第二十六話 メイド・スケアリー
「メイド・スケアリーだろ? はじめましてだな」
「よく分かったな」
「こんなことやるのアンタしかいねえ。クズが。どうやって死にてえ?」
加藤はメイドに殺意マックスで睨み今にも飛びかかりそうだ。メイドはとっさに銃を向ける。加藤は仕方なく止まる。
「おおっと加藤。動かないでくれ。リボルバー治療をしなくちゃいけなくなる。嫌だろ? 痛いぜ」
メイドはリボルバーをグイッと持ち上げ見せてくる。そして自慢げに語る。
「ガンマニアのお前なら羨むはずだ。こいつは世界で最も高貴な銃『シングル・アクションアーミー』だ。プレステ世代なら聞いたことあるはずだ」
「トラベラーもゲームするんだな。知ってるぜ。メタルギアならやり込んだ。ところでこの状況は?」
メイドは笑って話し続ける。
「そうだな。本題に入ろう。結論から言うとお前は今、異世界から現実世界に帰ってきた」
「なぜだ? やり残したことがまだある」
「やり残したこと? そんな物あったか? 魔王は死に、俺は異世界を出た。トラベラーのいない異世界で何をやるってんだ?」
「石井ミンをまだ助けていない」
「無駄さ。彼女は現実世界に連れ戻された。つまりもう異世界にはいない。だからお前はここに帰って来た。楽しかったか? 異世界。ヒャーヒャッヒャ!」
加藤は怒って少し興奮気味に聞く。
「後、お前が送った魔物をどうにかしなければならねえ。まだやることは山程ある。女神はアホなのか?」
「アーハッハッハッ。ウーールルルルルッ!」
メイドは狂ったように高音で変な笑い方をする。加藤は驚いて引く。
「女神はアホじゃねえぜ加藤。賢すぎてビビるくれえだ。だから死んだんだよ!」
「!?」
「どういうことだ。死んだって!」
「殺されたんだよ。トラベラーがあの世に侵入してな。哀れだったぜ。だが女神はいい奴だ。お前との約束だけは守った。魔王が死んでから3日後にお前が帰れるようにしてな。本当にいい奴だ。泣けてくるぜ。女神に感謝するんだな」
「ふざけんじゃねえ。女神を殺しやがって。ただで済むと思うなよ。メイド」
「確かに女神を殺したのは俺だ。だが、殺したくて殺したんじゃねえ。仕方なかった」
「仕方ないだと? 全て計算通りだろ?」
「違う違う。今の俺が殺したんじゃない。あれはまだ俺が男の体を持っていた時の話だ。ゲームしてたらボスに命令されてな。本当災難だ」
「ボス?」
「俺達兄弟、いや、俺達トラベラーのトップに君臨する者だ。誰も奴には逆らえない。俺は女神を殺したあの日から奴に復讐を誓った」
加藤は混乱する。全く意味が分からない。第一女神が死んだのは最近だ。それをメイドは昔話のようにして語っている。意味不明だ。
「待ってくれ。意味が分からん。男の体を持っていた時? 何の話だ?」
「理解する必要はねえよ。話しても混乱するだけだし、実際お前の寿命は残り僅か。知った所で無駄」
「分かった。もう聞かねえ。お前の目標が復讐と分かっただけいい。だが1つだけ知りてえことがある」
「なんだ?」
「なぜ俺達に暗殺者や魔王軍を送り込むんだ? 何の恨みが?」
「趣味だよ」
「趣味?」
「そう。俺の目的はトラベラーの皆殺し。あの異世界は魔王を殺すために行った。そのついでに世界を滅ぼしてやろうと思ってな」
「そのためにヒカリを殺したのか? ヒカリだけじゃなく多くの人を」
加藤は怒りを抑えきれない。すぐにでもメイドの首をへし折ってやりたい。メイドはあざ笑う。
「おいおい怒るなよ。例えばニューヨークに仕事に行ったらついでに自由の女神像と写真を撮るだろ? あれと一緒だ。人生楽しんだ者勝ちだぜ」
「何を言ってるんだテメエは! はやく俺をあの世界に戻してくれ! そんなくだらないこと、早くやめてくれ」
「くだらないこと? 俺は趣味に本気になるタイプなんだ。馬鹿にするとキレるぞ。へっへっへー」
メイドは笑い続ける。加藤は腹立たしくて仕方ない。だが目の前にはリボルバー。動けない。大人しく次の質問をする。
「聞きそびれたがここはどこだ?」
「ここはお前が生まれた病院の病室。女神は転生者を現世に蘇らせる時『はじまりの場所』へ連れて行くんだ。もちろん俺はそれを知っているから待ってたんだぜー」
「そうか。それで、ここで俺をどうする気だ?」
「協力してもらう。感動的なエンディングのため」
「感動的なエンディング?」
