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王国最高の魔法使いですが、本日廃嫡されそうです

「レスティ・ウォーディアスを廃嫡し、ウォーディアスの家名を剥奪する! これは教会の総意であります!」


 国王陛下、教会の重鎮、高位貴族、そしてこの国の英雄が集まる紅玉の間で、会議が始まるなり俺は廃嫡を宣告された。


 特に俺に何か瑕疵があったわけではない。自分で言うのもなんだが身体の弱い父の助けになれるように、小さな頃から領の経営を学び、礼儀作法に、他領との交流、馬術に武術、魔法と研鑽を積んできた。それなり以上にうまくやれていたとおもう。ただ、義理の弟に女神の『加護』が発現した。それが全ての始まりだった。


「陛下、御裁可ください」


 教会の、おそらくはそれなりの身分なのだろうシワひとつない法衣をきっちりと身に纏った壮年の男が、敵意を隠そうともせずに俺を睨みつけ、国王陛下に奏上する。


「ベルモンド枢機卿だ。加護信奉派の中心人物だな」


 隣に座っている婚約者のフローレンス・クレアメネスが耳打ちして教えてくれた。襲爵もしていない名ばかりの田舎伯爵家の息子には宮廷の人間関係などさっぱりなのでありがたい。クレアメネス家は「経済のクレアメネス」と呼ばれるほど手広く事業を行っている。三女ながら彼女も事情通だった。


 本来なら他国の使節を迎え、和やかに会談が行われるはずの部屋は豪奢な内装と国宝級の調度品で飾られていたが、それを楽しむ余裕などなかった。

 この会議の結果によっては俺の人生は終わるのだ。


「そう結論を急ぐな。まずはこの一年の成果を聞こうではないか」


「陛下、何度も申し上げております様に女神より加護を授かりしものは王国の敵を討ち、民を守護する国の要にして英雄。その力ゆえに様々な特権を与えられるのが古くからの習い。加護を得たアルナード殿をウォーディアス伯爵領の継承者にするのは至極当然でございます。女神の加護を蔑ろにするというのは、教会を、ひいては女神を無碍に扱われてるのと同義でございますぞ!」

 

「何も教会を軽んじている訳ではない。そう熱くなるな」


 陛下が苦笑しつつベルモンド枢機卿を宥めるが、勢いは止まらない。


「その昔、加護を得た六人の英雄が魔獣を倒し外敵を退け、この国、イリュースアルダ王国を建国いたしました。六英雄のリーダーは国王となり、王を助けた聖女は女神を讃える教会を創始した。その成り立ちから、教会は女神を信奉し加護を持つものを庇護するが役目。何度言われても我らは加護を持つものを継承者としない事には納得しませんぞ」


「その通り。陛下もこの100年の戦争における加護の活躍はご存知でしょう。常人の数百倍に相当する魔力量と回復力をもつ並の魔法使いとは一線を画す存在。戦況を一人でひっくり返す英雄。だからこそ彼らには様々な特権が与えられているのです。加護を冷遇して他国にでも出奔されたらどうなさるおつもりです?」


 畳み掛ける様に教会関係者が訴える。俺を廃嫡し、加護を得た義理の弟、アルナードを嫡子とせよ。何人かの貴族が同調するかのように頷いた。殆どの貴族は教会と同じ意見だ。わかっていた事だが、俺の立場は薄氷で、いくつかの事情が絡む事でかろうじて留保されているに過ぎない。

 手のひらに汗が滲む。だが、状況を覆したくとも、今の俺に発言権などない。求められるまでは事態を見守るしかないのだ。

 膝の上で握りしめた拳が、柔らかい感触で包まれた。隣にいるフローレンスと視線が合う。落ち着けという視線に、大丈夫だと頷いて、会議に意識を戻した。

 まだ序盤だ、焦るんじゃない。


「だが、アルナード・ウォーディアスは完全な加護を得たわけではない」


 陛下が具申を退けた。痛い所をつかれた教会関係者が言を紡ごうとするのを制して陛下が続ける。


「だからこそ、この様な会議を行なっておるのだろう。さあ、話を聞こう」


 陛下から促された教会の関係者が説明を始めた。


「加護認定官のアーサーです。アルナード殿ですが、魔力は他の加護持ちと比較しても遜色なく、平均的な宮廷魔術師のおよそ四〜五十倍の魔力をお持ちです。これは現役の加護持ちの中でも極めて高い方で、おそらく現在最強と謳われる加護持ちである『雷神』殿に次ぐ魔力量かと思われます。身体強化の適性も高く、先日も教会騎士団の練達を複数相手に模擬戦で完勝致しました。近接戦闘での公式戦はこの二年で無敗でございます」


「おお、まさに『雷神』並ではないか」


 列席者から感嘆の声が上がる。

 

