第二十四話 明日私を……
その日加藤達は仮住居に泊まらせてもらった。カオルがようやく目を覚ました。
「加藤くん! ジョ、ジョンは?」
加藤は指を指す。
「あそこで寝てますよ。酷い怪我です」
カオルは暗い顔でうつむいて
「そう」
「でもアイツなら大丈夫ですよ。きっとすぐ……」
バサッ!
ジョンが立ち上がった。その体には包帯が巻かれている。加藤はジョンの顔を見て、
「おい! 動いちゃダメだ! 寝ていろ。ジョン!」
「やらなきゃ……守らなきゃ……」
「は?」
「お、俺はこんなこと……してる場合じゃ」
「何言ってんだ? ジョン!」
ジョンは枕元にある刀を持ち、加藤を見る。
「素振りしてくる」
「おい、待て! その体でか?」
「俺は健康だ」
ジョンは目で止めないでくれと訴える。カオルは止めない。加藤も諦めて好きにさせた。ジョンは傷だらけの体を酷使して動かし、外へ出て行った。
カオルの元に医者がやってきて
「あれ、ジョンさんは? 火傷を治すには特別な薬草を塗って寝る必要があるというのに。いったいどこに行かれたのやら」
カオルは医者に
「探さないであげて。彼はもう止まらないから」
加藤も頼む。
「俺からも頼む。アイツはもう健康だ。退院だ」
医者は呆れて何も言えない。
「だって夜中の2時ですよ。もう全く……」
医者はスタスタとどこかへ行く。加藤はカオルと目を合わせて、
「ミャンが待ってる。カオルさん、おやすみ」
カオルは目を瞑って、
「ミャンを泣かせちゃダメよ」
加藤は無言で立ち去った。加藤が寝室に入る頃、ミャンはもう寝てしまっていた。加藤はミャンの寝顔を見つめる。
(ミャンのためなら命だって捨てられる。ミャンのためなら拳銃自殺してやってもいい。だがミャンは俺に死ぬなと言う。1日目が終わる。残り2日)
次の日、戦争に向けての準備期間は残り48時間を切った。さらに昨日多くの家で火事が起こったので町は緊張感に包まれていた。町中の男達が戦争に向けて作業をしている。
加藤も朝食を終えたらすぐに手伝いに行くつもりだ。仮住居では多くの人達とひとつ屋根の下で飯を食う。キッチンには老若男女問わず何人もの人達が飯を作っている。みんな家を失った人達だ。
加藤は食事を終えて仮住居を出ようと思ったその時アプリコットとドンがやってきた。アプリコットはドンを医者に預け、加藤を連れてテーブルの席に着く。
加藤はアプリコットから先日の話を聞いた。
「それはひでぇ。なによりドンさんが気の毒だ」
アプリコットはリボルバーを取り出しテーブルに置いた。彼は加藤と目を合わせて真剣な表情で、
「ドンもこの銃で守った。加藤。ワシにも弾を分けてくれ。ワシも戦う」
加藤は怖い顔をして低い声で言った。
「もちろんだ……ただし、死んでもいいのか?」
加藤は覚悟を問う。アプリコットは頷く。
「死ぬつもりはない。守るために戦うだけだ」
「そうか……とても危険な仕事だ。失う物は多いが得るものはない。生半可な覚悟じゃ戦えない」
加藤は手を差し出す。アプリコットはそれを握る。
「ミッチー。いや、アプリコット。嫁を泣かせるなよ」
アプリコットは何も言わずに席を外した。
その日加藤は町の男達と一緒に一日中働いた。木材を運び、石を運ぶ。最低限の柵を作るにしても時間が足りない。一人でも多くの力が必要だ。
なんだか騒がしい。木材を数人で運びながら加藤は思う。人だかりができていて何人ものガタイのいい男達が盛り上がっている。
「すげーよ」
「あんなに重たい物を1人で! すげーぞ」
いったい誰だろうと思い加藤は横を見る。
「ミャ、ミャン?」
ミャンがたった1人で男数人で協力して運ぶような重い木材を軽々と運んでいた。男達は感嘆する。
隣の髭面男テッドが興奮して話しかけてくる。
「加藤さん。あの娘すごいっすね。美人ですし」
「そうだな」
「付き合ってるんですよね? 羨ましいこった。戦いが終われば結婚ですかい?」
加藤はため息をつき、
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
「え? マジすか?」
加藤は男を睨んで呆れた声で、
「なわけねぇだろ。そんなありきたりな死亡フラグを俺が言うとでも思ったか。いいか。俺は絶対死なねえ」
「べ、別に俺は加藤さんが死ぬなんて一言も」
加藤の怖い顔にテッドはビビる。はやく木材を運んで逃げてしまいたい。