「そう。俺は映画監督になるのが夢でな。だが馬鹿ですぐ癇癪を起こし人と仕事ができなかったから向いていなかった。だが異世界で映画のようなシチュエーションを見かけてな」
「映画のようなシチュエーション?」
「お前だよ加藤春樹。ただの異世界転生物の主人公だと思ってた。だがどこか違う。お前はアニメの主人公というよりは洋画の主人公っぽい。例えるなら『インディ・ジョーンズ』、『ダイ・ハード』みたいだ。特別な能力を持っている訳でなく特別超人という訳でもない。悪戦苦闘しながらなんとか大勢の敵と戦っていく。何度も負けそうになるが諦めない。そしてなぜか意外と強い。なぜ強いかは全く語られない。強いと言っても『コマンドー』や『ジョン・ウィック』程じゃない。似てるんだよ。そういう所が」
「だからどうしたってんだよ」
「映画を作ろうと思ってな。別にカメラで撮る訳じゃない。俺がこの目で記録し、楽しむためのたった一回しか観ることのできない映画だ」
「俺は構成を考えた。『ゴッドファーザー』のような暗殺シーンも欲しい。『ロード・オブ・ザ・リング』のような迫力のある魔物との戦いも欲しい。面白そうだろ? だがエンディングで俺の思考が停止した」
「良い映画はエンディングも良い。人々の脳裏に刻まれる。そんなラストが良い。だがそう簡単にラストは思い付かなかった。ハッピーエンドも良いがありきたりだし、意外と難しい。良い映画のハッピーエンドは夢を与えたりする工夫がいっぱいだ。俺は断念した」
「そこで思い付いたのが『悲劇』だ」
「ト、トラ……なんだって?」
「トラジェディー。悲劇さ。悲しいラスト。観客はみんな涙する。恋人が死ぬシーン。ペットが死ぬシーン。子供が死ぬシーン。親友が死ぬシーン。どれも悲しくて涙が出てしまう。行き過ぎると鬱展開だがそれはそれでいい」
「加藤。『タイタニック』や『火垂るの墓』がヒットして人々の脳裏に刻まれる理由はなんだと思う?」
加藤は答える。
「どちらも事故や戦争。それで多くの人が死ぬ。つまりこれらは悲劇。悲劇は人々の脳裏に刻まれると?」
「その通り。だから俺のデビュー作は悲劇にすることにしたんだ。デビュー作を観客の脳裏に刻むことで次の作品も盛り上がり安くなる。そう俺は考えた」
「観客なんていねえだろ?」
メイドはいかにも悪役っぽい笑い方をする。
「ハッハッハ! いるじゃねえか! 加藤。お前が俺の観客第一号。そして記念すべき俺のデビュー作の主役さ。お前にはこの悲劇を脳裏に刻んでもらう」
異世界ではミャンが加藤春樹を探していた。寝室で待ってくれていると思ったがどこにもいない。
「春樹くん。からかわないでよ! 出てきて。お願い。ミャンがわがまま言ったから怒ってるの? うっううう。あああうっ」
ミャンは泣き崩れる。加藤に負担を抱えてしまったのではないかと心配する。だがミャンは涙を拭って考えた。何か外に用事があったのでは? 敵と外で戦っているのでは? ミャンはそう思って急いで服を取り出し着替えた。外に急いで飛び出す。
焦ってひたすら走り続ける。
(ミャンは自分のことしか考えなかった。最初、嫌われたのかと思った。でも違う。きっと春樹くんは危ない目に。助けに行かなきゃ)
夜道を走り続ける。もう起きて訓練をしている騎士達もいる。訓練に加藤が混じっているのではないかとキョロキョロ見る。加藤の姿はない。
現実世界でメイドが狂うように笑う。加藤は不審に思う。
「なんだ? 何がおかしい?」
「いやーいいぞ。お前の女、ミャンがお前を探して町中を走り回っている。かわいそうに。もう会うことはないというのに。これぞまさに悲劇。カッカカ」
メイドは顎を握り拳の上に置き、考えるポーズをとりながらニヤリと微笑む。監督になりきっているのだろう。加藤は腹立たしくて殺してやりたいが、メイドは決して余所見しない。笑う時も、映画を語る時も加藤の顔を見ている。決して警戒を解かない。
「さあ加藤。もうすぐ日付が変わって夜中の2時か3時頃に魔王軍がやって来るだろう。男達は叩き起こされ女子供は泣きながら震える。主人公不在の中、ヒロインは孤独の刀を血に染める! そして死ぬまで戦い続けるのだ。仲間が死んでも加藤。お前を待ち続ける。ついに加藤が来ることはなく、ヒロインは命を失うんだ。ハーーハッハ! 最高だぜ! ヒャッハハハ!」
「狂ってる……」
