第二十五話 別れは突然に……
朝4時ごろ。町から離れた草原の向こう。そこで偵察隊が敵の様子を伺っていた。まだ外は薄暗く肌寒い。偵察隊2人組は敵の数を見て唖然とする。
「とんでもない数だぞこれ」
「しかも全部魔物。人間より力も強い。町から逃げた方がいいのかもしれん」
「おっと。奴ら動き出したぞ。あのペースじゃきっと明日には町だな」
「だな。それにしてもすごい数だ。きっと弓矢だけじゃ倒しきれない。町が戦場になるだろう」
魔物たちはみんな大きさは人間くらいで防具を着用し、斧やナタ、槍、騎士の刀など持っている。目からは青の異様な光が放たれている。偵察隊は双眼鏡で確認する。
「青の目。今までこんな魔物いたか?」
「あっおい! あれ」
もう1人が相方の袖を引っ張る。
「なんだ?」
「あれ見てみろよ。悪魔幹部だ」
「悪魔幹部? 将軍に消されたはずだろ?」
「生きてたんだよ奴ら。」
「よお。人間」
「!?」
偵察隊の背後に男が1人! 見た目は普通の人間。とても若く見え、髪は整っているとは言い難いがそこまで長くない。彼は黒い装束を身に纏っている。そして注目すべきは赤く光る目だ。魔物と違って目は赤い。彼の正体を知っている偵察隊は叫び声を上げる。
「ああああ! ブレインマン! なぜここに?」
「ヒィー。こ、殺さないで」
ブレインマンと呼ばれたその男は、爽やかな笑顔を見せる。一見無害の青年だ。
「もう将軍代理とは呼んでくれないみたいだね。まあいいや。それより将軍に言っといてくれ。僕は生きている。今はメイド・スケアリーの良き友だとねそれから……」
ブレインマンは無表情になって暗い声で
「必ず殺す。そう将軍に言ってくれ」
そうつぶやく。赤い目から闇が感じられる。ブレインマンの要望を聞いた偵察隊の1人が大声で、
「なぜわざわざ将軍を! 兄なんでしょ!」
兄という言葉を聞いてブレインマンは赤い目を光らせ右手を空手で言ういわゆる貫手の形にして偵察隊の額を突く。一瞬で手は頭蓋骨を砕き、皮を破って侵食する。頭の中に完全に手が入った。そしてブレインマンは頭の中で手を大きく開き、何かを掴みながら頭から腕を勢いよく抜く。腕は血塗れ。ブレインマンは手に脳味噌を握っていた。
右手で握っている脳を左手と一緒に力強く押し潰して小さくする。指の隙間から血がこぼれる。
偵察隊のもう1人は怖くて無言で失禁する。
ブレインマンは右手を開き、できた塊を見せつける。
「どう? 僕特製の脳味噌おにぎり。美味しそうでしょ?」
そう言ってブレインマンは口を大きく開けて脳味噌をひと口で頬張る。ムシャムシャと食べる。口には血がベッタリと付いている。
ブレインマンの赤い目と目が合い、偵察隊の男は涙を流した。ブレインマンは優しく笑う。
「じゃあ、伝言よろしくね。明日、楽しみにしていてね。君は楽に殺すから」
残すところ後1日となったがやることは変わらない。ミャンと加藤は運搬、ジョンは素振り。みんな戦いに向けて必死だ。
即席で作った柵はあまり高くないものの、乗り越えるには梯子が必要なくらいの高さになっている。
午後には町の女子供も集会所への避難を完了させた。男はというと12歳以上はみんな戦士として参加させられることになる。騎士が子供に防具と剣を渡す。
「何歳だ?」
少年はハキハキと答える。
「15歳です。剣には自信があります」
騎士は少年の手を見つめる。
「震えているな。本当は怖いだろ?」
少年は首を横に振る。
「少年、怖くてもいい。だが戦場で震えたら確実に死ぬ。ガキだからって甘えていても仕方ない」
「分かりました」
少年は頷いて剣を収め、防具を着る。
「似合ってんな」
加藤とミャンが町を歩いていると人だかりを見つけた。どうやらギルドの騎士だけでなく王国からの軍隊が到着したようだ。とても数えられるような数ではない。騎士達の先頭にはヘンドリュー将軍が馬に乗って堂々としている。
騎士達の前にゾロゾロとガラの悪い連中が現れた。騎士の数に比べると非常に少ないがかなりの数である。その連中を率いるのは右目に眼帯をつけた女。
スネーククイーンだ!