今日はあっという間に日が沈んだ。やけに平和な日だった。やけにだ……
外に置かれた椅子に座り、黄昏ていた加藤にさっき一緒に作業していたテッドが話しかけてくる。相変わらず興奮して喋ってくる。声がデカい。
「加藤さん、飯にしません? 向こうの飯屋。なんとタダだそうです。行くしかないですよ!」
加藤は立ち上がってテッドの仲間達と一緒に店に入った。騎士や冒険者やらが酒を飲み合い、歌を歌い、踊り出す。みんな酔っ払っていて馬鹿みたいだ。
この光景を見て加藤はなぜか落ち着いてきた。
(今日は騒ぐか……たまにはこんな夜もいい)
加藤達は乾杯して酒を飲みまくる。くだらない話をして下品にゲラゲラと笑って楽しんだ。加藤は向かいに座る男に話しかける。彼はトムという名で小柄な男だ。酒をまだ一杯も飲んでいない。
「飲まないのか?お前も楽しめよ」
トムは立ち上がる。
「酒は結構です。少し、トイレへ」
トイレに向かうトムを男達はゲラゲラ笑う。
「飲まねえ癖に出すもんは出すだなハッハー」
加藤はトムに少し不審感を抱きつつも黙って酒を飲む。テッドがニコニコしながら話しかけてくる。
「加藤さん。加藤さん。トムの奴がなぜトイレに行ったと思います?」
加藤は不機嫌そうな顔で、
「クソどうでもいいんだが」
加藤の反応を無視してテッドは話続ける。
「人がトイレに行く理由ってですね。3つあるんすよ」
テッドは酒を飲む。酔いすぎだ。
「1つは小便。2つは大便。」
トムがトイレから出てこっちに歩いてくる。テッドは酔いすぎてテンションがおかしい。
「3つ目は武器ですよ。人と会う時武器を持ってたら暗殺がバレちまう。へへっ。だから前日にトイレに武器を隠しておくんですね。」
「さあ加藤さん。答えどれだと思います? 俺は1だと思います。戻ってくるのがはやいですから」
パァン!
銃声が鳴った。トムが拳銃でテッドの額を撃ち抜いたのだ。加藤は驚いてトムを見る。銃口がこっちに向いている。
「答えは3つ目か」
加藤はすぐに屈む。
パァン! 銃弾が加藤の頭上を飛ぶ。加藤は姿勢を低くしながら急いで離れる。銃弾と共にテーブルの上の食器やらが割れて破片が散らばる。
一緒に飲んでいた男の何人かが逃げ出し、残りは酒を飲みながらゲラゲラ笑う。何が起きているのか理解できていない。店の客もパニックになって逃げ出す者と様子を見ている者、何が起きたか分からない者に分かれる。
加藤は人混みに紛れて一旦逃げる。リボルバーは持っているが恐らく酒が入っている状態じゃ当たらないし、一般人に当てたら最悪だ。
「逃がすか加藤!」
トムは追ってくる。人が多いのも構わず撃ってくる。何人かに当たる。店の中はパニックだ。
大男が1人、後ろからトムの頭を皿で殴った。トムは倒れた。加藤はトムの元へ向かう。トムの頭から血が流れている。加藤は大男に礼を言う。
「助かった。ありがとう。」
「久しぶりだな若いの」
「マムシか? お前!」
ブラックマンバの戦いの時戦った老人マムシ。普段は小男のフリをしているが今は大男の姿だ。
「ワシも戦いに参加するんでね。それより、怪我人の救護が先だ」
加藤は頷いた後、トムの頭を上げ、顔を見る。人間かどうか確認する。
(特に変わった所はない。コイツもトラベラーか?)
加藤がそう思った瞬間、トムの目がクワッと開く。
青い! 目は異様な光を放っている。
「ウヒャウヒャうひゃうひゃひゃ!」
トムは加藤に飛びかかり加藤の首に噛み付いてきた。凄い力だ。殺される。加藤はリボルバーの銃口をトムにあてて発砲する。脳味噌が散らばりトムは噛む力を失った。
マムシが心配そうに加藤の首を見る。
「凄い圧迫。もうすぐであの世だな」
「あの光……まさかこれが洗脳か? 魔物だけでなく人間にまで」
マムシは加藤の独り言に興味を示す。
「洗脳? なんのことだ?」
「戯言だ」
加藤は怪我人へ応急処置を手伝ってから店を出た。
一緒に飲んでいた仲間達は泣きながら加藤の話を聞いた。昔からの友人が多かったそうだ。
「テッドはいい奴だった。今日会ったばかりで馴れ馴れしい奴だし、話はつまらなかったが印象に残る男だった。場を盛り上げてくれたし本当に辛い」
加藤は泣く男達に話した。彼らは泣き続ける。
「そうだ。テッド……」
「ううう……テッド」
帰り道、加藤はジョンに会う。素振りを永遠に続けている。周りにミンチが転がっていた。死体か?
