プロローグ プロポーズの夜
美しい内装、高級感のある家具、一流のシェフ、客も当然金持ちばかりのフランス料理店で人生の大勝負に挑む男がいた。
彼は彼女にプロポーズし、結婚して今までの失敗ばかりの最悪な人生に終止符を打ち、新たな転機を迎えようとしていた。
「ミン、これうまいな。高いだけあるな」
男からやっと出た言葉がそれだった。男は緊張して会話が続かない。彼女のミンは、少し退屈そうな表情で返事した。
「ええ、おいしいわね。それにしても広いお店ね。外から見たときお屋敷かとおもったわ! 今時東京でビル以外に大きな建物が見られるなんてね。土地もこんなに広いのに、二階建てだなんて。少しもったいない気もするわ」
「ビルなら十棟くらい建てられたりしてな。それにしても贅沢な物件だぜ」
そのまま話が盛り上がることもなく気まずい沈黙が続く。男がゆっくりと口を開いた。まだ夏にもなってないのにその額からは汗がダラダラと流れていた。
「お、俺もようやく塾講師として収入を得て、なんやかんやいい歳だ。そこでだな」
ミンが遮る。
「ロマンチックじゃない」
しばらく黙り込んだ後男が、
「単刀直入に言うぞ。俺が言いたいのはな」
ガンガンガン! と空気を全く読まない銃声が響き渡る。五人の男が銃を持って乱入してきた! 平和ボケした日本人の高所得者である客はみんな何が起こったかわからない。宝石をジャラジャラ付けたご婦人が叫ぶ。
「キャアアアアアア! 銃よ! テロよ! イヤアアアアアア!」
ご婦人の奇声が着火剤になったのか次々と客がパニックに陥り、ポップコーンが弾けたかのように客達が一斉に逃げ出した。店のスタッフは混乱する。逃げ惑う客の1人をヤクザは蹴り飛ばし、銃を上に向け、また発砲する。
「死にてえかゴミども! 高道純はいるか! 隠れても無駄じゃい!」
客はその場で座り込み、ブルブル震えている。突然の銃。命の危険。それは客達を一瞬で黙らせた。店のスタッフ達も黙って見るしかなかった。プロポーズを邪魔された哀れな男、高道純は小声で、
「チッ、いいとこなんだけどな。いくらなんでもテンポが速いってもんだい」
と独り言をつぶやいた後、腹の丹田に力を入れ、
「俺はここだ。拳銃しまってから話しろ!」
突然やって来たアクシデントにミンは多少怯えているものの、少し慣れているように見える。落ち着いている。
5人の男達は、不適な笑みを浮かべながら純から5,6メートル離れるくらいの所まで近づいてきた。この距離なら拳銃で相手を安全に始末できる。
「話をする必要はない。立て! 堅気に当たったら面倒や」
双方が睨み合う。双方の緊張がぶつかり、沈黙が生まれる。頭の中では不安やら油断やら勝利への渇望やら様々な感情が怒鳴り合う。
騒がしい沈黙とでも呼ぼう。
純は長い沈黙の後、立ち上がった。ミンも見守ることしかできない。何発もの銃声が一瞬にして鳴り響く。純がめった撃ちにされた……
のだとみんな思った。
死んだのは五人のヤクザ達だ。
純の右手にはリボルバー、左手はリボルバーの撃鉄に添えられている。
「早撃ち」だ!
普通の銃撃戦のように照準を合わせてる暇はない。ならどうやって狙うのか?
目で狙う。
つまりあの長い沈黙で勝負は決まっていた。
銃刀法違反によって銃とは全く無縁の日本人、しかも一般人がヤクザに向けて早撃ちを行い、みんな仲良く仏にしてしまった。
周りの客や店のスタッフは数秒驚き声も出ない。しかし、人の死体を見つめると少しずつ恐怖の温度が上がっていき悲鳴を上げる。怖くて動けない。ところがミンは驚きもせず、
「彼女とのディナーにそんな物を持ってくるなんて変な人。その銃に本気で惚れているのかしら?」
と馬鹿にしたように笑う。
「こんな鉄の塊じゃなくてだな……」
何か洒落たことでも言おうかと純が思った時、外から車とバイクのエンジン音が聞こえる。新手だ!




