第二十一話 The awful sounds
もし、誰かが本気であなたの愛する人を狙った時、あなたに守りきる自信はありますか? 自分の無力感を感じた時、人間の精神はどうなるでしょう?
加藤とジョンは何もできなかった。ただ燃える炎を前に黙って見ることしかできない。ジョンは泣き叫びながら火に突っ込もうとしたので、加藤はジョンを必死に止めた。
「やめろ! 無駄だ!」
「ヒカリが、ヒカリが苦しんでるんだ。行かせてくれ。助けてやらねえと! アイツ。アイツ。頼む加藤。邪魔しないでくれ」
加藤は黙ってジョンを止め続けた。炎は無慈悲にも燃え広がっていった。加藤はジョンを無理矢理外に連れ出した。
「ああ、店が」
ジョンにとってこれほど辛いことはなかった。ヒカリが死に、彼女が一番好きだった店が今なくなりつつあるのだ。
「加藤、なあ加藤、俺、どうしたらいい?」
加藤は黙ってジョンの話を聞く。
「何かあったらいつもあの店で話してた。ヒカリはアイスに夢中で、俺はその姿を見るだけで満足だったが、ヒカリはずっと俺に話しかけてくれた」
加藤はようやく口を開く。
「生きるんだ。生きるんだよ。ジョン、俺とお前で必ず仇をとろう」
「生きる?」
「ああ。生きて生きて、がむしゃらに生きるんだ」
「そしてメイド・スケアリーを必ず!」
ジョンはようやく落ち着いた。だが、彼から悲しみと怒りが消えることはない。
加藤はジョンを騎士達に預た。ヘンドリュー将軍が来ていた。
「加藤……次はお前だ。気を付けろよ」
加藤は将軍の顔を見て、
「俺、怖いですよ。自信がない」
「護衛をつけようか」
ジョンがこっちを見た。
「俺に護衛させてくれ!
メイド・スケアリーは俺が必ず!」
「なるほど。なら、ジョン。お前に任せる。数人騎士も付けよう」
ジョンが止める。
「俺だけでいい。部下の中に暗殺者がいてもおかしくねえ」
将軍は頷く。
「なら任せるぞ。ワシもいちはやくメイド・スケアリーの首を取ろう」
加藤はジョンと安眠屋に帰った。安眠屋に着いた瞬間、ジョンは刀を抜き、振り始めた。
「何してる?」
「素振りだ。俺が素振りするだけでここは要塞になる。俺、やられっぱなしは絶対嫌なんだ」
ジョンは落ち着いているがその目からは涙が流れており涙を流しながらジョンは素振りを続けた。
加藤は急いで安眠屋に入った。ミャンの顔を見て安心する。
「おかえり! えっ?」
加藤は迷わずミャンに抱きついた。
「な、何してるの? ちょっと」
「うっううっう」
「春樹くん! どうしたの?」
加藤は泣いていた。ただただ怖いのだ。失うことが。ジョンは夜になっても素振りをやめなかった。
「ジョン。アンタ寝ないと死ぬよ」
白髪の美人、カオルは心配する。
「ジョン。俺はもう寝る。朝、変わってやるよ。朝になったらお前は寝ろ。いいな」
「わかった。夜は……まかせろ」
ジョンは素振りをやめない。気持ちは全く紛れない。加藤も全く落ち着かなかった。周りの物全てが爆弾に見えた。
「ねえ春樹くん。今日一緒に寝てくれるんでしょ?」
ミャンは笑顔で加藤に話しかける。
「ああ。寝よう。そうか。もうこんな時間」
加藤はミャンと一緒に寝室に向かう。ミャンがドアを開けようとしたのを止め、加藤は自分でドアを開け、ミャンを部屋に入れた。
2人はベッドに寝転がった。どう見ても1人用のベッドだ。大人2人は狭すぎる。灯りを消す。真っ暗だ。ベッドが狭いので加藤の体があたり、ミャンは顔を真っ赤にする。加藤の手に触れ、ミャンは加藤の震えに気付く。
「春樹くん。落ち着いた?」
「ああ。大丈夫だよ」
加藤はミャンを安心させようとする。
「嘘。春樹くん、震えているよ」
ミャンは加藤の手を握る。
「大丈夫、ミャンはいなくならないよ。だって、一緒に戦ってきたじゃない? 何度も助け合ってきた。きっと乗り越えられるよ」
「そうだといいが」
加藤はミャンの肩を掴む。まだその手は震えている。
「悪いが、しばらく俺は心配症になる。異常なほどの心配症だ。今晩、いや、明日の夜もこの手を放したくない」
加藤は腕を回し、ミャンを引き寄せて抱きしめる。
「夜はこのまま。いいか?」
ミャンは足を加藤の足に絡めて、
「うん。今日も明日も明後日も毎日。夜だけはこのまま。これで、寂しくないよ」
一晩中、このまま。誰も邪魔はしない。
朝が来るまでは!
