第二十三話 異世界の用心棒
「答えは出たか?」
「ああ」
「ククククク。賢明だな。女はもらってくぞ」
男は笑い続ける。彼の指示で横の男達が動こうとする。アプリコットは男達を睨む。動こうとした男達が止まる。足が動かない。その目は泣き叫ぶ旦那の目じゃなかった。ガンマンの目だ! 殺気を放つ。
男達は恐怖を感じた。誰も動かない。緊張感あふれる沈黙が続く。ナイフ使いはアプリコットと目を合わせて笑うのをやめ、殺し屋の顔になる。
「ハッピーアイ? いや、あいつか……」
ナイフ使いはボソッと思わず何かを呟く。殺気を放ちながら双方見つめ合う。ナイフ使いは長い舌を出して自分の手のひらを左右順番にゆっくりと舐める。本気を出す前のルーティーン。アプリコットはただ睨むだけ。夕陽に照らされ、アプリコットは別人になったかのような顔で、
「いつ協力すると言った? クソッたれ」
と言い放つ。それは決闘の合図! つまりこれは不意打ちではない。アプリコットは腰に手をかけ銃を抜く。男は気付いてナイフを取ろうと手を伸ばす。
2人とも速い。ドンは目を瞑る。アプリコットはリボルバーを右手で強く握り左手で撃鉄をカチッと鳴らして引き金を引く。
ガン ダン ボォン ギャン ガドォーーン!
「早撃ち」だ!
言わずもがなの最強奥技「早撃ち」によって黒スーツの男達は何もできずに銃弾に命を破かれて一瞬で死んだ。アプリコットは銃を見つめる。
「高道純。ありがとう。早撃ち、ワシにもできた」
「ドン、痛むか?」
ドンは痛いはずだが笑顔を見せた。
「平気平気。ありがとう」
「ねえ」
「なんだ?」
ドンは笑顔で
「かっこよかったよ」
アプリコットは照れ臭くなる。
「お、おう。そうか。そ、そうだ! 手当てしねえとな。中に入ろう」
黒スーツはみんな御陀仏だ。だが、ナイフ使いだけは命を保っていた!
ナイフを飛ばす。しかし狙いが定まらず外れる。アプリコットは引き金を引く。
バキャイーーン!
ナイフ使いの左手に当たる。血が飛び散るが、ナイフ使いは立ち上がる。アプリコットは迷わず引き金を引く。カチッ……
「なっ」
弾切れだ。アプリコットは銃の扱いが分からない。リロードもできないし、そもそも弾も持っていない。
「死ねぇーーー!」
ナイフが飛ぶ。アプリコットはドンを庇いながら連れて店の奥に入る。
黒スーツのナイフ使いは地面に落ちてる自分のシルクハットを拾い、深く被って不適な笑みを浮かべながら店に入った。
「ヘヘヘッ。速いねえ。素晴らしい早撃ちだ。俺の投げナイフより速いなんてな。さあ、どうやって殺してやろうか」
ナイフ使いはナイフを手に取っていつでも投げれるようにしていた。
(これなら負けねえ)
そう思いながら店の奥に入る。中は普通の家のようだ。ナイフ使いは辺りを見渡し、家具を蹴り飛ばしながら、
「へっ。隠れても無駄だ! 出てこないなら火をつけるぞ。フハハハハ」
アプリコットはドンを置いて小刀を持って敵の背後に忍び寄る。小刀をゆっくりと抜く。刀身が輝く。そろりそろりと足音を立てずに忍び寄る。
「おい。本当に火、付けちまうぞ。今から謝れば命だけは取らねえ。ヘッヘッ。安心して来な」
アプリコットはかなり近づいて小刀を振りかぶる。しかし音は消せても殺気は消せなかった!
「みっけ」
パスン!
アプリコットは額を切られた!
「なああああ!っあああ。うっぐ」
血が垂れて視界が悪くなる。
「お返しだ!」
男はアプリコットに膝蹴りを入れ、顔を蹴り飛ばす。アプリコットは小刀を落として身動きが取れない。男はまるで痛みを感じないかのように、撃たれた左手でアプリコットの首をガシッと掴み引き寄せる。ナイフを顔に向ける。
「なあ。どうやって死にてえ? まずは目か? 鼻か? 舌か? へっへー。俺を殺せなかったこと後悔しな。ククククク。楽しませてくれガンマン!」
「でてけーーー!」
「!?」
ドンが叫びながらドタドタと走ってやってきた! 血塗れの手で泣きながらホウキを握っている。
ホウキで顔面フルスイング!
男は怯む。ナイフを握りドンをギロッと睨む。殺気がドンにゾワっと襲いかかるがドンは怯まない。
「えーーーやっ!」
ホウキで何度も突く。
「目、目に入った! クソがあ!」
男は慌てふためく。ナイフを振り回す。ドンは走って鍛冶場に向かう。熱した鉄があるはずだ。
「あの女、殺す。殺す」
男はナイフを握ってドンを追う。
「待ちやがれ!」
アプリコットがタックルした。男は地面に背をつける。アプリコットは馬乗りになって恐れず男をぶん殴る。そして左手の傷口を爪で掻きむしる!
「アーーー! グワア! 殺す! 殺してやる!」
「うるせえ黙れ!」
アプリコットは殴り続ける。男はナイフを強く握って振り上げる。
ジュウウウウウ!
