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ティア・スタント これだから貴族ってやつは嫌いなのよ

「知っているか? お前の兄は誇りなき戦い方で名をうったからかろうじて廃嫡されていないが、この天覧試合で化けの皮が剥がれればそれも終わりだ。次期当主は義弟のアルナード殿。魔法を使えない中途半端な加護といえ、加護は加護。当主となるべきなのだ」


 廃嫡は一応のところ確定ではないのだが、おおかたの貴族はそのように認識しているようだとレスティ様も言っていた。慣習が伝統になり、伝統が共通認識になると。だから、それを覆すのはなまなかな実績ではダメなのだと、苦笑していた。


 エレミア様も、この事はもうご存知だ。小さな頃は伏せていたらしいが、成長すれば流石にわかる。ある程度物の道理がわかるようになった頃、レスティ様が説明していた。


「そして、先程抽選が発表された。三回戦の相手は私だ。四公爵家、デュランダル家の次期当主。アレクセイ・デュランダル。本当の加護の力をみせてやる。つまり、お前の兄の廃嫡は決定事項ということだ」


 傲然と宣言するアレクセイ様。

 自信満々ね。公爵家の次期当主で加護持ちといえば、立場も実力も及ぶものはそういない。偉そうな子供に育つわけだ。顔は整ってるけど可愛くないこと。


 「そんなこと……、やってみなければわからないわ」


 エレミア様が小さく呟いた。


 相手が公爵家、いや、加護と分かったからか、少し冷静になったようだ。先刻ほど熱くなってはいない。よかったわ。流石に加護に喧嘩を売ろうとするなら止めないといけないとこだった。


「おやおや、やってみなくてはわからないだと? 困ったものだ。この国で加護の力をわかっていないものがいるとはな。加護とは常人とは隔絶した力、いかにお前の兄が策を練り、手段を問わず挑んできたとしても、その程度で埋まる差ではない」


 呆れたようにアレクセイ様が嘆息する。魔法に詳しくない女子相手に大人がないと思ったのか、語気がおだやかになった。教師が小さな子供に道理を説くように、エレミア様を見つめ、ゆっくりと語りかける。


「言っておくが、私はお前の兄が嫌いだ。加護を重んじず、貴族の誇りをないがしろにし、のうのうと八年もの間次期当主として振る舞う。教会派と国王派の勢力争いを考慮しても許し難い。お前の父もそうだ。療養中であっても当主ならば加護が発現した時点で加護持ちを次期当主に据えるべきなのだ。のらりくらりと次期当主の決定を先延ばしにしおって、庶民の範たる貴族が身内に甘いところをみせてどうする。私達は、庶民より税をとり労働を課す。豪奢な衣服に住まい、贅沢な暮らし、特別な待遇を受ける。その代わりとして、強く、正しくあらねばならん。国民を守り、国のために働き、法を守り、なすべきことを成す。それが高貴なるものの義務だ。貴族の待遇だけ享受して、義務を果たさないなど許されざることだ。手加減などせんぞ」


 意外だわ。嫌なやつかと思ったが言ってる事は思いの外まともだ。レスティ様にも事情はあるとはいえ、苦々しい気持ちにはなるというのはわからなくない。


「だが、まあお前には同情の余地がある。加護持ちが次期当主になるのも、廃嫡された当主が辺境送りになるのも、王国の安定の為には仕方ない事だ。だが、戦時も終わったこのご時世に姉妹にまで類を及ぼす事はなかろうにとは、私とて考えなくはない」


 あら、実は結構いい奴なのかしら。まあ、私達庶民からみたら、なんで直接家督を争うわけでもない無力なエレミア様の立場が悪くなるんですか? なんだけど、歴史上、家督を奪われた当主の妹が己を愛した加護持ちを、兄の為に毒殺した話などがあるらしい。辺境送りになった元次期当主が反乱というのも戦乱の時代は当たり前のようにあったそうだ。だから、教会に預けると見せかけて毒殺とか、弟妹含めて皆殺しとかが常套手段だったとか。お貴族様、怖い。


「聞けば、三節魔法まで使えるそうだな。魔力を持つ貴族の子女は貴重。三節魔法まで使える逸材ならば強い魔法使いを産む事ができるだろう。辺境や教会に送るのは勿体無い。何処かの貴族の子弟に嫁ぐべきだ。アルナード殿もウォーディアスの家督相続に関わりのない家ならば文句はないはずだろう。なんなら私が引き取っても構わない。婚約者は二人いるが、公爵家の第三夫人なら悪くはなかろう」


 うわー、最悪。ドン引きだわよ。女は資源か財産か!


 これだから貴族ってやつは嫌いなのよ! しかもこの子、これ善意で言ってるわよね。上から目線の善意の押し付け、高位貴族のもとに嫁ぐのが女の幸せ。全くどいつもこいつも貴族ってやつは!