ミャンは嫌な予感がしてやけに早く目を覚ました。
「キャアアアアアアア!」
ミャンはすぐに悲鳴を上げた! ミャンの悲鳴を聞いた瞬間、加藤は飛び起きた。
まずはミャンの顔を見る。生きている。それが分かっただけで加藤は安心する。
しかし、違和感をすぐに感じた。床に血痕、布団に血が。恐る恐る毛布をめくる。毛布の中は血の海だった。
加藤は血の海の中から男の首を見つけた。
「うっうわあああ!」
加藤は驚いてベッドから転げ落ちた。落ち着いて首を確認し、ミャンの顔を見た。
「あっあっああああ!」
「春樹くん、こ、これ……」
「ああ。最悪だ」
誰の首かはすぐに分かった。
「メイド・スケアリー、何者なんだ?」
それは魔王の首だった!
あまりの強さで旧魔王を殺し、新魔王として君臨し、魔力も身につけ、ヘンドリュー将軍と並ぶ最強の存在だった。インダ・コイズミを従えてる点からトラベラーの中でも相当強いことが分かる。そんな魔王が殺されたのだ。
「お、同じトラベラーなんだよな。元々同じ魂だったってのに、殺しやがったのか」
加藤は周りを見渡し、手紙を見つける。
「なんだこれ?」
加藤は手紙を開いて読んだ。
“お楽しみのとこ失礼。紳士淑女よ。
私は魔王を超えた!
私こそ真の旅人!
三日以内に拳銃自殺しろ!
拒んだらミャンを惨殺!
さらに旧魔王軍を町に送って皆殺しだ!
私は決して姿を見せない!
地図の場所へ行ってももう無駄だ!
君は選択するしかない。親友よ!
楽しみにしている!”
裏にはメイド・スケアリーと書いてあった。
悲鳴を聞きつけてジョンが駆けつけてきた。
「どうした? 加藤!」
「俺達は無事だ! それより、カオルさんは?」
「ああ、無事だ。それにしてもなんだこれは。」
「最悪だ。布団の中。見てみろよ」
加藤の表情は暗かった。ジョンは急いで毛布をめくり、確認する。
「うっ。ひでえ。クソ! なんなんだよ! 勝ち目がねえってか!」
加藤はジョンの目を見る。虚な表情だった。
「俺、どうしたらいいんだ」
誰も答えられなかった。魔王ですら誰も敵わなかった。ジョンも加藤もミャンも魔王と戦ったことがあるから分かる。アレを殺せる怪物に勝てる訳がない。
「加藤、すまなかった。見張りもろくにできねえなんて俺。死ねばよかったんだ! あの時、ヒカリと一緒に!」
ミャンはジョンに、
「悲観しちゃだめ! 勝てないよ。アイツの思う壺だよ」
と言う。目から涙が流れている。加藤は何も考えれなかった。何を考えても失敗するとしか思えなかった。ミャンは加藤の胸ぐらを掴む。目を合わせて必死に叫ぶ。
「春樹くん! しっかりして!」
「分かってる。分かってるよ、ミャン」
加藤は立ち上がる。
「残り3日……粘るだけ粘る。間に合わなかったら潔く死ぬ」
加藤の暗い表情は変わらなかった。ジョンは加藤のほおを叩いた。そして胸ぐらを掴み、
「なんのための騎士だ! なんのために俺はいる! 俺が! 騎士が! 全力で付いている。魔王軍が来たっていい。戦争だって歓迎だ! 戦ってやる! 何日だって粘ってやるぞ!」
ミャンも加藤に気持ちをぶつける。
「春樹くん、ミャンだってできる。日本刀を持ってるんだもん。コルトパイソンだって。だから、自分は自分で守る。粘ろうよ! 何日も何日も!」
加藤は2人の顔を見る。
「分かったよ。2人の気持ちはわかった。でも、怖いんだ。自信がねえ。見張りしてくる」
加藤は部屋を出た。外に出て町を眺める。
そして拳銃を取り出して銃口とにらめっこした。引き金を引こうと思ったが力が入らない。人に撃つ時、全く感じなかった重さ。
「引き金って重いんだな」
しばらく銃口を見つめた後ガンホルダーにしまった。今日。明日。明後日のうちに自殺しないと3日後にこの町に旧魔王軍がやってくる。みんな死ぬ。