「ギャアアアアアアアア!」
ドンが男の右手に熱した鉄を押し付ける。肉が焼ける。右手はブルブルと震えている。男は絶叫した。
「どうだ!どうだ!」
アプリコットは殴り続ける。ドンは決して鉄を離さない。男は足をバタバタさせて抵抗する。ドンは鉄を足にも乗せる。
「ギャアアアア! 殺す! うわあああああ! やめろ! 助けてくれ。俺が何をした! うわあああ!」
「アンタは私を痛めつけた。楽しんでた。次は私が楽しむ番よ。」
ジュウウウウウ!
「ドン、終わりにしよう」
「うん。そうして」
アプリコットは男のナイフを手に取り、首に刺した。絶叫が鳴り止んだ。血がダラダラと流れる。あれほどしぶとかった男も一瞬で死んだ。
「ハァハァハァハァ。ドン。ワシら、人を」
「ええ。でも、やるしかなかった」
「ドン。ここにいたら危険だ。加藤の所に行こう。それに、ワシの早撃ちも戦力になるかもしれん」
「そ、そうね。でも」
ドンはアプリコットの血塗れの額にキスをして、
「死んじゃダメよ」
その目は少し悲しそうだった。
「もちろんさ。死ぬはずねえ」
アプリコットの目は変わっていた。覚悟ができている。ドンはその覚悟を受け止め、アプリコットに抱きついた。2人はしばらく抱き合った。
安眠屋からは煙がモクモクと上がっている。完全に廃墟だ。まるで戦場にいるかのようだ。加藤は全く落ち着かなかった。いつ来るか分からない敵に怯えるしかない。それに対してミャンは落ち着いていた。
「ミャン。大丈夫か」
「平気。ミャンと春樹くん。2人で最強だもん」
バッ! と地面から手が出てきてミャンの右足を掴み、力を入れる。
「最強? 試させてもらおう」
「ミャン!」
「なっ!」
ミャンは沈まない。びくともしない。
「小娘がああああ!」
敵は力を入れるがミャンを引きずり込めない。
「出てこいよ。雑魚」
ミャンが声色を変えた。とても怖い。ミャンの体幹は常人とは格が違うのだ! 引きずり込まれるなどありえない。ミャンは右手で敵の手を掴み引っこ抜く。
「うおおおおおお!」
地面から敵が引っ張り出された。鎧を身に纏い、まるで騎士のような格好をしている。2メートル以上はある。彼が持つ両手剣もデカイ。
宙に舞ったその敵は右手に持った両手剣を振る。ミャンは右手を決して離さず左手で日本刀を抜き、相手の攻撃を受け止める。
パリィ!
ミャンは見事に弾き、手を放す。両手剣の攻撃は非常に重い。
「フフフ。小娘。なかなかやるな。俺の名はモグダ。さっき俺を雑魚と呼んだのを後悔しろよ」
ミャンは笑う。いつもと違う。人が変わったかのように笑い始める。加藤は思わず引く。
「アッハハハハ。漁師に捕まった魚に何ができるっていうの? さあ、血抜きの時間よ」
プシャーーーッ!
モグダの体のありとあらゆる所に切れ込みが入り、血が噴き出した。
「な、なんだこの攻撃?」
目に見えない斬撃はモグダの血が抜けきるまで止まることはなかった。モグダは膝をついて刀を落とす。
ミャンは笑って、
「ジョン! 種明かしよ!」
ジョンは答える。
「お前キャラどうなってんだ。ハァハァ。チートだよ。み、みんな大好きチート。モグダ。俺が素振りしたこの町はな。要塞なんだよ。トラップに埋め尽くされた要塞」
ジョンはボロボロだが刀を振ったのは過去の話。どれほど瀕死だろうが、斬撃は敵を襲う。ミャンはモグダに歩み寄って一撃で首をスパンとハねた!
「あれ? 血が出ないわね。素晴らしい血抜きよ!」
加藤はミャンの頭をポンと叩く。
「何興奮してんだミャン」
ミャンは刀を収め、頭を抑える。
「いてててて。酷いよ春樹くん」
「酷いよ春樹くんじゃねえよ全く。ヘヘッ」
ミャンはいつもの顔に戻った。加藤とミャンは笑い合う。ジョンはこの光景を見てヒカリの笑顔を思い出す。
「アイツもこんな風に笑ってたっけ」
ジョンは右手を口に添え、加藤に向かって叫ぶ。
「アツイネー! お二人さん。幸せにな」
加藤はジョンの目を見る。泣いていた。
「……」
加藤とミャンは黙り込む。
「ミャン。行こうか」
「どこへ?」
「知らん」
「春樹くん、お医者さん連れてこようよ!」
「よし。じゃあそこ行くか」
加藤はジョンに医者を連れると伝え、手を振って歩いて行った。
ジョンは座り込む。隣でカオルは目を瞑っている。ジョンはライターで煙草に火をつける。
「悪いなヒカリ。禁煙やめるわ」
煙草を口に咥えると風が吹き、煙草の火が消えた。
「チッ。一服しようとするといつも邪魔しに来るな。ヒカリ。お前が言うなら禁煙、再開しようかな。そして、お、俺が」
ジョンは泣いている。
「俺がまた煙草。吸おうとしたら。止めにこいよな。俺、お前いねえと禁煙続けらんねえからな」
泣くジョンを加藤は煙草を吸いながら見ていた。煙草を地面に捨てて靴で踏みつける。
「やっぱ俺には合わねえな。この葉っぱ」
ミャンが加藤の捨てた吸い殻を拾って
「春樹くん、煙草を道に捨てるのは……」
「はいはい」