集まったギャラリー達が騒ぎ出す。
「おいおい。ブラックマンバと騎士ってバチバチにやり合ってた仲だよな?」
「おい。ブラックマンバに何人騎士が殺されたか分かってんのか将軍は?」
ザワつく聴衆に1人の騎士がよく通る声で話す。
「静粛に! 静粛に! 今から同盟の儀を行う!」
同盟? 聴衆は驚く。みんな喋りたくてソワソワする。将軍は馬を歩かせ、スネーククイーンは自分の足でそれぞれ互いに歩み寄る。スネーククイーンは顔を見上げて将軍と顔を合わせる。2人は何も言わない。黙って顔を合わせたまま沈黙する。
両者同時に剣を抜く。そして振る!
バチィーーン! 2人の剣が重なり大きな音が鳴る。先程の騎士が間に入って話す。
「騎士。ブラックマンバ。互いの背中を守り合い、敵を打ち倒すその時まで共に協力し合うことを誓いますか?」
「誓おう」
「誓ってやるさ」
将軍が誓った後スネーククイーンが誓う。この戦いは総力戦。軍だけじゃ足りず犯罪組織も巻き込んだ戦い。明日から眠れない夜が続くだろう。ジョンは同盟の儀にもおらずいつもの場所で素振りを続けている。同盟の儀は終わり、民は困惑していた。文句を言う者。戦力が増えて安心する者。様々だ。野次を飛ばす者もいた。
加藤は付き合ってられないと思ってミャンと帰ることにした。今日、暗殺者は現れなかった。
2人はコーヒーでも飲みながら会話を楽しむ。久しぶりの平和だ。コーヒーの苦味も甘く感じる。加藤はコーヒーをひと口飲み、心配してミャンに聞く。
「ミャン。明日俺は最前線で戦うことになる。お前はどうする? 嫌だったら集会所に避難してもいい」
ミャンは笑ってすぐ返事する。
「今更だよ。フフッ。ミャンは春樹くんと一緒」
加藤も笑顔になる。
「ああ。一緒だな」
「うん。ずっと一緒」
ミャンは幸せそうな笑顔を浮かべる。加藤はいつまでも彼女とこうのんびりしたいと思った。コーヒーを飲む。まだたっぷり残っている。
それから加藤はいつも通り飯を食い、食器を洗い、カオルの様子を見、風呂に入る。歯を磨き寝室に入る。ミャンが待っていた。ミャンは立ち上がって
「ミャンもお風呂に入ってくるから待っててね」
「ああ。確認だがミャン。後悔はないよな?」
ミャンはコクリと頷いて出て行った。加藤はベッドに座って覚悟を決める。今夜ミャンを初めて抱くことになる。緊張する。額に水滴が垂れる。風呂に入った時体についた水なのかそれとも汗なのか分からない。
加藤はカオルの言葉を思い出す。
「ミャンを泣かせちゃダメよ」
(これは期待に応えるしかないな。カオルさん。必ず生き残ってミャンを幸せにしてやる)
加藤は何もせずただ座って待ち続けた。少しだけ目を瞑る。目を開けて加藤は唖然とする。
ミャンは風呂に上がってバスタオルだけを身体に巻いて寝室に向かう。髪を下ろしてポニーテールから長いストレートにしている。シャンプーの匂いを纏いながら笑顔でゆっくりと扉を開ける。
加藤春樹がこの世界から消えていた。
「おかえり加藤……異世界は楽しかったかい?」
「だ、誰だ? ここは?」
「今電気を点けてやる」
蛍光灯がゆっくりと点滅しながら光を放つ。少し眩しい。加藤は患者衣を着てベッドに仰向けで寝ていた。腰を触る。リボルバーがない。当然刀もない。上半身を起こして辺りを見渡す。
(病室か?)
白い壁はほとんど血の色に染まっている。地面には医療従事者と見られる人達が無惨に殺されている。
目の前には怪しい奴が黒くて丸いパイプ椅子に座っている。奴は痩せているが胸は女性のような大きさで白衣の上に鼠色のパーカーを羽織ってフードを被り、顔は見えないよう布で隠れている。加藤はなんとなくそいつが誰か分かった。
「メイド・スケアリーだろ? はじめましてだな」