死にたい。死んでしまえばどれほど楽だろうか。こんなことを思ったのは初めてだった。加藤は何も考えず空を眺めた。
やがて騎士達がやって来て遺体を片付けてくれた。
ジョンは将軍に手紙を見せた。将軍はすぐ部下に指示した。戦争の準備が始まった! 町は何の防御壁もない。ただ広いだけで戦争に向いていない。
兵士達だけではなく町中の男達が協力した。とにかく急いで柵を建てる。ジョンは将軍に聞く。
「我らの勝機はありますか?」
「ここは非常に攻めやすい町だ。勝機はない。だがジョン! お前がここを要塞にするのだ!」
ジャンは迷わず素振りを始めた。ミャンは止める。
「ねえ、一睡もしないのはまずいよ」
「まずくはない!」
将軍は声をあげる。
「え? 死んじゃいますよ」
「ジョン、彼はこの国のために命を使うのだ。寝ることなど許されん。戦いが始まるその時まで彼は素振りをし続ける義務がある!」
「そ、そんなの!」
「彼だって分かっておる。奴は死んでもここの民を守ろうとしているのだ。ワシらに止める権利はない!」
ジョンは素振りし続ける。
まるでシャドーウィングのように。見えない敵と戦っているかのように。ミャンはしばらくその姿を見ていた。加藤はミャンを見守り続けていた。
加藤は黙って立ち去る。ミャンはついていく。
「ついてこないでくれ。煙草を吸いたいんだ」
「春樹くんって煙草吸わないよね。この前、吸うのは親友だけだって」
「はあ……昨日」
「全く眠れなかった。まだ怖い。俺は人を殺したことはあるが、守ったことはない」
「春樹くん、守らなくてもいいんだよ。ミャン、絶対死なないから」
「死なない? ヒカリは死ぬつもりで死んだんじゃないぞ。戦場で死んだのとは違う。いつもと変わらない日常であいつは殺されたんだ!」
ミャンは首を横にふる。そして笑って、
「春樹くん、春樹くんといてミャン、一度も日常を感じたことない。毎日毎日殺し合い。嫌になるほどね。だからミャンは春樹くんといる限り戦っているの」
「戦っている?」
加藤は動揺する。
「そう。毎日が戦場。そんな気分。全ての物に気を配るの。食べ物。服。家。家具。全部。春樹くんに会ってからだよ! だからミャン、死なない! 次の戦い絶対に勝つよ! メイドなんて怖くない! 私たち最強じゃない!」
ミャンは必死にうったえる。加藤は微笑した。
「へっ。確かに毎日が戦場だ」
「春樹くんは守らなくていい。殺せばいいの。いつも通り。ミャンとずっと。いつまでも」
守らなくていい。殺せばいい。
その言葉に加藤は心を動かされる。
守る自信がない。
「ミャン死なないから」という言葉を信用できない。
なら、殺してしまえばいいんだ。腐った野郎を。
「そうだ。殺してやる! 今まで邪魔する奴らみんな殺してきた! 今回だって相手がズル賢くて強いだけだ。殺してやる。今までと変わらない。」
加藤にいつもの自信といつもの怖い顔が戻ってきた。誰にでも殺気を放ついつもの加藤だ。加藤の顔を見てミャンは安堵する。
「あっ。いつもの春樹くんだ。ヘヘッ」
ミャンの笑顔が一段と輝いて見える。
「ミャン」
加藤はミャンの肩に手を乗せ目を見る。2人は見つめ合う。顔を近づける。ミャンは目を瞑る。
「お二人さんちょっといい?」
「チッ! なんだよ!」
加藤は怒鳴る。話しかけて来たのはいつぞやの人妻ドンだ。
「もう1000万どころの話じゃなくなったわね。新兵器、もうできてるわよ!」
「1週間後だろ?」
「ヘヘヘッ。旦那ったら気合い入っちゃってねー。はやく行きましょ。アンタ達も分かるでしょ? 最強の武器が何か」
加藤春樹は答えた。
「もちろん日本刀だ」
「正解! さすがね」
「当たり前だろ。義務教育受けた奴なら誰でも知ってるぜ」
加藤のやることは最初から決まっている。
今日も3日後も変わらない。
「殺す!」
ただそれだけだ。




