ティア・スタント レスティ様は自己評価が低すぎると思います
レスティ様は自己評価が低すぎると思う。まあ、身内というか二歳下の弟君が、加護を得て、己の長年の研鑽を一瞬で乗り越えていくのを見てきたのだから仕方ないのかもしれないが、それにしてもだ。
今も恐ろしいほど精緻な魔法のコントロールを見せて一回戦を勝ち上がったが、当人は、「俺は他の貴族がやらない身体強化と魔法の収束という反則技に手を出しているだけだ。皆が魔法技術を磨けば俺程度の優位など簡単にひっくり返るだろう」くらいに思ってそうなのが腹立たしい。
そんなわけがあるか! 魔力の微細なコントロールは冒険者の技術だが、あんな風にコントロールできるものなど冒険者ギルドのAランクでもそうそう見たことがない。
そもそも、レスティ様は最大で六節の魔法を打つことができるのだ。初歩の「炎撃」や「大炎・直刀」など一節、二節の魔法は魔力があるなら多少の訓練で使えるし、発動だけなら庶民でも可能なものは多い。しかし、魔法の属性、威力、方向、放出範囲、速度を細かく決めるほど魔法は複雑になり制御するべき文字数が多くなる。
五節を撃てるのならば宮廷魔術師になれる。六節など半ば伝説の領域だ。王都に著名な「賢人」様は撃てるらしいが、私はレスティ様以外で六節魔法を撃てるものなど見たことがない。その制御と威力を出せるものが、微細なコントロールまで行っているのだ。
冒険者の方が貴族よりはるかに数が多く、更にその人数が日々改良の努力をおこなっていてさえ、あのような瞬時の魔法展開、高速移動しながら対象の補足、適切な魔法選択の判断、魔力の収束ができるものなど居はしない。もし、貴族が全員ポリシーを捨てて魔力のコントロールに力を注いだとしても、レスティ様程の微細なコントロールを行えるものは数名だろう。
あの方は本当の天才で、まさしく王国一の魔法使いなのだ。
そしてその天才性と努力は領地経営においても発揮されている。当の本人は代官のお手伝い程度の認識だが、民間からの人材の登用、新知識の速やかな検証と伝達と公布、末端の領民が富めば、統治者も富むという思考による手厚い施策、ウォーディアス領の生活はこの六年で明らかにいい方向に変わっている。
アルナード様は悪い方ではないが、領地経営に向いているかというと疑問符がつかざるを得ないし、その母君に至っては浮世離れしすぎていて、領民のためという発想が出てくるのだろうかと考えてしまう。
なんとか、天覧試合に勝利して、レスティ様に伯爵家を継いでいただきたいというのは、伯爵家家中の少なからぬ者のもの希望となっている。
もっとも、私が初めて伯爵家に関わった頃は敵だらけとは言わないまでも、腫れ物扱いではあった。努力はしているが、いく末の明るくない仮の当主。そんなところだった。六年かけて、ようやく味方風向きが変わってきた。それでも、加護を当主にという声は未だ大きい。加護持ちが当主になった場合の労役免除や税制の優遇というのは大きいからだ。
男爵家にしてみれば計算が違っただろう。当主が亡くなり家の存続が危ぶまれる状態で現れた加護持ち、しかも伯爵家に一年前に引き取られ養子になったというタイミングの良さ。このまま次期当主となり、数年後には病弱な当主より当主の座を譲り受ける。降って湧いたような幸運だ。きっと輝かしい未来を夢見ていたに違いない。だが現実は、八年経っても次期当主の座は決まらず、廃嫡されるはずの嫡子は徐々に声望を高めている。
もう、あちらも後がない。どうやら後継の目は無さそうだと見切りをつけたものもいる。もともと男爵家にも人手も資金も余裕があるわけではない。この天覧試合が最後のチャンスだろう。たからこそだろうが、ここで巻き返そうと何やら企てている気配がある。無茶な事をしなければいいんだけど。
レスティ様本人は、廃嫡されれば功績を上げさせないために辺境に送られることも、婚約が破棄されることも、軌道に乗り始めた政治施策が中止され、抜擢したブレインが解散させられるだろうことも承知しているし、この天覧試合が巻き返しの機会だとして少々後ろ暗いことまで行われる可能性がある事も知っている。最悪暗殺の危機まである事も気がついているはずなのだが……。
「なんか、能天気なのよね。ほんとにわかってるのかしら?」
もう、かれこれ六年の付き合いだ、彼が真面目に勝とうとしているのはわかっているのだが。
「私の人生貴方にベットしてるんだから。負けたら承知しないんだからね」
