典型的な貴族の魔法には弱点があります
試合開始の合図と共に、一回戦の相手、尊大な口を叩く華美な服装の対戦相手が、腕に魔力を集中させる。確かランサール侯爵家の後取りで、今年から参加したやつだ。貴族のボンボンによくいる、過大に実力を評価されて勘違いしているタイプ。
多分、己と同格以上の相手と魔法戦闘をした事がないのだろう。生来の豊富な魔力量でゴリ押しをして今まではなんとかなってきた。天覧試合ではよく見る光景だ。貴族らしい威力特化の魔法を放とうとしているのがわかる。
「マーカーごと燃え尽きるがいい! 極大・炎獄・砲!!」
腕に集まった魔力が燃え盛る炎に変換され、数十人は焼き殺せるであろう火勢がこちらに向かって放たれる。空気が沸騰し、陽炎で相手の姿が歪む。まともに食らったら消し炭も残らない威力だ。天覧試合は怪我をしないよう魔力に反応して吸収、一定量の魔力で砕け散るマーカーを判定用に採用しているが、それでもまともに喰らえば数ヶ月はベッドの上で過ごすことになるだろう。
実際魔力量は大したものだ。この大会に出ているメンバーでも上位10人には入るであろう魔力に、それに相応しい高威力・攻撃範囲。これぞ貴族という見本のような魔法だ。まあ俺にとっては慣れたものなのだけれど。
「吸魔・氷壁・風陣」
周囲の魔素を吸収して炎の勢いを削ぎ、吸収した魔素から炎を相殺する氷と風の壁を作り上げる。
「収束・指風弾」
指先に魔力を集め、相手の胸のマーカーに一直線に風の弾丸を射出する。これでおしまいだ。
「ハーッハァー! 燃え尽きたか? ほら、天才などと言われていてもこの程度よ。まあ、相手が悪かったな。ンガッ‼︎」
自分の魔法が効かないなどと考えたこともないのだろう。哄笑するボンボンに炎を裂いて風の弾丸が命中する。何が起こったのかもわからなかったに違いない。マーカーを破壊してそのまま体に弾丸が炸裂する。
マーカーを破壊する威力程度にしてあるので死ぬことはないが、油断したところをぶん殴られたようなものなのでそこそこは効くだろう。悶絶している。
まあ、明らかに過剰な威力の魔法を撃ってきてるのだからこれくらいは仕方ないというものだろう?
「勝負あり!」
審判の声が響く。次は宮廷魔術師のおっさんだったか、楽だといいんだけれど。
「流石ですね、レスティ様。見事な妨害魔法に遮断防壁。傭兵や冒険者の技術をこうも身につけておられる貴族様は他にいないんじゃないですか? 余裕だったじゃないですか」
控え室に着くと、ティアさんが出迎えてくれた。
「さっきみたいな典型的な貴族の魔法で工夫も変化もない相手なら楽なんですけどね……」
この王国の魔法使いは伝統的に威力と攻撃範囲に注力している。戦争のやり方を魔法使いが変えたと言われる様に、1人で多人数を薙ぎ払える魔法使いは、砲台として戦場で強力な力を発揮した。
当然手柄を上げた魔法使いの地位は上がり、現在の貴族の先祖になったのだが、時代が変わっても、威力と攻撃範囲、魔力総量を重視する慣習は残った。
戦争の時も魔獣討伐の時も、軍人に求められるのは広範囲高威力の魔法を適切に放つ事、ほとんどの場合個人の駆け引きなどは起こり得ない。それならば、属性まで含めて同じ運用をできた方が組織としてはありがたい。
だから、魔法使いの優秀さ=魔力と威力と攻撃範囲という図式が成立した。
そうして、貴族の使う魔法は殆どが威力と範囲だけを重視した一撃になっていった。
ついでに言うと、建国王の属性という点に加え、軍での運用のしやすさと威力の出しやすさから基本的に貴族は火属性魔法を好む。俺のように氷属性メインというのは珍しい部類にはいる。まあこれは属性との相性もあるのだけれど。
そうなってしまえば、天覧試合の様な機会でしか使わない対個人戦魔法を研究・改良するモノ好きなどほとんどいなくなる。必然、試合内容は大火力の撃ち合いという展開になった。
職業軍人で魔法戦闘の研究を行う者、魔力が少なくてそれをカバーする必要がある者、対人・対魔物戦闘を日常的にこなす必要がある冒険者、余程の事情がない限り、九割の貴族は大魔法を数回撃つ魔力があれば問題なく過ごす事ができる。少なくとも北部、東部、南部での争乱や、国内の治安維持に対処する軍の魔法使いはそのように育成されていた。