 建国より300年、この国は魔法を武器に戦う事で領地を守ってきた。魔法を使う事はこの国の貴族にとって重要な役割であり責務でもある。

 そして、この国には女神の『加護』というものが存在する。建国の六英雄をはじめとして、女神の加護を受けたものは黄金に輝く頭髪と莫大な魔力を授かる。常人の数百倍に相当する魔力量と回復力、戦況を一撃でひっくり返す超高出力の魔法、視界全てを埋め尽くす攻撃範囲、並の魔法使いとは一線を画す存在。希少な、国を守護する戦略兵器。加護を受けたものは国を護り、国は『加護待ち』をその家の後継者とすると共に様々な特権を与える。大昔、『加護持ち』が戦争の切り札だった時代から残る風習だ。

 

 貴族の象徴ともいうべき魔法を人外級に放てるのだ、女神に選ばれたものを尊崇するという建前的にも、戦略兵器に反乱や出奔されては困るという実利的にも、家督を継ぐことになるのは当然の話だった。


 問題が起こらないわけではなかったが、一時代に数人しか現れない加護の実利と教会の権威の前に、不幸な本来の継承者の嘆きなど黙殺された。加えて、高位貴族には抜け道が用意されている。敢えて制度を改変しようとするものなどいなかった。


 通常、加護が発現した場合、さまざまな手続きがあるにしろ、一年も経てば次期当主として認められる事となる。義理の弟であるアルナードに加護が発現したのは七年前。本来なら俺はとうの昔に廃嫡されてアルナードがウォーディアス伯爵位の継承者となっていたはずだった。

 実際、フローレンス以外の友人も、交流のあった貴族の家々も、潮が引くように疎遠になった。廃嫡される男と縁を繋いでも意味がない。それどころか、加護に敵対すると思われるかもしれないのだ。気持ちも事情もわかる。だけど、七年もの間、貴族社会において、俺は居ない存在だった。領内の統治で忙しい日々ではあったが、寂しくないと言えば嘘になる。ずっとそばにいてくれたフローレンスには感謝してもしきれない。そう言うと、彼女は「気にするな。わたしキミに賭けてるんだ、面白いものを見せてくれれば、それで構わないさ」などと嘯くのだけど。


「ただ……」


 とうとうと話していた加護認定官の歯切れが悪くなる。


「魔法を撃つ事はできぬか」


「はい、この一年、いえ、加護が発現してから七年。アルナード殿は一度も魔法を放つ事ができていません。ここ二年は加護と魔法の知識なら王国一であろう『賢人』殿に協力していただきましたが、加護持ちの『賢人』殿が指南をしてもアルナード殿が魔法を撃つのは難しいそうです。というよりも、魔力を体外に出すのが難しいという事でした。詳細に関してはこちらに報告書がございます」


 王の御下問に認定官が、額の汗を拭いながら答える。


「よい。後で目を通す。つまりは、魔法を使えない加護を通常の加護と同等に扱うのか、というのがひとつ。もうひとつは……」


「魔法の運用、もっと言えば軍の在り方についての話ですな、陛下」


 陛下の視線を受けて言葉を引き継いだのは柔和な顔をした初老の男性。宮廷に詳しくない俺でもわかる。黄金に輝く頭髪に莫大な魔力。この方が『賢人』サザーランド伯だ。


 現在最年長の加護持ち。東方との百年戦争で『雷神』と並んで王国の双璧と呼ばれた偉大な魔法使い。現役は半ば退いているが、王都の護りとその知識の必要性から、相談役として慰留されているらしい。こんなところでお目にかかる事になるとは思わなかった。伯の技術の幅は全魔法使い随一。機会があれば教えを乞いたいと思っていた憧れの人だ。


「本来、魔法も加護も国──民や領地と言い換えてもいい──を護るための手段だ。私は、その力が有るのならば加護にこだわる必要は無いと思っている」


「サザーランド伯! 加護持ちたる貴方がなんと言うことを!」


 教会関係者の悲鳴があがった。


「私でないと言えない事だから言っている。実際百年戦争の後半三十年は二人しか加護が居なかったのだ。加護に頼ってばかりで、いざ加護が現れない時が来たらどうするのだ。我らは加護の不在に備えておかねばならないんじゃないかね」


「しかし、現実問題として加護の代わりになれるものなどいません」


「私も明日から加護が居ない軍を作ろうと言ってるわけではない。戦争の為に培ってきた、育成と運用の簡易化の為の画一的な教育をやめ、個人の技量を伸ばすことを重視するべきだと思う。少なくとも素質のあるものについては。戦争がない今が育成の好機だ。でなければ強い魔法使いは育たん」


「同属性魔法使いの集団運用は、我が国の強みでございますぞ。物量に勝る帝国との戦に押し負けなかったのは加護の力は勿論ですが、同属性の集団砲台運用に利点が多かったからです」


「だが、運用が固定化されれば穴をつくものが必ずでてくる。休戦の間に帝国も対策を出してくるはずだ。現にそこにいるレスティ・ウォーディアスは実に巧みに、現在の魔法使いの急所をおさえて勝利している」