 魔力を持つ女は、次世代に強い魔法使いを産むことが期待できるので貴族に人気がある。実際に魔法が使えればなお良い。貴族というだけで魔力の素養自体はほとんどのものが持っているが、魔力量は異なるのでここはかなり重視される。魔力婚という言葉があるくらいで、一人目が魔力が少ない場合、二人目の夫人には魔力の多いものが選ばれる事が多い。冒険者の魔法使いが貴族の妻となるのはこのケースがほとんどだ。私もどれだけ声をかけられ、その度に貴族が嫌いになっていったことか。


 おっと、エレミア様が震えている。いや、恐怖ではない、怒りで震えている。まずいまずい公爵家の跡取りにめったなこと言っちゃ駄目ですよ。大好きなお兄様の悪口を聞かされた後にこれですよもん。気持ちはわかりますけど、落ち着いて!


「どうした? 今ならまだおそくはない。頭を下げて私の慈悲にすがるがいい。追放される元当主の妹が加護の配偶者になるなど破格の待遇だぞ。その名誉と幸運と私の温情に感謝し、誠心誠意公爵家の繁栄に力をつくすがいい。義理の兄となるのならば、お前の無能な兄も大怪我まではしないように計らってやろう」


 こいつ、殴ってもいいかしらん? 一瞬そんな考えが頭をよぎるくらいには腹が立ってきた。公衆の面前でよくもまあここまで尊大な物言いができるものだ。エレミア様は大丈夫かしら……。


 ブチッ


 あ、切れた音が聞こえた。スナップを効かせた平手打ちを振りかぶるエレミア様を急いで止めに入る。


「ダメです! 気持ちはわかりますけど落ち着いてください、エレミア様」


 腕を掴み、声を抑えて話しかける。いや、淑女の力加減じゃないですよ、これ。


「ティア⁉︎ 止めないでくださいっ! この方っ! お兄様を言うに事欠いて無能呼ばわりしたんですよっ! 一撃だけでも食らわせないとっ!」


「公爵家相手に何しようとしてるんですかっ!」


「騒がしいですね。アレクセイ殿、当家の者が何かしましたかな?」


 揉みあっていると聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。エレミア様も気がついたのか体から力が抜ける。レスティ様がきてくれた。


「なあに、次の試合で貴公が負けるから、今のうちに身の振り方を考えておいた方がいいと親切に忠告していただけよ」


「それはご親切に。しかし、家中のことはこちらで決めますゆえお気遣いなさらなくても結構。それに……」


「勝負はやってみなくてはわかりますまい」


 静かに告げるレスティ様。あー、これ怒ってる。


 多分、貴族の子女が子供を産まないのは勿体無いあたりからきいてたわね。普段は温厚を絵に描いたようなレスティ様だが、廃嫡になった場合エレミア様を巻き込むことになることを気にしているので、エレミア様には激甘なのだ。


「ふん! 加護持ちの私になんの加護もない貴公が勝てるとでも? 世迷いごとを! 加護のいない天覧試合で優勝して調子に乗っているようだな。次の試合で身の程を教えてやる。『両断』のデュランダルの秘術、見せてやろう。貴公が廃嫡されたら、行く当てのない貴公の妹に、貴族の在り方をみっちりしこんでやるわ」


 言い捨てると、アレクセイ様は肩を怒らせて控室にむかって去っていった。大事にならなくてよかった。


「ほら、エレミア様。あまり無茶をしないでくださいね。寿命が縮まりましたよ」


「私、間違ったことはしてないわ」


 俯いたアルミア様は、目を潤ませて唇を噛んでいる。


「エレミア、気持ちはありがたいけど、危険な事は避けてくれ。世の中信じられないくらい愚かで粗野な人間がいるんだよ」


 レスティ様も流石に宥めてくださるが、エレミア様は余程腹に据えかねたようだ。左右に下ろした手を白くなるまで握り締めて震えている。


「……私、間違ってないわ!」


 震える声を絞り出すようにあげる。


「加護がなんだっていうんですの! お兄様は努力してきましたわ。王国最強と言われるまでにどれほどの試行錯誤をしたのか。私は見てきました。その努力をしながら領地経営を考え、地理を、歴史を、政治を学び、実績を作り、己の力を示してきたではありませんか! あんな何もわかっていない男に私の大事な兄様を馬鹿にされるいわれはございません!」


 レスティ様が目を丸くしている。珍しい事。

 すぐに、くすぐったそうな顔で、エレミア様の頭を撫でながら優しく語りかける。


「ありがとう。俺の代わりに怒ってくれて。でも、加護はこの国を守る為に重要な力だ。無論加護だけが全てではないけれど、そんなふうに言ってはいけないよ。アレクセイ殿の言動はいただけないが、彼なりに国の事を考えての一面もある。そして加護持ちの英雄たちの活躍でこの国は成り立ってきたんだ。貴族の中で加護を否定する言葉は禁句だ。たとえ何があろうと胸にしまっておきなさい」


「わかっております。失言でした」


 小さくなってあたまを下げるエレミア様。


「大丈夫。俺の為に怒っくれたエレミアにあんな事を言った事には、俺も怒ってるからね。次の試合はエレミアの為に本気で戦ってくるよ」


 ぽんぽんと頭を叩き、穏やかな笑顔をむけて行ってくると告げるレスティ様。アルナード様以外に本気を出すなんていつ以来でしょうか。 

 

 よほど腹に据えかねたのね。


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