エピローグ 正午
加藤は他愛のない話に1時間は使ったかもしれない。もうすぐ正午だ。できるならこのまま2人で幸せな暮らしを続けたい。ミャンは期待しているのに帰るなんて話題にできない。ミャンの子供のような無邪気な笑顔を見つめて辛くなる。
(また俺は突然いなくなるのか? それでミャンは笑顔のままでいてくれるのか? この笑顔を守りたい)
加藤は話を切り出す。
「あのなミャン。俺、正午にはもう帰るんだ」
ミャンから笑顔が消え、ミャンは不安な表情で
「次はいつ戻ってくるの?」
「次はない」
2人は黙り込む。周りには誰もいない。ここがとても静かな所なんだと2人は気付く。加藤は沈黙を破って話を再開する。
「30分もしない内に俺はこの世界から消える。ミャン、お前は俺を忘れて幸せに暮らせ。もう刀を握る必要はない。いい男を見つけ、そいつと結婚し、子供をいっぱい作るんだ。趣味をたくさん見つけて面白そうなことはなんでもやれ。人生を楽しめ」
ミャンは涙を流して加藤の肩を掴む。加藤の目を見つめる。加藤は目を逸らして、
「俺のことは忘れろと言ったろ……」
ミャンは涙を拭って笑顔を作った。ミャンの可愛らしい笑顔に加藤は心を奪われる。ミャンは加藤の肩を強く掴んで再び見つめ合う。
「春樹くん。ミャンは春樹くんを絶対忘れたくない。覚えていたいんだよ」
「でももう一緒にはなれないんだぜ。もう会えない男のことを想っていても不幸になるだけだ」
「そんなことはないよ。ミャン、春樹くんの言う通りに趣味をいっぱい作ってやりたいことはなんでもやる。料理だっていっぱいする。ミャンは1人でもいい。春樹くんのおかげで強くなったから。1人で幸せに生きるよ」
ミャンの笑顔に加藤は安心させられる。でもどこか辛かった。それでも加藤は笑って、
「よかった。安心してお前を抱きしめられる」
加藤はミャンと抱き合った。
「ミャン、好きだ。俺はお前の人生を狂わせた。もう2度と会うことはないが、お前は永遠に狂ったままだ。狂ったお前の中に必ず俺はいる」
「ミャン、狂ったままがいい。だから」
加藤とミャンは目を瞑り互いの口を近づけ合う。誰もいない静寂の中、愛し合おうとした2人に奴が水を差す。
「加藤。まだ終わってねえぞ」
加藤は目を開いて奴を見る。痩せているが胸は女性のような大きさで漆黒の衣服を身に纏い、フードを深くかぶっている。メイド・スケアリーだ!
いつもと違うのは顔を隠していないことだ。メイドはフードを脱いだ。髪は生えておらず頭皮は火傷痕が酷い。顔中にも火傷痕が目立つ。ただ奴の目はとても美しい淀みない青色であった。メイドはニッコリと笑ってやがる。
加藤はメイドの背中にアサラトライフルがかかっているのに気付く。メイドはアサルトライフルを2人に向ける。
「キスするのはラスボスを倒してからだ!」
ガガガガガーーン! 凄い勢いで乱射される。加藤はミャンを連れて廃墟の石垣に身を隠す。
「加藤。決着を付けよう! 俺が死ねばカタルシス!
お前が死ねば悲劇だ! どっちにしろ物語は最高の結末を迎える。盛り上げようじゃないか!」
加藤は怒鳴る。
「いいだろう。来い! 殺してやるぜ! ただしミャンに手を出すな! 彼女の怪我は酷い」
メイドは少し考えて
「いいだろう。10秒やる。テメエは廃墟に入れ。女は外に出ていろ」
加藤にミャンは、
「必ず勝ってね」
加藤は親指を立てて、
「もちろんだ! それとミャン」
「なに?」
「何年かかるか分からねえ。でも俺は絶対にここに帰って来る! そしたら結婚しよう」
それは死亡フラグではない。生きるための覚悟だ。ミャンはニッコリと笑って
「早いよ。まずはお付き合いからだよ」
「そうだな」
ミャンは廃墟の中に駆け込んだ。メイドはゆっくりと歩き出す。ミャンの顔を見つめる。目が合う。
「泣いても知らねえぞ。男だってできない約束をする時があるってもんだ」
「春樹くんが勝つ。ミャンは春樹くんを信じる」
「そこで待ってな。上半身はお前にやる。一生抱き合ってな。ヒャーハッハ!」
メイドは舌を出して狂ったように笑う。青い目をキラキラさせて廃墟の前に立つ。廃墟は三階建ての広い一軒家。窓ガラスの多さが部屋の多さを伝えている。
「加藤……まずは運試し」
ガガガガガーーン! ガガガガガーーン!
これでもかとメイドはアサルトライフルを乱射する。窓ガラスが割れ、次々と部屋の中に弾が撃ち込まれる。メイドは割れた窓に手榴弾を次々と投げ込む。次々と部屋が爆発する。建物の床が崩落する音も聞こえる。
「ハハハハハッ! ミャンよ! これが俺のやり方さ! これから俺がやるのは死体回収だけさ」
バキューーン! 爆煙から銃弾が飛んで来た!