「暗殺者が来たのか?」
「ああ。メイド・スケアリー。卑怯な奴だ。直接面と向かって戦おうとしない。それに、やり方も酷い。狂気を感じる」
「同意だ。奴はイカれてる。女から狙い、人の家を焼いてさらに毎日刺客を送ってくる」
「もうすぐ戦いだ加藤。ところで加藤。ミャンとはもうやったか?」
加藤は驚き呆れる。
「やってない」
ジョンはニヤニヤしながら、
「お前も死ぬかもしれねえんだ。それに、ミャンちゃんだってお前を欲している。やれ。今日のミッションだ」
加藤はため息をついて帰る。ジョンは素振りをやめない。目の下には真っ黒なクマができている。おそらく限界だろう。だがジョンはやめない。平気な顔をする。
加藤は暗殺者に怯えながら急いで仮住居に帰った。ドアノブは熱されていないか? ブービートラップは仕掛けられていないか? 加藤は確認しながら入る。
ミャンが椅子に座っていた。ミャンはニッコリ笑って、
「春樹くん! 寝室で待ってるよ」
そうか。マトモな部屋が1つ与えられているんだっけ。鍵をかけられる。誰も入ってこない。
加藤はドキドキしながら寝室に入った。ミャンは窓から外を眺めていた。
「ミャン。寝るか?」
「ねえ、春樹くん」
「なんだ?」
加藤はベッドに寝転がる。ミャンは転がって移動し、加藤に抱きつく。加藤の心拍数が上昇する。
「この町もあとちょっとで戦場になるんだね」
「ああ」
「春樹くん。生き延びようね」
「当たり前だ。戦いの話はもうよそう」
ミャンは加藤に顔を寄せる。そして加藤のほおに軽くキスをした。加藤は顔を赤くして、
「なっ。ミャン?」
ミャンは笑っている。加藤はミャンの目を見つめる。これはもう、するしかないのか?
加藤は男になる。ミャンの肩を両手で掴んでミャンを引き寄せる。しかし、キスをしようとしたらミャンが加藤の口を人差し指で抑えた。
「今日はダメ。遅いから」
「残酷だな」
「フフッ。ミャンもサドだもん。春樹くんと一緒」
「お、俺はサドじゃねえぞ」
「よくもまあそんなことを」
ミャンは加藤に抱きついた。密着して離れない。もうどうでもいいからめちゃくちゃにしてやりたい。
「お、おい。今日はダメなんだろ。人の心を弄ばないでくれ」
ミャンはさらに強く抱きついてくる。
「ねえ春樹くん。メイドを倒したら帰っちゃうんでしょ? 元の世界に」
ミャンは不安な声で聞く。顔を見せない。加藤はミャンの頭を撫でて
「帰るもんか。」
ミャンはおそらく泣いている。
「嘘……だってもう魔王はいない。メイドが死んだらここは平和になる。春樹くんはこの世界にとって必要じゃなくなる」
加藤はミャンの顔を上げて顔を見る。やっぱり泣いている。ミャンはすぐに顔を隠す。加藤はミャンの頭を優しく撫で続け、
「ミャン。お前にとって俺は必要だろ? 俺もお前が必要だ。俺はいなくならない。女神だって馬鹿じゃねえ。きっと話せば分かってくれるさ」
「本当に?」
「ああ。本当だ」
ミャンは顔を上げる。加藤を見つめて涙を払って笑顔で言う。
「なら、証明して欲しいな」
「証明?」
「そう。ミャンと離れないっていう証明」
加藤は優しく聞く。
「何をやればいい?」
「セックス」
加藤は激しく動揺する。今日のミャンは積極的すぎる。これはどう反応したらいいのか分からない。とりあえずミャンに触れる。ミャンは首を横に振る。
「今日はダメ。明日。ミャンを抱いて」
加藤は唾をゴクリと飲んで、
「いいぜ。そのかわり後悔すんなよ。そ、それから今日はキスもダメなのかい?」
「ダメ。触らないで」
ミャンは離れてそっぽを向いて寝やがった。
(完全に遊ばれた。ミャンは絶対向こうで笑ってる)
ミャンは向こうを見て泣いていた。
加藤は気付けなかった。
2日目が終わる。残り1日。




