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episode.06



気にするなと言われてはい分かりましたと答えられるほどハルは人が出来ていないのだが気にしていないフリをしている。


森の魔女の小さな家にはまるで似合わない貴人が、長い足を組んで読書に勤しんでいる。


なぜこんな事になっているのかと頭を悩ませても一向に答えは出ない。


「痛っ…!」


考え事をしていたせいか紙で手を切ってしまい、ハルの小さな悲鳴は火がパチパチと奏でる音以外に何も無いこの空間ではレイの耳にも届いた。


「どうした?」


「あ、いえ…紙でちょっと」


「見せてみろ」


「へっ?いや、大丈夫でーーー」


言い終える前にグイと手を引かれる。


………強引な人だ。


「塗り薬も必要か…」


「大丈夫ですよこれぐらい」


慣れてるしこれぐらいなら出血も少ないしすぐに止まる。


じんわり血が滲んでくる指先が、レイの口元に吸い寄せられている気がして、ハルは咄嗟に反対の手で血がつくのも躊躇わず傷口を握りしめた。


「………なんだ?」


レイは不機嫌そうに視線を上げたのだが、なんだはこちらのセリフだ。


「い、いま…何をしようと…?」


「止血だが?」


気のせいじゃなかった。なんて事をしてくれようとしていたのか。


切り傷を舐めて止血するのは分かる。分かるのだが、他人に、しかもこの男にやられるとなるとちょっと抵抗がある。


変な気分になる。


「あ、あああ、あまり、そういう事はしない方が…」


「なぜだ?」


「なぜって……毒とか媚薬とか、そんなのが仕込まれてたらどうするんですか」


「…仕込んでるのか?」


「………ませんけど」


ハルはそんな事はしていないので例え話だが、毒はともかくこの男相手では媚薬は有り得そうだ。


「口移しで薬を飲ませるのは良くてこれはだめなのか?」


「!?!?」


レイが何の事を言っているのか心当たりしか無いのだが、あの時は気を失っていたしまさか知られているとは思っていなかったハルはあからさまな動揺を見せた。


「しっ…知ってたんですか!?や…違う、そうじゃなくて……あの時は緊急事態だったので」


「今もそうだろう」


「これが緊急事態なわけありますか!!!」


思わず大きな声が出た。


あの時は咄嗟の判断だったとは言え、この唇が、あの唇に触れたのか思うと恥ずかしい。しかも本人に知られていたとは…。


いやいや、普通に考えて見ていた騎士兵が報告するか。


フンフンと粗い呼吸をするハルを見てレイはようやく手を離した。


やっと解放されたハルだったが、全身に熱を帯びていて、呼吸も整わない。まるで熱がぶり返したようだった。


顔を隠すようにレイに背を向けたまま、ハルは口を開く。


「す、すみませんでした…」


「なにがだ」


「不快な思いを、させたのではと…。得体の知れない魔女なんかにあんな事」


ハルのマイナス思考は通常運転だ。根暗で友達がいない人間なんて大体はこんなものだろうと思う。


「そんな事は思っていない。命を救われて、そんな事を思うと思うか?」


「でも、相手が私では……。太って脂ぎっててニヤケ面の無精髭のおじさんだったらちょっと嫌じゃ無いですか?」


ハルは太ってないし脂ぎってもいないし顔は分からないが髭も無ければおじさんでも無いのだが、自己評価としてはそれと同等ぐらいに陰気で湿気っていると思っている。


レイはそれを聞いて「はあ?」と険しい顔をしていたが、背を向けているハルにはその表情は伝わらない。


「魔女殿、こちらを向いてもらえないか」


嫌だったけれどハルはギギギギと何とか体を動かしてレイに向いた。


やはりレイは不機嫌そうな顔をしていて、ハルは視線を逸らした。


「不快だとは思っていない、ただ感謝している。大体なんだあの例えは。どれもお前に当てはまらん」


「い、いや…だって………」


「なんだ」


言って良いものかと迷ったが、この副団長を前にして誤魔化すなど出来ないだろうと意を決した。


「だって、ずっと怖い顔を………」


今朝玄関の扉を開けた瞬間から、いやもっと前だ。昨日からずっとレイは難しそうな顔をしている。


微笑んでいたような気もするが幻想だったかも知れない。熱あったし。


だから本当は、森の魔女の顔など見たくもないのではないかと思っていた。


前世の、祖父や父が春に向けていたあの視線とよく似ている気がして。


いつの間にか指の出血は止まっていたが、ハルは血が止まる勢いでギッと拳を握りしめていた。


一方、怖い顔と指摘されたレイはため息をつく。


元々持って生まれた顔は緩くは無く、職業柄常に気を張っているレイはもう何年も前からこの顔が標準装備だ。


何も考えていなくても「怒ってますか?」と部下に聞かれる事も多々ある。


自分が相手にそういう印象を与えやすいと自覚はしていたが、まさか魔女殿を顔面だけでここまで追いやってしまうとは思っていなかった。


「すまない。顔はこういう顔なんだ。別に怒っても不快だとも思っていない」


チラリとハルはレイの顔を覗き込む。


「………本当ですか?」


「本当だ。誤解させたのは悪いと思うが、顔ばかりはどうにも出来ん。」


魔女ハルならば魔法を使ってちょちょっといじる事も可能だが、レイの申し訳なさそうな顔を見ればそれが本心だと分かるし、分かってしまえば変える必要もない。


「ところでお前…」


「?」


レイが怒っているのではないと分かって安心していると、今度は不可解そうに声をかけられた。


「太ってて脂ぎっててニヤケ面の無精髭のおじさん、だったか…?お前自分のことそう見えてるのか?」


だったら目ヤバイぞ、と顔に書いてある。


そんなわけは無い。


「いや、太ってはないと思いますけど」


むしろハルは平気でご飯を抜くので痩せている方だと思う。


というかあれはイメージしやすくするための例え話だ。それと同じくらいじゃないですか?という意味の。


レイは何故か落胆した。


「そうか、そうだな。むしろ痩せている」


「?」


「これはセクハラじゃ無いんだが、お前のために言っておく。お前、部下達から結構人気あるぞ」


「はい?」


意味の分からないハルは、ブルドッグ的な?と首を傾げていた。







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