メイドは倒れる。
「痛え! クソが!」
ミャンは笑う。
「日本刀は爆発も防げるのよ」
「どういうことだ? 意味が分からん」
メイドが立ち上がる。煙から加藤春樹が現れる。メイドに見下すような目をしてもう1発放つ!
「グハァ!」
メイドは倒れて口に砂を入れてしまい激しく咳き込む。加藤はこれ以上追い討ちをかけない。中で決着をつけろという意味だ。部屋の奥へと入っていく。
「やってやるよ! 殺してやるぜぇーーーーー!」
メイドはドアに突進して突き破る。辺りを見渡しアサルトライフルを構える。中は埃まみれで汚い。この建物は長年放置されてきたのだろう。
メイドが階段を登り始めると2階から加藤が現れた。メイドと加藤はほぼ同時に引き金を引く。加藤の弾が外れ、メイドが撃ち続ける。加藤は遮蔽物に隠れるが負傷してしまう。
「ヒャーハッハ! トドメを刺してやらあ!」
メイドは勢いよく階段を登り出す。加藤はタイミングを見計らって日本刀を抜いて斬りかかる。メイドの首スレスレで攻撃が外れる。メイドは引き金を引く!
しかし加藤が左手で銃口を逸らし、弾から逃れる。メイドと加藤はアサルトライフルをめぐってスタスタと小走りしながら押し合い続け、2階の小部屋まで来た。ガガガガと銃声が鳴り続ける。メイドは右足で加藤の顎を蹴り上げる。加藤は左手を離さず右手で刀を振り下ろす。メイドは加藤がアサルトライフルを離さないことに気付き銃を捨てて後ろに大きく下がって刀をかわす。
加藤はアサルトライフルを捨て、刀を素早く収めてリボルバーの銃口をメイドに向ける。メイドは立ち止がって手をあげる。逃げ場はない。後ろに窓があるが飛び降りたとしても無駄だ。
「お前の負けだ。メイド・スケアリー!」
「へへへ加藤。ガンマンはな。何も言わずに撃つのが1番賢いんだぜ」
ピュッとメイドは口から何かを吹く。加藤は反応できなかった。膝を崩す。足が動かない。メイドが手をかざすとリボルバーが宙に浮いてメイドの手のひらに乗る。メイドは加藤に銃口を向ける。
「麻痺針だ! 足は1分以上動かんぞ。ヒッヒッヒ! なあ加藤。理不尽だろ? 手をかざすだけでお前のリボルバー奪えるんだぜ。俺は様々な技が使える。お前のレベルに合わせて遊んでただけだ。やろうと思えばここで爆発できる! 隕石をこの町に降らせることだってできる! お前は初めから勝ち目なんてなかったんだよ! せめてもの慈悲だ。リボルバーで仕留めてやる! ハーーッハッハッハッハッハッハッハア!」
「なあメイド。ガンマンは何も言わずに撃つのが1番賢いんだぜ!」
カチッとメイドが引き金を引く。弾がない!
加藤が胸から小刀を取り出してメイドに投げた!
バスッ! と胸に小刀が深く刺さる。メイドは口から血を流しながら目を見開いて仰天する!
「なっ! ガハッ! そうか……そういえば、異世界に小刀も持って来てたんだなコイツ……流石だぜ加藤。向こうでまた会おうぜ!」
「もう会うことはない。こんな映画は打ち切りだ!」
「いっ……言いやがるぜ……」
そう言ってメイドは苦しみながら後ろに一歩ずつ下がる。真後ろには窓だ! メイドは窓から落下する!
「うがあああああああああああ!」
メイドは目を開けながら仰向けで倒れたまま動かない。目から青色の輝きが失われる。
「ザッツライフ……」
メイドは無意識に呟いて息絶えた。
ミャンはやっと安心する。窓から加藤が顔を出し、少年のような笑顔で手を振る。ミャンも笑顔で手を振って加藤の元へ向かう。騒がしく階段を登る。2人は再び再開して抱き合う。
「やっと2人になれたね」
「そうだな。だがもう正午だ」
「関係ない。ミャン、嬉しい」
「俺もだ。時間なんて関係ない。ミャンといる時間が1番。密度が違う」
「そう。あと5分、1分でもミャンは幸せ」
2人は目を瞑ってやっとキスをする。もう誰も邪魔をしない。愛を2人で共有した初めての時間。2人はピュアな赤い顔で密度の高い時間を過ごす。一瞬のキスに何百年分の幸せが詰め込まれていた。互いの唇を離して2人は笑い合う。ミャンは旦那を見送る妻のように笑顔で加藤の顔を見つめる。2人は涙を流さなかった。まるでいつもの朝の別れのように振る舞う。
正午がやって来た。
「じゃあなミャン。行ってくるよ」
「いってらっしゃい。ミャンずっと待ってるから」
「必ず帰ってくる。だから……それまで泣くなよ」
「うん」
「料理の練習も」
「もちろん」
「みんなにありがとうって伝えてくれ」
「いいよ」
「そうだミャン」
「なに?」
「愛してる」
みなさんご愛読ありがとうございました!
こんなトーシローの作品を読むため貴重な時間を割いていただいて嬉しいです。面白いと思った方はぜひお友達に勧めてください。つまんねーと思った方はお友達にこの地獄を押し付けましょう。
part2は仕事の都合上投稿が遅れます。