 会議室の全員の視線がこちらを向く。

 驚いた。加護を持つサザーランド伯が加護を否定するようなことを言ったの事だが、話の内容は俺が言おうとしていたことと同じだ。意見を許されたらどうにか強弁してやろうと思っていたが、これなら生き残る目がある。


 『賢人』サザーランド伯の言葉は続く。


「レスティ卿が優勝した過去二年の天覧試合は観ていたが、彼は一般的な軍の貴族とは異なる手法を使っている。鍛え方としては西部のゲリラ対策部隊に近い。そこに違和感を感じる貴族も多いだろう。だが、その技術は極めて高い。複数属性での高威力魔法、魔力回復に身体強化。十分に習熟した上で己で改良を加えている。市井での呼び名は『王国最高の魔法使い』だったか、技術だけで言えばトップクラス、呼び名に恥じぬ実力だろう。今後我が国は彼のような魔法使いを育てていくできべきだと私は思う」


「何をおっしゃるのです! 大体複数属性というなら、伯は全属性の魔法が放てるではありませんか!」


「それこそ私は加護の力が有るからね。技術だけを見るならレスティ卿は私に極めて近いレベルに到達していると思う。私は加護にしては少ない魔力を補うために、彼は加護に勝つ為に、研鑽を積んだ。全員とはいわない。これからは素質あるものはそうやって鍛えていく、そうすれば、加護には及ばずとも強い魔法使いが生まれるのではないかな」


 会議室の面々の顔を見回し、噛んで含めるように語りかける。

 天覧試合は成人として認められた貴族の男子の国王陛下へのお披露目であり、王国を護る貴族の力を民草に示す為のデモンストレーションでもある。

 14歳から16歳の貴族の子弟が参加して、魔法による模擬戦を行う。日頃は戦地でしか目にすることのない魔法の数々を目にする事で、民は自分達を庇護する貴族の力を実感し、その力と技術に尊崇の念を新たにする。その畏怖と敬意は当然貴族と魔法使いの頂点に位置する王家と教会に向けられる。

 俺は、昨年と一昨年、この大会に優勝して王都の民から「王国最高の魔法使い」という異名をもらった。

 けれど、貴族社会では評価されていない。理由の一つは、貴族の魔法の穴をつく形で勝ち進んだから。もう一つは加護持ちが参加していない大会だったからだ。


「サザーランド伯の意見は理解した。レスティ・ウォーディアスが高い技術を持ち凡百の魔法使いではないこともわかった。だから、嫡子のまま扱えということかな?」


 陛下が確認するように問いかける。

 これで認めてもらえるかもしれないという俺の淡い期待は、次の瞬間潰えた。


「否。アルナード・ウォーディアスの魔力量は極めて高い。半端な加護と切り捨てるのは惜しい。彼の近接戦闘力は下手をすると並の加護より高い」


「その通りです!」


 教会関係者がここぞとばかりに同調する。


「では、どうするというのだ?」


 陛下の疑問に『賢人』はにこやかに微笑んで答えた。


「レスティ卿がなまなかな加護を上回るほどの技術を、身につけているのならば、皆様も不服はありますまい。そのような魔法使いが育つのならば加護中心の軍の編成も考慮する余地がある。アルナード殿は今年で14歳、天覧試合に出る年齢です。次の天覧試合で勝利した方が嫡子でいいのではありませんか。対戦するまでに負けるようでは家督を継ぐ資格はありません、魔法によって身を立ててきた王国の貴族には相応しい決め方でしょう」


「なるほど」

「それならば」


 教会関係者はホッとしたように同意する。戦闘で決めるならば加護には勝てないと思っているのだろう。


「レスティ・ウォーディアス、サザーランド伯はこう言っているが、どうか? 天覧試合にて加護と競う気はあるか?」


 陛下から意思の確認を受ける。どのみち俺に選択肢はない。全てを失いたくないのならば、受けるしかないのだ。


 いや、ようやくここまできたと、言った方がいいだろう。陛下、『賢人』、教会関係者、高位貴族、これだけ多くの証人がいる中で、天覧試合で勝てば嫡子として認めるという言質を得られたのだ。この七年間、いつ全てを奪われるかわからない状態でいたことを考えれば天と地ほど差がある。少なくとも、俺は入り口には立ったのだ。

 フローレンスに視線をおくる。彼女はこちらを見つめていた。目が合うとニヤリと笑みを浮かべた。

「やってしまえ! レスティ!」そんな声が聞こえてくるようだった。大貴族の子女なのに過激な女なのだ。


「レスティ・ウォーディアス、加護なき凡骨ではありますが、非才なりに錬磨してきました。機会さえいただけるのであれば、万の鍛錬が天さえ穿つ事をお見せいたします」


 胸に拳を当てて、陛下に、その場の全員に宣言する。

 部屋全体がざわめき、一部の人々から剣呑な視線が飛んでくる。構うものか、周囲のほとんどが敵なのはわかっていた事だ。

 

 加護持ちは強い、身にしみてわかっている。だが、俺の全てを賭けて戦わなければならない。後には引けない。

 これは宣戦布告だ。


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