二回戦の舞台に立った彼を見ながら、ポツリと呟く。
長い銀髪を後ろにまとめた華奢な後ろ姿。青い瞳の端正な、柔らかい雰囲気をまとったローブ姿。まったく、あの時の坊やが格好良くなったものだ。こんなことさえなければ、その柔らかい物腰と美貌から、貴族の御令嬢からひくてあまたのアプローチを受けていただろうに。世の中ままならないものだ。
「勝負あり! レスティ・ウォーディアス殿!」
瞬殺だ。周りの観客も彼を讃える声でもりあがっている。
「さすが二年連続優勝の王国最高!」
「恐ろしく強ええ、もしかするともしかするぜ」
「すごーい! レスティさまー! 素敵ー!」
まあ加護持ちとあたるまでは問題なく勝ち進むだろう。王国最強の異名は伊達ではない。さて、大好きなお兄様を応援に来てたのであろうエレミア様を見つけた。挨拶をしておこう。
進行方向で何か騒ぎが起こっているのか人だかりができている。何かあったか? 急ぐ。人をかき分けて進んでいると、細いがよく通る声で貴族と言い争いをしているのが聞こえていきた。エレミア様だ。
「レスティ兄様は王国最高の魔法使いと言われるほどに努力をしてまいりました。昨年も一昨年も天覧試合に優勝して実績を残しております。それの何が気に入らないというのですか?」
兄と同じ長い銀髪を編み込んだ小さな令嬢が、フードを被った若い貴族──衣服からして明らかに高位の貴族だ──に向かって背筋をピンと伸ばして一歩も引かないという構えで抗議しているのが見えた。あちゃー。エレミア様、お兄様が大好きすぎて、お兄様のことになると引かないからなあ。
おおかた、目の前の男がレスティ様の悪口でも言っていたんだろう。
「お兄様? お前、あの詐欺魔法使いの妹か? はん、度胸はあるが、魔法の事には詳しくないみたいだな。お前の兄は王国最高の魔法使いなどと呼ばれてはいるが、たまたま加護持ちがでていない天覧試合にまぐれで優勝しただけの偽物だ」
高位貴族の子弟らしき男が吐き捨てるように侮辱の言葉を発した。態度はともかく、言っていること自体は、貴族の中でそれなりに主流の意見ではある。加護持ちがいない大会で優勝したとしても特筆するほどのことではないと。それが、勝ち方の鮮やかさとあの貴公子然とした外見のおかげで、庶民の人気を集めて王国最高の魔法使いなどと持て囃されている。面白くないと思っているものは多いだろう。なにせ、ファンクラブまであるからな、あの子。
「いや、それよりもタチが悪い。貴族の誇りを忘れ、よりによって冒険者のように身体強化などを行い、卑怯にも背後や死角からこそこそと魔法を当てて勝利を盗んでいる。民に選ばれた者の力を見せつける機会なのだ。貴族ならば堂々と! 正面から! 魔法の撃ち合いをするべきなのだ! それで力が及ばないなら仕方がないというもの。勝てないからといって小手先の技に頼り目先の勝利だけを得てどうする。我らに求められているのは戦時に迫り来る敵を薙ぎ払うための火力だ。天覧試合はあくまでそのデモンストレーション。その暗黙の了解を無視して勝手に振る舞い、あまつさえ加護持ちを蔑ろにするその増上慢よ。三回戦ではこの私がお前の兄に身の程というものを教えてくれる」
そういうと、男はフードを取って顔を見せた。その頭髪は金色に輝いていた。
「加護……」
エレミア様が息をのんだ。
この大会に出ている加護は二人しかいない。一人は言わずと知れたアルナード様。もう一人はデュランダル公爵家の次期当主アレクセイ・デュランダル様。今年14で天覧試合初出場となる王国期待の魔法使いだ。同じ加護持ちだがアルナード様が魔法が使えないため、実質、優勝候補の筆頭と言っていい。なるほど、貴族の中の貴族って感じの言い分なはずだ。
天覧試合は若い貴族の顔見せの意味もあり、成人して役職についているものは出ないので、たまたま加護持ちが出ない年に連続優勝したレスティ様を運とまぐれで名を売った者として苦々しく思っているものも少なくはない。
アレクセイ様はその筆頭だろう。そして、正論だがお堅いことだ。やっぱり公爵家とかになると貴族の誇りとか、庶民の見本とか、選ばれしものの義務とかを教育されて育つんだろうか。いや、私、ウォーディアスくらいゆるいところで働けてよかったわ。
しかし、まだ十二歳の女子にそんなことを言わなくてもいいものなのに。
これは、助けに入らないとまずいかもしれない。あんまり貴族と揉めたくないんだけどなあ。