例外は西部のゲリラ対策部隊で、ここだけは軍隊同士の戦いにならず、街に紛れ込んだテロリストや、砂漠から忍び寄る暗殺者と戦う必要上個人の武を重視する。西部のアザンドゥーク公爵家が武門の家と言われる理由である。ただし、中央より距離が遠い事、運用の違いなどから西部は西部で独立して兵の育成を行い、天覧試合を始めとする武道大会にはほとんど出場しない。俺が名前を売る為に武道大会に出場しまくっていた時、歳の近い加護持ちであるアザンドゥークのエイミヤス殿とかち合わなかったのはこれが理由だ。正直助かった。
余談だが、武門の家アザンドゥークの戦士は中央の魔法使いを「一人で戦えない軟弱者」とよび、中央の貴族はアザンドゥークの魔法使いを「戦うことしか頭にない狂戦士」という意味で、「アザンセルク」と呼んで侮蔑するが、当の本人たちは、その呼び名を気に入って使うこともあるくらいだそうな。
加護と戦う必要があった俺は、一対一での魔法戦のスペシャリストにならざるを得なかった。
四年間公式戦無敗のカラクリは、集団戦を想定した大火力・広範囲の魔法を使う貴族たち相手に、対人戦を基本とする傭兵や冒険者の技術を取り入れて、魔力の吸収による防御と継戦能力の獲得、魔力の収束による攻撃力の向上を行い、最小の魔力消費で戦っていたからだ。
弟の様な化け物に一対一で勝つためにはそれくらいしか選択肢がなかった。通常の貴族には全く必要のない技術だ。だから、別に俺が強いわけじゃない。言ってみれば皆が正々堂々魔法の打ち合いをしている中、俺だけがズルをしている様な物だ。
実際、市民や下位貴族からはともかく、上位貴族や教会のお偉いさんには俺の戦い方に眉をひそめる人もいる。『皆が堂々と魔法の撃ち合いをしているというのにウォーディアスの孺子は撃ち合いを避け、あろうことか身体強化などを使って正面からではなく背後や死角から魔法を撃って勝ちを拾っている。けしからん』というわけだ。言いたい事はわかる。彼らからすると俺はレギュレーション違反をしているのだ。
だが、身体強化は禁止されているわけではない。加護持ちのように豊富な魔力がなければ使いこなせないから誰も使っていないだけだ。加護持ちの代表である「雷神」が得意としているのだから皆、表立って文句は言えない。
反感をかってばかりではない。数は少ないが、創意工夫する事を褒めてくれる貴族もいた。若手や地方貴族にはこの傾向が強かった。凝り固まった運用をするより新しい事を取り入れて強いならいいじゃないかといったところだ。
俺自身は後ろめたく思うところがないではない。「王国最高の魔法使い」などという呼び名が虚飾である事は俺が一番わかっているのだ。
しかし、弟に勝つためにはこの戦い方を磨くしかない、魔力の消費を抑え、最小の魔力消費で勝ち抜き、全力で加護を抜く、アホみたいに魔力量の多い弟の加護をぶち抜くためには、広範囲魔法では不可能だということを八歳の頃に嫌というほど思い知った。
後継問題は天覧試合の優勝によってかろうじて留保されているが、加護持ちを後継者にという声はやはり強い。
陛下の目の前で直接対決で勝てば、後継者と認められるが、負ければ廃嫡一直線となる。今年の天覧試合が盛り上がってるのはこの運命をかけた兄弟対決、「王国最高の魔法使い」対「魔法を使えない加護持ち」が目玉になっているのもある。
他人事だと思って気楽なものだ。
「ほら、そろそろ出番が来ますよ」
もの思いに耽っているとティアさんから声をかけられた。一回戦は初陣の貴族が多いから勝負が早いのだ。
さあ、二回戦だ。
闘技場の中央で濃い緑の宮廷魔術師の正装をまとった相手が俺を待っていた。
「レスティ殿、この度は胸をかりさせていただきますぞ」
「若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
どうやら一回戦の相手とは違い性格的には真っ当な人みたいだ。こちらも無難に挨拶を交わす。
「はじめ!」
開始の掛け声がかかった。




