」


 ゆっくりと、こちらに歩を進めるアレクセイ。


「……いや、素直に称賛している。貴族らしい魔法などというから、それしかできない頭の固い伝統馬鹿かと思ったら、相手に対応して戦い方を変える柔軟さと判断の早さを持っている。その風魔法連打、修練を積んだものだ。状況に対応できる引き出しを用意している。立派なものだ」


 戦闘中でなくて、俺の相手じゃなければ拍手してやりたいところだ。


「私が貴公を嫌いなのはそこだ! 確かに魔法の修練はしている。並の魔法使いではない。それは認めよう。身体強化は正統とは言い難いが100歩譲って戦いのために研鑽しているのならば、まあ良いとしよう。そして、その観察眼。領主としても中々の器だと聞いている。そこまでの素質を持ちながら、何故王国の事を考えない!」


 アレクセイが足を止め、苛立ったように叫ぶ。


「考えているさ、戦争が終わったんだ。これからは民を豊かにする時代だ。魔法の使い方も含めて、経済に目を向けるべきだ。東のデュランダルは交易で、南のサルマーエルは穀倉地帯、貴公らはいいだろう。だが、西と北はまだまだ民が寒さと飢えに苦しんでいるんだ」


「なればこそ、貴族は王家のもと一丸となり改革をすべきなのだ。領内の権力争いなどしている場合ではない!」


 勝手な事を!


「やりたくてやってるわけではない!」


 なにもしていないのに己の全てを奪われようというのだ、抗って何が悪い。


「王家には100年加護持ちが生まれていない。戦争の最中、加護を掌握していたのは教会だ。現在も『雷神』『賢人』の王国二強は教会派、国王派は、私を含め三人。私がいうことではないが皆若く、さらに一人は女性だ。貴公が素直に家督を譲っていれば、国王派のウォーディアスからアルナード殿が参入し、実績はともかく人数で国王派が盛り返すことができた」


 確かに、王国と言うが王家の影はこのところ薄い。戦地にせよ、魔獣討伐にせよ、最終的に最も頼れる武力が王家ではなく教会のもとにあるからだ。今のところは教会が直接政治に口を出すわけではないが、援軍の欲しい貴族はどうしても教会の顔色を窺う事になる。


「だと言うのに、貴公が素直に家督を譲らなかったばかりに、ジェルダン男爵家は教会派閥に取り込まれた。これで国王派は数の上の優位すら失った」

 

「……」


 彼が妙に敵意をぶつけてくるのはこれが原因か!

 確かに、国王派からみれば大局を見ずに己可愛さで国を傾けかねない愚行を行っている不心得者という事になるのだろう。

 だからと言って、俺だって流されるまま全てを失うなどごめんこうむる。

 

「私は! だから、貴公を倒して加護の力を万人に示し! 貴公の弟も倒して次代の加護の旗手が誰かをここで見せつけねばならん!」


 腕を組み、傲然と立つアレクセイが、誰かと重なって見えた。

 立ち昇る魔力と覇気、荒れ狂う風の刃、恐るべき姿のはずなのに、どこか脆く儚く見える。


「……加護に、派閥に、貴族の威信に、王国の未来か、小さいのに背負い込みすぎだろう」


 まったく貴族ってやつは。

 幼少期、病床の父に代わって領地を統べなければならないと決意した時、8歳の頃、自分の力だけでこの運命と戦わなければならないと悟った時、エレミアも領の協力者の運命も自分の両肩に乗っていると実感した時、俺も、そんなふうに、押しつぶされそうになりながらなんとか踏ん張っていたのだろう。

 俺もお前も大変だな。 

 

「……」

「何をぶつぶつ言っている。さあ、来るがいい!」


 少し見直した。これは真面目に応えねばならないだろう。姿勢を正し、頭を下げる。


「煽るような発言をした事を謝罪する。貴公の背負いし重責と覚悟、四公爵家の次期当主に相応しいものだった。だが、私にも私の言い分というものがある」


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