武者修行-群馬領-編.15
※誤字修正しました。
「おはよーございまーす!」
朝からとても元気な声で、伊勢崎がやって来た。伊勢崎が近付いて来るにつれ、食欲唆る香りも共に近付いてくる。
「これ、美味しそうだったから、そこでいっぱい買ってきましたよ!宜しければどーぞ!」
「うわぁ、良い香り!」
香りに誘われ、遂に青葉も目を覚ます。
「青葉ちゃん、おはよ!これ伊勢崎さんが買ってきてくれたよ!」
焼きまんじゅうという、手のひらサイズのおまんじゅうを串で刺した物だ。おまんじゅうには甘いタレがついていて、美味しそうな香りを放っている。
伊勢崎を乗せ、馬車は栃木領へと出発した。都筑は伊勢崎と共に焼きまんじゅうを食べる。操縦は緑が代わってくれたのだ。青葉はまだ寝ぼけ眼でぼけーっとしている。
「あまーい!青葉ちゃん、起きないと全部食べちゃうよ?」
青葉は寝ぼけ眼のまま、焼きまんじゅうを口にした。
「うおー、うめー!ほっぺが落ちるぜー!」
ようやく起きたようだ。隣には自動操縦モードにした緑もいた。
「うん、おいしー」
このような調子で、朝から元気一杯の一行は
制限地帯手前までやってきた。
「皆さん!いよいよ制限地帯に入ります。私が警戒全般を担当しますので、緑さんには操縦を、都筑さんと青葉さんは、交代で後方の目視確認をお願い致します。これも訓練のうちですからね!緊急の際は、私のコズミックエキスプレスを使用します。一気に加速するので、落ちないよう気を付けてくださいね!」
伊勢崎が頼もしく見えた。やる時はやるのだ。
一行はかくして制限地帯に突入したのであった。領から一歩出ると、雰囲気は一変した。都筑と青葉はまだ慣れない。朝なのに薄暗く、地は荒廃し、木も疎ら。風の音だけがうるさいこの感じ。都筑と青葉は少し気が落ち言葉少なになったが、交代で後方の目視確認の任務に従事した。
侵食者はそこら中にいるわけではない。領間の移動で一度も遭遇しないといった事は、結構頻繁にある。とはいえ油断は出来ないので、気は常に張っておかねばならない。
1時間位経過した頃、都筑が後方の目視確認をしている時だった。
「何かが来る?」
伊勢崎が疑問形で言葉を発した。伊勢崎自身も判別が付かないのだ。
「虫さんの大群ならあそこにいますよ?」
都筑が指を指して伊勢崎を見た。その時だった。
急に回りがスローモーションのように、ゆっくりと流れた。馬車がゆっくりとひっくり返る。都筑達も、宙に投げ出されているその感覚をゆっくり感じている。
(うわー、何だこれは!皆ゆっくりだ!)
思考はいつものままだ。伊勢崎はどこから攻撃を受けているのか見回そうとするが、体は思考に追いつかず、叶わなかった。
(この感じ…この前とおんなじ気がする…)
都筑は、武者修行初日の道中での出来事が頭をよぎった。論理的な事ではなく、感覚的にそう感じたのだ。
4人は抵抗出来ず、そのままゆっくりと重力のままに倒れた。体が動かない。でも意識はしっかりある。…恐い。恐怖が4人を襲う。
「遠い昔、人間同士で争ったり、和解したり、欺いたり。時には海を越えてまで。そうやって奪い合っていた時代もあったんだよ」
誰かが話しかけてきた。都筑は頭を動かして確認しようとするが、体が動かない。
都筑は馬車の中で仰向けで倒れる形となっていた。馬車は横転していて、どこに誰がいるか分からない。
「この荒廃した世界だけど、何故こうなったか知ってる?」
(え?私に話し掛けてるの?何?誰なの?)
「昔はこんなんじゃなかった。草木が生い茂り、動物や虫たちが自由に闊歩していたんだ。それなのに人間が争いを始めてしまったせいで、次第に荒廃していったの」
謎の声は、質問の返答を待たずに話を続けた。
(恐いよ、誰?青葉ちゃーん)
頭の中で叫ぶが、もちろん声にはならない。
「人間はその贖罪として、上に立つものが剣を捨て、力ではないやり方をもって人々を導いていったんだ」
(この声、誰だっけ…聞いたことある気がする…)
「時代の合間には、平和な時も確かにあった。でも小さなきっかけ、大きな事件。そういった事が発端となり、また争いが始まってしまう」
都筑は思い出せない。体も動かせない。声も出せない。そもそも恐くて恐くて仕方がない。早くこの時が過ぎ去ってほしい、と思うしかなかった。
「争いの無い時代、人々には笑顔が溢れ、希望に満ちていたそんな時代。過去には争いが起こったことは確かだ。でも平和な時代は遥かに長く続いている」
(お…お願い…もうやめ…て…)
「でも侵食者がいなくなったらどうなると思う?人々は脅威が取り除かれ、しばらくは平和が続くだろうね。何百年、何千年、それはわからない。ただ、人の欲望は尽きない。また争いが起こる。歴史がそう物語っているんだ」
(はっ、体が動く)
都筑は身体を起こし、周囲を見渡す。近くには青葉がうつ伏せになっていた。そして少し離れたところに伊勢崎が仰向けで倒れている。緑の姿は見えない。
「青葉ちゃん!青葉ちゃん!伊勢崎さーん!緑さーん!」
都筑は青葉の身体を起こして抱え、伊勢崎と緑の名前も叫んだ。




