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episode.05



それはそれは見事なまでに爆睡をかました翌日、目が覚めた時、そこにレイの姿はなかった。


夢かとも思ったが、丁寧に2人分の器とカップが洗ってあったのを見て、夢じゃないよなと思い至る。


「ああっ!」


何より一晩ハルの体を温めていたのは紛れもなくレイの外套だった。


そういえば、いい香りがするな、なんて思って眠った気がする。


「ど、どうしよう…返しそびれちゃった………」


何にせよ綺麗にして返さなきゃだめだよな、と筆を取り洗濯用のタライに水を溜めた。


洗って乾いたら回復薬を取りに来た騎士兵に預ければいいか。


……副団長がここへ来た事は黙っていた方が良いのだろうか?


うーんと頭を悩ませながらも手を動かすのは止めなかった。


午前9時の水は冷たく、目が覚めるのは良いのだが、折角良くなった調子をまた崩したく無いので火も焚いた。


外套を乾かすのにもちょうどいい。


ジャバジャバと洗ってなんとか搾り上げたところで、コンコンコンとノック音が響く。


「…え?今日は随分早い…。まだ1つも作れて無いのに」


ハルは騎士兵が回復薬を取りに来たのかと、ローブも羽織らず、腕まくりのままドアを開けた。


「すみません、まだ1つも出来てなくて………ええっ!?」


「何がだ?………何をしている?」


「何をって…き、聞きたいのはこちらですよ。副団長…」


そこには朝から不機嫌そうな騎士団副団長、レイの姿があった。


昨日の夜に帰ってまた来たのか?なんで……?


ちょっと考えて、「外套か!」と閃いたものの、それは今まさに洗濯中でびっしょびしょである。


「入るぞ?外気が入れば部屋が冷える」


「え、あ、ああ…」


ずかずかと慣れた様子で入ってくるレイは昨日とは違う服装で、昨日よりもラフだった。


「で?何してるんだ?」


ハルは現在、腕も足もたくましく捲り上げた状態である。騎士兵だったら追い返そうと思ってそのまま出てしまったのだが、とてもお客人を招く格好では無い。


「洗濯を…外套をお借りしたままだったので」


レイは暖炉の側に置いてあるタライに目を向けたかと思うとため息をついた。


「そのままで良いものを」


「い、いえ!そう言う訳には…」


「律儀だな、お前。熱は下がったか?」


「下がりました」


体感的に下がったと思ったのでそう言ったのだが、レイは言葉だけでは納得してくれなかった。


「……これほどまでに信用出来ないとはな」


そう言うとハルの方へと一歩近づいて自身の手をハルのおでこに当てた。


「!?!?」


近い近い!いや全然遠慮がないんだなこの人!!


「下がってるな」


だから下がったって言ったのに!!


「………こんなに信頼の無い魔女って…」


魔法なんて曖昧なものを扱う魔術師にとって、信頼とは何よりも大事な商売道具なのに。


と言っても森の魔女ハルは個人的な客人はほとんどいないので痛手はあまり無いのだが、これでは今後も新規の客人は増えなそうだ。


それでなくてもハルの魔法発動は特殊で怪しまれる事もあると言うのに。


とりあえず外套を干さなくてはとハルはとぼとぼと動き、そのうちにレイは昨日と同じ席に座った。


「…?」


「なんだ?」


「いえ…何してるんですか?ま、まさか乾くまで待つんですか!?」


わざわざ取りに来てもらって申し訳ないのだが、乾くには少々時間がかかるので帰ってもらおうと思っていた。午後辺りに来るであろう騎士兵に持たせてやれば良いかと…。


「まあそれでも良い。そもそもそれを取りに来たのでは無いしな」


「では何を?」


「朝食だ。食べられそうならと思って持ってきた」


ハルは眉を寄せた。口は半開きになっていたかもしれない。


「わ…わざわざ?」


「熱が下がっているかも分からなかったからな」


「えー………」


人が良すぎる。こんな山奥の魔女など放っておけば良いものを…。それならまだ外套を取りに来たと言われた方がマシだ。


「お、お仕事は…?」


「今日は非番だ。俺が居なくとも部下たちは問題無く動く」


「優秀ですからね、兵士さんたち………じゃなくて」


「?」


「わ、私の事は放っておいて大丈夫ですよ。わざわざこんな森の奥まで…」


「ならば、休みの日に森に癒されに来た」


じゃあ外に行って癒されとけよと思ったが、この人に何を言い返してもキリがない。


最終的には秘技絶対服従でハルが折れるしかない未来しか見えない。


干した外套の皺を伸ばして、ハルもレイの正面の席についた。


「……………ありがとうございます」


「良い。食べろ」


心の中で悪態をついてみたものの、今日レイはハルの体調を気遣って、心配して、朝食まで持って訪れてくれたのだ。


これが無ければ面倒で朝食は抜いていただろう。言ったら怒られそうなので言わないけど。


なのでこれはありがとうだ。気遣いに関しても、朝食に関しても。


パンとヨーグルト、フルーツもいくつか。朝らしいメニューだった。ヨーグルトやフルーツは、もしもハルの体調がまだ優れなかったとしても食べれるようにとの配慮だろうかと勝手に推測して勝手に喜んだ。


「これを、持っておくと良い」


モッチョモッチョとパンを頬張っていると、レイが何かぽろっと差し出した。小さな箱に入っていて何か分からないがカチャカチャと音がする。


「? なんですか?」


「風邪薬だ。魔法のじゃなく」


「良いんですか?貰ってしまって」


「そのつもりで持ってきたんだ。もしまた体調が悪くなる事があれば使うと良い。ただし、薬を飲む前には必ず腹に何かいれてからだぞ」


「…………はい」


空腹に薬はあまり良くない事くらい流石に知っている。


セルソは薬をほとんど扱わないため、レイが持ってきた薬はありがたく受け取って、ハルはふと思った事を尋ねた。


「もしかしてこれは、助けた事へのお礼ですか?」


「…」


無言の肯定。なるほど。それでこんな人里離れた場所に住む地味な魔女の世話を焼くわけだ。


「律儀なのは副団長の方では?」


「礼も含んでいるというだけだ。俺の全ての行動の理由がそれでは無い」


「じゃあ他の理由は何なんですか?」


レイは悪い笑みを浮かべた。


「森に癒されに来たと言っただろう?」


「……………」


絶対嘘だが本当の事を教えるつもりは無さそうだった。






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