王国最強の魔法使いですが、本日廃嫡されそうです
魔法の才能に恵まれ、伯爵家の跡取りに相応しい能力と見識を示してきたレスティ。父からの信頼、切磋琢磨する友、変わり者だが仲のいい義弟、可愛い妹、彼の未来は順風満帆だった。しかし、義弟アルナードが「加護」を受けたことが発覚してから彼の立場は一変する。
神の「加護」を受けた者はその大きな力を有効に使うため、ほとんどの場合家督を継ぐことになるのだ。
有能である事を示さなければ廃嫡されてしまう。
ドンドン才能を発揮する弟。
「ずるいぞチクショウ、なんで魔法が効かないんだよ!」
「あれ?そうすると魔力を収束させれば有効打が与えらるのか?」
「ノータイムで魔法を無効化って反則だろうが!」
試行錯誤しながら弟に負けないように努力する日々。
気がつけば、王国最強の魔術師と呼ばれるようになっていたのだった。
俺はレスティ。ウォーディアス伯爵家の後取りということになっている。今のところは。
この天覧試合で優勝しなければ廃嫡される可能性が高い。つまり多くても五回の試合で俺の運命が決まるというわけだ。
なんでこんなことになってしまったんだろうなあ。
特に俺に問題があるわけではない。ただ、義理の弟が女神の「加護」に目覚めただけだ。加護は希少にして、国を守護する大切な力。常人の数百倍の魔力を持つ戦略兵器。人とは一線を画す存在。ほとんどの場合、加護を持つものはその家の後継となる。大昔、加護持ちが戦争の切り札だった時代からのこる風習だ。
力を持つものがトップとなる。弱肉強食の時代には当然のルールだったのだろう。そして、それによって形成された貴族社会は、戦争が終わって200年経ったというのにいまだにこの風習を守り続けている。
だから俺は、加護を持つ弟よりも優秀である事を証明しないといけなくなった。
具体的にはこの天覧試合で優勝しなければならない。優勝できなければ、廃嫡され、家督争いを避ける為に辺境に送られる。昔はそのまま暗殺される事もあったそうだが、現代では流石にそこまでする事はほとんどない。それでも、待っているのは辺境で書を読むことくらいしかできない軟禁生活だ。領内を富ます為に行ってきた努力も、魔法の研鑽も、周辺領の歴史、産物、文物の知識も全てが無駄になる。そして、なんの咎もない実妹のアルミアも、辺境送りとなった男の家族という事でいらぬ負い目を背負うことになる。
勝たなければならない。
「王国最強の魔法使いなどと呼ばれているが、伯爵家の後取り程度が調子に乗らない方がいいことを教えてやろう」
一回戦の相手、尊大な口を叩く華美な服装の対戦相手が、腕に魔力を集中させる。確かランサール侯爵家の後取りで、今年から参加したやつだ。貴族のボンボンによくいる、過大に実力を評価されて勘違いしているタイプ。
予想通り、貴族らしい威力特化の魔法を放つようだ。これならなんとかなるな。
「マーカーごと燃え尽きるがいい! 極大炎獄!!」
腕に集まった魔力が燃え盛る炎に変換され、数十人は焼き殺せるであろう火勢がこちらに向かって放たれる。空気が沸騰し、陽炎で相手の姿が歪む。まともに食らったら消し炭も残らない威力だ。魔力に反応して吸収、一定量の魔力で砕け散るマーカーを審判用に採用しているというのに人を殺す気満々だ。
実際魔力量は大したものだ。この大会に出ているメンバーでも上位10人には入るであろう魔力に、それに相応しい高威力・攻撃範囲。これぞ貴族という見本のような魔法だ。まあ俺にとっては慣れたものなのだけれど。
「吸魔・孤月・氷壁・風陣」
周囲の魔素を吸収して炎の勢いを削ぎ、吸収した魔素から炎を相殺する氷と風の壁を作り上げる。
「収束・指風弾」
指先に魔力を集め、相手の胸のマーカーに一直線に風の弾丸を射出する。これでおしまいだ。
「ハーッハァー! 燃え尽きたか? ほら、天才などと言われていてもこの程度よ。まあ、相手が悪かったな。ンガッ‼︎」
自分の魔法が効かないなどと考えたこともないのだろう。哄笑するボンボンに炎を裂いて風の弾丸が命中する。何が起こったのかもわからなかったに違いない。マーカーを破壊してそのまま体に弾丸が炸裂する。
マーカーを破壊する威力程度にしてあるので死ぬことはないが、油断したところをぶん殴られたようなものなのでそこそこは効くだろう。悶絶している。
まあ、明らかに死ぬような威力の魔法を撃ってきてるのだからこれくらいは仕方ないというものだろう?
「勝負あり!」
審判の声が響く。次は宮廷魔術師のおっさんだったか、楽だといいんだけれど。
「流石ですね、レスティ様。見事な妨害魔法に遮断防壁。傭兵や冒険者の技術をこうも身につけておられる貴族様は他にいないんじゃないですか? これ、楽勝でしょう? 王国最強の魔法使い様?」
控室に戻ろうとすると、赤髪を首筋で揃えた野生の猫を思わせる均整の取れた身体の女性が声をかけてきた。彼女はティア・スタント、俺の護衛兼師匠だ。貴族とは違う冒険者の技術を知りたくて十歳の頃にスカウトしてからの付き合いになる。本人の技術もさることながら、顔が広く色々な市井の実力者を紹介してもらっている。今の俺が王国最強の魔法使いと呼ばれるようになったのは彼女の功績が大きい。
「さっきのみたいな伝統にあぐらをかいて工夫も変化もない相手なら楽なんですけどね……」
この王国の魔法使いは伝統的に威力と攻撃範囲に注力している。戦争のやり方を魔法使いが変えたと言われる様に、1人で多人数を薙ぎ払える魔法使いは、砲台として戦場で強力な力を発揮した。
当然手柄を上げた魔法使いの地位は上がり、現在の貴族の先祖になったのだが、時代が変わっても、この頃の威力と攻撃範囲、魔力総量を重視する慣習は残った。
大規模な戦争がしばらくなかったというのもあるし、魔獣相手に使う魔法は威力が高ければそれでいいので、魔法使いの優秀さ=魔力と威力と攻撃範囲という図式が成立した。
そうして、貴族の使う魔法は殆どが威力と範囲だけを重視した一撃になっていったわけだ。
そもそも魔獣退治と、式典などのデモンストレーション、あとはこの天覧試合の様な機会でしか使わない魔法を研究・改良するもモノ好きなどそうそういない。魔力が少なくてそれをカバーする必要がある者や研究を趣味にする者、対人・対魔物戦闘を日常的にこなす必要がある冒険者でもなければ、余程の事情がない限り、大魔法を数回打てる能力があればそれでよしとするのが普通の貴族というものだ。
俺が、細かいコントロールをおこなっているのはその余程の事情のせいだ。八歳までは俺も通常の貴族の教育を受けていた。魔法以外に覚えることは山ほどあった。政治や統計、各国の地理、特産物、経済状況、開拓の余地、幸いに勉強は嫌いじゃなかったし、優秀だという自覚はあった。
俺は伯爵家の跡取りとして、そこそこにうまくやっていたのだ。
ところが、ある時、第二夫人の連れ子、義理の弟アルナードが「加護」に目覚めた。
それが始まりだった。