「ハッハッハ! 何とでも言え。俺を馬鹿にしたってお前はこの映画を観て必ず涙する。そりゃ当然か。愛する女が死ぬもんな! キャハハハハ!」
加藤は我慢できずに飛びかかる。リボルバーを無視して殴りかかる。メイドは笑いながら避け、加藤の腕を掴んでリボルバーを鈍器のようにして加藤の頭を強く殴る。加藤は頭から血を流して怯む。メイドは加藤の顔を左拳でぶん殴り額に銃口を突きつける。
「加藤。別に無観客でもいいんだぜ」
「ハァハァ……てめえを殺してやる」
「黙れ。言っておくが映画の展開はいつでも変更可能だ。町にスナイパーを忍ばせてある。全く動かないジョン。1人で走り回るミャン。いつでも殺せるんだ。分かったらベットに戻れ」
加藤は激怒し悔しがる表情をしながら渋々ベッドに戻る。メイドはニッコリと笑う。
「そうだ。それでいい……次暴れたら殺すぞ。それに、俺は魔王に勝ってるんだ。素手で相手になると思ったら大間違いだぜ」
「さあ加藤。もうじき戦争が始まるぜ。その前にお茶しよう」
病室の扉を開けてワゴン車を引いて黒いスーツ姿の男が入って来た。男は死体をまたぎ、加藤のそばにコーヒーとサンドイッチの入ったバスケットを乗せたお盆を置く。そしてメイドの机にも同じものを置く。
「俺はサンドイッチが好きなんだ。お前は具材、何が好きだ? 俺はBLTをよく頼むが今日は卵の気分だ。白身と黄身のバランスが丁度いい。お前も食えよ」
そう言ってメイドはサンドイッチを頬張る。口は見せるが顔の他の部分は決して見せない。美味しそうにサンドイッチを咀嚼しそれをコーヒーで流し込む。
「はあ。うめえ。サンドイッチは4つあるがおかわりもできる。食えよ加藤。同じ物を食って仲を深めようぜ」
加藤は絶対手をつけない。
「食うもんか。失礼だが何が入ってるか分かったもんじゃない」
メイドは困った様子を見せ、黙り込んだ後何かを思い付いたのか部下の黒スーツ男に話しかける。
「お前。毒見しろよ。加藤を安心させてやれ」
「分かりました」
「加藤の分、全部食うんじゃねえぞ」
男はサンドイッチを一つ手に取ってひと口だけ食べる。よく噛んで飲み込む。メイドはそれをニコッと笑いながら見つめる。
「あっああ。うっぐ。メ、メイ、ドさま……」
男が手からサンドイッチをポトっと落とした。そして口を抑えながら泡を吹いて倒れて死んだ。メイドはそれを見て大笑いする。加藤は狂気を感じ唖然とする。
「フフフフフ。アッアッ……アーーーーハッハ! 加藤! 安心したか? こいつサンドイッチが美味すぎて死んだぜ。ヒャーハッハ!」
加藤は声も出ない。目の前にいる男。奴はただのクズでも悪人でもない。異常という名の狂気。ただ己の欲求を満たすために楽しんで人を殺す。
メイドは死体が増えたことを何とも思わずサンドイッチをもう一つ食べる。
「加藤。食いてえ物あったら言いな。どれも死ぬほどうめえからよ」
加藤は何も言えなかった。口が動かない。加藤は黙ったままメイドの長話に付き合い続ける。
異世界で魔王軍の接近に気付いた騎士が鐘を鳴らす。男達が飛び起きる。女が子供を抱きながら震える。
「ママ……怖いよ」
「大丈夫。パパが守ってくれるわ」
集会所も恐怖に包まれる。騎士達が柵の後ろに並ぶ。弓を構えて待機する。将軍が指揮をとる。
「よいか! ここでどれだけ数を減らせるかが肝だ。ジョンの能力やワシの能力だけじゃどうしようもできん数じゃ。まだ打つな。引き寄せろ」
ミャンは走り回る。鐘の音を聞いて一旦仮住居に戻る。加藤が帰ってきたかもしれないと思ったからだ。
目を青く光らせた魔物達は悪魔幹部を先頭に行進する。悪魔幹部達の目もブレインマンを除いて青く光る。これぞまさに洗脳軍。
ブレインマンは楽しそうに、
「みんな殺すからね。将軍。待ってろよ。お前が殺した幹部みんなやって来るからな」
ミャンは日本刀、コルトパイソンを装備、弾も確認して町に出る。戦闘に参加すれば加藤に会えるかもしれない。それに、遅れる訳にはいかない。ミャンはまた走り出す。
魔物達が目前に迫る。旧魔王が率いていた軍勢の規模に騎士達は驚かされる。将軍は大声で喝を入れる。
「戦士達よ! 決して怯んではならん! 我らの強さを見せつけようではないか!」
「構え!」
「十分引き寄せろ! 奴らの頭をブチ抜いてやれ!」
魔物達が近づいて来る。そろそろだ。緊張感が高まる。
「放て!」
雨のように矢が放たれた!
戦争が始まった!




