episode.04
「体調が悪いなら休め」
「いえ、これぐらいなんとも」
「いつからだ?」
「い、いつから、ですかね。あはは」
「…………いつからだ?」
「………………………3日ぐらい前、でしょうか」
「…薬は無いのか?作れるだろう」
「作っても術師自身には効きませんよ」
「…………………そうだったな」
なぜ副団長に怒られる事になっているのかとハルはレイの外套にぐるぐる巻きにされながら考える。
レイは深い深いため息をついていた。
「他人に無理をするなと言える立場か?」
「………気を失うほどでは、無いので」
「嫌味か?」
「ち………違います………」
またまたレイは深い深い、深ーいため息をついた。
そんなに呆れられる事かとハルはちょっと眉間に皺を寄せた。他人なのだから放っておけば良いのにとも思う。
「部屋を温めた方がいいな。火はあるか?」
「え、ああ……それより帰らなくて良いんですか?」
「この状態で帰れるわけないだろう」
構わないけどなぁ、と思いながらも確かにちょっと冷えてきていたので、ハルは筆と紙を取った。
副団長様に仁王立ちで見られていると緊張するのだが、【火】の文字を書くとハルはテコテコと暖炉に向かい、紙をひょいと放り投げた。
薪はレイが組んでくれていたようで、上手く燃え移る。
ついでに明かりもつけようと筆を走らせた。
その間、レイはずっと怖い顔で見ていた。
つい先ほど「拝見したい」なんて言っていたハルの魔法を披露しているわけなのだが、全く嬉しそうでは無い。と言うかむしろ逆の表情だ。
「食事は?きちんととっているんだろうな」
「リンゴひとつは食べるようにしています」
「1食がりんごだけか?」
「………1日………」
レイは我慢ならずに頭を抱えた。目の前の魔女は「忙しくて、あはは」なんて笑っている。ハルが下手に笑うのは誤魔化したい時の癖だ。
「休んでいろ」
「なに、を…?」
「粥くらいは作れる」
「ええっ!?い、いや、大丈夫ですよ!!」
まさか副団長様に…いやいや、お客様にそんな事をさせる訳にはいかないと立ち上がったのだが、レイは無言のままハルに視線を送り座るように促した。
なぜかスタンと腰掛けてしまう。催眠の魔法でもかけられたようだった。
結局ハルはそのまま、何も口出しする事を許されず、と言うかそんな勇気は無く、ただ黙って火に当たっているうちに湯気を立てたお粥が出てきた。しかも2人分。
「食べて行かれるのですか?」
「悪いか?使った食材の分は払う」
「いえ、そうではなく………」
帰らないのか?もう外はすっかり暗い。
「なんだ?」とジト目で見られたのでハルはおもむろに口を開いた。
「帰らないのかな、と…」
「随分帰って欲しそうだな。残念だがまだ帰らん」
「夜の森は危険ですけど」
「俺は騎士だぞ?気にするな。食べろ」
流石は副団長というべきか…。上からものを言うというか、偉そうというか。
攻撃してもしても効かないというか。
とにかく粥を食べなければ帰らないと言う事が分かったので、ハルは匙を手に取った。
誰かが作った料理を誰かと食べるなんていつぶりだろうか。
「………お上手ですね」
ちょうどいい塩気が食欲をそそる味だった。
「粥に上手いも下手もないだろ」
「……………」
ハルがやると3回に1回は焦げる。言わないでおこう。
自分で思うよりもお腹が空いていたようで、熱があるくせにいつもより多く食べた。
「食べたら眠れ」
「え、うわわわ…!」
食事を終えたら流石に帰るだろうと、玄関先ぐらいまでは見送ろうとしたのだが、玄関とは真逆の寝床にあれよあれよと押し込まれた。
「あああ、あの、副団長?…いつお帰りに?」
「お前が寝たのを確認したら帰る。病人に手出しはしない」
いや、そんな事は気にしていない。病人じゃなかったらどうなんだと思ったが、こんな根暗な魔女に手を出す物好きは居ないだろうし、と言うか聞いたところで何にもならないので聞かなかった。
「………ふ、副団長…?」
「聞こえなかったのか?眠れと言ったんだぞ」
今この場においてレイはハルの客人であるはずなのだが、声も表情も、纏う雰囲気でさえ騎士団副団長のそれだった。
言う事を聞くしか無いと悟って目を閉じるとすぐに眠気に襲われる。そういえばここのところ食事もそうだがまともに眠ってもいなかったかもしれない。
スースーと規則正しい呼吸が聞こえてくるまでに、そう時間はかからなかった。
レイは一つ明かりを消して、そしてやっと天井の仕掛けに気付いた。
「………なんだ?…絵か?」
星のようで、花のようで、蔓のようで、不規則だがそのどれもが共鳴していて美しい。
レイは暫く見惚れて、ハルがぐっすり眠っているのを確認して、そして夜が深まる前に魔女の家を出たのだった。